[刀剣乱夢]らいぶ   作:himausa

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第十五話 うまか酒(主視点)

二人きりの部屋の中、甘い声音が私を呼ぶ。

「今更恥ずかしがることかよ」

「恥ずかしいのが変わるわけないでしょうっ」

言い返すと、くつくつと日本号は笑う。笑って、膝を叩く。

「早くしねぇと、誰か迎えに来ちまうぜ」

「……ぅ」

観念して、日本号の胡座の上に、横向きに座る。

太い指が私の首を撫でる。

「んっ」

「くくっ」

「は、早くしてください」

私が涙目で見上げて抗議すると、日本号はピタリと止まる。

それから、じわじわと頬を染める。

「あんたな……それヤバいぞ」

「な、なにが」

「いや、わかんねぇならいい」

左手を取られ、目をきゅっと閉じる。

今の何がいけなかったのだろう。

指先に口付けられ、びくりと体を震わせる。

「号さん」

「あとで、だよな」

それから左手の薬指の根本に、掌側から口付けられる。

これはゆるやかでいいのだ。温かい湯に揺蕩うようで、心地よい。身体も軽くなる。前よりもずっと時間は長くなっている。それでも、どこかでは止まっているらしい。

「このぐらいか」

日本号の呟きに身構える。

直ぐに、熱が、日本号の神気が少し入ってくる。熱は私の中を撫で回して、落ち着くことがない。

「っ、号……っ」

指先に口付けられる。この最中は、感覚が鋭いからやめてといっているのに、やめてくれない。

「むしろ、この程度にしてる俺を褒めてくれていいんだぜ」

何を言っているのか。理不尽すぎる。

指先から、掌の中心、手首の裏側、と口で触れられる。

身体の中はまだ熱が回り続けている。

「さっさと慣れろ」

「……無理です……っ」

「くくっ」

実に楽しそうに、治療をしてくる。

本当にこれは治療なのだろうか。

「あんたが凝りを作らなくなれば、必要ねぇが」

それが一番難しいと知っているのに、言う。

子供の頃から習慣づいているから、やめようとしてやめられるわけじゃない。今だって、外に溢れてもいないのに、霊力が渦巻いて。

「……毎日こうしてりゃ溜まることもねぇけどな」

「毎日って。……他の方法は?」

「今更するわけねぇだろ。あんたに触れられる大義名分だ」

「……そんなもの、もういらないじゃないですか」

呟いた瞬間、強く抱きしめられた。

「そろそろ襲ってもいいよな」

「は!?」

戸を叩く音が遮る。

「主、そろそろ宴の準備ができますので」

「ほ、ほら、号さんっ。長谷部さんが迎えに来ましたよっ」

腕が緩められ、ホッとしたのも束の間だった。

「長谷部、少し待て」

「は!?」

「その顔で行く気か」

真剣に言われながら、頬を撫でられる。

「どういう意味ですか」

「男を誘う顔だ」

「……そんな顔できませんっっっ」

思わず、日本号の顔を両手で叩いていた。

それでも、日本号は離してくれなかった。

長谷部には後で行くと言って。

 

 

 

大広間ではだいたい夜には、人が集まるようになった。

「大将、これ」

厚藤四郎がつまみの皿をテーブルに並べる。

「ありがとうございます」

礼を言うと、いいってことよと軽く返される。

私の手元には酒のはいった盃がある。

隣で日本号も盃を傾けている。

皆、楽しそうに騒いでいる。

今はこれが日常になりつつある。

「粟田口部屋の隣が空き部屋なっててさ」

「そこに今日冥府の奴、出たぜ」

「後藤がこう、軽く消してた」

後藤藤四郎が離れた場所で、声を上げる。

「厚!? 何言ってんだよ」

「お前だって、ついでにその辺の潰してただろっ」

対して、厚は苦笑いしつつ、他のテーブルにもつまみを運んでいる。

「すっかり日常だな」

「……後で、石切丸さんにお祓いを頼みましょう」

「伝えておこう」

隣で三日月宗近がおっとりと答える。

あれから大広間では、三日月がいつの間にかそばにいる。

私から月詠様の気配が濃く感じられると、こっそり教えてくれた。

加護が弱まった後なのに、なぜわかるのだろう。尋ねると、弱まったからだと、言われた。

もう少しちゃんと説明がほしい。

「よろしくお願いします」

「うむ」

「主」

三日月の注ぐ酒を、日本号が奪って呷る。

「やめてくれや」

「あなや」

「号さん?」

見上げると、頭に手を置いて宥められる。

「なんで?」

「あんた、酒強くないだろ」

「でも、号さんのは酔わないです」

「他のは酔うだろ」

「……試しても」

「だめだ」

実は手元の盃に入っている酒に、日本号の神気が入っているらしい。以前もそうだと言われたが、全然気づかなかった。

それだけ、大切にされるのはくすぐったくて、嬉しい。思わず、くすくすと笑いがこぼれる。

「わかりました」

日本号は私の答えに、満足そうに盃を傾ける。

それで、時々頭を撫でてくれる。

周囲から生温かい視線を感じるけど、そろそろ慣れてきた。

だって、日本号を好きなことはもう隠す必要がないから。

「日本号、今日は唄わないのか?」

どこからか声がかかる。

「ああ?」

「主も聞きたいよなあ!?」

「なんですか?」

「黒田節だ」

「酔うと定番だよなあ」

はじめて聞いた。

歌ってる姿なんて、見たことない。

見たい。聴きたい。

じっと日本号を見上げる。

日本号は目を細める。

「……少しだけな」

私だけに向けられる甘い声音に、目を細める。

盃を持ったまま、日本号が歌い出す。

低い声が大広間に深く響く。

長くないけど、十分すぎる破壊力があった。

「……ぅぅ……っ」

「どうした?」

「ん……ちょ、ちょっと、おまちください……」

歌い終わった日本号が、両頬を押さえて俯く私を覗き込む。

今の、すごく、心に響いてきた。酔いがまわってきたのかも。

身体の中、また熱が渦巻いて、たまらない。感情と霊力って共鳴してるのだろうか。

「主は日本号をすいとぅね」

博多に優しい声音で言われ、びくりと肩を震わせる。

「え、あ、その……」

バレてるのはわかっているんだけど。

「違うとか言わんでよ?」

「……違いません、けど……」

顔を両手で覆う。

「号さんの、い、良い声過ぎて……やば……」

日本号が身体の陰に隠してくれる。

「おい、その辺にしとけ」

「ははは、日本号も形無しだなー」

「うるせぇ」

周囲の揶揄う声なんて耳を素通りする。

今はずっと、さっきの歌声が耳に残って幸せだ。

「……今夜はもう、寝とくか?」

日本号の心配そうな声に、首を振る。

「もうちょっと」

「おう」

「……もうちょっとだけ、歌って?」

「はぁ? 大丈夫なのかよ」

「……聞きたい、号さんのお歌」

軽く息を吐いた日本号が、そっと囁いてきた。

「後で、部屋で歌ってやる」

二人の時に、と言われ、素直に喜べた。

私だけ。

特別。

嬉しい。

日本号も機嫌良く盃を煽っていた。

 

 

 

宴会を途中で退出し、部屋に二人きりになる。

他の男士たちに目の毒だと追い出されたとも言う。

治療ではないのだけど、日本号は膝に私を乗せて、低い声で歌ってくれている。

やっぱり、日本号のは、周りに響く良い声だ。前から良い声だと思っていたけど、歌になると、もっとすごく聴き惚れる。

歌い終わった後で、頭をそっと撫でられる。

「……なあ、少しだけ教えるから」

「黒田節、舞ってみんか」

ゆっくりと目を開ける。

「えぇ? できないって……」

「少しだけだ。な?」

舞はすごく下手なのに。これだけは姉様や先生も匙を投げたのに。

でも、日本号が願うと言うなら、断れない。

振りを教わり、動かす動きの硬さに笑われる。

「うぅ、だから……」

「俺だけしか見んから」

「もぅ」

覚えることはできるのだ。

覚えることだけは。

「じゃあ、一番だけ」

「ああ、一番だけ」

舞扇を手に、日本号の声で歌いだす。

さっき習った動きを動かす。

手が硬い。足が攣りそう。

うまくなんて、考えない。

見るのは日本号だけ。

……本当はもっと上手に踊りたいのだけど。

先代の姉様は当代一にもなれる舞手だった。

「楽しければ良いの」

「大切なのはそれだけ」

そう言っていたけど、それだけのはずがない。

一番が終わり、やり切った顔で笑う。

日本号も笑ってくれる。

「初めてにしてはよくできたな」

「号さんが教えてくれたから」

膝に戻ると、頭に手を置いて撫でてくれる。

「あんたなら、いつだって歌ってやる」

「だから、舞は俺だけ、な」

頼まれても、他の人の前でなんてできるわけない。

日本号が嬉しそうに頬を重ねてくる。

「……号さんだけ、ね」

くすくすと笑うと、日本号は更に強く抱き寄せてくれた。

もう明日が来ないと怯える夜は来ない。

大好きな人が笑い続ける明日を教えてくれたから。

きっとこれからも私はこの腕の中で、毎日を過ごすのだろう。

温かい本丸の青空と月の輝く夜に見守られながら。

穏やかな日々を、重ねていくのだ。

 

 

(おしまい)

 

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