午後の日差しも緩やかな昼日中、主の部屋で日本号は娘を膝に抱く。
自分よりも二回りは小さな掌。その内側から薬指の付け根に口を付ける。
娘が膝の上で呼吸を止め、身体を固くする。
「……おい、固くなり過ぎだ」
「そ、んなこと、いわれ、まして、も……」
何度やっても、娘の反応は変わらない。むしろ、想いが通じてからの方が身構えるようになってしまった。
「気持ちいいならいいだろうが」
「良くないです!」
「なんでだ?」
「……うぅ」
顔をそむける娘は、身体中がもう熟れた鬼灯のようだ。
「むしろ、なんで号さんは普通なんですか?」
「……普通に見えるか?」
「え?」
もう片手で娘の頭を自分の胸に押し付ける。
「え」
娘にもきっと、日本号の鼓動の速さが伝わることだろう。
「わかるだろ。これでも、緊張してる」
「……ぇ」
日本号自身、もうこうして触れ合って普通ではいられない。
だが、それをおしても、娘の状態は改善しないとならない。なにしろ、娘の霊体にはまだまだ凝りが溜まったまま、黒く濁っているのだから。
腕を緩め、娘の頬をそっと撫でる。
「……早く全部俺のもんになっちまえばいいのに……」
この霊体に貯まる凝りがすべて、日本号の神気に入れ替わってしまえば、心配も減るというのに。先は長い。
つぶやくと、娘が困ったように目元を緩めて微笑む。
「これ以上?」
本気で言っているなら、質が悪い。
そのまま娘の頬をつまむ。
「ああ、もっとだ」
娘がまた身体を固くしてしまった。
これじゃあ、治療は続けられない。
小さく笑い、目を合わせる。
「今日はしばらくこのままだな」
困った様子だが、娘は嫌がらなかった。
「……本当は、そうしたい、です」
「でも、怖い」
ふるり、娘が身体を震わせる。
「怖いんです」
それでも、娘は視線をそらさなかった。
「まだそんな心配してんのか」
「違います」
まだ日本号が壊れるのを心配しているのかと問いかけると、娘は首を振った。
「私は、先を考えないから生きてこれた」
「この先を知らない」
「知らないことは、怖い」
くだらないと笑い飛ばしてしまうことはできた。
でも、それはできなかった。
もう一度、娘の頬をゆっくりと親指の腹で撫でる。
「何言ってんだ。知ってることだろう」
「あんたは、当たり前を忘れていただけだ」
「一日一日が続けば、それは毎日になる」
「ただそれだけだ」
ゆっくりと目を閉じた娘が囁く。
「一日が、毎日」
「ああ、そうだ」
「……それだけ……」
娘の睫毛が震え、ゆっくりと開いてゆく。そこに日本号だけが映る。
綺麗だな、と単純に思える。
「それだけだ」
日本号が繰り返すと、娘は安心したように微笑んだ。
この笑顔が続くのなら、それで十分だ。