この本丸には多くの刀剣男士が暮らしている。
その中で、中心となるこの館には主である私の私室があり、大広間があって、食事を提供する厨がある。
ずっと大広間に近づかなかった私も今では毎日、日本号と大広間で食事をするようになった。
今朝の朝食も温かくて美味しかった。
食後にまったりと寛ぐまでが日課である。
「あるじさま、ことしはたなばたやりますよね?」
「え?」
この食後には色々な刀剣男士が話しかけてくる。
日本号が言うには、皆が私と話したいらしい。そんな馬鹿なと思っていたが、話しかけられない日はない。
今日は今剣という短刀の刀剣男士だ。
「ことしは岩融たちがおおきなささをとってきたんですよ。うちもおおじょたいになりましたからねっ」
「そうですね」
「あるじさまのたんざくは、ぼくがいっとううえにかざりますから、いってくださいね」
「ふふっ、わかりました。お願いします」
イベントもそれなりに楽しんでいるらしいと聞いて、ホッとする。
好きに過ごしてほしいとはいったが、本当に何も見ていなかったから。
「七夕って、刀剣男士にとって、どういうイベントなんですか?」
隣の日本号に問いかけると、ちゃんと答えを返してくれる。
「どうって、願い事をつるして、他のやつの願いを叶えるもんだろ?」
「……へえ……?」
私の知る七夕とは少し違うイベントのようだ。
「ただ書くだけじゃ、つまらねえじゃねえか」
「一応、誰のを叶えるかは、くじ引きってことになってる」
これは絶対他にないイベントだ。なにその面白いイベント。誰発案なんだろう。
「そう、なんですか?」
「じゃねえと、全員の願いが叶わねえだろ」
七夕って、願い事を叶えるイベントじゃなかったと思うんだけど。
「叶えてほしいやつは笹飾りの下の箱に、名前を書いて入れんだ」
「へぇ、おもしろいことやっているんですね」
「主は今まで不参加だからな」
ぽん、と短冊を渡された。
「そういうわけで、書いてくれや。できるだけ、個人的なことで頼むわ」
「……え?」
「あ、全員の願いが叶うとかはなしな」
「え」
「皆はりきりすぎちまう」
視線を大広間に移すと、さっとそらされた。注目を浴びている。いつものことだけど。
「わかりました。後で書いておきます」
「今」
後でと言ったら、即座に返された。
「後で……」
「今、ここで、書け」
「ええ……」
ペンまで渡された。
「……一応見ないでやる」
「じゃねえと、あいつら、やかましいんだよ……」
後半は小さく囁かれ、耳元のくすぐったさに笑ってしまう。
「え、何か言われてるんですか?」
「ちっとな」
ペンを手に、どうしようかなと大広間を眺める。おかしなぐらいに視線が合わない。
それはともかく。
願い事なんてしたことないし、思いつかない。どうやら、些細なことがよさそう。
「何でもいい。何か食いたいとか、何か飲みたいとか。何かしたいことがあるなら、それでもいい」
「う――――」
食事はどれも美味しいし。お茶もバリエーションに富んでる。したいことは今やれてるから特にない。
「誰かと何かしたいでもいいぜ」
日本号が色々と例を挙げてくれるが、なかなか思いつかない。
日本号が喜んでくれるものでもいいかな。
あ。
「……号さんと、真剣で手合わせしてみたいです」
「は?」
口にしたとたん、大広間が、しん、と静まった。
「よし、そうしましょう」
短冊にペンを丁寧に走らせる。
手合せを見学した時に、思ったことがある。
時の政府に今まで一人で行っていたのは、大抵の攻撃は通さない自信があるからだ。
でも、貫通攻撃の防御は試したことがなかった。槍の貫通攻撃には、今も出陣で悩まされている。あれのせいで、特上刀装をつけても、怪我をされてしまう。
つまり、私の防御が強化されたら、刀装も強化できないだろうか。
「主……本気か?」
「はい」
書き上げて、ふっと息を吹きかけると、紙が小さく波打った。
「主のは、霊力で作る防御札だよな」
「そうです」
ペンを置いてから、一瞬だけ周囲に防御札を見せて、すぐに消す。
日本号が眉間に皺を寄せる。
「真剣じゃなくてもいいだろ」
「もしもの時に、持ち堪えられる時間がどれぐらいか知りたくて」
「……んなことにゃならねえよ」
苦い声に、軽く返す。
「それはわかりませんよ。私は政府にいくことも多いし、一人になることは多いです」
実際、これまではほとんど一人だった。
「もう、一人で行かせねぇよ」
過保護な日本号は、あれからもう私を一人で行動させようとしない。それは少しくすぐったい温かさだ。
それでも。
「……号さんの槍で、私の防御が何枚落ちるかみてみたいんです」
だめですか、と見上げる。
しばらく唸り続ける日本号に、流石にだめかなと諦めかけたが。
「……一度だけだぞ」
結局、日本号が折れてくれた。
「ありがとうございます、号さん」
「くそっ」
苦労かけます、のつもりで頭を撫でたら、抱き寄せられ、撫で返される。
優しい日本号は、私に甘い。
撫でられている間に、書き終えた短冊は、今剣に回収されていった。
手合せは道場で。それが鉄則なのは、怪我をしても修復される機能が働くからだ。演練での怪我が治るのと仕組みは同じ。
ただし、それが審神者に適用されるかは、誰もわからない。
道場の中も外も見学者が多いのは、話をしていたのが大広間だったせいだろう。
これなら、二人の時にお願いするのだった。
審判は蜂須賀虎徹が名乗りでた。初期刀だからと押し切られた。
道場の端と端。日本号を正面に見据え、私は座って待つ。立つ必要はない。
「はじめましょうか。本気で来てください」
「おう、怪我すんじゃねえぞ」
槍を構える日本号に、うっとり見惚れてしまいそうになるのを堪えて、膝上の拳を握る。
「全部突破できたら、神気、一段階上げていいです」
無茶を言っている自覚はある。
私を好きだと言ってくれる人に、攻撃しろと命じているのだ。だから、ご褒美は必要だろう。
驚いた日本号の顔つきが真剣なものに変わる。
「蜂須賀さん、号令よろしくお願いします」
道場に、蜂須賀の鋭い声が響いた。
「――はじめ!」
直ぐに日本号が槍を突き出す。
「はあっ!」
私は号令とともに、用意した術式を展開する。
キン、キンと氷の割れる音を立てて、最初に自動展開される十枚の防御札が砕けてゆく。一枚でも苦無や短刀なら防げるものなのに。
追加で、十枚。キンキンキン、と甲高い音が続いていく。割れ砕けるのは、全部霊力なので、後には残らない。
更に追加の十枚。割れる。割れる。割れる。追加したものの方が強力なはずだが、それも割れ落ちる。
もっと追加で十枚。全部砕ける前に、十枚を追加する。
まだ割れ続ける防御札に、冷静に考える。貫通攻撃とはよく言う。一点突破は強すぎる。想定以上。これは防ぎきれない。
私はギリギリまで防御を追加する。目の前に穂先が迫っている。間に合わない。でも、諦めるつもりはない。
「主!!」
だれかの叫び声がきこえた。
気づくと目の前に黄金色の背があって。
「っ蜂須賀さん……っ」
「まったく、無茶だよ、主」
後一瞬を、蜂須賀に守られてしまった。
「な、なんで入ってくるんですか!?」
「かすりキズだよ」
そうはいっても、鎧に槍の穂先が当たっている。
「……さすが初期刀だな」
感心した日本号とは違い、私は慌ててしまう。
初期刀とはいえ、関わりを持たないようにしてきたのだ。何故と言う想いの方が強い。
「私なんて、庇わないでくださいっ」
「それはできない」
「私のこれは形代なのに……っ」
周囲が静まり返る。
「え?」
「……日本号?」
日本号が呆れたように答える。
「本物に攻撃できるわけねえだろ。主は自室だ」
「意識はこっちですが」
「……そういうことは先に言っておいてほしいな」
がくりと膝をつく蜂須賀に頭を下げる。
「ごめんなさい。まさか、庇ってくださるとは思わなかったので」
「庇わないわけないだろう。ーー主なのだから」
「……そう、ですね。ごめんなさい……」
流石に、今回は反省した。
「こういうわけだ」
「主にゃ自覚が薄い。これから気をつけてくれや」
日本号が周囲に言うと、周囲の男士が応とこたえた。
ついで、その目が私に向く。真剣な眼差しに、息が止まる。こんな時でも無意識に見惚れてしまう。
「直ぐに部屋に行く。逃げるなよ」
びくりと震える私は、形代から意識を切り離し、部屋で一人息をついた。
普段からよく笑い、怒る人ではあるが。
感情を押し殺した表情が、こんなに怖いものだとは思わなかった。
部屋に入ってきた日本号は、私を見て、すぐに腕に抱きしめた。
形代に影響しないと言っても、心配だったのだとわかる。
「もう、やらねえからな」
「あんたに刃を向けるなんて遊びには、付き合わねえ」
「絶対に、だ」
震える腕に、恐る恐る問いかける。
「……怒ってます?」
腕を緩めた日本号が顔を覗き込んでくる。
「必要だったんだろ」
「うん」
「生きるためなら、しかたねえ」
「うん」
腕を伸ばして、私もその首に抱きつき、頬を重ねてすり寄せる。
「でも、もう、勘弁してくれ」
「蜂須賀が動かなけりゃ、あんたに傷をつけてた」
「主に血を流させるのは、形代でもキツイんだよ」
私はもう謝るしかなかった。
「ごめんなさい、号さん……ごめんなさい……」
謝り続ける私は、強い力で抱きしめられて。息が苦しいけど、言えなかった。
日本号が優しいからといって、甘えすぎてしまった。
こんなに傷つけるなら、やらなければ良かった。
「……やらなければ、なんて思うなよ」
囁かれ、びくりと身体を震わせる。
腕が緩められ、日本号の真摯な視線が重なる。
「遅かれ早かれ、状況を知らせるつもりだった。だろ?」
「……な、んで」
「ずっと一人にさせてたのは俺らの方だ」
視線を落とすと、頬に手を添えられる。視線が、捕まる。
「あんたに関わることはいくらでもできた」
「なのに、あんたが望まないからと逃げていたのは、俺らだ」
「本当はどんな理由を付けてでも、一人にするべきじゃなかった」
「あんたはこんなに、寂しがりだってのにな」
喉が詰まる。
「大丈夫だ。これからは一人にしない」
「俺も、この本丸の誰も、あんたを一人にしない」
「だから、遠慮なく頼っていいんだ」
声が、出ない。呼びたいのに。愛しい人の名前を、呼びたいのに。
「いい、聞こえてる」
泣き続ける私を、日本号はしばらく抱きしめてくれていた。
今回、わかったことがある。
日本号の貫通攻撃は、想定以上だった。あれは防御札の強化ではどうにもならない。刀装強化は諦めよう。
そして、もう一つ。
神気を一段階上げるという約束は、想像以上だった。
日本号の膝の上で悶える時間が長くなるだけだった。わかっていたけど。
「……ぅぅ……」
「約束だもんなぁ?」
意地悪く言いながら、日本号が指先に口付ける。
「ん……っ、ま、待って……触んないでっ」
「いやだ」
足を撫でるのまで加わった。足の指まで。
「あ、足撫でないで……ぇ」
「い、や、だ」
熱が内側を撫でていくのが倍になって、日本号のスキンシップまで倍になった。
お腹の奥がむずむず疼いて、それを知られるのもいやで。
「号……っ」
「慣れろ」
「ぁ…ぁ…っ」
熱が何度も内側を撫で続けるのは、一体なんなんだ。
この日本号の神気に慣れる日なんて、永遠に来ないんじゃないだろうか。
「慣れなくてもいいけどな」
頬を撫でられ悶える私は、日本号の呟きに気づくことはなかった。
七夕は本来、習い事の上達を願う日らしい。
一応、これも成長には違いないはずだから。
来年は何をしてもらおうかな。
今度は私も、願いを叶える方をやってみたい。
「余計なこと考えてる余裕があるな?」
「んやぁ! さ、触んないでぇっ」
熱が廻っているというのに、首筋を撫でられ、私はまた悲鳴をあげた。
今回のこと、後悔はしてない。
日本号が、今、とても楽しそうに笑っているから。
私は両腕を伸ばして、太い首にしがみついた。
迷った末に、日本号は強く抱きしめ返してくれた。
窓の外、丸い月が楽しげに、私たちを見ていた。
笹のてっぺんでは、私の短冊も揺れていた。
『日本号と手合せしたい
審神者』
(裏側)『皆が怪我を減らせるようにする』
(おしまい)
後日談。
七夕イベントを終えた数日後、長谷部が複数の嘆願書を持ってきた。
それもわざわざ大広間にいる時に。
「私と手合せしたい、ですか?」
「はい。正確には主の防御札の強度を知りたいということです」
別に知られて困ることでもない。
「短刀、苦無なら、一枚か二枚ですね」
「打刀なら、五枚から十枚ぐらい」
「大太刀で二、三〇枚でしたね」
ちょっと待て、と隣で日本号に止められた。
「具体的すぎねぇか?」
「政府で襲撃があると、私の防御札が一番早いので」
「…………聞いてねぇ」
「怪我しないので、言うほどじゃないですし」
以前の一人で行動していた間の話だ。
大広間がざわついている。
今更の話なのに。
「今は号さんがいますから大丈夫ですよ」
「あんた、時々一人でいなくなるよな?」
あれから日本号と話し合って、現状を明かすことにした。
長谷部は、協力者だ。
……本当に、いいんだろうか。
「おい」
「……大丈夫ですよ。防御は自信あるんで……」
私の迷いを見透かすように、見つめてくる。
本当に、知らせていいのだろうか。
これは私だけの問題で――。
「今後、主が出かけるときは、三振伴ってください」
長谷部から真剣に勧められる。演技とは思えない真剣さだ。
「お、大袈裟な」
声が震える。やっぱり、怖い。皆、どう思ってるだろう。見るのが、怖い。両目を強く閉じる。
息が、止まりそう。
「主」
静かな声が割って入った。目を開けると、三日月がテーブルの向かいに座っていた。
「主の札、冥界のモノは防がぬ」
真摯な三日月を宿した瞳が、まっすぐに見てくる。
大丈夫だと、言われた気がした。
「……知っておられましたか」
両手を握りしめる。
「主……?」
聞いていないぞ、と日本号が頭を抱えている。
私は、言っていなかったらしい。
「攻撃してこないモノは防げませんから」
目の前で深く溜息をつかれて、身体が震えた。
嫌に、なってしまっただろうか。嫌われ、た、だろうか。
不安になっていると、日本号に膝上に抱き上げられた。
「あんた、もっと自覚してくれ。あんたはこの本丸の大将なんだよ」
「わ、かってますけど」
「じゃあ、きけるな?」
「…………………………はい」
頷いて、日本号の服をこっそり掴んだ手は震えていた。その上から、手を重ねて包み込まれる。
「……後で」
小さな声で囁かれ、私は小さく頷いた。
気を取り直して、長谷部に向き直る。もの言いたげなのは、日本号の膝の上にいるからだろうが、見逃してもらおう。
「そう言うことなんですけど、手合せ要ります?」
「はい、やりたいです!」
勢いこんで手を挙げたのは、秋田藤四郎。意外だ。
「といっても、僕がやりたいのは、主君をお守りする方なんですけど」
「俺は大将の札を破ってみたい。せめて五枚はいきたいな」
「僕もやりたい! 脇差はどのくらいか知らないんだよね?」
「太刀はどの程度か知りたいね」
「槍だけど、やっていいか? 俺もどこまで刺せるか試したい」
結局次々に手が上がって、皆やってみたいらしい。
日本号が息を吐く。
「人形でいいだろ。自動起動で三〇、できるな?」
「さ、三〇……!? 出来ないことはないですけど、少し時間がかかりますよ」
「いつまでにできる」
「次の満月は……明後日でしたよね。じゃあ、明々後日かな……」
「満月が関係するんですか?」
「はい、一族の習わしで、新しい仕組みは満月を通すことになってて」
なんで一々静かになるんだろう。
「私以外が作ると上手く力がのらなくて」
「主、あんた、どんだけ……まあいい」
「日本号、諦めるなよ」
「言ってもしゃあねぇ。こいつにとっちゃ当たり前すぎるんだろう」
「なんの話ですか?」
「なんでもねぇ」
長谷部がひとつ空咳をする。
「ご用意いただけるということでよろしいですか」
「はい」
頷くと、愛染と蛍丸が手を打ち鳴らした。
「いよっし! これで、対策できるなっ」
「だね」
「対策? 何のですか?」
二人の口を明石が塞ぐ。
「なんもあらへんよ」
周囲の男士を見回すと、何人かが目を逸らした。
何か起きているのだろうか。
「……?」
「主は、いいのかい?」
戸惑う蜂須賀の問いに首を傾げる。
「え?」
「私たちが主を殺せるようになるかもしれないよ?」
心配そうな顔に、なんだ、そんなことかと頷く。
「それは、いいですよ。もしもの時は、私を殺せるようになってほしいですから」
言った瞬間、怒鳴られた。
「なっ、するわけないだろう!?」
「自分を顕現した主を殺すなんて……っ」
そうは言われても。
「歴史を守るためには、そんな状況は起こりえますからね」
「……」
「そのときはためらってほしくないです。痛いのが長引くのは嫌ですし」
「……」
呆気に取られているようだけど、ここは戦場だとわかって審神者をしているのだ。
「殺される覚悟もなく、武器は手にしないものですよ」
ここにいる男士は全員が武器なのだと、忘れたことはない。
だから、覚悟なら最初から持っている。
そう言ったのだけど、最初に後ろからというか、頭上から深く深いため息が降ってきた。
「本当、あんた、勘弁してくれや」
「え、なんですか?」
「決まりすぎて、嫌になるな……」
それから急に抱き上げられた。
「号さん!?」
「説教だ、説教。わかるまで、部屋から出さねぇからな」
「頼んだぞ、日本号」
「おう」
「な、なんで!?」
男士たちに見守られながら、大広間を後にすることになった。
なんで。
説教なんて。
なにも間違ってないでしょうに。
私の主張は聞き入れられなかった。
(こんどこそ、おしまい)