昼前までは、いつも通りの主だった。
内番後、ふと廊下を歩く主を見かけると、ひどくなっていた。
朝以上に、霊体が濁っている。限界寸前まで。
「……なんでだ……」
慌てて追いかけたが、見つけられず、夜になってしまった。
「主」
主の自室の前、声をかける。
「聞きたいことがある」
日本号が真剣な声で言うと、主が無表情のまま出てきた。
「……なんでしょうか」
視線を落とし、日本号を見ようとしない。
「何をした?」
「……刀装と、結界の補強と……」
霊力をより消費するために、いろいろやっていたらしい。
日本号が舌打ちすると、主は小さく身体を縮こまらせた。
「逆効果だ」
「……みたいです」
一度、深く息を吐く。
「嫌なら言え」
「……」
「他の方法、いや、他の奴がいいなら」
主の手が日本号の袖を掴んで、見上げていた。苦しそうに。
「嫌ではないです」
「嫌ではないから、困ってて」
日本号も主を見下ろす。無表情が解けかけていた。
「困る?」
「なにがだ」
主は口をつぐむ。
「言え」
「言わなきゃわからん」
主の目がわずかに彷徨い、床に落ちる。
「……日本号さんを、壊したくない……」
呟きに、日本号は目を瞠った。それから、また息を吐く。
「だから、心配ねぇって」
「そんなはずないです」
はっきりと言い返される。
「他人の霊力を受け入れるなんて、できるわけない」
「……聞いたことないもの……」
「私は、あなたを壊したくないんです」
聞き分けのない娘の顎を片手でつかんで、目を合わせる。
「俺が、壊れているように見えるか」
「……見えない……」
「俺は槍で、付喪神だぞ。人間と同じに思うな」
「……かみ、さま……」
主の無表情が解ける。泣きそうに。
「……なおさら、できません……」
「……私事で使っていい力じゃない……」
手を振り払い、主が自室へ戻る。
「おい」
「もう、諦めて」
止める前に、閉じられた。
思った以上に強情な娘だった。
夢への介入を拒まれ、廊下で息を吐く。
「……この程度で諦めるなら、手なんか出さねえよ」
徳利を傾けて、一口を飲み込む。
「神様、なめんな」
しかし、手がないのも確かだ。
増える霊力を、あの娘が無意識下で圧縮している。
血を吐いていた姿が脳裏をよぎる。
(どうすりゃいい……)
主の自室を眺めている日本号の隣に、長谷部が座る。
「日本号、そろそろ話してくれ」
「主に、何が起きてるんだ」
真剣な様子に、息を吐く。
この真面目な男士に、主が死にかけている状況を伝えてもいいものだろうか。
「今朝は顔色が良かったのに、午前中のうちにどんどん悪くなった」
長谷部が言っているのは、主の悪あがきのような霊力消費。
やればやるほど、さらに霊力の増加が加速した。
「おまえが何かしているようだから黙ってたが、そろそろ限界だ」
「さあ、吐け」
そういって、盃を勧めてくる。
だめだな。と胸中で呟く。
主は隠したがっていた。
それを日本号は無理矢理に暴いているのだ。
流石に、日本号の口から明かせば、さらに娘は頑なになるだろう。
「……すまん」
「……言えないか」
日本号は主の部屋をみる。
「主から言うまで待て」
長谷部も主の部屋を見る。
「……それは、間に合うのか……?」
日本号は目を閉じた。
「……」
答えられなかった。
もしもはもういつ起きてもおかしくない。
「おい」
苛立った長谷部を遮るように、明るい声が混じった。
「これ、つまみばい」
博多藤四郎が、にかりと笑っている。
「……すまんな」
二振がオレの隣に座る。
そのまま三振で静かに酒盛りをする。
しばらくして、長谷部がこぼした。
「主を、ひきとめられるのか?」
長谷部はやはり察知しているらしい。
「……わからん」
「おい」
そりゃそうか。こいつは主がどれだけ素っ気なくしても食いつき続けた。
「正直、難しい」
「主には、生きるつもりがないようだった」
「……たぶん、限られた生の終わりに、ここを選んだんだろうな」
「だから俺らとも、距離を置いてた」
たん、博多が盃を床に打ち付ける。
「今はちがうばい」
「だといいんだが……」
長谷部が鼻で笑う。
「はっ、珍しく弱気だな」
「……しゃーねーだろ」
日本号も盃を呷る。
「だが、こんな終わりは認めねえ」
「認めてたまるか」
盃を握る手に、思わず力が入る。
そうだ、こんなことで終わりにするわけにはいかない。
あの娘は、現実でもっと笑って生きる方がいい。
夢の中だけではなく。