[刀剣乱夢]らいぶ   作:himausa

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第五話 [う] 動くなよ

早朝、うとうとと転寝していた日本号の耳に、静かに戸の開く音がした。

見ると、主が顔色悪く、戸口に凭れて、立っている。

「……日本号さん……」

伸ばされた手を掴む。

「主!」

その場にへたり込む主は、首を振る。

「話、を」

「そんな場合じゃねぇだろっ」

手を振りほどき、主が言う。

「聞かせて、ほしいんです」

「なぜ、あなたが私を?」

「引継ぎの子は、もっと素直です」

「私より、よほど」

息を整え、主が立ち上がる。立ち上がり、日本号を見据える顔は、無表情ではなく、苦し気だ。

「あんただって、素直だろ」

「本当はそうだった」

日本号が言うと、主は泣きそうになる。

口が開き、閉じる。何かを言おうとして、躊躇っている。

「言え」

「全部聞いてやる」

手を伸ばし、主の肩を掴んだ。

「聞いてやるから」

「俺に、あんたの時間をくれ」

日本号を見上げる主は、目を見開いた。

それから一度閉じる。

「――はい」

初めて聞く声音で、初めて見る表情で、日本号は息が止まった。現実とも夢とも違っていた。

主に招き入れられ、部屋に入る。

ふらつく主を、日本号は座ってすぐに、胡坐をかいた膝に乗せた。

「……もう、抵抗すんなよ」

主の小さな左手を取り、その薬指の付け根に口を寄せる。

目を閉じて、浅い呼吸を繰り返す主が不安げに呟く。

「どうして、ここまでしてくださるのですか?」

霊体からあふれ出ている凝りを引き出し、神域に流す。

ひとつ、ふたつ、みっつ。

「あんたが、生きていないからだ」

途切れたところで、一度離れる。

主の目をまっすぐに見降ろす。不安そうな顔の頬を撫でる。主はきゅっと目を閉じる。

「生きて……」

「命の話じゃねぇ」

言いかけをとらえ、遮る。

「あんたはもっと気楽に笑え」

「笑う……」

「その方が、いい」

困ったように眉根を寄せる。

「続けるぞ」

もう一度、凝りを取り出すために、薬指に口を寄せる。

「……ぁ……」

腕の中、目を閉じた主がゆっくりと深呼吸をしている。

霊体に触れ、再び凝りを取り出す。よっつ、いつつ、むっつ、ななつ。

するすると抜け出てくる凝りだが、まだまだ主の中に溜まっている。

幸い、神域に流しているから、日本号に影響らしい影響はない。

(なんでか俺が壊れることを気にしてるからな)

ちらりと主の顔を見る。ばちり、と視線が合わさった。

(俺を、見ていた)

顔に熱が集まりそうになる。だが。

ぶつり。

唐突に繋がりを絶たれ、我にかえった。

「おい」

「な、何もしてないです」

主の霊体は、昨日の朝ぐらいまでには凝りが薄れた。

――今、増えたのは、見なかったことにしたい。

「に、日本号さん」

「なんだ?」

「あの、日本号さんは、私が、その生きてないって」

主の頭に手を置く。主がきゅっと目を閉じる。

「あんた、感情を殺してるだろ」

「……そう、見えますか」

「見える」

「……はぁ」

「そういう生き方は、違うだろ」

頭を撫でて、その手を滑らせ、娘の頬に当てる。

「なあ、笑えよ」

「俺はあんたの笑った顔で酒が飲みたい」

主の顔が赤くなり、華奢な身体がふるふると震えた。

「……何言って……」

そこにいるのはもう無表情な主ではなかった。

 

 

 

日本号の膝から降りようとする主を、止める。

「え」

「もうちっと休んどけ」

「それは布団で」

「ここでいいだろ」

「それは、困ります」

ふいと娘が顔を背ける。

だが、日本号にも困る事情がある。

娘の霊体の凝りは減ったが、減っただけだ。元々幾百幾千溜まっていたものが、簡単になくなるわけじゃない。少しはましになったとはいえ、どす黒さはほんの少ししか薄れない。

何かあってもこの距離なら、すぐに対処できる。

「あんたが、もうちっと心を開いてくれりゃあなぁ」

主の視線が日本号に、ちらりと困った色で向く。

「……これ以上、どうしろと……」

小さく小さく呟く声に吹き出す。

確かに以前とは比べ物にならない。

こんなにも人間らしく不満を口にしている。

「その調子だ」

娘の頭を軽く撫でる。

また、きゅっと目を閉じる。

なんだろう。この小動物は。

「ちょ、日本号さん」

「号さん、でいいんだぜ」

「え」

娘の顔が面白いように固まった。

「くくっ」

「う、うわ……」

そのうえ、顔を自分で隠して、日本号を指の間から覗き見ている。

「……やだもう……」

「ほら」

「呼びません」

「呼んでみろって」

「うぅ」

肩を柔らかくたたく。

かなり表情が出てきたことに、日本号は安堵する。

ここまでの時間、今日は凝りが増えていない。

ひとまずは落ち着いたのだろう。

「今日はもう仕事するなよ」

「は?」

「するなら、俺が付く」

「え」

「増えそうなら止める」

「……」

「人前では出来ないだろ」

娘が視線を外へ向ける。

「……最低限、終わらせるものがありまして……」

「おう」

「……終わったら。もう少しだけ、あなたの時間をください……」

ゆっくりと日本号を振り返った娘は、恥ずかしそうに微笑んでいた。

春の野に咲く小さな小花のように。控えめに。

「んなけち臭いこと言うなよ」

日本号は自分の首元が、ムズムズとこそばゆくなって。

でも、娘の変化が嬉しくて、目を離せなかった。

(そうだ、その顔だ)

「もっともっていっても構わねぇぞ」

「え、い、いえ。少しで、大丈夫です」

慌てた様子で娘が続ける。

それから、柔らかく笑う。

「……それで、十分です」

主が眩しそうに日本号を見つめる。

「何がだ?」

意味も分からず、日本号が問い返すと。

「もう私の時間は多くないですから」

「少しだけ」

言葉の意味を考え、日本号は笑いを消す。

流石に、考えを変えるまでには至っていないらしい。

「……くそっ、絶対、生きたいって言わせるからな」

悔しさの滲む声に、娘が苦笑を返す。

「頑張ってください」

「他人事にすんな」

日本号の指摘に、娘はただ笑って、何も答えなかった。

ただし娘の視線は、少し迷うように揺れていた。

 

 

 

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