[刀剣乱夢]らいぶ   作:himausa

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第六話 [も] 元からかもしれない

朝早いのもあり、主は机に向き合っている。

先程の最低限の仕事を終わらせるためだ。

日本号はそれを後ろで寝転がって眺める。

ちら、と日本号を見た主は、すぐに視線を仕事に戻した。

(なんだ?)

霊体に変化はない。凝りも増えてはいない。

至って当たり前の光景。

長い髪が揺れる。

ああ、そうか。今日はまだ髪を結っていない。

「主」

びくりと身体が大きく跳ねた。

「なんですか?」

だが、振り返った主は無表情を貼り付けている。

「いや、髪が邪魔そうだなと」

主は軽く自分の髪を持ち上げる。

「……そうですね。そろそろ切ってもいいかもしれません」

「は!?」

「一応、お役目の間は禁じられていたのですが」

「待て待て、何も切れとは言ってねえ」

焦る日本号とは対照的に、主は落ち着いている。

「切るなよ。勿体無え」

起き上がり、主の長い髪を手に取る。冷たくて硬い感触は、黒鋼の糸のようだ。

「いつもは結えてただろ」

「……はい」

「それで十分だと」

するりと髪が滑り落ちた手の向こう、主は頬を染めて俯き震えていた。無表情に。

(なんだ、その反応?)

別に普通のことしか言っていないはずだ。日本号は首を捻る。

主は器用に髪をまとめる。紐ひとつ使わずに。手品のようだ。

「これでいいですよね」

主は息を吐いて、仕事に戻った。

 

 

 

仕事を終えた主を部屋の外へ連れ出す。

この部屋には主一人分の食事しかないので、日本号も食事をするためだ。

ついでに、共に食べることを提案したら、あっさりと頷いた。

半分はこれまで男士と交流を持たなかった主に、慣れさせるため。いきなりは無理だろうし、大広間で食べるぐらいなら出来るだろう。

もう半分は、ほかの奴らに主の変化を見せるためだ。

「おい、二人分頼めるか」

厨に声をかける。中にいるのは厨当番と料理好きな男士が数人。

「日本号が朝食なんて、珍しいね」

歌仙が手を拭きながら、寄ってきた。

「二人分っつったろ」

背後の主を見せると、歌仙が固まった。

「主、和食でいいよな」

「はい。……選べる?」

「洋食も出してくれる。パンとか」

主は瞬きを繰り返す。知らなかったらしい。

「あの、日本号さんと、同じものを」

視線を落とし、主が小さく言う。

「だとよ」

厨は静まり返っている。そらそうだろう、と日本号はニヤニヤと笑った。

「す、すぐに用意しよう!座って待っていてくれ」

次いで、忙しそうに走り出す歌仙他の男士たち。

首を傾げている主を置いて、日本号は近くのテーブルについた。主も急いで向いに座る。

「ここ、どういうシステムなんですか?」

主に説明していると、すぐに歌仙がプレートを二つ持ってくる。

「ありがてえ」

「ありがとうございます」

歌仙に主が礼を言うと、歌仙が嬉しげに微笑む。

「どういたしまして」

すぐに厨に戻ったが、主をじっと見ている。

「いただきます」

主は手を合わせた後、すぐに箸をつけ、食べ始める。小さな一口を懸命に動かして。

無表情だが、時折、ゆるりと口元が綻ぶ。頬が下がる。目を細める。

ああ、やっぱり、と日本号は思う。

元来素直なのだろう、と。

「美味いだろ?」

日本号を見た主が、こくりと頷く。

「……久しぶりに、ごはんを食べた気がします……」

その言葉に、唖然とする。

主は首を傾げた。それから、はっとした様子で取り繕う。

「生家ではちゃんと食べてましたよ」

「ただ審神者になってからは、帰っていませんでしたし」

「ひとりでのごはんでしたし」

深く息を吐く。

「これからはこっちで食え」

何かを言おうとした様子だったが、主は頷いた。

「……日本号さんが一緒でしたら……」

そう、付け加えて。

 

 

 

食後、二人でのんびりと緑茶を飲んで一息つく。

主は戻りたそうだが、日本号は気づかないふりで欠伸をする。

そこに、歌仙が小皿を持って近づいた。

「主、甘いものは好きだろうか」

置かれたのは、ぷるんとした水羊羹。中に餡子が見える。

主は歌仙を見て、日本号を見て、水羊羹を見て。まだ日本号を見る。

日本号が笑っているだけなので、どうしたらいいかわからなくなっている。

「くくっ」

「日本号」

歌仙と主の困った様子の視線を受けて、日本号の口から苦笑が漏れ出た。

「どうなんだ?」

聞かれたら主は、眉を下げる。

「これ、私だけですか?」

「日本号さんには……」

まさか気にしているのが、自分にだけ供されたことだとは思いもよらなかった。

「俺ァ酒のがいい」

「貴殿はそうだろうね」

二振の言葉を聞いて、主は歌仙を見た。

「少しなら、食べます」

「これ、綺麗ですね」

主は一口を口に入れ、目を丸くする。それから、頬を上げて、目を細めた。

「……美味しい……」

ほぅ、と温かな吐息を零す主を見て、歌仙は安堵の息を漏らした。

「口に合ったようで良かった」

「はい、ありがとうございます、歌仙さん」

主が名を呼ぶと、歌仙は驚いた後で微笑んだ。

「うん」

歌仙がいなくなった後。

「日本号さん」

「あん?」

「少し食べませんか?」

「俺は……」

「甘すぎて、食べ切れなくて」

残せないし、と肩を落としている。

「……かせ」

ばくりと残りを一口で日本号が食べると、主はほっと胸を撫で下ろした。

 

 

 

そわそわしている主の頭に、日本号が手を置く。

主が、きゅっと目を閉じて。日本号の手がそのまま動かないのを見て、そろ、と主は目を開けた。

「……日本号さん?」

「あんた、意外と顔に出てるな」

「え?」

「おひたし、好きだろ」

「……」

「伝えてやりゃいい」

「……」

困った様子の主の頭を撫でる。

今すぐには、関わるのはやはり難しい。

だが、少しずつでも、変わればいい。

間に合うようにするのは、日本号の役目だ。

「ま、そのうちな」

「はい」

日本号が席を立つと、主も立ち上がる。

大広間を出る前に、主は厨に小さく頭を下げていた。

たぶん、今頃大騒ぎだろうなと思いながら、日本号は歩き出す。

その後を主がついてくる。

少し歩いて、日本号は立ち止まり、庭に視線を向けた。主も立ち止まる。

主の視線が眩しそうに、青空を見ている。

「夏の景趣に、したらどうだ」

「暑すぎますよ」

「虫取りできる」

「……しません」

「くくくっ」

「しませんよ。もう」

懐かしいものを見るように、主の視線は遠くを見ていた。

 

 

 

主が自室に戻るのを、部屋の前で日本号は待っていた。

今日、主はずっと日本号に着いてまわっていた。

霊力は使わせなかったが、よくわからないタイミングで凝りは増えていた。

歩いている時、庭を眺める時、男士と話す時。

朝減らした分の半分は戻っていた。

(なんなんだろうな、ありゃあ)

他の男士には見えていないようだ。それこそ、御神刀連中なら、分かりそうなものだが。せいぜいが流れが悪い程度らしい。

(俺がわかるからいいけどよ)

「日本号さん?」

風呂上がりの主が駆け寄ってくる。

ほんのりと温まった肌が、桜色に染まっている。

「何かありましたか」

無表情の変わらない主の頬を摘む。

「いや、増えてるからな」

「寝る前にやるぞ」

そのままムニムニと揉む。

なかなか素直にならない表情。これもこれからだ。

「んむ……っ」

日本号の手を外した娘は、頬を染めて俯いた。

「……はい」

部屋の中だと、もう少し表情が緩む。

膝に乗せると、主は目を閉じているが、緊張している。

「疲れたか?」

「……はい」

頭に軽く手を置く。主は少し口元を緩めた。

「ごはんが美味しいことを、思い出しました」

食事を思い出して主の気が抜けたようなので、左手をとって、薬指の付け根に口をつける。

霊体に触れ、凝りを吸い出す。ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ。

「日本号さんは、いっぱい食べますね」

ぶつり、と吸い出す繋がりが途切れる。

これ以上はダメか。

「主が少なすぎるんだろ」

「俺ァ普通だ普通」

口を離すと、主が目を開く。

そして、ゆる、と口を緩めた。

部屋の外よりもほんの少し、表情が出るのは、ここが娘の唯一の居場所だったからだろう。

「明日から楽しみにしとけ」

「え?」

「厨の奴ら、張り切ってたからな」

日本号が喉の奥で笑うと、娘は困惑を浮かべる。

「どうして……」

「そりゃ、主が美味そうに食ってたからだろ」

「え、顔に、出てました?」

「ちっとだけな」

自分の頬を両手で押さえて、娘の目が柔らかくなる。

(な)

見たことのない笑顔に、心の奥が跳ねた気がした。

止まりそうな呼吸を無理やりに整える。

気づかれないように、問いかける。

「明日は、何する?」

「……あ、明日?」

戸惑う娘の顔を自分から隠すように、日本号はまた小さな頭を撫でた。

 

 

 

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