[刀剣乱夢]らいぶ   作:himausa

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第七話 [て] 手放すな

二人で庭を歩く。

今朝は凝りをとって、朝食前に少し散歩をしている。

主はまだやりたいことを口にしない。

「もう、よくわからなくて」

そう困った様子で。

このままだと埒も明かないから、庭に連れ出した。

庭に出たこともないそうだから。

日本号は主の後をついて歩く。

足取りは無意識なのか、廊下を歩くよりも軽く跳ねていて、楽しそうにはみえる。まだまだ無表情だが。

「主、おはようございます!」

蜻蛉切の声に主が顔を上げる。

目の前にいる蜻蛉切を認め、少し困ったように眉を下げる。

軽く日本号を振り返る。

「今朝は散歩ですか?」

「は、はい」

「良い天気ですから、心地よいでしょう」

「……はい」

主が、一拍置いて、ふと口角を上げた。

「はい、本当に」

明らかに笑ったとわかる顔に、周囲が静まり返る。

だが、主は気づかずに続ける。

「鍛錬ですか?」

「はっ」

「では、きっと朝ごはんも美味しくいただけますね」

「は、はい」

「……」

「……あの、何か?」

蜻蛉切が日本号を見る。日本号は目線で待つように伝える。

「……お、おはよう、ございます」

頬を染め、少し俯いて主が言った。勇気を振り絞った、という様子で。

「……蜻蛉切さん」

それから、また口元を緩める。

蜻蛉切も一度見惚れ、すぐに返す。

「おはようございます、主」

二人が笑う。

どちらもなんの含みもなく。ただ挨拶をしただけだ。

だが、主には大きな一歩。

蜻蛉切が去った後、日本号は主の頭に軽く手を置く。主は、日本号を見て、また嬉しそうに頬を染めて笑っていた。

それから、何人かの男士が偶然を装って主に挨拶しにくるので、日本号は笑いを堪えるのに苦労した。

気づいたとしてもそれはそれで、主ははにかんだ温かい笑顔を日本号に向けるだろうが。

 

 

 

朝食を食べる主を見る。緊張も少しほどけて、口元も緩くなった。

厨で見ている者たちが気づくのは、主は和食が好き。野菜が好き。魚が好き。肉はあまり進まないが、食べたくはあるらしい。

それと、デザートはあまり甘すぎない方がいい。ところてんは嬉しそうに食べていた。懐かしい、らしい。

じっと見ていると、日本号は違和感に気づく。

ここ数日、共に食事を共にしているが、いつもと違う。

「……主」

「んん……はい?」

「……いや、なんでもねぇ」

霊体の凝りがいつの間にか増えている。朝に吸ってから、こんなに早く増えたことはなかった。

(なんだ? 何があった?)

今すぐにというほどではないが、今日は昼間も必要がありそうだ。

食べ終わった主が、書庫へ向かう。この本丸に書庫があるとは、日本号は知らなかった。

「主、どうした?」

書庫に入ってすぐ、声をかけてきたのは三日月宗近。それ以外に、書庫には小烏丸、獅子王、同田貫正国。なかなか珍しい顔ぶれだ。

主が軽く頭を下げて、書棚へ向かう。

三日月は主についている日本号を見て、軽く微笑んだ。だが、何かを言うわけでもない。他もそうだ。

主が二、三冊のファイルを手にして、出ていく。慣れたものだ。

部屋を出た後、日本号は主からファイルを取り上げた。

「日本号さん?」

「持つぐらいはできるさ」

主は少し困って、それから笑う。

「……ありがとうございます」

そこへ長谷部。

「主!!」

二人とも振り向く。

「それは、仕事、でしょうか?」

「はい……?」

「俺にお任せくださいませんか!」

長谷部を前に、主は少し固まる。どうするか迷っている。

「……その、これまでの戦績のまとめをしているのですけど……」

主が言うのは、引継ぎのひとつなのだろう。

気づいた長谷部は一瞬眉を動かしたが、追及はしなかった。ただ主を真っすぐに見ている。

主が困ったように日本号を見る。日本号は息を吐いて、長谷部にファイルを渡した。

「ほらよ」

「日本号さん……」

「いいんじゃねぇか?」

「ですが……」

「俺に時間をくれるんだろ?」

考えた末、主は長谷部に両手をそろえて頭を下げた。

「その、お願いしてもいいでしょうか?」

その状態で、少しだけ頭を上げて、首をかしげる。

長谷部は主の上目遣いに、固まっていた。

(だよなぁ)

日本号はにやにやとそれを眺める。

この娘は全部無意識でやっている。

「お任せください!」

やる気になった長谷部が握り拳を作って、叫んだ。

「すぐ終わらせます!!」

そのまま猛スピードで走っていった。

身体を戻した主は、困った顔で日本号を見上げる。

「本当に、よかったのでしょうか?」

「いいんだよ。それより、ちっと俺の部屋にこい」

主を連れて、日本号は三名槍に割り振られた部屋に入った。ここが近かったからだ。

「お、日本号……と、主!?」

寝転がって漫画を読んでいた御手杵が飛び起きた。

「なんでだ!?」

「うるせぇ」

「……すいません」

主が頭を下げる。

「あの、日本号さ…ん!?」

日本号はその体を抱えて、すぐに胡坐をかいた膝に乗せた。

背中は廊下側、目の前は壁。御手杵からは見えない。

「御手杵、ちと出ててくれ」

「お、おう?」

「野暮用だ」

「……はぁ?」

「に、日本号さん」

「見られたくねぇだろ」

腕の中、主が身体を硬直させつつ、頬を染める。

「……えっと、よくわかんねぇけど、部屋に誰もいないほうがいいんだな。わかった」

御手杵が部屋を出て直ぐ、主の左手を取る。

「日本号さん、なんで……っ」

「増えてる」

「え」

「こんなに早く増えることなんてなかったろ」

主の顔が、さっと青くなった。

これは、何かを知っている。

でも今は。

「まずは、吸うぞ」

「は、い」

薬指の付け根に口を寄せる。ひとつ、ふたつ。

ぶつり、とすぐに途切れる。

「主……」

「……やっぱり、私は……」

主の目が昏く濁り始める。霊力が渦を巻く。

――ぽん。

そしてまた、凝りが、増えた。

「なんでだよ……」

日本号から、低く唸る呟きがもれる。

主はしばらく目を閉じていた。

外から鳥の声が、風に揺らされる木の葉の音がさらさらと聞こえる。

ゆっくりと娘が瞳を開く。その目は日本号を通り越して、遠くを見ている。

「やっぱり、止められない……」

「……勝手に、増えちゃう……」

娘の顔を自分の胸に押し付けるようにして、日本号は腕に力を入れた。

「大丈夫だ」

「俺が何とかするっていったろ」

「俺のことはまだ信用できねぇか」

ふるふると首を振る娘を抱く腕にいっそう力を籠める。

「もう一度だ」

腕を緩め、今までとは違い、掌側から薬指の付け根に口を寄せる。

(頼む)

意識を霊体に集中し、凝りを捕まえ、引き出す。

ひとつが震える。なかなか離れない。

(頼む)

やがて、凝りがまた離れ、日本号に流れ出す。

(よし)

ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ……とお。

続けられそうだが、と日本号は主を見た。

身体中を林檎色に染めて、震えている。

宥めるように、空いた手で、耳元の髪を撫でる。

びくりと、更に震える。

「……っ」

娘の目から雫が落ちた。

驚いて口を離す。

「主?」

慌てた娘が、目元を自分でぬぐう。それ以上涙は出ていなかった。

「ち、ちがうんです、これは」

娘は日本号から顔をそむける。

「なにか、今、外れた気が、して」

「うれしくて」

真っ赤になって震えている。何が起きているのかわからないが。

「……まあ、うまくいったみたいだし、いいか」

主の頭を軽く叩く。数回。

「うん、こっちのがいいってことか」

「えっ!?」

「今度から、こっちだな」

「こ、こっちって」

「内側の方が、あんたに届く」

「ぇえっ」

日本号の手を娘が掴んで止める。

「ま、まって。それは……っ」

「大丈夫だ。俺は壊れねぇよ」

「そ、そうじゃなくて……っ」

「このままもう少し休んでろ」

「そういうことでもなくて……っ」

手をよけて、娘の顔を覗き込む。

「ははっ、桃の実みたいに真っ赤だぜ」

見下ろす自分の顔も赤くなっていることに、日本号自身も気づいていなかった。

 

 

 

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