[刀剣乱夢]らいぶ   作:himausa

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第八話 [ん] んじゃ、行くか

朝食後、歌仙と主が話している。

こうして、少しずつ男士たちと話すことも増えてきた。それはいい兆候だ。

たとえ、机の下で日本号の指をこっそり握っているのだとしても。

窓からヒラヒラと青い蝶々が飛んできて、主の頭に止まる。

しん、と大広間が静かになった。

主が首を傾げると、蝶々がヒラヒラと舞う。それは、主がそっと伸ばした指先に止まった。

主は目を丸くする。

その眼差しが、ゆるり、蕩ける。

口角が上がり、目が細められる。

まるで一枚の絵をみているようだ。

(今、手元に酒盃がありゃあな)

惜しい。

主が日本号を見る。

その手から蝶々が飛び立ち、空へ消えていった。

「見ました?」

蝶々を追いかけていた楽しそうな視線が、主自身の手元に移動する。

「止まりました」

そして、日本号を見る。

「……驚きました」

嬉しそうに報告してくる主の頭に、日本号は手を置いた。

「良かったな」

「はい!」

その笑顔は夢で見たのとよく似ていた。

嬉しいはずなのに、誰にも見せたくない。そんな気がしてくる。

だから、強く主の頭を下に押す。

「わ、なんですか?」

「なんでもねえよ」

ふと、周囲の視線に気づく。

主がこれに気づいたら、どんな反応をするか。

視線で視線を散らし、主から手を退ける。

「そろそろ行くか」

主は嬉しさをそのままに、大きく頷いていた。

日本号はなんだか胸の奥がむず痒くて、仕方なかった。

 

 

 

廊下に出てすぐ、主の足元に黒い何かが滑り込んできた。

「鵺ー!」

主は足を止めて、固まっている。

やってきたのは獅子王だ。いつも肩にいる黒い塊、鵺がいない。

「獅子王さん?」

「主、すまねえ。鵺の奴がいきなり飛んでっちまって」

獅子王が鵺に手を伸ばす。

「ほら、主が困ってんだろ、鵺」

する、と鵺が主の陰に隠れる。

「鵺さん?」

それでいて、主が手を伸ばすと、その手に目元を擦り付ける。

ふわふわが楽しいのか、主の口元がゆるゆるだ。

「んっ、獅子王さんがお困りですよ」

「お困り……いや、困るのは主だろ!」

主が顔をあげて、獅子王に首を傾げる。

「困りません」

「は」

「鵺さん、そこが心地よいのですか?」

鵺が主の霊体に触れているのが見えて、日本号は掴み上げた。咄嗟で何も考えていなかった。

「獅子王」

「あんがとな、日本号」

「おう」

主の霊体に触れられるなんて、自分以外にいると思わなかった。

「日本号さん?」

「……いや」

主の霊体を見る。

凝りが増えてはいない。

いないが。

「獅子王さん、鵺さんを叱らないであげてください」

「え、あ、ああ。でも、こいつ、そんなこと言ったら、調子に乗るぜ?」

「大丈夫です。猫みたいなものでしょう?」

主は楽しそうだ。

「猫って」

主が手を出すと、鵺が綿雲のような黒い体を伸ばして、主の手に触れた。

それを日本号は手を出して、遮っていた。

「日本号さん?」

「日本号?」

自分でも何をしているのかわからない。

「なんでもねえ」

日本号はそう返すしかなかった。

そうだ、と獅子王が日本号を見る。

「日本号、畑当番だったろ」

「あ? あー、そうだったか?」

「俺もだ」

獅子王が主を見て、笑って手を差し伸べた。

「な、主は畑行ったことないだろ?」

「は、はい」

「んじゃ、行こうぜ。今日は面白いもんも見られる」

「…………面白いもの?」

主が日本号を見上げる。

どうしようと迷っている。

「何かあったか?」

「収穫、今日は燭台切だからさ」

「なるほど」

「張り切ってたし」

「何があるんですか?」

獅子王は笑う。

「それは見てのお楽しみ、さ」

主は差し出された獅子王の手を見て、日本号を見て。すすっと、日本号のそばに寄る。

「じゃあ、行ってみます」

日本号を見上げ、主は控えめに微笑んだ。

なんだそれ、とは誰も言わない。

ただ、日本号は固まる。胸の奥が落ち着かない。

主を本丸内に連れ回すようになってから、自分がわからない。

でも。

「ああ、行くか」

日本号の手に手を重ねる主に、この手は離せないな、と思った。

 

 

 

日本号が畑仕事をしている最中、主は木陰にいた。

木に寄りかかって座っている。

何人かの男士が近づいては話しているが。

(緊張、してんなあ)

遠目にそれを見て、日本号が苦笑していると、主と目が合う。

「主、日本号が連れ回すようになって、雰囲気柔らかくなったな」

獅子王の言葉に、日本号はそうだろうと頷く。

「今は普通の女の子みたいだ」

日本号が獅子王を見ると、頬を染めて、主を見ている。

獅子王は日本号の視線に気づくと、誤魔化すように照れ笑いをした。

主が本丸に受け入れられるのは、良いことだ。

そのために、連れ回している。

そのために、交流させている。

全部、日本号自身が仕組んだことだ。

獅子王の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。

「わ、なんだよ!?」

「わかってるじゃねぇかっ」

ニヤニヤと笑いながら、獅子王と笑い合っていて。遠くから、主が二振を少し寂しそうに見ているなんて、思いもよらなかった。

 

 

 

燭台切の収穫を、主が日本号の隣で見ている。

「別に、特別なことは何もないよ?」

苦笑する燭台切に、獅子王が首を振る。

「他にやるやついねぇから」

「すればいいのに」

「しても、燭台切みたいにはならねぇんだよ」

二振の様子を主がきょろきょろと忙しそうに見ている。

「主、今夜の食材なんだけど、何か食べたいものはある?」

燭台切に聞かれて、日本号を見上げる。

「好きな食材を聞いてんだよ」

主は首を傾げ、口元に手を置いて思案する。

「……これ?」

指したのは、何かの葉っぱ。

「人参?」

こくりと頷く主が、日本号の陰に隠れる。

「……ゆでたの、美味しかったので」

「ああ、じゃあ、歌仙くんに伝えて……」

「バターの味が、少し?」

燭台切が少し固まり、吃驚するほど輝く笑顔を見せてきた。

「グラッセだね! うん、じゃあ、今夜は楽しみにしておいて」

それから、燭台切が畑の人参を一通りみて、一角で足を止める。

「この辺かな」

地面に手をついて、囁く。

「うん、今日の主のお腹に入りたい子は誰かな?」

「……うん、そうか。そうだね、じゃあ、君にお願いしようかな」

そういって、数本を抜いていく。

主は困惑した様子で見ている。日本号を見ても、なんといっていいやら。

「燭台切はさ、ああやって食材に語り掛けて収穫するんだ」

「んで、そういう食材はめっちゃ美味い」

獅子王が代わりに解説して、主に笑いかけた。

主は少し考えて、燭台切を見つめる。

「……美味しいのがわかるってこと?」

やはり、わからないらしい。

大体、誰もわからない。

うきうきとした足取りで燭台切が去った後。

「……グラッセは、おつまみにぴったり……」

こっそりと囁く主に、獅子王と日本号は吹き出した。

主は嬉しそうに一緒に笑っていた。

 

 

 

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