夏の終わりの光は、この街では白く濁らない。
八月の終わりが近づくと、ウィンチェスターの朝には薄い霧が残るようになる。
留学して、一年が過ぎようとしていた。
初めてこの窓を開けた朝のことは、いまでも覚えている。あのときは塔の位置さえ分からず、街の地図を何度もたたみ直した。それがいまでは、目をつぶっていても大聖堂まで歩いていける。丘へ上がる坂の傾きも、イッチン川にかかる橋の板が一枚だけ低く鳴る場所も、足のほうが先に覚えた。
階下では、
洗面所の鏡には、癖のある黒髪を寝かせそこねた顔が映っている。背は高いほうではなく、いくら食べても肉がつかない。日本でもここでも、すれ違った人の記憶に残る顔ではないだろうと思う。ヒロはそれを、不満に思ったことがなかった。目立たなければ、本を読む時間はそのぶん長くなる。
部屋の壁際には、日本から送った段ボールが一つ、まだ完全には片づかないまま積んである。中身のほとんどは本で、そのうちの三分の一は同じ物語の別々の版だった。子ども向けに書き直されたもの、注釈だけで本文の倍ある研究書、表紙が気に入っただけで買った古い訳。同じ話を何度読んでも飽きないというのは、それだけで一種の才能なのだと、ヒロは自分に言い聞かせている。才能でないとすると、ただの偏りになる。
この街を選んだ理由も、結局はそこにあった。留学先の候補はほかにもいくつかあったし、大きな街のほうが授業も設備も充実していると勧められもした。それでもヒロは、地図の上でロンドンから南西へ指を滑らせて、ここで止めた。あの本には、円卓のある城とはこの街のことだと書かれている。書いた本人がそう記しているのだから、それ以上の理由は要らなかった。
机の上のパソコンを開くと、受信箱のいちばん上に、見覚えのある差出人の名前があった。
グレート・ホール資料室。
指が止まった。半分だけ開いた窓から風が入ってきて、めくれたノートの端が乾いた音を立てる。ヒロは椅子に座り直し、背筋を伸ばしてから本文を読んだ。
事務的な英語というのは、ヒロにとって、もっとも読みやすい種類の英語だった。申請の件につき、
何度読み返しても、文面はどこも変わらなかった。
立ち上がったとき、膝が机の裏にぶつかった。痛みより先に、笑いに似たものが喉から出た。
学期が始まっていたら、平日の午前十時に呼ばれても動けなかった。休暇の終わりにこの返事が来たのは、単に運がよかっただけだ。
写本そのものは、この街にはない。ロンドンの図書館の書庫で、温度と湿度を管理された箱に入って眠っている。ヒロが見られるのは、その
四度目に書いた文章は、いまでも暗記していた。
この写本は、後世が思い描くアーサー王の姿を決めた、もとの文章を伝えています。その姿がどのような手つきで紙の上に置かれたのかを、見たいと考えています。
書いた当時から、自分でも大げさだとは思っていた。それが通ったのはたぶん、担当者が根負けしたからだろう。
昔、それの何が面白いのかと、真顔で聞かれたことがある。うまく答えられなかった。答えられないまま海を渡って、答えはいまも見つかっていない。ただ、面白いかどうかを聞かれると困るものが、世の中にはある。自分は、そのひとつに当たってしまった。このごろは、そう思うようになっていた。
部屋にいても落ち着かなかったので、ヒロはパーカーを引っかけ、財布と鍵だけをポケットに入れて外に出た。
通りに下りるころには霧はもう薄れていて、壁が乾いた色を取り戻していた。ハイストリートは観光客が動き出す前の時間で、パン屋の店先だけが甘い匂いを流している。掃除を終えた店主が水を
声を出さずに済む場面では、いつもそうしてしまう。それでもこの一年で、会釈だけは自然になった。最初のころは角度が深すぎて、相手をかえって驚かせていた。
英語は、読むだけならほとんど困らない。十五世紀の
この街は歩いて回れて、それがヒロには都合がよかった。大聖堂の芝生を抜け、
大聖堂の前の芝生は、朝露を吸って、まだ重たそうに見えた。塔を見上げると、首が痛くなる角度になる。下から見上げられることを、石を積んだ人間ははじめから計算に入れていた。そう分かる高さだった。ヒロは芝を横切らず、わきの小道を選んで歩いた。
水郷に入ると、空気の温度がはっきり下がる。細い水路がいくつにも分かれ、水草が同じ向きに倒れたまま揺れていた。橋を渡るとき、板が一枚だけ低い音を返す。その板の位置を、ヒロはもう間違えなくなっていた。
水路の