東京の夏は、去るときにも、どこか未練がましい。
九月が近いのに、正午を過ぎれば気温は昨日と変わらず、蝉の声にも切れ目がない。
呼び出しの連絡は、朝のうちに母から来ていた。授業の合間に開いた画面に、三行だけ並んでいる。
用件は書かれていない。場所と時刻だけである。学校が終わったらそのまま来なさい、という言い方だった。母がそういう文面を送ってくるときは、たいてい、母自身も内容を知らされていない。
坂を上りきると、瓦を載せた長い塀が、そこから続いている。門は、開いていた。
母方の、遠い親戚にあたるらしい。らしい、というのは、その説明を聞くたびに関係の呼び名が変わるからである。大叔父の従兄弟の家、と言われたこともあるし、本家のほう、と言われたこともあった。
どちらでも同じだ、とアカリは思っている。
前に来たのは中学のときで、法事だった。そのときも座敷に上げられて、知らない大人が何人もいて、何の話をしているのかは最後まで分からなかった。そのまま終わって、それで困ったこともない。
自分の家より広い家があって、そこの人たちが集まると、母の口数が減る。分かるのはその二点だけで、それ以上を知る必要が生じたことは一度もなかった。
今日までは。
塀に沿って歩くあいだ、蝉の声が、一段大きくなった。この家の庭は木が多い。三年前もそうだった。
玄関で靴を脱ぐとき、
通されたのは、庭に面した座敷だった。
畳が新しい。踏むと、足の裏が少し沈む。青い匂いがして、去年か今年に入れ替えたのだと分かった。床の間には掛け軸が下がっていて、字が書いてあるが、読めない。崩し字は授業でも扱わなかった。
人は六人、座っていた。
誰も、汗をかいていない。冷房が入っているわけでもないのに、全員が同じ姿勢で、同じ角度に膝を揃えている。
男が四人と、女が二人である。年齢はばらばらで、いちばん若い男でも母と同じくらいに見えた。正面の一人だけが、座布団を敷いている。
座敷に入った瞬間、視線がまず髪のあたりに来た。染めているのではなく地毛の色が薄いのだが、この場で説明する気はない。
母は端に座っている。アカリのほうを見なかった。
その膝の上で、指が組まれたり外れたりしている。落ち着かないときの癖である。
「座って」
正面の男が、短く言った。アカリは座布団のない場所に膝を折って、そのまま座った。足はすぐ痺れるだろうと思ったが、それは言わないことにする。
話は、長かった。
最初に断り書きがあり、次に前提の説明があって、そのあとでようやく本題が出た。学校の集会で聞く話と、組み立てが同じである。
英霊という言葉が出てきて、聖杯という言葉が出てきて、そのあとに国家という言葉が続いた。どれも一度は聞いたことがあるのに、並べられると急に知らないものに見える。七つの国が英霊を一騎ずつ立てて、最後まで残った国が記録を一点だけ書き換えられるのだという。
記録を書き換える、というところで、アカリはいったん理解を諦めた。
諦めたことは、顔に出さない。出せば、説明が繰り返されるだけだった。
書き換えたところで、何が変わるのか。起きたことは、起きたままである。それを紙の上で違うことにして、誰が得をするのかが分からない。
ただ、分からないと言えば、話が長くなるのも分かっていた。
途中で、正面の男が一度だけ言葉を止めた。こちらが理解しているかどうかを確かめる止まり方だった。アカリは目を逸らさずに待ち、男はそのまま続けた。
次に出てきたのは、この国の事情だった。
日本には、そういうものを扱う国の役所がない。あるにはあるが、実際に動かせる力は昔からの家に散らばっている。集めようとするたびに揉めてきたので、国がまとめて何かを決められない。
ここまでは、なんとなく分かる。誰かが決められないでいるあいだに、決められる誰かが決めてしまう。そういう形である。
揉めてきた、という部分で、話し手の声が少しだけ低くなる。この家がその揉め事のどちら側にいたのかには、触れない。
「そこで、うちが受けることになった」
その男が言った。
「日本の代表権を、篠木が引き受ける。そして代表者を一人立てる」
アカリは、相手の目を見た。
男のほうは、目を逸らさなかった。逸らさないかわりに、言い方のほうが丁寧になった。丁寧になるときは、たいてい、良くない話である。
「あなたに、お願いしたい」
庭の木で、蝉がひとしきり鳴いて、ふいに切れた。誰も、その音を気にしていない。
お願いしたい、という言い方に、アカリは引っかかった。
頼まれごとであれば、断る道も残っているはずである。ところがこの部屋には六人が並んでいて、そのうちの一人は母である。断らせるために揃える人数ではない。
なるほど、と思った。
自分がここに呼ばれた理由が、そこでようやく枠に収まった。三年ぶりの家に、制服のまま呼ばれて、正座させられて、長い話を聞かされる。そこまでの手順が要るのは、頼む側に負い目があるときに限られる。
敬語を使うべき場面だという自覚はあった。それでも、口のほうが先に出た。
「あたし、魔術とか何も知らないけど」
「必要ありません」
「呪文とか、覚えなくていいの」
「代表者に求められるのは、命じることと、止めることの二つだけです。どちらも言葉で足ります」
それなら、とアカリは思った。それなら、なぜ自分なのだろう。
命じることと止めること。その二つなら、たしかに誰にでもできる。できるからこそ、誰でもいい、という話になる。
この家には、そういうことをやってきた人間が六人もいる。母を除けば五人だ。誰か一人が行けばいい。
行かない理由があるのだろう、とは思う。ただし、それを説明する気がないことも、この場の空気で分かる。
大人たちが英語を話せないのだとしても、それは理由にならない。アカリの英語は、学年でも下から数えたほうが早い。
「なんで、あたしなの」
部屋が、静かになった。
何人かが、目だけを動かして正面の男を見た。答えるのはあなたの役だ、という動き方だった。首は誰も回さない。
庭で、
「開催地は、イギリスです」
「はい」
「ウィンチェスターという街に、いま日本人の留学生が一人います」
留学生が一人、とだけ言って、名前は出さない。出さないまま、こちらの顔を見ている。反応を確かめる間があったということである。