かくも日常的な物語 2   作:満足な愚者

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始めまして、満足な愚者と言います。

この作品はアイドルマスターの二次創作であり、オリジナル主人公、オリジナル展開となります。

こういったものが苦手な方は回れ右でお願いします。

また、ところところで改変があるかもしれないのでご了承ください。感想の方は厳しい意見を募集しておりますので、厳しい意見でも感想でも応援でも何か書いてくれると嬉しいです。感想や評価を貰えると作者のやる気が上がります。


秋の始まりのプロローグ

それを聞いた時、俺は悲しくもなければ怖くもなかった。理不尽だという怒りも後から湧いてきた怒りで、この時はただ、あぁ。やっぱりな……、と諦めの感情がただただ湧いていた。

 

四方を機械に囲まれ、至るとこにモニターがある整理整頓とは無縁の部屋。地下室にあるその部屋は日光が入るはずもない。それに今は電灯も切っているため、部屋はただ部屋の各地にあるモニターの光で薄明かりがついた状態だった。

そんな部屋の中、一人の男と向き合う。数あるモニターの中の一つの前に椅子に座り向かい合っている。どことなくだらしない男だ。丸い銀縁メガネに不健康そうな白い肌。ぼさぼざの髪はところどこで渦巻いていた。

 

「ふむ、以上が俺から言えることだ」

 

どことなく不機嫌に男は言う。目はただモニターを見つめ、口調は抑揚のない淡々とした口調。初対面の人ならまず勘違いされそうだが、彼はこの口調が通常だった。機嫌が良かろうが普通だろうが毎日がこの口調。別に怒っているわけではない。そのことはすでに長年付き合っているため承知のものだ。

 

「あぁ、そうか」

 

彼の説明を半分以上聞き流した俺はただただ何もわからず納得した。長々とした説明は俺にとっては意味のあまりないものだった。ただただ結果が全てだった。おそらく相手も分かっていただろう。しかし、彼は全てを分かった上で頷く。

 

「どうしたいか、ゆっくり考えろ。俺はお前の選択は尊重する」

 

その日はそのあとただ何も考えず、家に帰った。覚えていることは空が恨めしいほどの青だったと言うことだけ……。

 

人間、真剣に三ヶ月考えたことは後悔しない。そう、俺は何処かで聞いた。それは学校の先生が言ったことなのか、それとも友達が言ったことなのか、はたまたネットの掲示板で見たのか、それは思い出せない。だけど、俺はあの日から三ヶ月真剣に考えた。季節は秋から冬真っ只中に移行していた。三ヶ月間真剣に考えた。学校でも、部室でも、バイト先でも、寝室でも。とりあえず、考えた。もともと考えるのは得意じゃなかったので至るとこに脱線した、大きく遠回りをした。その三ヶ月間に怒りも湧いた。理不尽を不条理を嘆いた。でも、結局怒りや嘆きは長くは続かない。俺はそんな感情を長引かせるのが苦手だった。怒りや悔しさはいつの間にか消えていく。ジャンケンに負けた悔しさも運命に負けた悔しさも俺の中では同じだった。

 

「すまない、こんな遅くに」

 

あの日から三ヶ月後、俺は彼の部屋を訪れた。季節はすでに冬になり、雪がチラチラと舞い踊る。気温も低く、吐く息が白かった。

 

「あぁ、もうそろそろ来ると思ったぞ」

 

突然の訪問にもいつも通り表情も変えず、ただただ抑揚なくそう言う。

三ヶ月前と何も変わらず、混沌とした部屋へ入る。人が住んでいるとは到底思えないが、これが彼の部屋であり、彼の中ではそれが落ち着くのだろう。部屋の中は外よりも幾分か暖かかった。おそらく、数ある機械の発熱により暖かいのだろう。

 

「それで、これからのことは決まったか?」

 

あの人同じ場所に座り彼は言う。モニターの光がメガネに反射して冷たい印象を持たせる。

 

「あぁ、決まったよ。これからのことも、俺がどうしたいのかも」

 

それは恐らく、あの日に既に出ていたのだだろう。答えはずっと、俺の中にあった。前々からもしかしたら、あるかもしれないと思っていたことが現実になっただけ。覚悟もあった。ただそれを認めるのに時間がかかっただけ。

 

「そうか……」

 

そう短く彼は言うとデスクにあったコーヒーを一口。俺も彼もコーヒーはブラックしか飲まない。暗い部屋ではその水面を覗くことも叶わない。

 

「うん、聞いてくれるか?」

 

「あぁ」

 

「------」

 

これからのこと、未来のこと、どうしたいのか、どうするのか、全ての考えを伝える。一番の友人だ。彼にだけなら伝えられる、伝えないといけない。

それは懺悔にも断罪にもにた告白だった。この瞬間、俺と彼は共謀者になったのだ。

 

外に出た時、時刻はもう日付をまたいでいた。チラチラと降っていた雪は話の間中も降り注いでいたのか、辺りは薄い白へ染まっていた。空を見上げればビル灯りで曇っているのか晴れているのかさえ見えなかった。

今から三年前の高校、三年の冬のある日のことだった。

 

人通りの多い夜の街を歩く。八月中はまだ日も明るい時間だったが今ではもう夜の帳が降りていた。九月ももう終わると言うのに夏の残り香は強く、街ゆく人々は半袖が多かった。秋と言うには気温が少し高すぎる、晩夏と言った方がしっくりくる季節だった。まぁ、この高い気温も今週までで来週からは一気に秋風が強くなる、そう朝のニュース番組で言っていた。

 

「今日のゲストは今人気沸騰中の765プロダクションの皆さんです!」

 

高層ビルに埋め込まれているTVを見れば見慣れた音楽番組が写っていた。立ち止まり見上げる。そして、見知った顔の女の子たち。変わったな……と思った。

たった、半年前は雑誌に小さく出るだけだったアイドル達が今ではこうして全国放送の音楽番組に出演していている。あの子達の成長の様子を間近かで見ることが出来たため、余計にその成長が目に見えて分かった。あの子たちはこの半年で大きく成長している。それに比べて俺は……。まぁ、そう悲観するのはここまでにしておこう。人間変わらないものは変わらないのだ。

 

「なぁお前、765プロの中で誰が好き?」

 

「うーん、やっぱ雪歩ちゃんかな。お前は?」

 

「そりゃもちろん春香ちゃんに決まってるだろ! あの直向きな態度の裏は絶対ドSの一面を持ってるに違いないぜ! そして、虫を見る様な目で見られて踏まれたい!」

 

「ごめん、お前の友達辞めていいか?」

 

同じ様に立ち止まり大きな画面を見上げていた二人の若い男性の話が聞こえた。いや、この二人だけじゃない。

 

「きゃー真様よ! こっち向いて!」

 

「ちょっと、何言ってるのよー。恥ずかしいじゃない。確かに真様はかっこいいけど、やっぱり765プロと言えば竜宮小町っしょ」

 

部活帰りだろうか、エナメルバックを持った女子高生も……。

 

「パパー、大きなテレビにスマイル体操のお姉ちゃんがいるよー!」

 

「おう、そうだな。好きだもんなスマイル体操!」

 

「そうね、この前幼稚園でスマイル体操踊ったっていってたもんねー!」

 

「うん! 僕スマイル体操踊れるよ!」

 

若い夫婦と幼い息子も……。

 

「なぁ、765プロで一番運動神経いいのって誰だ?」

 

「そりゃ、響チャレンジとかで毎週色々なことにチャレンジしている我那覇 響だろ!」

 

「いやいや、菊地真も相当運動神経いいと聞くぜ」

 

「ばっかだなぁお前ら、その二人はいかにも運動できますオーラ出してるだろ。そんな奴ダメだ。こう言うのはな若くて、おっぱいの大きい美希ちゃんが意外に一番いいんだよ!」

 

「それはただお前の好みだろ!」

 

俺と同い年くらいの大学生グループも……。

 

「765プロ最近見る機会増えたなぁ」

 

「そうだな、雑誌の表紙なんかでもよく見るし何より『生っすか!? サンデー』の影響大きいよな」

 

「あ、私がラーメン食べたくなっちゃった?」

 

「いきなりどうしたの?」

 

「いやさ『生っすか!? サンデー』の四条 貴音のコーナー思い出して」

 

「あれ、毎回美味しそうに食べるよね」

 

「うんうん、それで食べたくなっちゃった!」

 

「よし、それじゃあ行くぞー!」

 

そして、会社帰りのサラリーマンとOLのグループも……。多くの人が画面を見上げていた。その状況に思わず微笑みを浮かべると、バイト先までの道を急いだ。最後にもう一度、今度は画面よりも少し上を見上げる。残念なことに星は画面の明るさにかき消されて見えなかった。

 

バイトが終わり外に出ると随分と過ごしやすい気温になっていた。肌寒くもなく、鬱陶しい夏のまとわりつく暑さもなく、ただただちょうどいい適温となっていた。

いつも通りのメールをいつも通りの相手に送る。いつも通りの送信なら返信ももちろんいつも通り、夕食を作って待っているというメールだった。可愛らしい彼女のメールを見ながら思う。もうそろそろこの関係を終わらせるべきだと……。

もう彼女も半年前の状況ではない。仕事も忙しく、スケジュールが白紙で有ることが今ではないのだ。それに彼女の本文は学生である。学校にも行き、仕事もする。それがどれだけ辛いのか、どれだけしんどいのかそれを一番知っているのは俺自身だ。いくら仕事が忙しいとはいえども、22:30には家に帰ってこれる日々がほとんどである。これからもっともっと忙しくなればそれもどうかは分からないが今のところは22:30には帰ってきている様だった。今から俺がどれだけ早く帰れたとしてもバスの時間からいって日にちをまたぐ時間になることは避けられない。彼女はどれだけ、早く家に帰ってきても俺が帰ってくるまで夕食は食べない。何度か俺も早く寝てもいいぞ、と言ったのだがそれでも彼女はただただ夕食を作り待っているのだ。

どれだけ早く寝ても彼女の睡眠時間は一日、四時間から三時間。いくら若いからといって体を動かす仕事が多い彼女だ。このまま行けばいつか倒れてしまうかもしれない。夏休みが終わり、かれこれ約一ヶ月の間、その生活を送っている。もうそろそろ、限界だろう。彼女も、そして俺も……。

 

 

バイト先からバスで三十分ほど言った場所にある茶色いマンションが我が城。建築されてそこそこの年数が経っているため周りに建ち並ぶまだ新しいビルやマンションに比べると年季が感じられる。外見は少し劣るが住めば都と言った様にバス停まで近いし、スーパーも近くにある、通勤通学にも便利なこの場所を気に入っていた。少なくとももう、この住み慣れた我が城から越すつもりはさらさらなかった。

 

四階の角部屋の鍵を解錠し、扉を開けようとすればパタパタと扉の向こうから足音をが聞こえてくる。

 

「兄さんっ、おかえりなさいっ!」

 

黒髪のショートヘアに人懐っこい笑み、バイト前に大画面で見た少女だ。犬の尻尾の様に癖毛を揺らす彼女こそ俺の自慢の妹であり、アイドル菊地 真だ。

 

「あぁ、ただいま。真」

 

テレビで見たより柔らかい笑みで両手をこちらに出してくる。

 

「兄さん、荷物受け取るよ」

 

九月の初めから何か心境の変化があったのか、真は毎日俺が帰るとこうして荷物を受け取ってくれる様になった。もちろん初めは遠慮したが、兄さんの役に立ちたいんだ、と無理に押し切られてしまった。

 

「いつもありがとうな。真」

 

そう、いつも通りのお礼を述べて持っていたカバンを渡す。別に入っているものもバイトで使った衣類ばかりで軽く別に持ってもらう必要もないのだが、真の笑顔を見ると何も言えなくなってしまう。

 

「ううん、いつもご苦労様。ご飯出来てるけど、ご飯にする? それともお風呂?」

 

そう首を傾げる。

 

「何だか新婚の夫婦みたいだね」

 

その姿に思わず、そんな言葉がでた。

 

「もう、何言ってるの、兄さん」

 

数ヶ月前ならこの言葉に顔をあたふたさせていたが、今ではすっかり受け流せるようになってしまった。これも場数を踏んだことによる成長なのだろうか。

 

「いや、本当にそう思っただけだよ。真みたいなお嫁さんを貰えたら嬉しいなって。可愛いしね、真」

 

それは本心である。掃除洗濯料理と家事なら何でも全て出来、性格も良し! それに何と言っても今話題のアイドル 菊地真だ。そんな真みたいな子をお嫁に貰えたのなら男して感無量である。贔屓目が混じっているかもしれないがアイドルと言うことを除いても真は完璧なお嫁さんになることは間違いなかった。

 

「な、な、何言ってるの! そんなことないよっ!」

 

顔を真っ赤にしてカバンを持ったまま手をブンブンと振っていた。危ないからやめなさい。

 

巷ではクールでカッコいい王子様として、真様という愛称で呼ばれている彼女だが、こんな表情を見ていると、とてもそんな風には見えない。

可愛いなんて言われ慣れたと思っていたが、まだまだこのテンパり様を見てるとそう言うことでもなさそうだ。テレビなんか見てるとそう言うことでもないような気がするんだけどなぁ。

 

「ちょっと、兄さん。何笑ってるの!」

 

そんな真の姿が微笑ましくて笑っていた俺を真が半目で睨む。それがまた可笑しくて、笑ながらごめんごめんと謝る。

 

「もう、本当に兄さんはいきなりなんだから……」

 

と、顔を真っ赤にしながら呟くように話す。機嫌を損ねてなくて良かった。あまりからかい過ぎると拗ねてしばらく口を聞いてもらえなくなるからな。

 

「それよりも、今日のご飯はカレー?」

 

玄関を開けた時から漂っていた匂い。特徴的なその匂いは今や日本の中でも庶民的な料理の代表にもなりつつあるカレーだ。

 

「うん、今日は時間が空いてたしね。たまには作ろうかなって思って。頑張って作ったからまずくはないと思うけど……」

 

「何言ってるんだよ。美味しいに決まってるよ。楽しみだよ」

 

今では六年近く自炊している俺と変わらない腕前の真だ。多分もうそろそろ料理の腕でも勝てなくなるだろうな。悲しいような嬉しいような微妙な気持ちだ。

そんな、真が作った料理が不味いはずはない。それに真が作ってくれた料理だ、どんな料理よりも俺にとっては一番美味しく感じるに決まっているのだ。

 

「えへへ……」

 

と真は照れたような笑みを見せる。何はともあれ我が家はいつも通りだった。

 

机に座り白いお皿に並べられたカレーを一口。

 

「うん、スパイスも効いててとても美味しいよ」

 

アレンジしてルーを作ったのか市販のカレーとは違う少しスパイスの効いた匂いがしていた。舌が少しピリっとして程よい辛さが口の中に広がる。

 

「へっへ、やっりぃ!」

 

そう彼女は満足そうに笑う。

 

「兄さん、少し辛めが好きだから色々と香辛料買ってアレンジしたんだ」

 

「へぇー、アレンジしてここまでの味ができるようになったのか。本当に上手くなったな、真」

 

もう教えることはないかもな……。家事も出来て運動もできる、そして最近は勉強もよくやっているようだった。凄いと思う反面、心配もする。このまま行けば真は倒れるのではないか? いくら若くても体の限界というものはある。だからこそ言わなければいけない。真のことを思えば思うほど……。

 

「えへへへ、兄さんに褒められちゃった。兄さんっ! 誕生日は楽しみにしててね!」

 

あぁ……。その笑顔を見れば見るほど、何も言えなくなる。真の笑顔を曇らすことはしたくはない。

 

「あぁ、楽しみにしているよ」

 

結局、俺はいつも通りそれ以上は何も言えなかった。俺の誕生日は十二月後半、今から後三ヶ月後、冬真っ只中だ。今からその日が楽しみである。

 

「うんうん! 楽しみにしててよ!」

 

そう言って笑う彼女の笑顔はとても輝いていた。

 

「あ、そう言えばバイト前に音楽番組見たよ」

 

ふと、思い出した話題を降ってみる。

 

「え、本当?」

 

「あぁ、全部は見れなかったけどね」

 

「えへへ、嬉しいな」

 

テレビでよく見るアイドルが目の前にいる。そのことがイマイチ実感が持てない。

よくよく考えれば俺ってアイドルが作った晩御飯を毎日食べているんだよな……。ファンに暴露たら殺されかねない。真のファンも増えたしなぁ。

 

真は女性のアイドルの中では珍しくファンも女性の人が多かった。真の売りがカッコイイ女性というキャッチフレーズなので、それも頷ける。真自信普段から俺のお下がりの男服しか着ないこともあり、本人はさほどその売り出しに気にせずやっているようだった。

 

「真ってテレビで見る時と、家じゃ全然違うよな」

 

「え、そうかな?」

 

「うん、テレビで見る時は凛々しいという感じだけどさ」

 

そのキャラを意識しているのかテレビの中の真は凛々しく、宝塚の男性役のような感じがする。それゆえに女性のファンも多いのだろうけど。

 

「へー、そうかな。じゃあさ、家の僕ってどんな感じ?」

 

真がカレーをスプーンで一掬いして口に運ぶと言う。口の横にカレーついているぞ。

 

「家の真はさ、何か女の子っぽいというか、手のかかる妹みたいな感じだね」

 

ティッシュを手に取り真の口元についていたカレーを拭ってやる。どれだけテレビで凛々しくしていようと俺の中での真はいつまで経っても手のかかる可愛い妹だ。それに家の中の表情はテレビの中よりもよっぽど柔らかい笑みでそこらの可愛い女の子と変わらない。

 

「もう兄さん、子供扱いしないでってば!」

 

顔を真っ赤にしてブンブンと首を振る。そう言うところも子供っぽく見える要因だ。

 

「ごめんごめん、そう言えば明日も仕事?」

 

「うん、明日は雑誌の撮影」

 

結局その日も真に言い出すことができなかった。その夜は一晩中曇りのままだった。まるで俺たちのこれからを予言しているような気がした。

 

こうして秋が始まった。何とも言えないモヤモヤを抱えながら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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