かくも日常的な物語 2 作:満足な愚者
大変お待たせしてしました。そしていつも通り山も谷もありません。
感想返しは近日中に必ず。
すっかり秋に染まった空の下。とある閑静な住宅街のある一軒家。そのある一室に楽器の音が響き渡る。
荒々しくとも繊細に奏でられたその音色はさらに璆鏘の音の声を絡ませ聴く者の心を魅了する。ただ残念なことは今の俺は自分の演奏で手一杯でそれをじっくりと聞く暇がないというところだろう。
「よしっ! 終わりだ、いい感じじゃねーかっ!」
曲が終わると彼女はギターをかき鳴らしていた手を止めて後ろを振り向く。その整っているというより整い過ぎていると言った言葉がしっくりくる彼女の額には汗が滲んでいた。
「お疲れ、ミズキ」
艶のある紅い髪をなびかせている彼女にそう労いの言葉をかける。
半分になった視界でも彼女の輝きは色あせることはなかった。
「あぁお疲れ! いやーいい汗かいたぜ!」
そう彼女は額の汗を拭いながらギターを置きこちらへと近づく。いくら秋となり気温も落ちてきたとはいえ、楽器を演奏するとなるとまだまだ汗ばむ。
彼女に習い俺も額の汗を拭き取る。ギターはすでに肩にはかかっておらず、地面に置いていた。
――パチン。
乾いた音をたて、俺の掌と彼女の掌が合わさる。
「よし、少し休憩しようぜ。リビングならクーラーも効いてるし」
いつもの男勝りな口調と機嫌がいい笑顔で彼女は言った。
「あぁ、ちょうど俺も喉が少し乾いたところだ」
体力もすでに限界に近かった俺としてもその申し出を断る意味はない。
二人しかいない割には部屋の温度は高すぎた……。
「麦茶でよかったか?」
コップを乗せたお盆を持ちながら彼女はリビングへと入ってきた。髪型は先ほどと変わり後ろで結う、いわゆるポニーテールというやつだ。
「あぁ、ありがとう」
座り心地の良いソファーに腰を預けていた俺は軽く姿勢を正しながらお礼を言う。空調が効いた室内は過ごしやすかった。
「髪型変えたんだね」
「あぁ、汗で首元に張り付いて鬱陶しかったからな」
「そっか、よくにあってるよ」
「そりゃ何たって元がいいからよ」
そう言って笑い合う。いつも通りの会話だった。
カラン。テーブルにコップを置いた際に氷とコップがぶつかる音がした。
その音が少し昔に終わったはずの夏を思い出させる。
「どうしたんだ? そんな陰気な顔して」
「いや、ただ……。ただ、夏が終わったなぁっと思ってね」
彼女は俺の言葉に首を傾げる。
「何言ってんだ。夏なんてとっくの昔に終わってるだろ?」
あぁ、まったくもってその通りだ。夏なんて終わってたんだ。
俺がそれを認めたくなかっただけで……。
「うん、その通りだね。とっくの昔に夏は終わっていたのかもしれないね」
「……たまーにだけどお前がよく分からなくなるよ」
「ごめんごめん、とりあえずお茶いただくよ」
頭からはてなマークが出ている彼女にそう笑いかける。そう、分かるはずなんかないはずだ。
なにせ彼女の夏はまだ終わってないのだから……。過ぎ行く季節を懐かしむのはその下へと落ちていった人間だけで充分なのだ。
――いや、そうじゃないといけない。それ以外にどうしろというのだ。先に進むものもいればそこに留まるものもいる。ただ、それだけの話ではないか。
「しかし、ミズキここまで張り切って練習するなんて今度の文化祭何をするつもりだ?」
ミズキには何も関係の話から話題をかえるために少しだけテンションを上げて聞いてみる。
それに話題を変えるついでとはいえ、俺も個人的にすごく気になっていたことだ。あのミーティングから今日で一週間。その間予定が空いている時を狙って徹底的に俺たちは演奏の練習していた。俺もバイトとバイトの合間を縫って参加しているし、SSKやヒロトの姿もよく見る。
基本的に俺たちはバンドの練習を例えライブ前でも行うことは少なかった。
雪歩ちゃんの高校である南女子高での文化祭での話を思い出してほしい。ミズキの発表が急なのだ。前日に明日ライブやりますとか言われてもロクに練習なんかできるはずはないだろう。無茶が過ぎるってやつだ。
前にも言ったがミズキは大学に入って落ち着いた方だ。では、高校時代はどうだったと言われれば、明日ライブするぞ、とか、今日ライブするぞ、ではない、「よし、思いついた。今から体育館のステージジャックしてライブするぞ!」だ。
何を言ってんだコイツ? そう思った人は正解だ。貴方の感性は正しい。
――――傍若無人。
それを地で行くのが生きる伝説たる橘 ミズキであり、そして彼女らしさでもある。
思い付きで、しかも今からライブをやるぞで、振り回される俺とSSKの身にもなって欲しい。しかも、ライブだけではなく、好奇心旺盛な我がお嬢様はそれ以外でも色々と頭の可笑しな企画を提案してくるのだ。流石に今ここでその全てを語るには時間と言うものと原稿用紙というものが圧倒的に足りないので時間と余裕があるときにしたいと思う。
そんな感じだったからライブ前に練習をするしない以前の問題だっていうことが分かって貰えただろうか。もちろん、初めにバンドを組むぞってなった時はそりゃ滅茶苦茶練習した。俺なんて高校一年の夏休みの半分以上をそれに費やしたと言ってもいい。ちなみにその半分とは文字通り半分だ。ミズキの家に泊まり込んで二週間ほど寝る間も惜しんでギターの基礎を教わったのだ。
もちろん、そこまでやっても俺の実力は人並み以下なのはいうまでもない。
まぁ俺以外の三人に関していえば練習というものをしなくても完璧に何事もこなすので練習と言うものを必要としないため、専ら練習と言うのも俺だけのためにあった節もある。俺たちが半ば伝説化しているの原因というのもミズキのカリスマ性に付け加えて演奏技術がプロ並みにあったということもあったのだ。
最早いうまでもないが、このプロ並みと言うの言葉は俺以外の三人を指す。
しかし、思い返せば超美少女カリスマボーカルでその演奏がプロ並みと来ればそれは人気が出て当たり前の話だな。俺でも外部者ならファンになっていたことだろう。
「あぁ、そのことか……」
彼女は氷が浮かんだグラスを右手に持ちながら言う。どんなポーズでも様になる彼女はやっぱり羨ましい。出会った時から彼女の美しさは何時だって変わらない。半分になった視界からでも彼女の輝きはあの時とそん色ないのだ。
彼女はそのままお茶を一口、口に含んだのちにそのままグラスをテーブルに置き、どこか含んだような表情で続ける。
「うーん、どうしようかなぁと思ってな……」
「うん? どういうこと?」
「いや、ここで言っても良いんだが、やっぱり当日知った方が面白いとも思ってな……」
「なんだそれ?」
流し目で彼女を見るとミズキは豪快に笑いながら、
「いや、やることはどのみち一緒だ。今回は少し特別だからこうやって本当に久しぶりに練習しているけど、オレ達のやることは変わらないだろ」
なぁ、お前も勿論わかってるよな、と彼女は目で言ってくる。
――あぁ、勿論だ。
俺もただ視界のある方の目でそう伝える。
俺たちのやることは例えそれが音楽でもスポーツでも勉強でも変わりはない。
――――全力で楽しむ。
かつて、俺はただその目的のためだけに部活を作った。
「それに、お前は知らないほうがいいのかもしれないと思ってな。当日のお楽しみ、サプライズとでも思ってくれ」
どこか悪だくみを企てたような笑みでミズキは言う。
その笑みを見て俺はもうどうにでもしてくれと苦笑いを浮かべるのだった。
俺の持っているコップには既に水はなかった。
「まぁ文化祭のことは当日楽しみにしているとして、SSK遅くないか?」
「ん? そういえばそうだな」
今日は最終的にミズキの家に集まることが出来る日だった。ヒロトはバイトの関係上、夕方からだが、SSKは正午には顔を出すと昨日のメールで聞いていた。
「うん? ……そういえば、確かに遅いな……」
ミズキが壁にかかっている時計に目をやり、そして訝しげに目を細める。
時計を見れば十二時を五分ほど過ぎた時間。遅刻と言えば遅刻だが、特段気にするような時間ではないように思える。しかし、これがSSKなら話は別だ。変人であり、超人でもある彼は時間は必ず守る。電波時計も真っ青な正確性で待ち合わせ時間の五分前にそこに現れるのだ。嫌な縁でかれこれ中学時代からの付き合いだが、彼が時間に遅れたことは公私共に聞いたことすらなかった。
ちなみに、これは余談だが、ミズキも時間に遅れたことを見たことがない。ただし、SSKと違うところは彼女は時間じゃジャストに来るところだ。
「何かあったんだろうか?」
「さぁ……? まぁいくらあの天パーだからと言っても色々あるわけだし特段気にするようなことはないんじゃないか。人間どうしようもなく時間に遅れることはある」
「まぁ、それならいいけどな……」
さほど、重要に感じてないのか、伸びをしながらリラックスするミズキ。そんなミズキにつられて俺は深く考えるのをやめてしまった。
この時俺はまだ気が付いていなかった。
今まで例え電車が止まっても何かしらの手段で来るような彼が時間に遅れるようなことがあるのはよほどのことがあったからだと……。
それから時間にして十五分、彼にしては珍しくその無表情面が少しだけ焦りを帯びた顔でやってきた彼が右手に抱えてきたのは今日発売の一冊の雑誌。その一面には大きく765所属のアイドルであり、俺もよく知る如月 千早ちゃん過酷な過去が載っていた……。