かくも日常的な物語 2   作:満足な愚者

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人物が一人とか二人なら書きやすいですね。
増えたらテンパる。うん。


秋空と青年

朝、眠たい目をこすりながらベッドから起き上がる。カーテンを開ければ、嫌になるほどの群青が広がっていた。秋の空は高い。なるほど、確かに今日の空は高く感じる。

秋の空が高く見えるのは、確か秋の高気圧が大陸からくるもので、空気が乾いているものが多く、澄んだ青空が見えるからだっけな。昔、読んだ本にそんな話が書いてあったような気がする。まぁそんな雑学を知っていたところで何の役には立たないんだけどな。でも、こんな青い空を見ているとあの全てを知ったあの日を思い出す。この秋空はいつだって俺を憂鬱にさせるのだ。

 

気温が一気に下がったせいなのか、少し肌寒く感じる。うーん、少し怠い体で精一杯伸びをするとリビングへと向かった。

リビングの上にはラップにかけられた朝食が置いてあった。その横には綺麗な文字で書き置きがある。

『兄さん、おはよう! 朝食作っておいたので食べてね!』

どうやら彼女はもう家にいないみたいだ。

それもそうか、壁にかかっている時計を見て納得する。やけに空が明るいなと思ったが、なるほど既に時計は9:00を示していた。今日は撮影があるため学校は公欠している真は既に事務所だろうか。撮影前に軽くレッスンもやると昨日言っていたことを思い出す。

 

部屋から持ってきた二つのビンのうち一つを開けて一飲み。ドロリとした舌触りと共に何とも表現できない匂いがして、思わずむせこみそうになる。最近はむせこむことはなくなったとはいえ、それでも何度飲んでもこの味には慣れそうもなかった。思わず苦笑いを一つ浮かべる。

いただきますと手を合わせ真に感謝して朝食を食べる。かき込むように急いで食べる。真の料理をあじわって食べないのはもったいないと思うが、何事もスピード勝負だ。それに食べない方がよっぽど真に悪い。

 

「ふぅ、ごちそうさま。美味しかったよ。真」

 

今頃きっとレッスン中であろう彼女に向けて手を合わせお礼を一つ。毎日のように夕食をつくってもらっている上に今日の様に朝食までつくってもらうのは兄としても親としても申し訳ない気持ちでいっぱいである。せめての償いで今日の夕食は俺が作ろうと思う。そして、もう一つのビンを開けまた一飲み。今度はまだ大分ましだとはいえ、好き好んで飲もうとは思えない。良薬は口に苦しとはよく言ったものだ。まぁ、薬ではないんだけどね。

 

食器を片付けた後、リビングで時計を確認する。出て行くには少し中途半端な時間だ。学校に行くにしては時間が足りない。もう一度寝たら間違いなく起きれない自信がある。

さて、どうしたものか……。

 

とりあえず、テレビでも見るかと電源をつけて見ればちょうど朝のニュースをおこなっていた。今週のニュースが画面上にピックアップされている。

 

『アメリカの歌姫がまたもや記録更新。アメリカで今話題の歌姫がアルバムの売り上げでアメリカ歴代一位を更新しました』

 

今年の春あたりからよく聞くようになった洋楽がBGMとして流れる。何でも向こうの若者に人気らしい。洋楽に詳しくない俺でも知っているくらいだ。相当有名な人なんだろう。

 

『続いてこちらは日本です。二週連続オリコン一位。今、話題の765プロダクション所属の菊地真さんのファーストシングル 「自転車」が二週連続のオリコン一位を達成です!』

 

アナウンサーの女性が笑顔で原稿を読み上げる。BGMには「自転車」が流れている。オリコン一位か……。真がオリコン一位……。何となく実感はない。雑誌に乗るだけでも精一杯だった真がいつの間にか全国ネットの番組でも良く見かける様になった。そのことを思うと、近くにいるはずの彼女が何処か遠くにいる様な気がして……。

 

『今話題のドラマの主題歌と菊地真さん自身の人気も合間って二週連続の一位を獲得! いやー、テンポが良く私も大好きな曲です!」

 

バイトでドラマ自体は見る機会がないのだが、面白いドラマらしくよくバイト先や大学で話題になっていた。もちろん、真のことも。

俺が兄だと知っている人間は少ないため、巻き込まれることはないのだが、バレたら色々と大変なことになるんだろうなぁ。特に俺と真は普通にしておけばまず、バレることはないため大丈夫だと思うが……。

 

『オリコン二位も続いて同じく765プロダクションから萩原 雪歩さんで「Kosmos,Cosmos」です!』

 

今度はBGMが変わり「Kosmos,Cosmos」が流れる。真の一番の友人でもあり、よく我が家にも遊びに来てくれるのが萩原 雪歩ちゃんだ。茶色がかったボブヘアーに白色の肌。活発な真とは反対に大人しそうな印象を受ける。Kosmos,Cosmosは俺が雪歩ちゃんに抱くイメージとは少し違うノリのいい曲だった。雪歩ちゃんのイメージ的にバラードとか歌いそうだったんだけどね、まぁそっちの方には疎い俺のただの偏見だけど。

 

『先月の終わりに雑誌の表紙を飾り爆発的な人気になった萩原雪歩さん。今度はドラマの主役も務めるそうですね。今からそのドラマが楽しみです』

 

そう言えば、この前そんな話も言っていたような気がする。確か、あのカメラマンさんが推薦してくれたんだよなぁ。白い髪をオールバックにしてカメラを構えるその横顔を思い出す。今年の夏に会ってから事あるごとに俺を指名して大きな仕事をくれる人だ。なぜか俺を気に入ってくれている。ちなみに、雪歩ちゃんが有名になったキッカケをつくった雑誌の表紙を撮ったのもその人だったりする。男の人が苦手だった彼女がこの半年で生放送にも出てCDも発売している。今では萩原 雪歩を知らない人はほとんどいないくらいだ。

 

変わったなぁ……。思わずそう小さく呟く。初対面の時は顔を真っ赤にして部屋の奥に逃げ込まれたっけな。クスりと小さな笑みが出る。今となってはそれもいい思い出だ。

 

あ、そう言えばメールが来ていたなと思い出す。夏の撮影以降、雪歩ちゃんからメールがくるようになった。内容はまぁ、何気ないものだけどファンにバレたら身が危ないかもな……。携帯を開けばメールが三件。

上から萩原雪歩、星井美希、ヒロトと言う風に表示されていた。

 

最後から順番に開く。

ヒロト。高校時代からの付き合いであり、同じ大学に通う仲間。イケメン。大事なことなのでもう一度言う。イケメンである。そして性格もいい、勿論そんな性格良し、容姿も良しのヤツがモテないはずもなく、ずば抜けてモテる。今まで告白された回数数知れず、断った回数数知れず。俺たちが作っているグループの中でビジュアル担当だ。

そんなヒロトからのメールはノートとレジュメ確保しておいた、というものとしばらく来ていない見たいだけど大丈夫か、というものだった。本当にこう言うことに関してはヒロトやSSKには頭が上がらない。今度何かお礼をしなきゃな……。感謝の言葉をメールで返信する。本当にいい友人をもったものだ。俺には過ぎた友だ。もう一度心の中で頭を下げると次のメールを読む。

 

星井 美希。真同じく765プロダクションのアイドルであり、出会った当時からメールを事あるごとに送ってくれる。容姿はとても中学生には見えないプロポーションを誇り、歳を聞くまでは高校生か大学生だと思っていたくらいだ。金髪のウェーブを描いた髪は腰まで伸び、エメラルドグリーンの双眼の彼女は最近ではファッション雑誌や漫画の表紙を総ナメにしていた。男性からも女性からも人気のあるアイドルとなっている。

そんな彼女のメールは可愛らしい今時の女の子と言う感じのするメールだった。内容は今日の撮影前のお昼ご飯を一緒に食べに行こうというものだ。今日の昼間はプロデューサー代理として、雑誌の撮影の付き添いに行かなければならない。765プロダクションには赤羽根さんと秋月さんと言う二人のプロデューサーがいるのだが、いくら二人が俊敏なプロデューサーと言え、これだけの数の人気アイドルの管理は厳しい。そこで俺がプロデューサー代理として手伝いを頼まれることがあった。一応、扱いとしてはバイトという扱いで時給もでる。最近は俺の顔を覚えてくれる人も多くなった。

まぁ、そんなことはさておき、今日付き添うアイドルが美希ちゃんだったりするのだ。さて、どうしようかな。いくらプロデューサー代理とはいえ、アイドルと二人で食事をとるのはマズイだろうな。誘ってくれた美希ちゃんには悪いが断らせてもらうか。

今日はちょっと用事があるから、今度また赤羽根さんもいる時に三人でどう? そう返事を打って送っておく。赤羽根さんもいるのなら、そんな間違われる心配もないだろう。

 

最後に雪歩ちゃんのメールを確認するか、そう思いメールを開けた時だった。

 

『さて、今日のゲストですが、先ほどのニュースで出ました、今人気沸騰中の765プロダクションから萩原 雪歩さんにお越してしていただきました!』

 

拍手がおこり扉から雪歩ちゃんが出てくる。柔らかいあの時と同じ笑みだ。

メールの内容を確認すれば、今日の朝、ニュースで生出演するから、是非見て欲しいというものだった。なんかタイミングいいなぁ、と思わず少し笑みがこぼれる。

今、見てるよ、頑張って! と短いメールを送る。着飾る必要はない。

時計を見ればまだ少し時間がある。もう少しゆっくり出来そうだった。

 

『さて、萩原さんには色々とお聞きしたいのですがよろしいですか?』

 

『はい、お願いします』

 

あの頃なら顔を真っ赤にしてうつむいていただろうけど、今では少し余裕のある笑みだ。

 

『まずは萩原さんといえば、来週からドラマが始まりますが、初めての女優としての演技はどうでしたか?』

 

『うーん、やっぱり演技というのは慣れないものが多く、苦労しました。共演者の方やスタッフの方にはほんとうにご迷惑をおかけしました』

 

『なるほどなるほど、恋愛もののドラマでしたけど、苦労したと言うとやっぱりそういう恋する女の子の心情だったりするんですか?』

 

『そうですね。ヒロインのイメージを崩さないようにするのが大変でした』

 

『なるほどなるほど、やっぱり初めての演技では慣れないことが多かったみたいですね。では、次ですが萩原さんがアイドルになろうと思ったキッカケと言うのは何ですか?』

 

『私がアイドルになろうと思ったキッカケですか……。私は気弱で臆病な自分を変えようとしてアイドルに応募したんです。何かキッカケがあれば変われると思って……。私、男の人が怖くて初めの方はプロデューサーとも会話できなかったんですよ』

 

そう言って成長した彼女は画面越しに笑う。昔の面影はもう、ない。

 

『へぇー、それは初めて聞きましたね。全くそういう風には今は見えないですけど、何か変わるキッカケがあったんですか?』

 

『初対面の人にも普通に話せるようになったのはある人の言葉のおかげですね。その言葉は私の金言です。その人がいなかったらきっと、私は何も変われなかったと思います』

 

『ほうほう、萩原さんを変えたその言葉とは?』

 

彼女はその質問にしばらく間を開けるとゆっくり言葉を吐き出す。

 

『“真っ直ぐに喋れば、光線のように心へ届く”ですね。私はその言葉のおかげで変われました』

 

吐き出された言葉は、いつの日か俺が話した言葉だった。

 

『いい言葉ですね。おっと、時間的に最後の質問になりそうなんですが、それは誰に言われた言葉なんですか? もしかして、その人は男の人だったり?』

 

『うーん……秘密です』

 

最後の質問に彼女はいつも通りの笑みでこう答えたのだった。

 

『おーっと、最後の最後で意味深な答えをいただきました! では、最後にドラマの見所をお願いします!』

 

『ヒロインの茜の精神的成長や困難を乗りこる様子ですね!皆さん、是非みてください!』

 

『はい、ありがとございました!今日のゲスト萩原雪歩さんがヒロインを務めるドラマは来週月曜、夜9:00から放送開始です! 皆さんお楽しみに!』

 

 

そして、番組が終わる。テレビを消して、少しだけ考える。雪歩ちゃんが先ほどの番組で語ったこと。俺の言葉で変われた。何もできない俺でもこんな人気アイドルの役に立てたという実感が少しだけ嬉しかった。それは勿論、保護者目線で娘の成長を見守る感じでだ。この夏でこの子たちは大きく成長した。

でも、俺は……?俺はもういいんだ。成長しなくても、ただただ彼女たちの成長の手伝いをして成長を見守れたのなら……。

出来ることなら…………。

どうせ出来もしないことを願っていてもしょうがない。そんな無駄なことを悩んでも時間は刻々と過ぎていく。悩んでいてもしょうがないなら動くまでだ。

椅子から立ち上がり、スーツに着替える。秋になり随分とスーツが着やすい気温となった。まさか、スーツをこんなに着るようになるとはな。少しだけ小さい親父のスーツを着てタイをきつく結ぶ。そして髪をセットすると玄関の扉を開けた。

真っ青を敷き詰めた空を見るとまた少し憂鬱になる。やっぱり、秋は好きになれそうにもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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