かくも日常的な物語 2 作:満足な愚者
それとあれだけ感想で体調を気遣って貰ったのにもかかわらず。体調が芳しくないです。インフルが周りで大流行中でして……。もしかしたらもしかするかもです。すみません。
昔から秋が嫌いだった。夏とは違い高く澄んだあの青空を見ると憂鬱になるのを抑えきれない。青を一面に塗ったあの空はいつだって俺を憂愁にさせる。
秋は夏ほどの暑さも、冬ほどの寒さもない。俺はその中途半端な季節が嫌いだ。夏でもない冬でもないその季節はまるでどっちつかずの俺自身を表しているような気がして……。
あのことを知ったのも秋だった。それを意識し始めたのも秋だった。そして、今年の秋は……。せめてもの願いは未来ある彼女たちが飛躍する季節であって欲しいものだ。
空を仰げばどんよりと重い灰色が一面を覆っている。曇りは好きだ。あの青空を見なくていいから……。
半袖よりも長袖を着ている人が多くなった街中を歩く。日曜の昼下がりということもあり人通りは普段よりも多く感じた。平日の日中だとまず見ることがない子供連れや学生たちの姿が見えるからだろう。
すれ違う人を見ながらふと気付いた。傘を持ってくれば良かっただろうか……。多くの人が傘を持っていた。朝の天気予報もろくに見ずに家を出るべきじゃなかったな、と今更ながら遅い後悔。いつだって俺は気付いた時には遅かった。
携帯で時刻を確認するとバイト先へ向かうには少しばかり早かった。
人の流れに逆らうように立ち止まり、上をもう一度見上げる。なんど見ても曇天の灰色が目に入る。少しだけ眺めが悪くなった左も慣れれば苦労はしなさそうだ。
ポツリポツリと額の上に滴が落ちる。秋の天気は変わりやすいとはよく言ったものだ。パサパサと傘を広げる音が辺りに響く。アスファルトが灰色から黒に変わっていく。秋の雨は夏とは違いサラサラと気持ちのいい。いつまでもこうして雨に打たれていてもいいのだが、そうするわけにはいかない。風邪を引いて倒れる時間はないのだ。ゆっくりと雨の中を歩き始める。
あぁ、やっぱり秋は雨がいい。
ブーブーエスTVスタジオのある一室。ここでは本日、ある番組の撮影が行われていた。広い観客席は番組観覧者で全て埋まっている。今、人気絶頂の765プロが全員レギュラーで出ている番組だ、番組観覧の申し込みもすぐに一杯になり、その観覧権が売買されて問題になるほどだ。女性アイドルの番組とはいえ、観覧者の約半数は女性が占める。765プロダクションが成功した一つの要因として女性ファンも多いことがあった。
視聴率も上々、関心度も高いこともありブーブーエス側も力を入れている番組の一つだった。そんな会場の多くの人が視線を集めるのはステージ上にいるMCの三人。765プロ仲良し高校生トリオである、天海春香、萩原雪歩、菊地真だ。番組名は『生っすか!? サンデー』。
「響チャレンジ今週は成功するでしょうか?」
「響ちゃんなら大丈夫だよ!」
「視聴者に皆さんも応援お願いしますね! では、CMの後は『ミキクイズ!』です」
春香がそう言うとスタッフがCMに入ったことを伝える。ふぅ、息を吐く三人。だいぶ慣れてきたとはいえ、生放送のプレッシャーはあるようだった。真はペットボトルに入った水を一口の飲むと観覧席に向かって話す。
「会場の皆さんは、響チャレンジ成功すると思いますか?」
響チャレンジとは『生っすか!? サンデー』の企画の一つ。765プロダクションの我那覇 響が毎週、様々なことにチャレンジする企画だ。今週はマラソン。響が放送時間内に無事会場に帰って来れたら成功になる。
真の言葉に観覧席に座っていた人々はそれぞれ反応する。所々から頑張れー、などの声援の声が聞こえてきた。アイドルがこのようにCM中に会場に話しかけるのも、この番組が人気な理由の一つだった。
「残り時間は後、三十分。距離は半分と少し、このままだと行けそうだね」
「うーん、マラソンは後半が勝負だからね。まぁ、響なら大丈夫だと思うよ」
雪歩の言葉に真は笑顔で答える。雪歩も真も響の失敗は考えてもいない様子だった。
「あ、それで思い出した」
春香はそう言うと赤い上着の胸ポケットからハガキを取り出す。
「そう言えば、お便りの中に質問で一つあったんだった。えーと、真様と響ちゃんってどっちが運動神経いいんですか? だって」
「えーっ! 春香、このタイミングで言うの!?」
番組開始まで残り三十秒。まさかのタイミングの切り出しに思わず真は叫ぶ。
「うーん、確かに響ちゃんも運動神経いいけど、真ちゃんの方が運動出来るイメージがあるなぁ。空手も達人並みだし……。真ちゃん、どうなの?」
「ほら、雪歩も普通に反応しないでよ!」
真のツッコミで会場に笑いが生まれる。こういった和気あいあいした撮影風景は初回から何も変わらない。
「で、どうなの?」
「うーん、格闘技なら僕の方が出来るけど……。他はどうかな? 同じくらいかな……」
「真ちゃん、格闘技強いもんね」
「うん、教えてくれた人が凄いからね」
真は自分に空手を教えてくれた兄の友人を思い出す。赤い髪をなびかせる彼女はいつだって真よりも何でも出来、いつだって彼女は真の憧れであった。それは、今も。そして、これからも……。
「うんうん、ミズ……えっ、CM明け五秒前!? ちょっと真、ゆっくりと話している場合じゃないよ!」
「ちょっと! 春香がふったんじゃないか!」
オチがついたところでスタッフの指折りが0になる。
「「生っすか!」」
三人一緒にお決まりのフレーズを言う。この切り替えの早さは人前にでることになれているからこそ出来ることであった。その辺りの切り替えは流石トップアイドルと言えるだろう。
「次のコーナーは『ミキクイズ』です! 現場のミキー!」
メインMCの春香が星井美希に呼びかける。スタジオの大きなモニターが切り替わり、特徴的な綺麗な金髪が映し出された。
「はいはーい! こちらは現場の美希だよ! 今日は本当は大通りでやるつもりだったけど……。さっき急に雨が降ってきたら急遽アーケードに変更するの」
ミキクイズとは765プロダクション所属のアイドルの一人、星井 美希の企画だ。街ゆく人を一人、美希が選びその人に五問のクイズを解いてもらう企画である。回答者は正解数に応じて景品をもらえるようになっていた。今週は大通りでやる予定だったが急な雨のため急遽、近くにあったアーケードのある商店街での撮影となった。美希の後ろには数多くの人。テレビカメラが来て、そして765プロの美希までいればこの多くの人集りも納得できる。
「まだ番組が始まって以来、全問正解者はいませんが、今日は出るでしょうか?」
「うーん、あのクイズ後半が難しいからね。得意分野でもない限り厳しいんじゃないかな……」
真の言うことは最もだった。ミキクイズは問題数が上がるにつれて難易度も比例して上がっていく、これまでの挑戦者の中でも五問目を解けた人はいなかった。
「さて、美希。今日の挑戦者は誰ですか?」
春香の問いかけに辺りをキョロキョロと見渡す。生放送であり、中継であるからこそ出来るある意味でサプライズ的な企画。テレビ番組には珍しくやらせも何もなかった。
「うーん……。あっ、あの人にするの!」
誰かを見つけたのか美希はカメラを気にせず人混みに入り込む。人混みが大きくざわついたのが画面越しでも分かった。
「ちょっと美希!」
いつもなら近くにいる人を選ぶのだが、今日は違った。その行動に思わずツッコミを入れる春香。カメラマンも慌てて美希の方にカメラを向ける。
「ごめんごめんなの! 今日の挑戦者はこの人に決定するの!」
人混みを掻き分けて出てきた美希は右手に誰かの腕を握っていた。
「えっ!」
人混みを掻き分けて美希に引きずられるようにして出来た人物を見て真は思わず声を漏らす。そして、生放送だと言うことを思い出し、叫ぼうとするのを必死に抑える。横を向けば春香も雪歩も同じような表情だ。どうやら皆、思っていることは同じらしい。
「今日の挑戦者はこちらのおにーさんなのっ!」
元気いっぱいに笑う美希が手を握るのは一人の青年。特別に目立つ容姿をしているわけでもない普通の青年だった。苦笑いを浮かべカメラに手をふるその姿を見て真は一人、心のなかで呟く。
(何やってるのさ……兄さん)
画面の中には毎日顔を合わせる兄の姿があった。
どうしてこうなった……。思わず心の中でそう呟かずにはいられない。カラカラと乾いた笑みが出るのを抑えきれない。
雨が振ってきたため大通りから商店街に入ってバイトまでの時間を潰そうとしていた時だった。視界に映った大きな人混みを見て、ふと気になり近づいたのが運の尽きだったみたいだ。人混みの中心部を覗いた瞬間に目が会い、気づけば手を繋がれ輪の中心に引っ張り込まれていた。
「今日の挑戦者はこの人にするの!」
目の前には腰まで伸びたウェーブを描く金色の髪。エメラルドグリーンの双眼は日本人としては珍しい目の色だ。ニッコリと笑みを浮かべる姿は誰がどう見ても美少女だ。それもそのはず、この金髪の彼女は文字通りアイドルなのだ。それも、ここ最近のファッション誌や雑誌の表紙を総ナメするほどの美少女。プロポーションは大人顔負けな中学生。俺も初対面の時は同い年位と思っていた。名前は星井 美希。真と同じ765プロダクションのアイドルとしてもちろん俺も知っているし、あったこともある。そして、メールまでしている、このことはとても公には言えないけど。
とりあえず、会場にいるであろう我が妹とその友達に向かって手を振っておく。後で何か言われるだろうなぁ……。
「今日の挑戦者はこちらのおにーさんなのっ!」
「あはははは、よろしく」
見慣れたカメラの前に立ってしまったらもうやるしかない。生っすか!? サンデーは生放送だ。ここで断ったらいろいろとスタッフも春香ちゃんたちも大変だろう。
「おにーさん。私のこと知ってる?」
そう顔を覗き込んでくる美希ちゃん。
「はい。星井 美希さんですよね。応援してます」
知っているも何も一緒に撮影現場にいったこともあるし、メールアドレスも知っている。まぁここでそんなことは死んでも言えないので、美希ちゃんに合わせておく。
「うわー! 美希、嬉しいの!」
そう無邪気に笑いながら俺の顔をしたから覗き込むように見る美希ちゃん。非常に視線が痛い。それにテレビなのにそんなことやって大丈夫なのだろうか。
「ちょっと、美希。そのお兄さん困ってるよ」
そんな時だった、小さな画面の中の真から助けが飛んできた。悪い真、恩にきる。
「うーん、そうだね。でも、おにーさんみたいな人から応援してもらえて美希嬉しいなー」
そう今度は大人のっぽくクスリと微笑む。なるほど、モテるわけが良くわかった。なんでも765プロダクションで告白された回数No.1だとかなんとか、そう真が言っていたのを思い出す。そんな笑みを見せられたら思春期の男子はイチコロだろう。俺も後、五年ほど若ければ分からなかった。まぁ、真より年下の時点で娘のようにしか見れないんだけどね。
「そう美希さんに言ってもらえると、ファンの俺としても嬉しいです」
「それじゃあ、コーナーに行くね! おにーさん、生っすか!? サンデーは見てる?」
マイクを持ち直しカメラ目線で言う美希ちゃん。どうやら仕事モードに切り替わったみたいだ。
「はい、バイトがない週は楽しみにみていますよ」
「じゃあ、この美希のコーナーも知ってる?」
「もちろんですよ。ミキクイズですよね。楽しみに見てます」
「わー! おにーさんに見てもらえて美希嬉しいなー!……おっと、また話がそれると今度は春香にまで急かされるから続けるね。年寄りは怖いの」
「誰が年寄りですか! 誰が!」
春香ちゃんの少しノイズが入った声が聞こえてくる。
「いやーん、お兄さん怖いの!」
そう言いながら俺の左腕に抱きつく。いや、男としては感無量なんでけどさ、周りの視線や画面越しの三人の目が俺のハートを貫いている。普段は優しい三人なのに怒ると怖い。抱きついているのは美希ちゃんなんだけどな……。いや、結局怒られるのは俺だけどさ。と言うか生放送でこれはやばいような気がする。今更と言えば今更だが。
「ほら美希ちゃん、早くコーナー始めないと……」
小さな画面の向こうで雪歩ちゃんは笑みを浮かべる。柔らかな笑みだが、俺には分かる。目が笑っていないと。
「分かったなの! では、改めてコーナーの説明なの。おにーさんには今から五問のクイズに挑戦してもらうの! 正解数に応じて、プレゼントもあるから頑張って欲しいの!」
そう言って美希ちゃんがクリップボードを俺に渡す。回答はこのクリップボードに書くようになっていた。
「今週の全問正解商品は……。なんと、765プロダクションのライブ最前列チケットなの!」
じゃーん、とチケットを取り出す美希ちゃん。765プロダクションのライブは発売開始から三十分で売り切れるような人気チケット。それをもらえるなんて凄いな……。
「それじゃあ、問題を始めるけど大丈夫?」
スタッフから白い五枚程度のボードを貰った美希ちゃんは言う。
「はい、大丈夫です」
「それじゃあ、今週のお題は読書の秋と言うことで文学と言うお題なの! おにーさんは本とか読む?」
「うーん、まぁ読むと言えば読みますね」
学部も文系だし、文学なら全問正解も夢じゃないかも。まぁ問題のレベルによるんだけどね。
「おっと、これは期待出来るの! それじゃあ第一問『国境の長いトンネルを抜けると雪国であった』の冒頭で有名な小説と言えば?』
そう言いながら問題の書いてあるボードをひっくり返す美希ちゃん。
「制限時間は三十秒なの! よーい、スタート」
これは別に悩むほどの問題でもない。この手のコーナーならミズキやSSKならどんな分野でも満点取るんだろうな。
「はい、しゅーりょーなの! それでは答えどうぞ!」
「はい」
クリップボードをひっくり返す。
川端康成で『雪国』だ。俺も大好きな小説の一つ。この有名な冒頭は近代文学の中でも五本の指に入るだろう。
「ピンポーン! 正解なの! さすがおにーさん、じゃあ時間も押しているので次にいくね!」
美希ちゃんは少し急ぎ気味でボードを見せる。やっぱり、生放送だし時間の都合もあるのだろう。
『小説 蟹工船の著者は?』
これもまだ分かる。作品は読んだことないが有名な小説だ。読もう読もうろと思いながら一向に手が出ない作品の一つでもある。どうしても暗い話を読むと気分が落ち込むしね。
答えを書き、見せる。
『小林多喜二』
これも何とか正解だ。
その次の問題。
『松尾芭蕉の奥の細道の冒頭 月日は百代の( )にして、行かふ年も又旅人なり、( )に入る言葉とは?』
奥の細道自体は受験でも良く出てくる。それに松尾芭蕉の俳句も好きなので読んだことはあった。教科書にも乗ってあるしね。記憶の片隅から引っ張り出す。
『過客』
これも何とかあっていた。ふぅ、と一つ息を吐く。多分、ミズキたちも見ているだろうし下手に間違えると後でどやされそうだ。それに真にも兄の威厳をたまには見せたい。まぁ、もともとないと言えばないのだけど。
第四問目、後二問だ。
『暗夜行路,小僧の神様,城の崎にての著者は?』
これもまぁ何とか分かる。大学入試なんかで勉強した近代文学の作品だ。
『志賀直哉』
「正解正解! 凄いの、お兄さん! ここまで難なく正解してきたの!」
美希ちゃんはそう興奮しながら言う。きっとこれが理系だったら、ボロボロになっていたに違いない。本当に運が良かった。
「では、最終問題なの! ここまで来たら是非ライブチケット持って帰って欲しいの!」
その問いにカラカラとした苦笑いしか出ない。左の様子に慣れるにはまだかかりそうだ。
真も春香ちゃんも雪歩ちゃんも画面越しにこっちを見ているし、どうしたものかな……。
「はい、頑張ります」
とりあえず、顔はいつも通り笑みを浮かべておく。笑顔は武器とはよく言ったものだ。
「おっ、それは期待するの! では、最終問題!」
『夏目漱石はI LOVE YOUをどう和訳した?』
その問題を見たとき、一瞬固まった。思い出すのはある夏の日の夜。あの月明かりの下。
まさか、ここでこの問題が出てくるなんてな。間の悪さにさらに乾いた笑みが出た。
「さぁ、全問正解なるか! 期待しているの! お兄さん!」
美希ちゃんの声援が少し遠く聞こえる。周りの注目も既に痛くは無かった。残り時間も後、わずか。
結局俺は二つの意味でその問題に答えることは出来なかった。
背中に背負っていたカバンからカランと一つ音がする。やっぱり秋はどうやっても好きに慣れそうにもない。
ここで作者からみなさんにミキクイズ!気軽に解いてください。上二問は文学。下三問は社会です。
1 智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。
で始まる夏目漱石の小説と言えば?
2 恥の生涯を送ってきました。この冒頭で始まる小説は?
3 人民の 人民による 人民のための政治 この言葉で言う名な人物と言えば?
4 カントの三大批判書を答えなさい。
5 Here I stand. I can do no other.help me God.
この言葉を言ったとされる人物は?
全問正解出来た方はかなり博識な方だと思われます。