かくも日常的な物語 2   作:満足な愚者

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文字数次第ですが、もしかすれば後編と一緒にするかもしれません。予定では前編後編合わせて8千字を超えてくる予想なのですが、もしそれ以下なら合わせます。


ある曇りの日の話 前編

前にも話した通り、俺は秋が嫌いだ。澄んだ高い秋空が嫌いだ。中途半端な気温が嫌いだ。大好きな夏の後にくるこの季節が嫌いだ。夏の疲れを感じさせる秋が嫌いだ。

 

もちろん、俺自身もそれが八つ当たりに近い恨みだと言うことは重々にして分かっている。秋にたまたま嫌な思い出が重なっただけだ。

 

でも、運命や人を呪うよりかは季節を恨んでいた方が気も楽だ。人を呪わば穴二つ。人を恨むのも、恨まれるのも勘弁だ。そんな関係は望んでいない。望んではいないのだが……。

 

それに運命を嘆くのも、人を恨むのも俺にとっては長く続かない感情だ。でも、秋は違う。一年に一度、それも夏が終わり、冬将軍が冬を告げに来るその短い間だけその間だけ、ふと、そのことを思い出すだけだ。

 

だが、もちろん秋にも良い点はいっぱいある。気温は下がり、過ごしやすくなる。スポーツの秋、読書の秋、芸術の秋……。と、言う様に様々な物に適している季節が秋だ。もちろん、料理をする俺自身も食欲の秋と言われる様に収穫の季節で美味しい野菜や脂の乗った魚が安く手に入るその点は、秋に感謝している。

 

だから、だからこそこの感情は逆恨みなんだ。行く当てのない感情を吐き出しているだけなんだ、そう誰でもない自分自身に暗示するように何度も何度も心の中で呟いた。

 

 

 

電車が振動を立てながら止まる。自動ドアが開くと多くの人が降りて行く、俺もその波に押されるように乗りホームに降りる。

 

電車から降りる時に段差で転びそうになった。やはり、長年の慣れと違う感覚に馴染むようになるためには、其れ相応の時間がかかりそうだ。頭では分かっているつもりでも、長年に渡って住み着いた習慣が、何時もの癖がそうはさせない。

 

まぁ、こればかしは慣れだろう。他の人に悟られない程度に演じていければいい。心配なのは真とミズキだが、あの二人とはしばらく会う予定はない。

 

それに……。左に少し力を入れると左端でぼやけていた向かい側のホームの駅名標がくっきりと写る。それにまだ完璧に使えなくなったわけではない。

 

電車から降りた人のほとんどは乗り換えなのか、出口改札ではなく、乗り換え用の階段に消えて行った。そんな足早に消えていく人々の黒い背中を数秒見送った後、くるりとその波に踵を返し、改札をくぐった。

 

この駅は乗り換えが主要な駅だ。駅で降りる半数以上は乗り換えがメインであり、この駅の改札をくぐることはない。都心にあり、空港からも乗り換えなしで一本で来れるのだが、どうにもここの役割は乗り換えという意味合いが強かった。俺自身もここで降りるのは今日を含めても片手で数え切れるくらいしかない。普段からこっち方面に来る機会が少ないということもあるし、電車に乗る機会が昔はあまりなかったということもあるからだろう。我が家は目の前にバス停はあるが、駅までは少しばかり歩かないといけないのだ。

 

駅から出ると伸びを一つする。サイズが一回り小さいこのスーツにも慣れたとはいえ、やはり動きにくいのは拭えない。他に変えがないためしょうがないと言えばしょうがないので諦めてはいるが。

 

うーん、と一つ伸びて見上げた空は鉛のような重い雲に覆われていた。今年は珍しく、秋晴れがあまり見られず燻った日々が続いていた。

 

俺にとっては嬉しいことではあるが、真はすっきりしない何て言って愚痴っていたなぁ。まぁ、真の性格を考えると曇りや雨よりも晴天の方が好きなのは十分分かる。俺の真に対するイメージは青空の下、元気にスポーツをやっている姿だ。曇りや雨空の下にいる風景は想像しにくい。

 

駅前を見渡すと目的の物は直ぐに見つかった。駅前に目立つように建つ赤い屋根のコーヒーチェーン店。今日、俺がこの駅で降りたのはこの店に行くためだ。

 

先日のミズキ家で行われたBBQ。その帰り道だった、春香ちゃんから一枚のカードを貰った。なんでも春香ちゃんが喫茶店のコマーシャルに出演した際に貰った物で、この一枚で一日二杯のコーヒーを無料で飲めるとか。有効期限は一年間。こんな物貰っても悪いと断ったんだけど、お兄さんにはお世話になっていますので是非、と握らせられてしまった。

 

ついでに言えば、そのカードは五枚あるらしく、俺の他に赤羽根さん、真、雪歩ちゃん、千早ちゃんが持っている。ちなみに春香ちゃん自身は無期限顔パスで一日何杯飲んでもOKだとか、さすが今では知らない人がいないナムコプロダクションの人気アイドルである。

 

俺の力でもなんでもないのに無料で何かをもらうと言うのは余りしたくは無いが、一回も行かないと言うのも春香ちゃんに悪いだろう。

 

そう思いプロデューサー代理としてコマーシャル撮影に付き添った後の帰り道、時間が余ったので、電車で来てみた次第である。今日の撮影はこの駅から二駅ほどいったスタジオで行われていた。もう、付き添った回数も両手では数え切れないくらいになり関係者の人も俺の顔を覚えてくれている人がほとんどになっていた。撮影現場に行けば、ナムコプロダクションのプロデューサーとして挨拶をされ、今後の仕事をお願いされたりする。

 

世間ではおそらく知らない人がいないほど有名な765プロ。テレビでも雑誌でも見ない日はないほどだ。そんなアイドル達に仕事を依頼するに電話じゃ無理だ。もはや、あの頃と違い仕事を取りに行かずとも勝手に舞い込んで来る。お願いする立場かお願いされる立場になった。

 

だからこそ、直接仕事をお願いされる機会が増えたのだった。その依頼にアイドルのスケジュールを確認し、アイドル本人と話し合い、時間に折り合いをつけ、仕事を受けたり、時には断ったり、とそんな感じで四苦八苦しながらもプロデューサー代理としての仕事をこなしていた。

 

閑話休題。少しばかり話の回り道が過ぎたな。つまるところ、今はまだ歯車は上手く回っていると言うことだ。いつ壊れるか分からない、いつバレるのかも分からない。でも、ハリボテでも、偽りでも回り続けている。ならそれ以上に望むことは何もない。俺は歯車を回し続けるだけだ。

 

曇天の空を仰ぎながら、そう決意を固めた時だった。ポンと方を背後から叩かれ、声をかけられた。

 

「What's a nice guy like you doing in a place like this?」

 

珠の様に涼しげに透き通った人懐っこい声だ。そして、日本では学校の授業以外で聞くことはほとんどない英語。いきなりの流暢な英語に驚きつつ背後を振り向けば、一人の女性がたっていた。

 

まず最初に思ったのは、怪しいと言う一言だった。白いハンティングハットを深くかぶり、目には大きなサングラス、そして口元にはマスクをしている。顔で言えば露出している面の方が少ない有様だ。そんな人を見て怪しいと思わない方が無理だ。

 

『ねぇ、お兄さん。こんなところで何してるの?』

 

彼女はまた流暢な英語でたじろく俺に話しかける。

身長は女性にしては高い方らしく、170近くはあるだろう。よく見ればスタイルもいい。流暢な英語といい外国の人なんだろうか、手足もスラっと長くモデルの様な体型だ。いや、最近テレビ局や雑誌の撮影現場に行く機会が増え、モデルを生でみる機会が多くなったからこそ分かるが、彼女はモデル以上にモデル体型をしている。細めのジーパンと茶色のセーターというシンプルな格好なのだが、彼女の場合その格好が体のラインを強調し、しなやかな身体が強調されている。

 

もしかして、本当にモデルかアイドルかをしているんだろうか、とも思ったが、俺の知り合いは765プロのアイドルばかりだ。他に俺に話しかけるアイドル何て思いつかないし、外国の人のモデル何て見たことも話したこともなかった。

 

『あれ。お兄さんって英語出来ないタイプ?』

 

彼女は俺の顔を下から覗き込む。サングラス越しに目が合った様な気がした。

 

『ごめんごめん、少しビックリして』

 

まさか、こんな所で英語を使う機会が来るとはな。英語会話に自信があるとは、とてもじゃないが言えないけど、それでも大学に入れるだけの英語力はあったし、英語の授業も大学で受けてきた。発音がうまいわけでもないし、文法があっているかも分からないけどそこまでの間違いはない……はず。

 

『おぉ、やっぱり出来るじゃん! こんな美女とお喋り出来る機会ないんだし、ラッキーだよお兄さん!」

 

おっかなびっくり話しかけた英語はどうやら通用したらしく彼女はマスク越しにそう笑う。やはり、その声色はマスク越しにも鈴の様に澄んだ綺麗な声だと言うのが分かった。

 

『いやいや、英語を話す機会何てほとんどないから通用するか心配だったんだ。だけど、大丈夫みたいだね。良かったよ』

 

明るく話す彼女にたじろきながら、たどたどしい英語をどうにか返す。

 

『うん、少し硬い表現でおかしなところもあるけど、概ね大丈夫だよ、お兄さん』

 

どうやら及第点はもらえた様だ。しかし、俺が頭の中で翻訳している彼女の言葉はあっているのだろうか。まぁ、高校時代と今でも少し英語を教えてもらっているミズキ曰く、お前はリスニングだけはほぼ完璧に近いとお墨付きを貰っているため大丈夫だとは思いたい。ミズキも英語の発音は流暢だからなぁ。確か両親が海外にいるんだっけな。そりゃ英語が上手いのも納得だ。まぁ、ことミズキとSSKに関しては2、3ヶ国語話せたとしても驚かない、というよりも話せるとか聞いた気もする。

 

『君にそう言われると英語の勉強が無駄になっていないと思えて嬉しいよ』

 

『うんうん、この私が言うんだから間違いなし! まぁ、口語の少しおかしな部分は私が教えてあげてもいいよ! この私に英語を教えてもらえるって凄い幸運だよ、お兄さん! 一般人が聞いたら血の涙を流して悔しがること間違いなし!』

 

今度は少し難しい表現が出て来たな。shed bitter tearsって血の涙を流すでいいのかな。自信はないがこう訳す他ない。まぁ、文脈上間違いではないと思うけど。

 

『はははははは、ありがとう』

 

それとやっぱり外国の人のノリは凄い。会って数分と立たないうちにここまでグイグイと来るなんて……。

向こうでは普通な話かもしれないけど、日本生まれ日本育ちの純日本人である俺はただその勢いにぎこちない笑顔を返すのが手一杯だった。

 

『うんうん、まっかせなさーい! で、そういえばこんな所で何をしているの、お兄さん?』

 

『あぁ、そこの店でコーヒー飲もうと思ってね』

 

そう視線を喫茶店に向ける。赤い屋根の下には昼をだいぶ回った時間だと言うのにそこそこの席が埋まっている様に感じた。CMのおかげか分からないけど、繁盛しているようで何よりだ。

 

『おぉ! いいね、お兄さん! いやー、私もちょうどお茶したいと思ってたんだよねぇ! さぁ、行こっ!』

 

そう彼女は言うと俺の手を掴み、歩き出す。余りの展開に戸惑いを隠せないどころかポカンとただ突っ立っているしかない俺。いくら外国の人がフレンドリーだと言っても、まさか一緒に行くような話になっているとは……。何と無くフレンドリーというより傍若無人といった言葉が似合うような気がする。一瞬、紅髪の友人が頭によぎった。傍若無人を体現したような彼女とそれとなく似ている。

 

『ん? どうしたの、お兄さん?』

 

立ち止まっていることに不思議そうに顔を傾げ顔を覗き込むように見てくる少女。俺が戸惑っていることに気づいたのか、ハッと何かに気づいたのかような顔をした。

 

『あっ! 大丈夫だよお兄さん、私こう見えてもお金いっぱいもってんだよ! 会計はまっかせといて!』

 

マスク越しでも分かる、今の彼女は満面の笑みを浮かべているのだろう。何がどうなっているのかイマイチ理解もできず、俺はただ無邪気に笑う彼女に手を引かれながらコーヒーショップのドアをくぐった。

 




久々の更新なのにオリキャラが新登場です。ちなみに前から少しだけ伏線を振っといたのですがこのオリキャラが誰かわかる人もいるんだろうなぁ。

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