かくも日常的な物語 2   作:満足な愚者

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秋の祭りと雑踏と

少し汚れた大きな窓から表を見れば、青い青い空がよく見えた。

 

気温もだいぶ下がり秋本番といったことばしっくりくる季節となった。最近は雲りか雨かですっきりしない天気が続いていた10月も後半。俺は久しぶりに大学へと来ていた。

 

久ぶりに訪れても劇的な変化はなにもない古ぼけた校舎。何十年も立て直してないのだ。だから二、三か月振りに来たところで何も変わらない。きっと、これから先もこの校舎は何の変わり映えもないまま建っているに違いなかった。

私立大学では有り得ないような壁に入ったひび割れ。俺が入学した三年前からあることを考えると、これから先もこの壁にはヒビが入りっぱなしだろう。いくら国公立の貧乏大学とはいえ見た目にもう少し予算を使ってもいいように感じるが、それがこの学校の特色だと考えればある程度愛着もわいてくる。

 

校舎に入り少し見渡しただけでもお世辞にも綺麗といえるような校舎ではない。でもだからこそこの大都会の雑踏とした息のつく暇もない外とは違い、時の流れがゆっくりになったような感覚を受ける。

 

その感覚は嫌いじゃなかった。最近はバイトや765プロのお手伝いで忙しくせわしない日々が続いていたため、久しぶりに訪れた大学のこの穏やかな時の流れは俺自身とても心休まる時間となっていた。それにこの大学にはもう三年も通っているんだ。今更、まっさらな新品校舎に建て替えられたところで俺自身としては戸惑うし、きっと変わって欲しくない。それくらいにはこの校舎に愛着もある。

 

少し立ち止まり息を吐く。まだ息が白いといったことはないが、それでも十二分に夏とは違ってきた。秋は秋でも冬の到来を感じさせる秋だ。今年もあと二か月もすれば終わる。その実感がやけに重く感じる。

 

――――秋が終われば冬が来る。

 

この当たり前のことがなんだか今年は少し違った意味に感じられる。自然の摂理としてではなくもっと身近でもっと人間味の溢れた意味に……。

 

さてと、こんなところで変に考えに耽ってもしょうがない。とりあえず、今日学校に来た意味は校舎を見て回るためでも、秋を感じるためでもないのだ。ついでに言えば、授業にでるためでもなかったりする。こちらのほうは学生としてはどうかと自分でも思うが。

 

もう一度ひび割れた壁を見つめると俺は一人歩き始める。半分になった視界と共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教室に入るとそこには誰もまだ来ていなかった。腕にはめている腕時計を見て納得する。それはそうか。集合時間より30分近くまだ早いのだ。もちろん集まるのはいつものメンバー。

 

今日はなんでもミズキから直々に集合のメールが入った。何の集合かは俺もわからない。確定では分からないがある程度なら分かる。十月も後半ということは月が替わればすぐにあの時期が訪れる。お祭り好きのミズキのことだ今日の呼び出しも十中八九そのことで間違いないはずだ。高校時代からミズキは思い付きで俺たちを集めることが多かった。大学に入ってもそれは相変わらず。

違うのは高校と違い集まる場所が部室からこの小さな教室へと変わったくらいだろう。

 

今、俺がいるのはいつぞやのミーティングをした大学内にある小教室。いつもは語学などの少人数制の授業などが行われる教室だ。高校と違い部室を持たない俺たちはこうやってこの教室で集まることが結構あった。

 

最近で印象深い集まりといえば雪歩ちゃんの高校でライブをやると発表があったのもこの教室でのことだった。思えばあれも半年近くも前の話になる。あれから今日まで長かったのか短かったのか、俺としてはとてもあっという間だった。あっという間に時が過ぎ、よく知る少女たちはものすごく成長した。

 

きっとこれから先も時はあっという間に流れ、あの子たちはそのままのスピードで成長するだろう。そのことが俺は嬉しく思うのと同時に誇りに思う。今年の年末には今年一番輝いたアイドルに贈られる賞の授与式もあるのだ。

 

彼女たちならもしかしたらいけるかもしれない。

 

破竹の勢いで躍進を続けている彼女たちならば、もしかすれば……。そう思うと年末が楽しみで仕方がない。

 

そんな時だった。ガラガラと立てつけの悪い扉が音を立てて開く。

 

「あれ、もう来てたんだ」

 

姿を現したのは茶髪のイケメン。大切なことなので二度言う。イケメンだ。

 

「よう、ヒロト。お前も早いな」

 

長椅子に腰かけたまま手を軽くあげ挨拶をする。ずっと一緒にやってきた仲だ。これくらいの気がおける関係だ。

 

彼こそ我がグル―プ男子のビジュアル担当であるヒロトだ。しかし、こいつの特徴は顔がいいだけではない。性格もすごく良かったりする。人を助けたこと数知れず、困った人なら老若男女誰にでも手を差し伸べるのがこのヒロトの生き方だったりする。顔と性格は比例するのかと人知れず考えたことがあったが、実質このグループを仕切っている赤髪の彼女の件があるため一概には言えないようだ。そしてなんとスポーツも抜群にできる。なんでも中学時代にバスケットで全国制覇しているのだ。しかも三冠。もうどこの奇跡の世代だよと突っ込みを入れたくなるレベル。

 

とにかくだ、顔よし、性格よし、スポーツ万能とくればモテないはずはない。当たり前だが無茶苦茶モテる。

 

告白された経験数知れず。おそらく俺が出会った男性の中でも一番告白されているに違いない。そこいらのモデルやアイドルとは格が違う。そんな男の敵がヒロトというやつだった。

 

「久々だね。学校来るのいつ振り?」

 

長身の彼は少しくぐるようにして教室に入ると俺の座っていた長イスの逆端に座った。

 

「今学期は初めて来たから……。えーっと三か月振りくらいかな」

 

「そりゃ長い夏休みだね。はい、とりあえずレジュメとノート。コピーしておいたから後で目を通しときなよ」

 

ヒロトはそういうと背負っていたカバンからファイルを取り出し渡してくる。本当に頭が上がらない限りだ。俺とヒロトは一緒の学部ということもあり同じ授業をほとんど履修している。俺はこいつがいなかったら三回は留年している自身がある。そのくらいにはヒロトにお世話になりっぱなしだった。

 

 

「いつも悪いな」

 

「いやいや、気にしないでよ。君の家の都合は俺たちが一番よく知っているしね。君の苦労に比べたらこの程度しかできない自分に腹が立つよ」

 

そうなんでもないように彼は笑う。その笑顔が俺にはとても眩しすぎて目をそらしたくなる。彼は根本から善人なのだ。俺のような悪人とは根底から異なる存在が彼、ヒロトという訳である。

 

「ありがとう、ヒロト」

 

お礼は短く端的に。そして気持ちを込める。俺たちの間に感謝を伝えるに長い文書はいらない。ただ心を込めれば相手にも伝わる。

 

「どういたしまして。ところでさ、今日の集合は何でか知ってる?」

 

「さぁ、分からないな。まぁミズキのことだし、きっと来月の頭のことだと思うよ。もうすぐその季節だしね」

 

「あぁ、そっかもうすぐ“学園祭”の時期だったね」

 

学園祭。来月の十一月の一日、二日、三日に行われる学園祭。あまりイベントというイベントがない大学生活において年に一度の特大イベントである。ミズキの今日の呼び出しは間違いなく学園祭にまつわることだろう。

 

「今年は何かするのかな?」

 

「さぁどうだろうね。面白いことになりそうだよ。今年は」

 

涼しげな笑みを浮かべ彼はいう。その笑みを見れば男の俺でもかっこいいと思える。

しかし、その笑みはどこか白々しさがあった。

 

「お前、何か知ってるだろ?」

 

「さぁ、どうだろうね……。まぁ話はみんなが来てからにしようよ。どうせミズキから話があるだろうしね」

 

涼しげな笑みは崩さない。つまりは話すつもりはないようだ。まぁ後三十分もすれば皆も集まることだ。

 

 

「そういえば君に聞きたいことが色々とあるんだ。……765プロのプロデューサー代理として働いてるって聞いたけどどんなことやってるの?」

 

「うーん。普通に撮影について行ったり、各業界の会社にあいさつ回りに行ったり、後は事務処理かな……」

 

基本的にバイトだということで時間も短く融通もしてもらっている。そんな俺の業務は大体このような感じだった。挨拶回りや事務処理は基本的に人が本当に足りない時だけ。基本的にそんな仕事は765プロの正プロデューサーである赤羽根さんと律子さんの仕事だ。

 

「へぇー、それってもうほとんどプロデューサーと変わらないんじゃないの?」

 

「うーん、基本的に俺はバイトだからそこまで重要な案件はないかな。基本的に撮影の付き添いがメインだしね」

 

「へぇー、それでもすごいと俺は思うよ。ってことは就職もそっち関係に進むつもりなの?」

 

「就職か……。考えたことないな……」

 

俺たちももう大学三年生。後、数か月もすると就職活動も本格的に動き出す。そんな中で未来の展望が全くないのは俺くらいじゃないだろうか。だが、不思議と焦燥感はない。どう焦っても覆らない事実いうものはあるのだ。

 

「まぁ、君ならどこに行っても大丈夫だと思うし、焦らず決めればいいよ」

 

どこに根拠があるのかヒロトは笑顔で言う。その顔を見るとどうやら本心で言っているようだ。

 

人がいい彼のことだ。基本的にヒロトは嘘をつけない。嘘をつくのが苦手なのだ。そんな彼を時々羨ましく思うことがある。人間はないものをいつだって誰だって妬むものだ。

 

「そうかな……。ありがとう」

 

基本的にうちのメンバーは何故か俺を過大評価している節がある。俺はあいつらと違って何もとりえのない人間なのにだ。何故かみんな信頼し、期待を寄せてくる。

 

……でも、俺にはその期待が嬉しかったりする。過剰評価であろうと、誤りであろうと、期待されるというのは嬉しいものがあった。何もとりえのない俺だけど友人の期待だけは裏切りたくはない。

 

そのまま久しぶりに再会したヒロトとしばらく他愛のない話を続ける。教室の窓からは秋の穏やかな斜陽が差していた。

 

 

 

 

 

 

 

「よう、お前ら全員来てるか?」

 

ガラガラと大きな音を立てながら乱暴にドアが開けられた。入ってきたのは一人の女性。

紅い紅い長い髪に整いすぎた顔。出ることは出て引っ込むところは引っ込むそんな理想のスタイル。女性としては少し低めの声に男のような口調。何もかもが“らし”かった。

 

橘 ミズキはいつものように時間きっちりに教室に到着した。

 

「ミズキで最後だよ」

 

「いつも通りお前で最後だ」

 

そんな彼女に手を上げてヒロトは挨拶をし、SSKは抑揚のない声で答える。

 

「おっ、今日は不登校の不良野郎も来てるな、関心関心!」

 

「久しぶりだね、ミズキ」

 

ヒロトに習い軽くて手を上げて笑顔を一つ。

 

「おう久しぶりだな、なんだか最近忙しそうだが大丈夫か?」

 

「まぁ、どうにかこうにかやってるよ」

 

「そうかそうか、まぁサボりすぎて単位落とさないようにな! お前が留年したら寝つきが悪いからよ」

 

そういいながら彼女は豪快に笑った。しばらく振りに顔を合わしても何も変わらない。

 

「痛いところついてくるね。そうならないように頑張るよ」

 

笑顔でそう返した時だった。ミズキがぐいっと顔を近くに寄せた。

 

「ん……。なんかお前変じゃないか?」

 

「あははははは。何の話?」

 

少しだけ失敗したかもしれないと少しだけ顔色が変わる。ミズキの人を観察する能力を舐めていたのかもしれない。

 

「さてと、ミズキとりあえず話を進めないか? 俺は三限もある」

 

助け舟を出してくれたのはいつも通りの抑揚のない声のSSKだった。やはり彼はタイミングに関しては神がかりにいい。何度それで助かってきたことか。

 

「まぁ、そうだな。よし、じゃあいきなりだが今日の集まってもらった趣旨を説明したいと思う」

 

教壇の上、ホワイトボードの前に立つとミズキはよく通る声で話す。

 

「えーっと。色男と天パーには予め言っておいてから知っていると思うが、今日集まってもらったのは他でもない」

 

彼女はそのままホワイトボードマーカーを持つとボードに文字を書き始める。

 

お手本のように綺麗に書かれたその文字を見て彼女は満足そうにうなずくと、振り返る。

 

「文化祭についてだ!」

ホワイトボードに書かれたその文字はある程度予想していたものその通りだった。

 

「オレたちも、もう三年。来年には四年になる。文化祭もあと二回だ! だから、こそ今年の文化祭は派手に行こうと思う!」

 

「派手にって何をやるつもりだ? まさか、ステージジャックとかするんじゃないだろうな?」

 

最近は落ち着いてきたためそんなことはないと信じたいが、もしすると言うのなら全力で止めるつもりだ。流石に二十歳を超えて人様に迷惑をかけるようなことはできない。

 

「いや、ステージジャックなんてしないぞ。おい色男! そっちの首尾はどうなんだ?」

 

「あぁ、一応伝手を伝って確保は出来たけど……。でも、最終日の午後のステージを確保してどうするのさ?」

 

ミズキの問いかけに答えながらヒロトはカバンから数枚の紙を取り出した。一番上の紙には学園祭期間中の野外特別ステージの貸し出しについてと書かれている。

 

「あれ、ヒロトも知らされていないのか?」

 

「うん、ただ純粋に学際の最終日の午後の野外ステージを抑えといてしか聞かされてなくてね」

 

ヒロトも知らないとは珍しい。基本的に大学に入ってからはヒロトとSSKでいろいろな準備をすることが多かった。それは俺の家庭の事情を知っている皆の配慮だからだ。それを知っているため皆には何も言えなかった。

 

「よし、流石色男だ! 天パーお前のほうはどうだ?」

 

「あぁ、無論抜かりはない。任せておいてくれ」

 

いつものように淡々とSSKは応える。その抑揚のなさが当たり前のことを聞くなというよな自信に見え来る。まぁ実際彼に関していえばどんなことでも完遂しような男だ。

 

一番長い付き合いだというのに、一番わからないのが彼だ。

 

「で、結局何をするのさ? ライブなら俺たちだけで午後のステージ全部使うのは長すぎるだろ」

 

ヒロトが持ってきた紙を見れば午後のステージは三時間もある。俺たち一グループが使うにはいささか長すぎる時間だった。確かにミズキは人気がある。三時間くらいなら観客の心をつかんで盛り上げるのは簡単な話だろう。

 

でも、俺には三時間という時間はあまりにも長すぎる。そのことは彼が一番知っていると思うが……。

 

そう思いSSKを見れば、いつもの無表情。ただ俺に任せておけと言わんばかりだ。

 

「その件なら大丈夫だ。極秘でいろいろと根配り済みだ。当日はどでかい祭りになるから楽しみにしておけよ」

 

ニヤリと笑うミズキの横顔は、まるで悪戯を企む悪ガキのようだった。

 

「本当に大丈夫なのか……?」

 

思わずそう聞いてしまう俺は何も悪くない。高校からの付き合いとはいえミズキとの付き合いは短くはない。むしろ長いほうだと言っていい。彼女の考えが少し常人とは違う破天荒なものだというものは文字通り身をもって体験してきている。

 

「なんだ? オレ様のことが信用できないのか? 大丈夫、任せとけ! いつも通り俺たちが準備するからよ」

 

どことなく大丈夫じゃない言葉を彼女は豪快に笑いながら言った。横を見ればヒロトがそれは楽しみだね、と満面の笑み。

 

どうやら彼もミズキの見方なようだ。まぁ、今回に限っては俺もそう心配はしていない。SSKも内容は知っているようだし、ミズキもここ数年落ち着いてきている。なんだかんだ言ってもこの姫様も成長してきているのは間違いない。

 

「とりあえず、オレ達も勿論演奏するから練習するぞ! 今回は結構ガチでいくぞ! 天パー! 練習日程を出してくれ! そして、演奏曲は……」

 

やけに気合の入っているミズキの声が狭い教室に響いた。それは相変わらずの澄んだ青空。

 

清々しいまでの秋晴れの下、俺たちの祭りは始まった。

 

これから起こる怒濤の出来事を知らずに、この時の俺はただ笑っていた……。


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