キル・マイ・セイバー   作:P-PEN

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gossip

 

 

 

 ――ズズ……、ズ……。

 

 打ち捨てられた防衛用冷却プラントの陰。湿ったコンクリートの冷気が立ち込める狭い物陰に、二人は身を寄せていた。『装甲肉塊・鉄錣』の巨体を解体し、追撃の界異が途切れたわずかな隙。束の間の静寂が、荒い息遣いとともに二人の間に落ちてくる。

 

 「……ハッ、……ガ、……ッ」

 

 メグは冷たい壁に背を預け、荒い呼吸を整えようと胸を上下させていた。喉の奥が焼きつくように熱い。高濃度の呪詛ガスと、先ほどまでケリーに全身の神経を爆発的にオーバーライドさせられた反動で、指先が痺れるように微かに震えていた。

 

 背骨を駆け抜けた、あの不快で甘やかな全能感の余韻。自分の身体が魔女の指先ひとつで操られ、それに肉体が歓喜してしまったという屈辱。だが――過呼吸に揺れるメグの視線は、自分でも気づかないうちに、隣の少女に強く吸い寄せられていた。

 

 すぐ隣で、ケリーは戦再度自分の右脚の応急処置を行っている。先ほどの戦闘機動で傷が開いたのだろう。恐らく特注であろう特殊な設計の重狩衣の裾を無造作に捲り上げ、焦げた装具の隙間から覗く肌に、手慣れた手つきで補強用テープと特殊な医療包帯を巻き直していた。

 

 「思ったより出血は少ないけど、これだけ血を流したら食事にお肉が増やされそう。私、あんまり好きじゃないのよね」

 

 毒づきながらも、迷いのない指先。その退廃的なまでに美しく、どこまでも落ち着き払った横顔から、メグは目を離すことができずにいた。形代紙はゼロ。高濃度の呪詛ガスと無数の機械界異が蠢く、死の放棄区画。本来なら、片足を壊されたケリーにとってもここは絶体絶命の死地に違いなかった。

 

 だというのに、この魔女には焦りも、恐怖も、欠片ほども存在しない。仮にこれがケリーの仕組んだ「お遊び」ではなく、本物の窮地であったとしても、この少女はきっと全く同じ顔をして、同じように軽快に毒を吐いている。そんな圧倒的なまでの揺らぎのなさが、その横顔から漂っていた。

 

 かつて「味方だ」と笑いながら自分を囮にして逃げた強盗団の少女たち。

 言葉巧みに自分と母親を追い詰めた大人たち。

 

 そんな嘘と裏切りに満ちた過去の誰とも違う。気まぐれで残酷な悪意の塊だからこそ、一切の偽りがない。

 

 メグ自身、自分が何を考えているのかすら分かっていなかった。思考を整理することすらできないまま、ただ無意識のうちに、その危険な魔女に目を奪われ、息を呑んで凝視してしまっていたのだ。

 

 「――ねえ」

 

 パチン、と包帯の端を留める軽快な音が響く。処置を終えたケリーが不意に顔を上げ、メグの視線と真っ直ぐにぶつかり合った。

 

 朝焼けの予感と暗闇が交差する影の中、ケリーの紫の瞳が妖しく光る。リップクリームを塗ったばかりの様な艶やかな唇が、三日月のように歪められた。

 

 「さっきから、すっごく熱心に私のこと見てるよね……何? 私にいじめられるのがたまらなくなってきたの?」

 

 耳朶をくすぐる、甘く、冷ややかな声。

 

 「……っ!?」

 

 その言葉が脳に届いた瞬間、メグの全身に激震が走った。

 

 ケリーの指摘によって、自分がどれほど夢中で相手を見つめていたのか、そしてその不快で甘やかな支配に身を委ねかけていたのかを――そこで初めて自覚させられたのだ。

 

 心臓が跳ね上がる。図星を突かれたというあまりの屈辱と、理由のわからない熱情が混ざり合い、メグの顔が耳の裏まで真っ赤に染まった。

 

 「あは、顔真っ赤……ふふ、可笑しい。散々痛めつけられて、身体を操られておいて……内心、私のお仕置きが気持ち良くなっちゃってたんだ?一生懸命誰かを護る献身を、この私に捧げてどんな気分?」

 

 「っ……!ッ……!」

 

 声が出ない喉から、激しい呼気が漏れる。メグのあまりのうろたえぶりを心底楽しむように、ケリーは満足そうに目を細めると、巻き直したばかりの右脚を、わざとらしくメグの膝の上へぽんと投げ出してみせた。

 

 「ねぇ、巻き直した包帯、少し緩いかも……『命の恩人』なんだから、ついでにきゅっと結び直してよ。ねえ、お優しいおチビちゃん?」

 

 自分の意地も、無意識の感情すらも完璧に手のひらで転がされている。

 

 メグは射貫く様な鋭い目で見つめ返し、投げ出されたその不快で、どこか狂おしく思えてしまった脚を、思い切り力任せに横へ押し払った。

 

 「あはは! 酷ーい!怪我人にそんな乱暴するんだ?」

 

 ケリーの楽しげな高笑いが、薄暗いコンクリートの陰に響く。メグは熱くなった唇を強く噛み締め、黒不浄刀の柄を痛いほど握り直した。

 

 (殺す……絶対に、無事に地上に連れて行って……いつか私が、この手で……!)

 

 胸の中で荒れ狂う殺意。だが、胸中には一抹の不安があった。でも殺意は以前の様に純粋な殺意のままだろうか?

 

「よし、処置完了……それじゃ最後の仕上げ、地上への出口に行こうか、おチビ」

 

 冷たい嘲笑を残し、ケリーが再びメグの肩へとしなだれかかってくる。その歪んだ重みと体温を全身で受け止め、メグは殺意と熱情の混ざり合う瞳で、次の地獄――最深部の中央大昇降機へと足を踏み出していった。

 

 

 

 

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