機動戦士ガンダム三次創作 ゆっくり機動戦士ガンダムZZ 作:泉 とも
修羅場が始まるとか言ったな。あれは嘘だ。
「ジオン軍人も地に落ちたものだな」
ハマーンが通信端末を開くなり、開口一番浴びせられた言葉がそれだった。
「諜報部から既に報告は受け取っている。犯人は独自のニュータイプ信仰を持つ気の触れたテロリストだったそうだな。それも単独犯だと」
「はっ。何者かのサイコミュによる洗脳を、受けていた可能性があるとのことでして」
ハマーンの背中は冷や汗で湿っていた。相手はジオン軍の№2であり、月の支配者であるキシリア・ザビである。
父マハラジャ・カーンが思想的にはダイクン派の流れを汲んでいることもあり、此度の失敗や要求について話す彼女が受ける重圧は、計り知れない。
「うむ。こちらでもニュータイプ能力を強化するサークレットが先日完成したばかりだが、やはりこういう事件が起きたか」
あのコスプレセットみたいな奴。
「と、言いますと」
「ロボットを精神力で動かしたり、強化したりするよりは、よほど身近な危機ということだよ。グリプスでの一件でも、精神が不安定になった強化人間を、別のニュータイプがコントロールするという試みがあったらしい」
ニュータイプは基本的に分かり会えないので、我の強さで上下関係を決めるしかない。
「彼らの力については未知の部分が多い。だが強大な能力を有している者ほど自覚的になり、悪用する者も当然出て来る。先日の一件も正にその一例である。貴官が対応できなかったことは責任こそあれ、無理のないことでもある。それを忘れぬように」
「はっ、お気遣い、ありがたく……」
ハマーンは内心で少しだけ安堵した。キシリアはこの、悪い意味で新しい時代の幕開けとでも言うべき事件を、把握しているようだった。
「しかしながら閣下、詰まる所この事件は」
「サイコフレームと、それにまつわる技術の流出や悪用が既に始まっている。と見るべきであろう。アナハイムが心血を注いで開発し独占した技術だ。奴らがこれで自らの地位を上げたいのも、そのための実験台として闇にバラ撒くのも、見え透いたこと」
信用の無さにかけては絶大な信頼を誇るのがアナハイムという企業である。
「それでしたら閣下、早急にこの技術の封印を。これが広まればニュータイプたちによる、カルト的な組織犯罪に発展するおそれがあります」
「気持ちは分かる。貴官の考えは明察と言えよう。だが今は難しい。この事実は秘匿せねばならぬし、アナハイムとて企業、労働者の生活を支えている。加えてあの企業の性格を考えれば、禁止にすれば必ず地下に潜る。それだけは何としても避けたい」
信用の無さにかけては絶大な信頼を誇るのがアナハイムという企業である。
「この件に関しては私も手を拱いている気は無い。だが技術を成熟させつつ、陳腐化させていくには時間が必要だ。これは医療においても革新的な技術なのだ。行く行くはヤシマ重工かサハリン財団に移して、安全な範囲に隔離したい」
「そう、ですか」
ハマーンは無念さを隠せなかった。この世界の彼女は変に拗らせてないので、自分の未熟や作戦の失敗、失われた人命などを悔いるくらいの人間性は残っている。
「だが報告にあった、残留思念の供養にもサイコフレームが使えるというのは意外だった。これらは祭事の分野だが、慰霊も軍政の与ることと言えなくもない。調達くらいならできるように手配をしておこう」
「閣下はその、このようなオカルトをお疑いにならないのですか?」
「科学的に実証された宇宙時代の超能力者が、実際に交流をしたという記録もある。適性のない者では心霊現象を感知出来ないともな。もう信じる信じないという段階ではないのだ。認めたくはないが、認めざるを得ん」
率先してニュータイプ研究を始め、今も第一線に立ち続けているキシリアにとって、笑えない現実であった。
「それと先日ティターンズ系列のMSの権利関係を、ようやくツィマッドに引き継がせたところだ。欲しい機体が有れば持って行くがいい。兄上の嫌がらせにしても、貴官には辛い目に遭わせてしまった。せめてもの詫びと思って欲しい」
グリプスの一件でティターンズは解体され、ジムⅡやハイザック以外の独自に開発していた機体群は、最近いいとこ無しで業績もパッとしない同社に引き渡された。
各地のニュータイプ研究所の過激派が造反したことでこれらの技術も流れ込み、ツィマッド社は正に棚ぼた式の成長を遂げた。
「重ね重ねのご厚誼、返す言葉もございません」
「うむ。ところで、貴官のテロリスト追跡の任は終了した訳だが、その後総帥から連絡はあったか?」
「いえ、あれ以降は何も」
「そうか。なら私から指令を出しておこう。こういうことは越権行為だが、責任を取るのは私だからな」
キシリアはそう言うとハマーンに『ソロモンの復興と同宙域の警備』を新たに発令した。
「閣下、これは……」
「不服か?」
「いえ、ありがたく拝命致します!」
どうせならば最後まで、この一件を務めさせようというキシリアの思惑と、こんな状態では終われないというハマーンの意思は、縫い合わせかのように一致した。
「何やら得体のしれぬことが起きていることは分かる。アクシズからは左遷のような形になってしまうが、くれぐれも、気を抜かぬように」
「はっ、必ずややり遂げてご覧に入れます」
そうしてハマーンとキシリアの通話は終了した。
「とりあえず補給の手筈は付いて、放逐は避けられたか」
ハマーンは一息をつくと、大きく息を吐いた。宇宙時代を迎えるほどに科学は発達した。しかしその先に待っていたのは、あまりにも荒唐無稽な現象だった。
文明の明りがオカルトの霧を払ったかに思えたが、宇宙の闇はそれがただの現実に過ぎなかったと告げて来る。
「これからどうすべきか、」
暗中模索。現状を表すのにこれほど相応しい言葉も無かった。
「事実は小説より奇なり、か」
ハマーンとの会話を終えたキシリアは、そのままギレンへと通信を入れた。
「何用かな、キシリア」
「お聞きの通りです総帥」
「ふむ、何のことやら」
「前置きは不要です。ハマーンらのことですが」
妹の険のある態度に苦笑しつつ、ギレンは両手を顔の前で組んだ。
「どうやら集団幻覚の類ではないようだな。クルーの何人か精神鑑定に回したらしいが、その結果からも確かだ」
「ボッシュという首謀者に核弾頭の情報を渡したのは、総帥のお計らいですか?」
ギレンとキシリアの視線が交錯する。味方や身内殺しには軍人よりも厳しいのがこの女傑だった。
「うむ。予てより反抗的な態度で、不審な繋がりやおかしな言動が目立っていてな、表向きの諜報部に配属した。不穏部真の洗い出しや背後関係の調査のためにだ。しかし単独犯による強行軍や、その後の一連のことまでは完全に予想外であった。私としたことが迂闊だったよ」
どの口が、という言葉がマスク一枚に阻まれて飲み込まれる。ソロモンに集結していたのは、地上から宇宙に上がった元連邦系で埋められていた。
少なくともギレンは、新型核弾頭によって攻撃される場所に、敢えて反ジオン的な者たちを集めていたことになる。
と、ここでキシリアはあることに気付いた。
「そうですか。所で総帥、総帥は今どちらに?」
「サイド3でないことは確かだよ。ふふふふふ」
ドスの利いた含み笑いが室内に木霊する。周到に雲隠れしていたのだ。
「それにしてもサイコミュというのは厄介だな。進退を逸脱し拡張され、他者を支配下に置くことができる異常脳波。宇宙に適応した人類は、手足を使っても何も得られない宇宙で、代わりになる手段を発達させたと見るべきか」
「総帥は霊魂の話についてはどう思われますか?」
「人の意識が所詮は脳に纏わる電気信号であるなら、それが何らかの要因によってその場に滞留し、焼き付いている物と考えれば、科学的には存在するだろう。故に同じ構造の脳を持つ人にしか感知できないという俗説にも、筋が通る」
ギレンはオカルトは信じていない。彼にとって魂とは、最早科学的に解明された分野でしかないのだ。
「そしてだからこそ、サイコフレームの封印には私も同意するよ。今更父上に化けて出られては堪らないのでね」
「ふふ、それはそうですが」
ギレンの言い種にキシリアは思わず笑った。この親子は死んでも仲が悪いままなのだと。
そしてそれは当然のことのように見えた。
「宇宙の裂け目とやらから、おかしな輩や思想が入り込んでも患わしい。関わり合いになりたくないが、かと言って捨て置くこともできん。この問題は迅速に解決したい。要求があれば何時でも聞くようにしよう」
「ご協力感謝します。総帥」
「ではな」
キシリアは何も映さなくなった通信端末を見つめた。
不穏分子を焚き付けていよく粛清をやった兄に、反吐が出そうだっがた、現実逃避や事実誤認の類は、一切無かったことが幸いだった。
「全く、最早この宇宙には、オカルトなどという言い訳は通用しないのかもしれんな」
そう一人呟くと、彼女は執務へと戻っていった。