私は悪魔である。
悪魔が実際にどんな姿をしているのか、
それは私の知っているようなことではない。
だが、私をこの小さな檻に追いやった大人と、
その檻に石を投げる小さな大人。
彼らの目を見れば、
私にも、悪魔が何を指すのかはなんとなく理解できた。
◇ ◇ ◇
彼女はとある亜人の集落で生まれた。
もっとも、地図には記されていない。
一般の人類社会から、大きな山脈で断絶され、時代の流れから置いて行かれたような、そんな孤立した集落である。
イヌの亜人であれば、耳と尻尾や発達した犬歯が、
鳥の亜人であれば、羽と嘴や軽量な肢体が。
確かに人外の特徴は持つものの、ベースはやはりヒトである。
彼らもその原則に従い、人間から見ても“ごく一般的な”集落を築き上げていた。
しかし、彼らはやはり
それが集落を確かに狂わせ、“ごく一般的な”ものからかけ離れさせた。
コウモリの亜人が、
いや、そのほんの一部が、血を吸うような存在で無ければ、この山脈の奥に追いやられ、こんな過酷な死地で困窮することは無かったのだ。
あぁ。
私が今こんなところで暮らしているのは、
本や伝承にあった素晴らしい生活を送れていないのは、
全てコイツらの所為なんだ。
と、人々は今日も石を投げ、血肉を投げ入れ、土地を保つための贄とする。
石を投げる人々の背丈や肌色、鼻や耳の形をとってもどれもさまざまである。
しかし、誰に向かって石を投げるか、というのに選択肢はなく、その文化に異を唱える者もいない。
皆、ただ投げる。
吸血コウモリに向かって。
◇ ◇ ◇
集落では、山の岩肌に張り付くように住居が分布していた。
基本的に、食料の確保を行うのは下にある者たちの仕事であり、集落全体の食料は、彼らの確保した家畜の肉やその乳、その他わずか少量の芋で賄われている。
とはいえ、食料問題は深刻である。
集落の下側、ましては外れの方に行けば、そこはスラムと成り果てる。
環境は劣悪という他ないだろう。
かつて賑わっていた残りとして、そこには多くの住居が存在する。
そして、そのどれもが抜け殻である。
今にでも潰れてしまいそうな、老朽化しきった建物。
家を失った人々、うまく上がることのできなかったコウモリは、そこで一日の食糧を求めて彷徨い、身を隠している。
なぜ、賑わっていたことが過去になったのか。
その原因は一つ。
死地が拡大したから。それに他ならない。
生活において脅威となる魔物が大量に生息していて、
なおかつ、土地が使い物にならないほど痩せているようなところ。
それが今もなお拡大し続けており、集落を順々と上へと追いやっている……
その跡には決まってこの抜け殻が残される。
なんの悪戯か、そういう地では吸血コウモリがよく見つかった。
吸血コウモリ──それは、いつだってコウモリ全体を追いやってきた。
人間が「こいつらも吸血鬼に違いない」と、迫害してきた時も。
他の亜人の奴らが耐えかねて、私たちを追放したときもだ。
今だって、死地と共に我らを苦しめている。
こいつらは悪魔だ。
悪魔に違いない。
そうやって、人々は彼らを迫害し、下の奥地に贄として捧げることで土地を保つ……そんな文化を確立した。
保っていると思っていた。
保っていると思いたかった。
いや、もはや土地を保つことなど関係なかったのかもしれない。
吸血コウモリに、ただただ鬱憤をぶつけたかっただけなのかもしれない。
しかし、彼らはそれを疑わない。
今日も今日とて、吸血コウモリは檻の中にいる。
檻の中の、その
日々、彼らに血抜きを行っていない死体を与える。
それは、悪魔に長く生きていて、私たちにとって“都合のいい悪魔”であって欲しいからだ。
そして、出来れば。
出来ればだ。
悪魔の役目を果たして、そして死ね。
そうして、今日も悪魔には死体が与えられた。
◇ ◇ ◇
ドサッと音がした。
毎日の配給で、血肉を穴から放り込まれる時に鳴る。
いつもの音だ。
荒々しい音を鳴らして、投入口が閉まった。
その仕草は、とても“直前まで生命だったもの”を扱っているようなものには見えない。
今日は……豚の腕。
昨日は豚の頭だっただろうか。
……そうだっけ?
いや、考えても意味なんてない。
今日も吸わないと……
……。
……?
吸わないと、何なんだ?
外に投げ返さなければいけない石の数が増える……?
目の前の血に感謝をしたことにならない……?
……。
彼女は、豚の腕に向かって歯を突き立てた。
その仕草は、とても“直前まで生命だったもの”を扱っているようなものには到底見えない。
淡々と、彼女は血を吸った。
この瞬間だけ、
たったこの一瞬だけは、彼女も「自分自身が悪魔だ」とひしひしと感じた。
しかし、それに足る表現は未だに知らない。
吸歯が血を吸い出しきり、豚の足がちょうど干からびた時。
彼女は、いつもこう口にする。
「ご馳走様でした」
と、ただ淡々と。