ルマ'カールマダー   作:厨二坊

2 / 10
第二話「異物」

 彼女が居るのは、

 集落の外れも外れ、上が下かで言えば上。

 人々が言うには()のところにある檻である。

 

 檻と言っても、鉄格子をきっちりと嵌め込んだ、鉄筋コンクリート造の無機質な牢ではない。

 集落の中腹に位置し、その岩肌を丁寧に削り取り、岩製の棒を等間隔に配置して、檻としたものである。

 

 今、地面に落ちている石が、ちょうど二つほど入る。

 そんな間隔で。

 

 集落の中腹と言っても、集落が位置する山は急斜面である。

 昔はどうだったか知らないが、下にある()を見れば、急斜面ではなかった事が明白だろう。

 ともかく、現在の住居は山に張り付くように存在している。

 そんな中、コウモリ亜人はその自慢の羽を用いて、そこらを移動し、生活している……と言うわけだ。

 

 自由に飛ぶことができない。

 それはコウモリ亜人にとっての屈辱であった。

 羽があるのなら尚更である。

 

 その屈辱を、吸血コウモリに与えるのは至って自然だった。

 

 自由に飛ばさせない。

 そんな狭い、狭い空間があるのが、集落のちょうど()()()である。

 

 真ん中というのは、地獄のようであった。

 上からも下からも石を投げられるからだ。

 

 力の付いてない子供や老人。

 苛つきを持て余した若者。

 皆んな、拾って石を投げる。

 

 誰にとっても投げやすい、そして当てやすい位置に檻は──籠はあった。

 

 

 集落にて、投石の格好の的は全てで三つ。

 

 一つは、男女の吸血コウモリが。

 二つは、少年の吸血コウモリが。

 三つ目には、彼女が……。

 

 それぞれ捕らえられている。

 そうして、石を投げられている。

 

 当たり前のように。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 あぁ、今日も笑い声が聞こえる。

 

「せーー……っの!!」

 

 少しばかりの静寂。

 その間、息を歯の間から吸ったときのような音がわずかに聞こえた。

 それが大きくなるとともに、私は檻の端っこで身を丸めた。

 

 

 ドゴッ… ドカ…ッ! 

 カッ…!! カラカラ…………

 

 投げられた石は、乾いた音を立てていくつか落ちていった。

 その中の一つは、檻の合間に何度かぶつかり、地面の硬い石を擦り、音を鳴らし続けた。

 その音が収まる頃、石は、彼女の足元にちょうどピタリと止まっていた。

 

 暫しの衝撃と、止まった石を確かめると、

 何て無機質な音なんだろう、と彼女はそう思った。

 

「やった!」

 

 

 子供たちにとって、それは遊びだった。

 大人たちが、悪い悪いと言う()()()()をやっつける。

 大人たちがやっている投石を、自分たちもやってみる。

 ただのよくある遊びだった。

 

 

 それを、身動きせずに耐え続ける。

 血肉が来るまで、待ち続ける。

 これが彼女の日常。そのほんの一部である。

 

 

「ち、またお前かよ……」

 

「じゃあ、次の石!」

 

「はぁ……めんどくせぇなぁ……」

 

「早く! 早く取ってきて!」

 

「分かったよ…… 行こうぜ」

 

 

 いくつかの足音と羽を下ろす音を聞いて、

 彼女は、彼らが去っていくことを感じた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 彼女がその物音を聞き届けると、

 今まで支えていた力が突如消え失せたかのように、顔を伏せ、がっくりと項垂れた。

 

 

 やっと静かになった。

 やっと落ち着ける。

 

 こんなに静かになる瞬間なんて、

 血肉をもらったあたりの時間と、この石を拾ってくる時間しかない。

 今のうちに、気を抜いておかな

 

 ドゴッ… ドカ…ッ! 

 

 再度鳴り始めた大きな音に、

 彼女は思わず身を跳ね、目を丸くして辺りを見渡した。

 

 周りを見渡しても、石など転がってきていない。

 先程入ってきた石が一つだけ。

 数は変わっていない。

 

 頭を持ち上げて、上方の木橋を見た。

 そこには、さっき石を投げきったであろう子供と見張りの大人が、一人ずついる。

 

(……なんだったんだ……?)

 

 よく聞いてみると、石の音は少し遠いところから鳴っている。

 

(あぁ、なんだ…… 隣の牢か……)

 

 彼女はそう知ると、さっさと一息ついて、

 丸めた身の中に頭を落とした。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 ──お──……い──

 ──……おい──

 

「おい!」

 

 

 幾度となく繰り返されたであろう、若干の怒りを含んでいる呼びかけ。

 それに突如叩きつけられたかのように、彼女は飛び起きた。

 

 日が暮れきったこと。

 石が見覚えよりもいくつか増えていること。

 投入口から覗き見える顔と、今日の配給。

 

 それを手掛かりに、彼女は直前まで寝ていたことを自覚した。

 

「早くしろ。お前が飯を──血を吸わないと、怒られるのは俺なんだぞ!」

 

 彼女は、投入口から見える人影の全体像をジッと見つめた。

 羽をばたつかせ、宙に浮いて食料を持っているのはいつもと同じだが、

 もう片方で何かを持っている、というか掴んでいるような……

 

「返事は?」

 

「……はい。」

 

 小さな、もはや反射とも言えるような返事。

 彼女はそれを返すと、投入口に駆け寄って、血肉に手を伸ばした。

 

「えっと…… あの、()()ってなんですか?」

 

 夜は暗いが、彼女はコウモリ亜人である。

 男の手元を近くで見れば、夜行性の瞳にはコウモリ亜人──歴とした人が写りこんだ。

 まぁ、実際に全体は見えていなかったが、

 男が掴んでいるところが自分にも生えているような()であったことから、彼女はそのように理解した。

 

「──あぁ、これか? お前と同じだよ」

 

「今日、下で捕まった悪魔。

明日にはどの牢屋に入るか決ま──じゃなくて、

今度から配給の時間までには起きとけ。」

 

「え…… いや……」

 

「分かったな?」

 

「……はい」

 

 

 その返事を聞くや否や、

 投入口はあっという間に閉まり、牢には彼女と血肉といくつかの石ころだけが残された。

 

 羽のばたつく音が遠のく中、

 彼女は今日も、歯を突き立てた。

 

 その動作には、いつもと同じでなんの滞りも無い。

 そこから、”いつもと違うこと”を強いて挙げるとするならば、

 少しの疑問と、その後味が残ったことだろう。

 

 それでも、彼女は今日も血を吸う。

 血を吸いしきり、口を拭う。

 

 そこにあるはずの一切の疑問は、

 とうに消え失せていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。