彼女が居るのは、
集落の外れも外れ、上が下かで言えば上。
人々が言うには
檻と言っても、鉄格子をきっちりと嵌め込んだ、鉄筋コンクリート造の無機質な牢ではない。
集落の中腹に位置し、その岩肌を丁寧に削り取り、岩製の棒を等間隔に配置して、檻としたものである。
今、地面に落ちている石が、ちょうど二つほど入る。
そんな間隔で。
集落の中腹と言っても、集落が位置する山は急斜面である。
昔はどうだったか知らないが、下にある
ともかく、現在の住居は山に張り付くように存在している。
そんな中、コウモリ亜人はその自慢の羽を用いて、そこらを移動し、生活している……と言うわけだ。
自由に飛ぶことができない。
それはコウモリ亜人にとっての屈辱であった。
羽があるのなら尚更である。
その屈辱を、吸血コウモリに与えるのは至って自然だった。
自由に飛ばさせない。
そんな狭い、狭い空間があるのが、集落のちょうど
真ん中というのは、地獄のようであった。
上からも下からも石を投げられるからだ。
力の付いてない子供や老人。
苛つきを持て余した若者。
皆んな、拾って石を投げる。
誰にとっても投げやすい、そして当てやすい位置に檻は──籠はあった。
集落にて、投石の格好の的は全てで三つ。
一つは、男女の吸血コウモリが。
二つは、少年の吸血コウモリが。
三つ目には、彼女が……。
それぞれ捕らえられている。
そうして、石を投げられている。
当たり前のように。
◇ ◇ ◇
あぁ、今日も笑い声が聞こえる。
「せーー……っの!!」
少しばかりの静寂。
その間、息を歯の間から吸ったときのような音がわずかに聞こえた。
それが大きくなるとともに、私は檻の端っこで身を丸めた。
ドゴッ… ドカ…ッ!
カッ…!! カラカラ…………
投げられた石は、乾いた音を立てていくつか落ちていった。
その中の一つは、檻の合間に何度かぶつかり、地面の硬い石を擦り、音を鳴らし続けた。
その音が収まる頃、石は、彼女の足元にちょうどピタリと止まっていた。
暫しの衝撃と、止まった石を確かめると、
何て無機質な音なんだろう、と彼女はそう思った。
「やった!」
子供たちにとって、それは遊びだった。
大人たちが、悪い悪いと言う
大人たちがやっている投石を、自分たちもやってみる。
ただのよくある遊びだった。
それを、身動きせずに耐え続ける。
血肉が来るまで、待ち続ける。
これが彼女の日常。そのほんの一部である。
「ち、またお前かよ……」
「じゃあ、次の石!」
「はぁ……めんどくせぇなぁ……」
「早く! 早く取ってきて!」
「分かったよ…… 行こうぜ」
いくつかの足音と羽を下ろす音を聞いて、
彼女は、彼らが去っていくことを感じた。
◇ ◇ ◇
彼女がその物音を聞き届けると、
今まで支えていた力が突如消え失せたかのように、顔を伏せ、がっくりと項垂れた。
やっと静かになった。
やっと落ち着ける。
こんなに静かになる瞬間なんて、
血肉をもらったあたりの時間と、この石を拾ってくる時間しかない。
今のうちに、気を抜いておかな
ドゴッ… ドカ…ッ!
再度鳴り始めた大きな音に、
彼女は思わず身を跳ね、目を丸くして辺りを見渡した。
周りを見渡しても、石など転がってきていない。
先程入ってきた石が一つだけ。
数は変わっていない。
頭を持ち上げて、上方の木橋を見た。
そこには、さっき石を投げきったであろう子供と見張りの大人が、一人ずついる。
(……なんだったんだ……?)
よく聞いてみると、石の音は少し遠いところから鳴っている。
(あぁ、なんだ…… 隣の牢か……)
彼女はそう知ると、さっさと一息ついて、
丸めた身の中に頭を落とした。
◇ ◇ ◇
──お──……い──
──……おい──
「おい!」
幾度となく繰り返されたであろう、若干の怒りを含んでいる呼びかけ。
それに突如叩きつけられたかのように、彼女は飛び起きた。
日が暮れきったこと。
石が見覚えよりもいくつか増えていること。
投入口から覗き見える顔と、今日の配給。
それを手掛かりに、彼女は直前まで寝ていたことを自覚した。
「早くしろ。お前が飯を──血を吸わないと、怒られるのは俺なんだぞ!」
彼女は、投入口から見える人影の全体像をジッと見つめた。
羽をばたつかせ、宙に浮いて食料を持っているのはいつもと同じだが、
もう片方で何かを持っている、というか掴んでいるような……
「返事は?」
「……はい。」
小さな、もはや反射とも言えるような返事。
彼女はそれを返すと、投入口に駆け寄って、血肉に手を伸ばした。
「えっと…… あの、
夜は暗いが、彼女はコウモリ亜人である。
男の手元を近くで見れば、夜行性の瞳にはコウモリ亜人──歴とした人が写りこんだ。
まぁ、実際に全体は見えていなかったが、
男が掴んでいるところが自分にも生えているような
「──あぁ、これか? お前と同じだよ」
「今日、下で捕まった悪魔。
明日にはどの牢屋に入るか決ま──じゃなくて、
今度から配給の時間までには起きとけ。」
「え…… いや……」
「分かったな?」
「……はい」
その返事を聞くや否や、
投入口はあっという間に閉まり、牢には彼女と血肉といくつかの石ころだけが残された。
羽のばたつく音が遠のく中、
彼女は今日も、歯を突き立てた。
その動作には、いつもと同じでなんの滞りも無い。
そこから、”いつもと違うこと”を強いて挙げるとするならば、
少しの疑問と、その後味が残ったことだろう。
それでも、彼女は今日も血を吸う。
血を吸いしきり、口を拭う。
そこにあるはずの一切の疑問は、
とうに消え失せていた。