ルマ'カールマダー   作:厨二坊

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第三話「ルマとアナ」

 下で吸血コウモリが捕えられることは、決して珍しいことではない。

 死地と成り果てた、その()に家畜の足でも千切って投げれば、

 そこに群がるコウモリ亜人の中に、

 それを分け与えられたコウモリ亜人の中に、

 一人は吸血を必要とする亜人がいるか、いないか。

 その程度だろう。

 

 集落の彼らの通説によれば、吸血コウモリのその特性は遺伝するものではないらしい。

 土地が死に、スラムとなった下で多いことから「環境が劣悪であれば、生まれることも多くなる」とも言われる。

 そうやって家系図の中に、突然と吸血コウモリが現れる……と。

 

 こんな噂が出回るほどに、吸血コウモリは絶える存在ではなかった。

 

 

 しかし、不思議である。

 吸血コウモリは排斥され、石を投げられ、とっくに絶滅してもおかしくないはずだ。

 生まれたのなら、殺せばいい。

 血を吸うところを見たのなら、血を取り上げればいい。

 捕えて、羽を千切り、底に捨て置けばいい。

 だが、この集落がここに追いやられ、120年が経過した今でも、吸血コウモリは未だに消え失せていない。

 

 何故、彼らは今ものうのうと下で息をすることができるのだろうか。

 

 

 

 実際のところ、これは当事者である彼らも知り得ていない。

 その口からは、

 吸血コウモリが単に絶滅してないのは、突然変異的に現れ、その形質がひそかに遺伝しているから……と常套句が繰り返される。

 120年間、彼らの言葉が変わった事はない。

 

 それ以上に踏み込むほどの、技術と勇気は彼らも持ち合わせてはいなかった。

 そうして、上の人々がわざわざ下に行くこともない。

 

 

 吸血コウモリであろうと、

 よほど目立たず、ひっそりと暮らし、決して上に行くことなどなければ、食料が尽きぬ限り、

 少なくとも死ぬまでは、毎日石を投げられずに済む。

 

 死地とは言えど、歩くだけで命を落とすような場所ではない。

 つい最近まで人が暮らしていた建物があって、そこらに人だっている。

 その人たちに、吸血コウモリに思うところが完全にないかと言えば嘘になる。

 しかし、だからといって全員が差別したり、排斥行為に走るわけではない。

 飯を分け与える人だって居る。

 血を吸う苦痛に理解を示す者だって居る。

 身の上を憐れむのは、彼らの専売特許だ。

 

 食料も、満足ではないが手に入るだろう。

 下で暮らしていれば、囚われた生活の不自由など、味わわずに済むはずだ。

 

 

 しかし、それでも稀に現れるのだ。

 現れてしまうのだ。

 

 抜け抜けと上にやってきて、

 血を吸うところを晒すバカなコウモリが。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 翌日。

 檻の中の少女には、少しばかり早い配給が来た。

 

 

 コウモリ亜人は、日の出と共に起きる。

 昼が来るまでは、外で活動を行う。

 大人は仕事をし、子供は遊ぶ。

 そこで、流石に日が強くなれば家に篭り、生活行為を。

 日が衰えれば、外に出て活動を再開。

 大人は仕事が終われば、子供は気が済めば、そこで一日は終わる。

 

 血肉の配給は、本来日が沈んでしばらくした後に来るものである。

 しかし、今日は日が未だに燦々と輝くような、昼の時間に配給の担当が来た。

 

 昨日、悪魔とやらを掴んでいた男である。

 

 

「おい、起き──起きてたか」

 

 

 

 乱暴な声とともに、投入口ではなく檻の入り口である重々しい岩の扉が、不快な摩擦音を立てて開いた。

 

 日光の輝きに、彼女が眩しそうに目を細めると、そこに立っていたのは昨日の男だった。

 今日も、また同じものを持っている。

 

「今日からコイツはここで暮らすこととなった。」

 

 羽を掴んで見せつけるように持ち上げた。

 その声は、怒っているようにも、どうでもよさそうにも聞こえた。

 

「……。」

 

「……まぁ、悪魔同士上手くやれんだろ。

 詳しい事はお前が教えろ。」

 

 その悪魔は乱暴に放り投げられ、地面へ叩きつけられた。

 眠っているのか、少しばかりの呻きをあげ、蹲ったまま起き上がる事はない。

 

「分かったな?」

 

「……はい」

 

 

 それだけ聞くと、男は用は済んだと言わんばかりに岩の扉を閉めた。

 口数の少ない悪魔と気を失ったもう一人の悪魔だけが、牢に取り残された。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 彼女は膝を抱えた姿勢のまま、新しく投げ込まれたその姿をじっと見つめる。

 

 どうしてこうなったのか。

 そもそも彼女は誰なのか。

 

 聞けば分かるのかもしれない。

 それでも、無理矢理にも起こすような勇気が湧き上がる事はなかった。

 

 

 どちらも口を開くことなく、時間だけが過ぎていく……。

 その沈黙を破ったのは、他でもない“地に伏せた悪魔”だった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 いつもなら配給が来るであろう時間帯。

 しかし、牢の周りを飛び回るコウモリなどが来ることもなかった。

 ただ、その代わりを為すように、彼女は地面から起き上がった。

 

「んっ……うー……っ」

 

 彼女は大きなあくびをしながら、のっそりと上半身を起こした。

 キョロキョロと周りを見渡していた彼女の目が、自分のとバッチリ噛み合った。

 

「ひっ……!?」

 

 瞬間、彼女は短い悲鳴を上げて派手に後退った。

 どうしてか、壁に背中がぶつかるまで必死に距離を取っている。

 

 ほんの少しの静寂の後。

 彼女の眼前に構えていた腕が、突如として力を失って、だらりと足元に落ちた。

 

「びっ……くりした。お化けじゃない……よね?」

 

 彼女は溜め息をつくと、服についた土汚れをパンパンと払って身体を起こした。

 

「私はアナ。あなたは?」

 

「……?」

 

「名前!」

 

「名前って……?」

 

「いつもあなたに向かって呼ばれる言葉!」

 

 思い当たる言葉は……えーーっと……

 

「あー…………悪魔とか」

 

「違くて……その、他は?」

 

 しばらく会話が止まった。

 流石にその時間に耐えかねて、アナが口を開こうとしたタイミングに、質問の答えがやっと返された。

 

「……ルマとか?」

 

「ふーん……。そっか……ルマ……」

 

 アナは言葉を心の内で反芻すると、続けて言った。

 

「これからよろしくね。ルマ。」

 

 

 差し出されたその手と言葉に、

 ルマはただ戸惑いながら小さく頷くことしかできなかった。

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