下で吸血コウモリが捕えられることは、決して珍しいことではない。
死地と成り果てた、その
そこに群がるコウモリ亜人の中に、
それを分け与えられたコウモリ亜人の中に、
一人は吸血を必要とする亜人がいるか、いないか。
その程度だろう。
集落の彼らの通説によれば、吸血コウモリのその特性は遺伝するものではないらしい。
土地が死に、スラムとなった下で多いことから「環境が劣悪であれば、生まれることも多くなる」とも言われる。
そうやって家系図の中に、突然と吸血コウモリが現れる……と。
こんな噂が出回るほどに、吸血コウモリは絶える存在ではなかった。
しかし、不思議である。
吸血コウモリは排斥され、石を投げられ、とっくに絶滅してもおかしくないはずだ。
生まれたのなら、殺せばいい。
血を吸うところを見たのなら、血を取り上げればいい。
捕えて、羽を千切り、底に捨て置けばいい。
だが、この集落がここに追いやられ、120年が経過した今でも、吸血コウモリは未だに消え失せていない。
何故、彼らは今ものうのうと下で息をすることができるのだろうか。
実際のところ、これは当事者である彼らも知り得ていない。
その口からは、
吸血コウモリが単に絶滅してないのは、突然変異的に現れ、その形質がひそかに遺伝しているから……と常套句が繰り返される。
120年間、彼らの言葉が変わった事はない。
それ以上に踏み込むほどの、技術と勇気は彼らも持ち合わせてはいなかった。
そうして、上の人々がわざわざ下に行くこともない。
吸血コウモリであろうと、
よほど目立たず、ひっそりと暮らし、決して上に行くことなどなければ、食料が尽きぬ限り、
少なくとも死ぬまでは、毎日石を投げられずに済む。
死地とは言えど、歩くだけで命を落とすような場所ではない。
つい最近まで人が暮らしていた建物があって、そこらに人だっている。
その人たちに、吸血コウモリに思うところが完全にないかと言えば嘘になる。
しかし、だからといって全員が差別したり、排斥行為に走るわけではない。
飯を分け与える人だって居る。
血を吸う苦痛に理解を示す者だって居る。
身の上を憐れむのは、彼らの専売特許だ。
食料も、満足ではないが手に入るだろう。
下で暮らしていれば、囚われた生活の不自由など、味わわずに済むはずだ。
しかし、それでも稀に現れるのだ。
現れてしまうのだ。
抜け抜けと上にやってきて、
血を吸うところを晒すバカなコウモリが。
◇ ◇ ◇
翌日。
檻の中の少女には、少しばかり早い配給が来た。
コウモリ亜人は、日の出と共に起きる。
昼が来るまでは、外で活動を行う。
大人は仕事をし、子供は遊ぶ。
そこで、流石に日が強くなれば家に篭り、生活行為を。
日が衰えれば、外に出て活動を再開。
大人は仕事が終われば、子供は気が済めば、そこで一日は終わる。
血肉の配給は、本来日が沈んでしばらくした後に来るものである。
しかし、今日は日が未だに燦々と輝くような、昼の時間に配給の担当が来た。
昨日、悪魔とやらを掴んでいた男である。
「おい、起き──起きてたか」
乱暴な声とともに、投入口ではなく檻の入り口である重々しい岩の扉が、不快な摩擦音を立てて開いた。
日光の輝きに、彼女が眩しそうに目を細めると、そこに立っていたのは昨日の男だった。
今日も、また同じものを持っている。
「今日からコイツはここで暮らすこととなった。」
羽を掴んで見せつけるように持ち上げた。
その声は、怒っているようにも、どうでもよさそうにも聞こえた。
「……。」
「……まぁ、悪魔同士上手くやれんだろ。
詳しい事はお前が教えろ。」
その悪魔は乱暴に放り投げられ、地面へ叩きつけられた。
眠っているのか、少しばかりの呻きをあげ、蹲ったまま起き上がる事はない。
「分かったな?」
「……はい」
それだけ聞くと、男は用は済んだと言わんばかりに岩の扉を閉めた。
口数の少ない悪魔と気を失ったもう一人の悪魔だけが、牢に取り残された。
◇ ◇ ◇
彼女は膝を抱えた姿勢のまま、新しく投げ込まれたその姿をじっと見つめる。
どうしてこうなったのか。
そもそも彼女は誰なのか。
聞けば分かるのかもしれない。
それでも、無理矢理にも起こすような勇気が湧き上がる事はなかった。
どちらも口を開くことなく、時間だけが過ぎていく……。
その沈黙を破ったのは、他でもない“地に伏せた悪魔”だった。
◇ ◇ ◇
いつもなら配給が来るであろう時間帯。
しかし、牢の周りを飛び回るコウモリなどが来ることもなかった。
ただ、その代わりを為すように、彼女は地面から起き上がった。
「んっ……うー……っ」
彼女は大きなあくびをしながら、のっそりと上半身を起こした。
キョロキョロと周りを見渡していた彼女の目が、自分のとバッチリ噛み合った。
「ひっ……!?」
瞬間、彼女は短い悲鳴を上げて派手に後退った。
どうしてか、壁に背中がぶつかるまで必死に距離を取っている。
ほんの少しの静寂の後。
彼女の眼前に構えていた腕が、突如として力を失って、だらりと足元に落ちた。
「びっ……くりした。お化けじゃない……よね?」
彼女は溜め息をつくと、服についた土汚れをパンパンと払って身体を起こした。
「私はアナ。あなたは?」
「……?」
「名前!」
「名前って……?」
「いつもあなたに向かって呼ばれる言葉!」
思い当たる言葉は……えーーっと……
「あー…………悪魔とか」
「違くて……その、他は?」
しばらく会話が止まった。
流石にその時間に耐えかねて、アナが口を開こうとしたタイミングに、質問の答えがやっと返された。
「……ルマとか?」
「ふーん……。そっか……ルマ……」
アナは言葉を心の内で反芻すると、続けて言った。
「これからよろしくね。ルマ。」
差し出されたその手と言葉に、
ルマはただ戸惑いながら小さく頷くことしかできなかった。