無機質な石の牢。
滑らかで、何度も石に叩きつけられた筈なのに、少しの跡しかない硬い床。
決して、人が通れないであろう広さの投入口。
投入口の下にある水たまり。
その正反対にある便所。
全てを塞ぎ込む、石造の格子。
その先にあるのは、
こんなところにやって来る異物は、
いくつかの石と、血肉と、それと……
──分かった。ルマ、脱出しよう!
……。
ここから出ようなんて、考えたこともなかった。
◇ ◇ ◇
「ど、どう! 行けそう!?」
太陽が頂に登り始め、人々が軒並み日陰に隠れ切った頃。
アナは石格子の間に、腕を通して、限界まで肩を自らで押し込んでいた。
そのまま、勢いよく振り返って、言った。
「無理。」
「無理かぁ……」
無理だとよく分かっているのはアナの筈なのに、名残惜しそうに格子のあたりを見ている。
「……。」
「……。あれ…… ちょっと待って……」
先ほどとは打って変わって、
恐る恐る、ゆっくり……振り返った。
「抜けない……!」
ルマは、差し出された手を差し置いて、檻に近いアナの肩を掴んだ。
結構雑に……
◇ ◇ ◇
抜けた。
「ふぅ……」
アナは口から大きな息を吐くと、地面に座り込んだ。
先ほど強引に引っこ抜いたのが、よほど痛かったのか、腕を
「やっぱり、一本外さないとなぁ……」
そう言うと、顔を傾けながら斜め下を見た。
「あそこから出られたら楽なのに……」
アナは、投入口、その下の石扉あたりを指し示す。
ルマもそちらの方を見たが、あっと言う間に視線はアナに戻った。
「扉は二人で押しても開かないし、
投入口から出ようにも、危ない姿勢で嵌って、人に見つかったら終わり……
って、言ったのはアナだ」
「いや、そうだけどさ……」
アナは俯いて、呟いた。
「でも、こんな格子どうやって外せばいいのさ……」
ルマは、壁にぴたりと体を付け、立ったまま聞き流した。
今まで通り、聞けば返ってくるし、口数が減ったわけではない。
でも、増えた……わ……けでもない。
──できるだけの協力はするよ
ルマの言った
「ルマ……、その跡っていうか、デコボコは何?」
アナが示したのは、ルマではなく、その後ろ。
ただの石の壁である。
壁にはいくつかの凹みが出来ていた。
規則的でもない、普通にこの檻が作られた時に生じたとも言える雑な凹凸。
しかし、その壁は左右の壁と比べると明らかに極端に凹みがある……ような気がする……
そんなことをアナは考えた。
しばらくすると返答が返ってきた。
「多分……石……。」
「石?」
「石が当たって、削れた」
「へぇ……
じゃあ、柱も削れたりするんじゃない?」
◇ ◇ ◇
予想は間違っていた。
が、無駄だと言えるほどのものでも無かった。
日が暮れて、配給が行われた後。
昼下がりに入り込んできたいくつかの石で、ルマとアナは試しに柱に石を擦り付けた。
跡がついたのかもわからない。
叩きつけると、明らかに一つの凹みが生じた。
明らかにと言っても、先程と比べた時の話である。
それでも「変化がすこーし分かる」というのは確かで、
多少、大きな音が鳴るものの、続けていればいずれは外れるかもしれない。
と、仄かな希望がアナに灯った。
ゴッッ
ガッッッッ
「やっぱり……」
試しに、壁に叩きつけてみた。
やはり、柱に叩きつけた時よりも遥かに凹んでいる。
「硬さが違う。」
「でも何で……?」
「……そういうふうに作られてるから……?」
この事について、しばらくルマとアナは話し合ったが、
暫定的な結論は出なかった。
「で、どうする?」
「…………どうするって?」
「柱を削って外すか、壁を掘って出口にするのか」
「どう考えても、柱を削るしかない。
時間をかけて穴を空けても、すぐに通れるようにはならない。見つかったら終わり。
下手な姿勢で体を入れても、こんな高いところから落ちたらひとたまりも無い。
だから壁は無理。」
「じゃあ、柱か……」
◇ ◇ ◇
その日から、夜か昼に石を叩きつける音が鳴り響くようになった。
なるべく目立たせないように、音を殺して、紛れさせて。
それでも、音はなってしまうので、
注意する配給の人には石を投げて遊んでいることを偽った。
当然怒られたが、
脱出がバレるよりはマシだ、と。
いつものように血を吸い、便所のあたりに石を隠し、
人が居なくなっては、柱の上方に向かって石を叩き続けた。
そうしている間に、冬が来た。
そして、去った。
檻の中から見える雪が溶け切ったころ、檻の柱の一部が、外れた。