【重複投稿・名義について】
この作品は「雪月花」の名義で、ピクシブ(pixiv)にて重複投稿しています。 https://www.pixiv.net/users/116872966
ハーメルンに投稿するに当たって、一部加筆、修正しております。ピクシブでの「雪月花」名義ですが、ハーメルンでは別の方が使用していたため、今回は「雪月華」の新名義で投稿しております。作品の作者本人による投稿ですので、盗作ではございません。
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“砂海の如き熱き血を持て
されど心は冷涼であれ
大地を潤す泉の如く”
アラバスタ王国護衛隊の心得だ。
この言葉は入隊した初日から、事あるごとに叩き込まれる。
王家を守る為には血の一滴まで燃やせ。
しかしどんな事があろうとも、常に冷静に事態を見極めよ。一時の感情に流されず、自らを律せよ、と。
だから、その日耳にした事にも冷静で居なければ、と俺は自分に言い聞かせたのだ。
「ペル、私はあなたが好き」
宮殿の夜の庭。他に誰もいない月明かりの下で、きっぱりとした声が響く。
突然の言葉に、俺は一瞬息をするのを忘れた。
十年近くも仕えて来た少女に、そんな事を打ち明けられるとはまさかーー思いもしなかった。
白いドレスが下ろした水色の髪に良く似合う。
金色のネックレスをつけて
その様子はさながら月の化身の様だったが、彼女の眼差しはそんな朧げなものではなく、確かな熱を帯びていた。
俺の動揺をよそに、少女はその真剣な眼差しを向ける。
冗談の類いではない事は明らかだ。
アラバスタ王国王女 ネフェルタリ・ビビ。
彼女はいつも全力を尽くす。全身全霊、全てを賭けて一直線に突き進むのだ。そこに迷いは微塵もない。
ーーそんな目をされたら嘘などつけないでしょうに。
暫くの沈黙の後に、俺は言った。
「そう言って頂けて光栄です」
努めていつもと変わらぬ様に、平静を装う。
「私もビビ様が好きです」
ビビ様は大きな目を
「……それだけ?」
「私にとってビビ様は大切な主ですから」
その言葉を聞くと、ビビ様は数秒間押し黙った。
「ねえペル、もし明日私が……」
ビビ様はそこまで言いかけたが、言葉はそこで途切れた。
それから目を伏せ、小さく呟く。
「いえ……何でもないわ」
くるりとこちらに背を向けて、言葉を続ける。
「少し風に当たって来るから。先に戻ってて」
声はいつもと変わらなかったが、その表情は窺えなかった。
俺の答えは間違いだったか? 残された俺は自らに問う。
いいや、正解があるかどうかは分からないが、恐らくこれが最も正しい返答だろう。
幼い頃からずっと世話役として接して来た。よく役目とは言え、子守りをさせられて大変だなどと言われたものだ。
ビビ様は可愛らしい見かけによらず、予想もつかない様な無茶をした。頑固者でもある。
しかし、それで苦痛だと思った事はなかった。
俺自身、昔から年の離れた兄妹たちの世話を任されて来たと言う事もあるが、ビビ様は他にない程に心根の優しい子だったからだ。
そんな相手からああ言われて嬉しくない訳ではないが……ビビ様はほんの14才だ。
まだ何も分かる年齢ではない。
あの年頃の少女にありがちな、異性への憧れ。
それが今回はたまたま、近場に居た俺がその対象だったと言う話に過ぎないのだろう。
「私もビビ様が好きです」
あの言葉は本心だ。
あの眼差しの前で嘘はつけない。
但し、ビビ様が望んでいる意味ではなかっただろう。
主に対して不敬ではあるが、ビビ様を妹の様に思っていた。
気持ちを打ち明けられたからと言って、その想いに応える事は出来ない。
いや、そもそも……王家に仕える身で想いに応えるなど、思い上がりも
俺はその様な立場にないのだ。
恐らくさっきの返答はビビ様を傷付けただろうが、それでも時が経てば分かってくれる筈だ。
一時的な熱も冷めれば、やがて他の誰かに関心も移るだろう。
王家と共に生きる。そう誓っている以上、ああするより他に返答のしようがなかった。
俺は、間違ってはいない。
思えば最近、ビビ様の様子はいつもと少し違っていた。
何か思い詰める様な、そんな表情をしていた。
この所やけによそよそしかった事が思い出される。
その理由がこれだったか。
ここ暫く、アラバスタでは不穏な出来事が続いている。
首都アルバーナ以外では、もう一年程雨が降っていない。
いくら降雨の少ない国とは言え、こんな事態は過去に例がなかった。
そして不穏な出来事の最たるものは、港町ナノハナにダンスパウダーが大量に運び込まれた事だ。
ダンスパウダーは使えば必ず雨を呼ぶ。
長く雨が降っていないアラバスタでは渇望される代物だが、同時に他国の雨をも奪う為、国家間での
ダンスパウダーの運び手は、国王の指示だとの証言だけを残して逃亡した。
言うまでもないが、国王が世界政府から所持を禁じられている“不幸を呼ぶ粉”に手を出す訳がない。
明らかに何者かが国王を
一体誰が、何の為に?
しかし調べても手掛かりは不自然な程掴めない。
これは偶発的な出来事などではなく、もっと大掛かりな存在が関与しているのではないか?
そんな見方も浮上して来ているだけに、宮殿内にはどこか落ち着かない空気が漂っていた。
そちらに気を取られ、ビビ様の僅かな変化を見落としていた。
今回の事は全く思い至らない話で驚いたが、そう不思議な事でもないのかも知れない。
保護者同然のつもりでいたが、ビビ様もいつまでも小さな子どものままではないのだ。
しかしそれにしても、と俺は思う。
何故ビビ様は突然想いを打ち明けたりなどしたのだろう。
そう言うものは人それぞれとは思うが、宮殿内が騒がしいこの時期に、どこか唐突な気がした。
「もし明日私が……」
あの時、ビビ様は何を言いかけたのだろうか。
その理由も言葉の続きも、その時の俺には分からなかった。
その夜、ビビ様は失踪した。
勿論、一国の王女が消えたなどと公に出来る筈もない。
表向きは病の為と偽ったが、実際にはこの失踪は計画的なもの、しかも彼女自身の意志によるものと分かり、宮殿内は動揺した。
その一報を耳にした時、俺は全く状況が理解出来なかった。
一体何が起きている?
自らの意志で失踪?
そんな筈はない。では昨夜の出来事は何だったのか。
「おいペル、ビビ様に何か変わった事はなかったか?」
チャカのその問いかけが、深々と胸に突き刺さる。
咄嗟には言葉が出なかった。
「おい、聞いているのか?」
「……ああ。なかった。何も」
そう返すのがやっとだった。
「そうか。お前でも気が付いた事はない、か」
そう呟くチャカに、昨夜の出来事は話せなかった。
ビビ様は、国王や俺たちそれぞれに宛てた手紙を残していった。
ビビ様から残された俺宛ての手紙には、こう綴られていた。
「何の相談もなしに、勝手に宮殿を出てごめんなさい。
でも私には、今やらなくちゃいけない事があるの。
この国を脅かす勢力の正体を必ず探ってみせる。
今はイガラム隊長と一緒にいます。
だから私の身の心配は要りません。
私が不在中、どうかお父様とアラバスタを守って下さい。
私の一番の頼りは、あなただから」
何て無謀な事をするのか。
もし気付いていれば、絶対行かせたりしなかった。
その手紙を読んで、初めて気付いた。
ビビ様はずっとこうするつもりだったのだ。
昨夜の出来事は、ビビ様の覚悟の表れではなかったのか。
自分の不甲斐なさに情けなくなった。
何も分かっていないのは己の方だ。
俺はビビ様を甘く見ていた。
ビビ様が思い悩んでいたのは自らの事ではない。この国の行く末だった。
それに気付きもせず、その気持ちを本気で受け止めもせず、俺は一体ビビ様の何を見ていた?
宮殿を出てこの国を脅かす勢力の正体を探る。
具体的な事には何も触れていないが、間違いなく危険を伴う行為だ。
そこに踏み切るまでにどれ程の覚悟が必要だったか。
俺はその覚悟を踏みにじってしまった。
ビビ様の好意に応えると言う事はまた別の話だが、彼女の心情に気付けなかった事が、悔やんでも悔やみきれない。
「もし明日私が……」
あの言葉は「もし明日私がいなくなったら?」と言おうとしたのではないか。
最後まで言わなかったのは、俺に計画を悟られるのを恐れたからか。
幼い頃からずっと見守ってきた身としては、何故そんな重要な事を話してくれなかったのかと思う。
しかしそれも当然か。
本心に向き合わなかった俺に、ビビ様が本音を話す訳もない。
結局俺はビビ様に全て見透かされていたのだ。
恨み言を並べるのは筋違いだ。
その日からの二年間、ビビ様の事を思わない日はなかった。
ビビ様が
そんな宮殿は同じ場所とは思えない程にがらんとして、虚ろに感じた。
俺はビビ様からの手紙を幾度も読み返し、ある事を思い出した。
「ずっと私の側にいてね。約束よ」
あの時、ビビ様はそう言った筈だ。
ビビ様が子どもの頃、風邪をひいて寝込んでしまった日の事。
具合が悪いと聞いて様子を見に行くと、部屋ではテラコッタさんが
「朝から熱が高くってね。少し前にようやく眠った所だよ」
熱冷まし用の氷を取りに行く、とテラコッタさんは足早に部屋を出ていった。
ビビ様はぜいぜいと苦しげな呼吸をしていたが、そのうち小さな
どうやら熱でうなされているらしかった。
大丈夫だろうか、と案じたその時、ビビ様の口から声が漏れた。
「……ママ」
亡くなった王妃の夢を見ているのか。
いつも寂しがる素振りも見せなかっただけに、その様子は尚更胸に迫るものがあった。
周囲に気を遣って、気丈に振る舞っていたのだろう。
辛いのは自分の方だろうに、どこまでも優しい子だ。
ビビ様は時折、まだ小さな子どもとは思えない様な思慮深さを見せる事があった。
肉親を失うのは、例え大人であっても身を切られる様に辛い事だ。
それをこんな小さな子どもが一心に耐えている。
そう考えると居た
思わずその背に手を添え、軽く叩く。
その昔、妹が泣くのを
やがて、ビビ様の様子が少し落ち着いてきた。
額には
かなり熱いな。
そう思った時、ビビ様が俺の手を握り締めた。
俺はされるがまま、その枕元に立ち尽くしていた。
間もなくやって来たテラコッタさんは、動けなくなっている様を見て忍び笑いを洩らした。
そっと手を離そうとすると、ビビ様は眠ったままぎゅっと手を握り直す。
「おやおや、こりゃ暫く離してくれそうにないね」
当惑している俺を横目に、テラコッタさんはあっさり言ってのけた。
「もう少しここにいておやり」
それから小一時間ほど、俺はビビ様に付き添った。
そのうち、不意にビビ様は目を覚ました。
「ペル? いてくれたの?」
はい、と返事をすると、まだ夢の中に居る様な表情でビビ様は言った。
「さっき、ママが夢に出て来てくれたの。
私の事大好きって、いっぱい抱っこしてくれた。
でももう行かなきゃって、どこかへ行っちゃうの」
俺は手を握り締められた時の感覚を思い返す。
必死で温もりを求める、小さな手。
この手を守らなければ、と強く思った。
俺を必要としてくれる、大切な存在がここに居る。
「ビビ様」
呼びかけると、ビビ様は目をこちらへ向けた。
「もし不安な時や困った時があったら、私には話して下さい。
私はいつでもビビ様のお側に居ますから」
さっきの寂しげな表情を見ては、そう言わずにはいられなかった。
ビビ様は少し驚いた様な顔をしていたが、やがて安心した様な表情を浮かべ「うん」と頷いた。
それからビビ様は言った。
「ねえ、ペルはどこにも行かないで」
念を押す様にもう一度言う。
「ずっと私の側にいてね。約束よ」
だから俺は答えた。
「分かりました。約束します」と。
確かにそう約束した。
その筈ではなかったか。
子どもの頃の、しかもビビ様本人も覚えているかどうかも定かでない話だ。
しかし、そう言っていたビビ様本人が宮殿を出ていく事があるとは思いもしなかった。
いつでも側に居る、そう言うものだと俺は思い込んでいた。
守るべき存在は、今ここには居ない。
それ程までに国を思う気持ちが強かったと言う事なのだろうが、一体何故と言う思いが残る。
宮殿を出て危険に身を晒そうなど……一体何がそこまでさせたのか、解せなかった。
ビビ様が居なくなってから、その存在が大きなものだった事に気付かされた。
……我ながら勝手なものだ。近くに居た時は向き合う事もしなかったと言うのに。
そう思うのは罪悪感からか、後悔からなのか。
多分にそれも関係あるだろうが、それだけが理由ではないとも思う。
アラバスタの為に困難に立ち向かう、その覚悟に圧倒されたのだ。
年齢に関係なく、率直に言って、人として敬服する他ない。
俺の中で、ビビ様に対する気持ちは大きく変わっていった。
その一方で、心配も日を追うごとに強くなっていった。
本音を言えば、心配で
行動の差し障りにでもなるのか、音信もほぼ絶えていたから尚の事だ。
本当はすぐにでもビビ様を探し出し、連れ戻したかった。だが、ここまで来たからには何か情報を得るまで、彼女は意地でも国に帰る事はないだろう。
こう言う時のビビ様は、
それに不穏な動きがある中で、国王から長い間離れる訳にはいかなかった。
ダウンスパウダーの一件から、少しずつ国王から人心が離れつつあった。
どんなにその使用を否定しても、実際に雨が一滴も降らなければ人々の心は荒んでいく。
反乱が立て続けに起きる様になり、俺たちはその対応に追われる日々を過ごした。
せめてもの救いは、アラバスタきっての切れ者であるイガラムさんが、ビビ様の側に付いていると言う事だった。
日頃のなりふり構わない献身ぶりを思えば、ビビ様を守り切ってくれるだろうと言う信頼感があった。
そして必ず無事帰国して、この国を支えてくれる筈だ。
俺に出来る事は二人の帰国を信じ、待つ事だけだった。
「どうかお父様とアラバスタを守って下さい」
ビビ様は何よりそれを望んでいる。
彼女の事を見ていなかった俺に出来るのは、託された約束を守る事だと思った。
一番の頼りだと言ってくれたのなら、せめてその思いに報いたかった。
そして、時が来たら。
『もし明日私がいなくなったら?』
あの日、言葉にされなかった問いかけに、心の中で返答する。
あなたがどこに居ても、私は必ずあなたを見つけ出します、と。