熱き砂 冷涼なる泉(完結)   作:雪月 華

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今回で最終話です。活動報告では夜に投稿の予定としましたが、準備ができたため少し早めにお届けします。


第10話(完結)

 数十年に一度と言われる嵐に見舞われた日。

幼いビビ様は外の様子を窓から眺め、唇を尖らせていた。

「見てよ、物凄い嵐だわ。

これじゃ一日中、ここから出られない」

 外で駆け回る方が性に合っているビビ様としては、屋内に閉じ込められるのが不服だったのだろう。

「嵐が収まるまでは仕方ないですね」

「つまんない」

 そんな話をしていた時だ。

 

 窓硝子越しに、何か大きな物体がこちらに飛んで来るのが見えた。

咄嗟に駆け出して、身体でビビ様を庇う。

 ガシャン、と耳をつんざく様な音がして窓硝子が砕け散った。

その破片が周囲にばらばらと散乱する。

 見ると、尖った木の枝が室内に飛び込んでいた。

突風でどこからか飛ばされた木の枝が、窓を突き破ったのだ。

 

「ビビ様、大丈夫ですか?」

ビビ様は頷いたが、急に青ざめた顔になり、指を差した。

「ペル、血が出てる」

気付くと俺の左手の甲がざっくり切れて、床に血が滴っていた。

 飛んで来た硝子の破片で切った様だった。

「どうしよう」

ビビ様はおろおろとする。

「大丈夫ですよ」

俺はすぐに手巾を取り出し傷口に当てたが、その間もビビ様はひどく深刻な顔をしていた。

 

 この事故の為に一時、宮殿内は騒然とした。

全ては偶然の出来事で、俺が負った怪我もそう大したものではなかった。

 しかし、それからもビビ様はじっと何かを考え込んでいる様子だった。

 やがて事態が収まった後で、ビビ様は俺に尋ねた。

 

「ねえ、ペルは護衛兵でしょ」

「……そうですが?」

「ペルは私の事、守ってくれるのよね」」

「はい、それが役目ですから」

 何故そんな当たり前の事を聞くのかと不思議に思ったその時、ビビ様は言った。

「じゃあ、ペルの事は? 誰が守ってくれるの?」

 

 その一言に胸を突かれた。

まさかそんな事を言われるとは、予想もしなかった。

「私は……自分の身は自分で守れます」

 そう答えてから、ビビ様が言った意味に気付く。

 ビビ様の視線は、包帯が巻かれた俺の左手に注がれていた。

この怪我を心配しての事だろう。

 

「お優しいんですね。私なら大丈夫ですよ」

するとビビ様はこくりと頷いた。

「分かってる。ペルは強いもん。でもね、私も守ってあげたいの」

「それでは立場が逆になってしまいます」

そう言って俺は笑ったが、ビビ様は真面目な顔で繰り返した。

「守ってあげたいのよ」と。

 

 ビビ様は遠い目をしていた。

その時の事を思い出しているのだろう。

「あの時、初めて気が付いたの。

ペルが私を守ってくれる時は、ペルが傷付く時でもあるんだ、って。

あなたは血を流してでも私を守ってくれるのに、私は守られるだけ。

私にはそれがどうしても嫌だった。

そう言うものだと言われても、納得出来なかった。

その時から大きくなっても、ずっとその気持ちは消えなかった」

 

 俺もその時の事を思い返す。

本気で守りたい、と言ったビビ様の顔を。

「あの事は覚えています。

幼い身でありながら人を思いやれる。そんな方にお仕え出来て誇らしいと、あの時私も自覚しましたから」

 昔からビビ様はそうだった。

どうしてそう、あなたは人の痛みに気付けるのだろう。その相手に寄り添えるのだろう。

 

「それからダンスパウダーの事件が起こった時、裏にバロック・ワークスが関わっていると聞いて、きっとこの国は大きな戦いに巻き込まれるって予感がしたの。

この国で戦いが起きるとしたら、ペルは真っ先に戦いに出る。

そうしたらあなたは血を流してでも戦う事になる。……ううん、今度はそれだけじゃ済まないかも。そう考えたら、怖くて堪らなかった」

 

 ビビ様は自分が傷付けられでもしたかの様に、眉を顰める。

 そんな表情をさせない為に、俺が居ると言うのに。

 

「私が国を出てバロックロークに潜入したのは、そうそればみんなを救う事が出来ると思ったからよ。

私は誰にも死んで欲しくなかった。だけど……もっと言うと、あなたに死んで欲しくなかった。

何よりも、ペルに生きていて欲しかった」

 

 俺は目を見開いた。

 まさか。

信じられない思いで、俺はその言葉を聞いていた。

……それでは、ビビ様がこの国を出たのは、俺の為だったと言うのか?

その為に危険に身を晒したと?

 

「結局あなたは傷だらけになってしまったけど」

 そう言ってビビ様は俺の左手を握る手に力を込めた。

「ペルが守ってくれた様に、私だってあなたを守りたかったの」

 それを聞いた時、急に目が開かれた思いがした。

 

 俺はずっと思い違いをしていた。

ビビ様を守れるのは自分だけで、そう思っているのも俺一人だけだと。

 しかし……

守りたいと思い続けていたのは、俺だけではなかった。

 ビビ様も同じ思いでいてくれたのだ。

 ビビ様を守っているつもりで俺もまた、守られていた。

 

 そう気付いた時、胸の中が温もりで満たされ、押し留めていた感情が溢れ出した。

 愛しいと言う気持ちが、止められなかった。

王女や主と言う意識はなく、ただ、誰よりも大事な人だとしか考えられなかった。

 いつの間にか、俺はビビ様を抱き締めていた。

ビビ様は一瞬身体を強張らせたが、俺の背中に腕を回し、抱き締め返した。

 

 腕の中に温かな体温と鼓動を感じる。

その鼓動に、俺の鼓動が重なる。

 もう一度ビビ様を抱き締める事など、望んではならないとずっと思っていた。

しかし今は彼女を手放したくないと、強く思う。

 

「私は、あなたが好きです」

二年前に言えなかった言葉、仕舞い込んでいた言葉が、心の奥から零れ出た。

「私も……誰よりあなたが一番好き」

 ビビ様がそう言った。

 

 顔を上げたビビ様の視線と、俺の視線がぶつかった。

吸い込まれそうに澄んだ、綺麗な瞳だった。

その瞳に引き寄せられる。

 頰が紅い。

 ビビ様が目を閉じた。

俺は背を屈め、ぎこちない口づけをした。

 

 その後ではたと気付いた。

今のはまずかったかも知れない。

ビビ様が望んでいたかどうかも分からないのに、俺の感情だけで動いてしまった。

 

「ペル?」

「申し訳ありません。勝手な事を……」

「何で謝るの? 私とのキスが嫌だった?」

「いえ、決してそんな事は……」

 そこまで言いかけて、俺は口をつぐんだ。

 何を言ってるんだ、俺は。

今の発言も、それはそれで問題だろうが。

 

 顔が熱くなるのが分かる。

思わず片手で顔を覆うと、ふうん、とビビ様が揶揄(からか)うように言った。

「嫌じゃなかったんだ」

それから安心した様に呟いた。

「……良かった」

 

 もう心の内を全て知られているのだから、隠していても仕方がない。

「いつも冷静でいようと自分に言い聞かせているのに、ビビ様の前ではそうではいられない様です……私は未熟者ですね」

 この所、動揺してばかりいる。

今だって顔から火が出そうだ。

 傍目から見たら、さぞみっともない事だろう。

 

「砂海の如き熱き血をもて、されど心は冷涼であれ。大地を潤す泉の如く……ね?」

 ビビ様がすらすらと(そらん)じる。

驚いていると、ビビ様は当然の様に答えた。

「護衛隊の心得なら、子どもの頃から何度も聞いてるもの。

言おうと思えば、この先も全部言えるわよ」

 それからこう続けた。

「私はいつも正しくあろうとしているペルが好きよ。

未熟者なんかじゃないわ。

熱き砂でも、冷涼なる泉でも、どっちもあなただもの」

 ビビ様は興味深げに告げる。

「今日のペルはいつもと違う顔を見せてくれるから嬉しいわ。

もっと色んなあなたの顔を見てみたい」

「……揶揄わないで下さい」

 そんな事を言われたら、まともに目を合わせる事も出来なくなる。

 

「揶揄ってないわ。本当にあなたの顔を見ていたいの。だから、ずっと私と一緒にいて」

 そう言って俺の目を覗き込む。

 もう悪戯な表情は鳴りを潜めていた。

そこにあったのは、真剣な眼差し。

「あなたがいてくれるなら、私には怖いものなんてないから」

 

 その眼差しが真っ直ぐに届き、心が凪いでいく。

 そう、あなたが居てくれるなら、俺にも怖いものはない。

俺もビビ様の目を見つめ返して言った。

「ビビ様、先程護衛隊の心得を全て覚えていると仰いましたか?」

「ええ、そうだけど。それがどうかした?」

「では私は、その言葉通りに生きていこうと思います……ビビ様と共に」

 そう告げるとビビ様は一瞬考え込んだ。

だがすぐにその意味に気付いたらしく、嬉しそうに頷いた。

 

 俺は手を伸ばし、ビビ様の手を握った。

この手を守る為に、強くあろうと心に誓う。

 ビビ様は微笑んで、ぎゅっと俺の手を握り返した。

 

“……熱き砂、冷涼なる泉を胸に宿し者

汝ら、我らが祖国の礎とならん

国ある限り、強く生きよ

生ある限り、国を愛せよ”

 

 

熱き砂 冷涼なる泉 完

 

 

 




これにて『熱き砂 冷涼なる泉』は完結です。
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