雨は翌日には止んでいた。
ドクターポツーンはギョロ目を更に見開いて、寝ていろと再三言い続ける。
彼が言うには俺の身体はズタズタだったらしいが、その回復力は常人のそれとは全く異なっていた様だ。
恐ろしい事に全身の痛みはあるものの、負傷から四日目にして何とか歩けるまでになっていたのだ。
生命力の強さと言う点では、俺もどちらかと言うとルフィ君寄りと言う訳だ。
人の事は言えないな、と一人苦笑する。
だが、いくら能力者とは言え、生きているのも奇跡的なのに身体を動かすなどもっての外だとドクターは言う。
言っている事は
診療所はそこそこの
その上、反乱発生時に何らかの通信妨害がなされたのか、唯一の連絡手段である電伝虫もなかなか復旧しなかった。
鳥になって飛んでいきたい、とは正にこの事だったが、当然それは論外だった。
鳥の姿になれない事が、こんなにも
否が応でもビビ様の事を思わずにはいられなかった。
今、どこで何をしているのだろう。
声が聞きたい。
俺が生きていると知ったら何と言うだろうか。
どんな顔をするだろうか。
そんな時、丁度復旧した電伝虫からビビ様のスピーチが聞こえて来た。
「彼ら」と話しているのだと、すぐに分かった。
「私……一緒には行けません。
今まで本当にありがとう!」
……彼らと共に、この国を出る事を考えていたのか。
彼らと一緒に居たかっただろうと思うと同時に、ビビ様が残る選択をした事に安堵している自分がいる。
「冒険はまだしたいけど、私はやっぱりこの国を、愛してるから」
その言葉を聞いた時、もうじっとなどしていられなかった。
ビビ様は俺が生きている事さえ知らない。だからそんな事がある筈はないと、良く分かっている。全てはただの錯覚に過ぎない。
しかし、ビビ様の言葉は自分に向けられた様な、そんな気がしたのだ。
俺は宮殿へ向かう為、ドクターを説得した。
何をそんなに慌てているのか、とドクターは散々反対したが、最終的には渋々ながら折れた。
「私が言った所で聞かんのだろうが、いくら何でも無茶し過ぎだ。誰か待ち人でもいるのかね」
俺はそんな所だと曖昧に言葉を濁す。
ドクターは帰ったら安静にする様に、とくどいほど繰り返し、見送ってくれた。
足を引き
一刻も早く辿り着きたいのに、思う様に身体が動かない。
ほんの数キロ歩くのに、やたらと時間がかかった。
焦げる様な砂の熱さが、尚更心を急かす。
ふと、風の音に混じり、俺の名を呼ぶ声が聞こえた気がした。
足を止める。
辺りを見渡すと、遠くから誰かが大きな鳥に乗ってこちらに向かって来るのが見えた。
「ペル!」
聞き間違いようもない、この声。
「ビビ様」
ビビ様は乗っていたカルーから飛び降りると、砂に足を取られながら懸命に走って来る。
こうも都合良くビビ様が現れるなんて事があるだろうか。
会いたいと思う余り、夢でも見ているのかと思う。
「ペル!」
ビビ様の声、抱きついて来た感覚が、これは現実なのだと告げる。
実を言うと抱きつかれた時、多少の痛みもあったが、それさえ嬉しさを実感させるものだった。
「ペル、本当にペルよね?
幻なんかじゃないわよね?」
俺の方こそ、そう思っていた。
存在するのを確かめる様に、ビビ様は俺の手を取る。
傷だらけの手。暖かい手だった。
夢でも幻でもなく、ビビ様がここに居る。
「ビビ様……何故ここに?」
「診療所から連絡があったの。あなたが宮殿に向かってるって」
ドクターが知らせてくれたと言う訳か。
何から何まで気遣わせてばかりだ。
ビビ様が上から下までまじまじと見つめて来る。
余り見つめられ過ぎて、少し決まりが悪い。
ビビ様の目からは大粒の涙が溢れていた。
「本当にペルだ。
……生きてる。生きてる。良かった!」
声を上げて泣きながら、ビビ様はもう一度しがみついて来る。
「ねえ、一人にしないでよ」
しゃくりあげながらビビ様は言った。
「私を一人にしないで……名前呼んだのに、行っちゃうから……」
切れ切れの言葉が胸を打つ。
「私……ペルが死んじゃったと思って……すごく怖かった」
「申し訳ありません」
俺はただ謝るしかなかった。
私の側にいてね、と幼い日に交わした約束を、俺は破ってしまった。
ビビ様を一人にした罪悪感に心が疼く。
どれほど心細い思いをさせた事か。
「もうどこにも行かないで」
「はい」
「絶対によ」
「はい」
それでも不安なのか、ビビ様は腕の力を緩めない。
「私はここに居ます。
もうどこにも行きませんから」
その言葉にビビ様は何度も頷いた。
「……ごめんね。これじゃ、ペルの事を責めてるみたい。私、会ったらまずありがとうって言おうと思ってたのに」
ビビ様は腕を解き、俺をじっと見つめて言った。
「皆を……私たちを助けてくれて、ありがとう」
「身に余るお言葉です……ですが……」
確かにこの言葉は誉れである。
しかし、それでも思わずにはいられなかった。
ビビ様からすれば、俺は命を助けた事になるだろう。
だがあの時俺はそうするより他なかっただけなのだ、と。
こうしてビビ様との再会が叶ったのは、麦わらの一味が居てくれたからだ。
ビビ様を救ったのは、俺ではない。
「申し訳ありません。私は大切な時にお力になれませんでした。そんな私など、そのお言葉には値しないと……」
そこまで口にした時、ビビ様が言葉を遮った。
「そんな事言わないで。せっかく生きて帰って来てくれたのに、悲しくなるでしょう?」
ビビ様の目から涙が止めどなく零れ落ちる。
ビビ様に泣かれるのだけは、昔からどうにも苦手だ。
「……あの、ビビ様」
「何?」
「余り泣き過ぎますと、私がチャカに責められますが。
ビビ様を泣かせるなどとんでもない、と」
「……だって、止まらないんだもの」
そう言っているうちに、いつの間にか当のチャカが砂丘の下にやって来ていた。
どこか遠慮がちに立っていたチャカは、カルーと一緒に砂丘を登って来る。
「生きていたか……つくづく悪運の強い奴だ」
そう言ってチャカはにやりと笑った。
その目は少しばかり潤んでいた様に見えたが、気付かない振りをする。
「おい、余りビビ様を泣かせるな。
アラバスタの王女を泣かせるなどとんでもない事だぞ」
チャカはほぼ予想通りの台詞を言った。
思わずビビ様と顔を見合わせ、同時に笑い合う。
「何がおかしい?」
泣き跡をつけたままだが、ビビ様が笑っている。
それが何より嬉しかった。
どうかビビ様には笑顔でいて欲しい。
心の中のわだかまりは、今は胸にしまっておく。
ビビ様が居て、チャカが居る。
昔に戻った様な気がした。
平穏そのものだった、あの頃に。
本当なら、俺はこの場には居なかったかも知れないのだ。
そう思うとこの時、この瞬間ほど大切で、愛おしいものはない。
この場所に居られると言う奇跡に引き合わせてくれたのは、何なのか。
目には見えない何かの力が、俺の身を守ってくれたのだろうか。
俺は心の中で、天に感謝する。
乾いた風が頬を撫でた。
砂の熱さも、もう気にならなかった。
「帰ろう」
ビビ様の言葉に、俺は「はい」と返事をする。
生きている実感を噛み締めながら。
ここまでお付き合い頂き、ありがとうございます。全10話の予定ですので、今後もよろしくお願いします。もし気に入って頂けましたら【お気に入り登録】や【評価】で応援して頂けますと、大変嬉しいです。