熱き砂 冷涼なる泉   作:雪月 華

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◆ここではルフィ一行がアラバスタに立ち寄る事になっていますが、原作ではあり得ません。しかしこの話の設定上、どうしても外す事ができませんでした。「もしも」の設定として、ご了承ください。


第6話

 宮殿にはその後、絶え間なく大量の写真が届き始めた。

ビビ様との見合いを申し込む、いずれかの王族のものだ。

 元より、ビビ様は美貌で知られた亡き王妃に瓜二つなのだ。

こうなる事は、初めから予想がついていた。

 しかし分かっていた筈なのに、写真が積み上げられて行く程に、俺は落ち着かない気分になっていった。

 

 それに対するビビ様の言葉を聞いた時には、俺は安堵を覚えたものだった。

「お見合い? しないわ。国が大変な時にそんな場合じゃないもの」

 ビビ様はそう言って、全く取り合わなかったのだ。

以来、国王とイガラムさんはそれとなく水を向けるが、ビビ様は一貫して拒否の態度を崩さない。

「全くビビにも困ったものだ」

国王はそう嘆き、イガラムさんも同調する。

 

 そんな二人を遠巻きに眺めながら、チャカは俺を相手に言うのだった。

「本人にその気がないなら、いくら勧めても埒が明かないと思うが」

それからこう続けた。

「それにああして断ると言う事は、他に誰か想う相手でも居るのかも知れんぞ」

 

 それは俺に現実を突きつける言葉だった。

ビビ様の返事を初めて聞いた時、断ってくれて良かった、そう思った。

 しかし勘違いしてはならないのだ。

ビビ様が見合いを断ったのは、意中の相手が居るからに他ならないだろう。

 チャカの言う通り、初めから状況は何も変わらない。

有りもしない望みなど、そんなものは最初から持つものではないとあれ程言っておきながら、何を期待していたと言うのか。

 冷静に考えれば、誰にだって分かる事だ。

俺は自分の浅はかさを恥ずかしく思った。

 

 それから暫く経った、ある昼下がり。

 突然、ビビ様に声を掛けられる。

「ペル、お願いがあるんだけど」

ビビ様はいつになく上機嫌だった。

「私の事、海まで連れて行ってくれない?」

 

 急な申し出に戸惑うが、話を聞いて納得した。

麦わらの一味が、この近くまで来ていると言うのだ。

今朝、密かに電伝虫を通じて連絡が入ったと言う。

 但し、会えるのは一日に限られる。

それはこの次の日曜日。

しかしその日は……

「そう、アラバスタの復興記念式典の日なのよね」

 

 記念式典はこの国が復興を果たしていると言う象徴だ。

そう言う意味でも、式典に王族が出席しないと言う訳にはいかない。

「今年も必ず出席しないとね。

式典の開始は午後6時だから、そこに間に合う様にしないといけないでしょう?

それにはペルの力が必要なんだけど」

 

 アルバーナから港町ナノハナまで。

 アラバスタは広大な国土を持つ国だ。

ビビ様を背に乗せるとなると、俺の翼を持ってしても片道四時間以上はかかる。

そうなると余り長居は出来ないのだが、それでも会って話をしたいのだろう。

 移動手段としてはカルーの足より俺の飛行能力の方が上なのだから、この場合断る理由はない。

 

 承諾の返事をすると「ありがとう」と、弾ける様な笑顔でビビ様は去って行った。

 足取りも軽く、全身から嬉しさが溢れている。

見ていて微笑ましいものだったが、俺にはそう単純に思えなかった。

 

 嬉しいのは仲間たちに会えるからなのか、それとも恋焦がれる相手に再会出来るからなのか。

 

 その疑問は余りに身の程をわきまえないものに思え、口にするのは躊躇(ためら)われた。

 大体、俺に何の権利があって、ビビ様に問いただす事が出来ると言うのだろう。

あの夜、ビビ様を傷付けておきながら、今更何を。

 

 以前、ビビ様に尋ねた事がある。

 何故麦わらの一味と共に旅立たなかったのかと。

するとビビ様は何やら言い淀んでから、こう答えた。

「何故って……この国は傷ついているんだもの、それを見捨てては行けないわ」

 ビビ様が反乱で破壊された国と、傷付いた人々を見過ごせる様な人ではない事は承知している。

 しかし、その決断に後悔はなかったのだろうか。

もし想う相手が居るなら、未練がない筈もない。

 

 仮にビビ様が想う相手が海賊であれば、間違いなく大問題に発展する。

だが、彼らには俺には成し得なかった事ーークロコダイルを倒したと言う事実がある。

彼らのうちの誰かに惹かれているのなら、何も出来なかった俺にそれを止められるのか。

ビビ様が本気でいるなら、簡単に諦めはしないだろう。

 もしそうだとしたら……

 

 そこで俺は考えるのを中断した。

 つまらない話だ。

憶測ばかりで意味がない話を、いつもで考えているのだ。

 実際、今の俺に出来る事は何もない。

時間を持て余すと余計な事ばかり頭に浮かぶ。

こう言う時は全てが空っぽになるまで、身体を動かすに限る。

 俺は邪念を振り払う様に、ひたすら鍛錬に打ち込んだ。

しかし、その日はどれだけ鍛錬を続けても、頭から様々な思いが去らなかった。

 

 そして日曜日の朝。

 ビビ様は風で邪魔にならない様に、髪を以前の様に一つに束ねていた。

長時間上空を飛んでいると身体が冷えるので、マントも用意している。

 準備は万全だ。

 

 麦わらの一味に会う事を、ビビ様は朝から待ちきれない様子だった。

 みんなに少しだけどお土産を持って来たの、話す事がいっぱいあって何から話そうかしら、そう言っては無邪気に笑う。

 ビビ様の話に相槌を打ちながら、心に鬱屈を抱えていなければどれ程良かったか、と思う。

 

 長い空路を行くと、遠くにサニー号が見えて来た。

 甲板から歓声が上がった。

ビビ様も大きく手を振って応える。

 サニー号に降り立つと、懐かしい顔ぶれに囲まれる。

 一味には知らない顔も混じっていた。

その後出会った新しい仲間達だ。

 

 そしてその中に、確かに居る。

俺がここに来る中で、もう一つ気になっていた事だ。

 人形の様に冷たく整った顔立ちの、黒髪の女。

会った頃には名前すら知らなかった、ニコ・ロビン。

 

 ミス・オールサンデーことニコ・ロビンが麦わらの一味に加わったと聞いた時、俺たちは衝撃を受けたものだ。

 しかし、ただ一人ビビ様はその事実にも動じなかった。

ビビ様はルフィ君たちに全幅の信頼を寄せているのだ。

その彼らが仲間と認めたニコ・ロビンを恨む気は、ビビ様にはない。

 険悪な態度は取らない様に、と事前にビビ様から言い渡されてしまった。

こちらとしてもそんなつもりはさらさらないが、やはり実際目の前にすると意識しない訳にはいかなかった。

 

 僅か8才で世界政府から破格の賞金を懸けられ、この世の全てから追われた女。

それを聞いた時、俺は自分やビビ様がその年だった時の事を考えた。

屈託なく笑っていられる子ども時代を過ごしていた筈だ。

その年で賞金首として世を忍んで過ごすなど、想像もつかなかった。

海軍の軍艦六隻を沈めたと言うが、本当にそんな事が年端もいかない子どもに出来たのだろうか。

 それが事実なら戦慄すべき事だが、もしそうでないとするなら。

そこには、何か隠された真実があるのではないか。

 

 一度チャカにそう話した事があるが、「お前は子どもには甘いからな」と返された。

そんな事はないだろう、と反論するとすっぱりと言い切られた。

「何を言ってる、大甘だ。ビビ様が子どもの頃は言うに及ばずだ。

大体、剣技は俺より上の癖に、子どものコーザ相手に打ち返せなかったから俺があいつに稽古をつけたのを忘れたのか」

そんな風に、昔の話まで持ち出されてしまった。

 言われてみればその通りかも知れない。

 

 しかし、別にニコ・ロビンが子どもだったから庇っている訳ではない。

イガラムさんが生き長らえた状況を本人から聞いて、引っかかった事があるからだ。

『船が爆発する直前、訳も分からないうちに強い力で引っ張られ、気がついたら海に引き摺り込まれていた』

 訳も分からないうちに。

つまり姿を見せない何者かによって、海に引き込まれたと言う事だ。

 あの状況下でそんな芸当が出来たのは、ニコ・ロビン以外考えられない。

 

 悪夢の様な女だった。未だに顔を見るだけで過去の記憶が蘇る。

しかし国王も仰っていた通り、ニコ・ロビンが故意に冷酷な人物を演じていたとしたら。

ニコ・ロビンは世間で言われている様な“悪魔の子”ではないのかも知れない。

 

 そんな事を考えていると、突然近くで大声が上がった。

「ああ!お前、久しぶり!」

 ルフィ君だった。

「俺、お前が爆弾抱えて飛んでったって聞いたぞ。

よくやったなー。それでよく生きてたなー」

 ルフィ君は感心しきりだった。

生命力が尋常でない彼にそう言われるのは何と言うか、複雑な気分だった。

 

 俺はどうしても言いたかった事を伝えた。

「あの時は礼の一言も言えず、申し訳なかった。

この場で礼を言わせてもらう。

本当に感謝している」

「それは仕方ねえだろ、爆弾に吹っ飛ばされてたんだから。気にすんな。

それ言うなら俺だってお前に助けてもらっただろ。あの時はありがとな。

あと礼ならビビの父ちゃんからも言ってもらったし、それにアラバスタ料理腹一杯食わせてもらったしな」

 

 あれだけの事をやり遂げながら、ルフィ君は恩に着せる素振りも見せない。

仲間を、ビビ様を助けるのは当然の事だ、と思っているのだろう。

 強敵を次々倒し悪名高くなったルフィ君だが、その行く先々で多くの人々を救っている。

アラバスタ料理食いてえ、と叫ぶルフィ君に俺は思う。

 そんな事は君にしか出来ない事だ。

本当に君は計り知れない人間だ、と。

 

「いやー、しっかしほんとに良かったな、生きてて」

 ルフィ君は一片の曇りもない笑顔で言った。

「ビビもお前と一緒にいられて、嬉しそうだもんな」

 その一言に疑問が浮かぶ。

ビビ様が嬉しそうなのは仲間に、或いは意中の相手に会えたからだろう。

それ以上の意味はない筈だ。

 そう思った時、ビビ様から声を掛けられる。

「みんなが船の案内してくれるって。ペルも来て」

 そこでルフィ君との会話は途切れたのだった。

 




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