それからサニー号を案内して貰い、その後昼食となる。
昼食はルフィ君が所望していたアラバスタ料理だった。
「さっき食いたいって叫んでたろ、そんなこったろうと思ったよ」
サンジ君がそう言った。
確かにその料理の腕は、話に聞いていた通り見事なものだった。
そしてルフィ君の食べっぷりも相変わらずだった。
戦闘の様に激しい食事風景だが、ビビ様は始終笑顔だった。
反乱終結後の宴の時も、きっとこうだったのだろう。
食事が終わると、自然発生的に女性三人が集まって話し始めた。
ビビ様もよくこの短時間でニコ・ロビンと打ち解けられるものだ。
密やかに何事かを話し込んだかと思うと、本当に? などと声が上がる。
この様子では恐らく俺が居ると、ビビ様は気兼ねなく話せない事だろう。
察して居場所を変えようと立ち上がる。
すると、すかさずナミさんから声を掛けられた。
「待っててくれるなら、本のある部屋へどうぞ。
あそこならコブラさんから貰ったアラバスタの本もあるし」
話し終わるまでそこで待てと言う事らしい。
通常ならそうもいかないが、ここではビビ様の身に危険が及ぶ恐れはまずない。
俺が席を外すのも問題ないだろう。
ビビ様の様子を窺うと、そうして欲しいと言う様に頷く。
人払いしてまで話したい、何か聞かれたくない会話でもあるのだろうかと一瞬思ったが、余計な詮索は無用だ。
護衛兵と言う仕事柄、待つ事には慣れている。
俺は教えて貰ったその部屋で、待つ事にした。
それから一時間以上経ったが、ビビ様がやって来る気配はない。
そろそろ出立しなければならない頃だろう。
そう思って立ち上がろうとしたその時、部屋の扉が叩かれた。
「失礼するわ」
入ってきた相手を見て、身体が勝手に身構えそうになる。
ミス・オールサンデー……いや、今は麦わらの一味のニコ・ロビン。
「お邪魔してごめんなさい」
ニコ・ロビンは言った。
「何の用だ」
そんなつもりはなかったが、自ずと尖った声が出る。
「あなたに謝らないといけないと思っていたの。
私、本当にひどい事したわ」
俺は即答する。
「俺よりビビ様に謝るのが先だろう」
ニコ・ロビンは頷いた。
「ビビには謝罪したわ」
「ビビ様は何と?」
「今は敵ではないのだから、謝らないで良いと言っていたわ」
「……ビビ様ならそうだろうな」
「あなたに謝りに行くと言ったら『ペルは怒っているかも知れない』って止められたけど」
それはそうだ。否定は出来ない。
ビビ様が刺し貫かれたと思ったあの時の怒りは、今でも憶えている。
あの時の無力さも、絶望感も、鮮明に。
「私がした事を思えば、許して、なんて簡単には言えないわよね。
あの頃の私は海の底よりも暗い場所に居たわ。
ただ、暗闇の中で漂ってただけ。抜け出したくても抜け出せない、光なんてどこにもない。
そんな場所に居たの。どこにも救いなんてなかった。
だから、あなたたちが眩しかったのよ」
ニコ・ロビンは目を細めた。
「私はあなたたちが、心底羨ましくて仕方なかった。あなたはひたすらにビビを守ろうとした。
ビビもあなたが助けてくれる事を確信していた。
信頼し合ってると思ったわ」
そう言って視線を落とす。
「私には……そんな人ひとりも居なかった。
私には誰も居ないのに、何故この娘だけ守られているんだろう、ずるいって。
今思えば嫉妬していたのよね。
私を守ってくれる人は、皆居なくなってしまったんだもの」
ニコ・ロビンは眉を
触れたくない傷に触れてしまった様な表情だった。
その時初めて、冷たい人形の仮面の下から、血の通った人間の素顔を垣間見た気がした。
……あんたにも、守ってくれる人が居たんだな。
そう思った。
「あの時は本当にごめんなさい」
俺は少しの間、考えてから言った。
「過去にあった事を、なかった事には出来ない」
ニコ・ロビンは表情を固くし、
「だがあんたがルフィ君を助けてくれなければ、そして俺に彼を助ける様に言い出さなければ、今のアラバスタが存在しなかった事もまた事実だ」
ニコ・ロビンは驚いた様に顔を上げた。
「初めてあったあの時、俺の息の根を止める事も簡単に出来た筈だ。
だが、しなかった。その時から俺は違和感を覚えていた。
イガラムさんの命を助けたのだってあんただろう? そう考えると答えは一つしかない。
あんたはクロコダイルに従っている様でその実、被害を抑えようと動いていた、そうだな?」
ニコ・ロビンは黙っていたが、俺はそれを肯定と受け取る。
「過去に何があったか、俺は全てを言っている訳ではない。
しかし、何かの事情があってああせざるを得なかった、そう理解してはいる……つもりだ。
何より本当に救いようのない冷酷非道な人間であるなら、あのルフィ君たちと長い間、仲間としてやっては来れんだろうからな」
そこまで言って、俺は話を変えた。
「それからこれは俺の方から聞きたかった事だ。もしかしてと思っていたが、あんたはあの時威力の劣る砲弾を仕掛けさせたのか?」
ニコ・ロビンはまだ黙ったままだ。
「俺は砲弾を持って上空で爆破させた。
結果数キロ離れた砂漠地帯まで吹き飛ばされたが、今こうして生きている。
俺がゾオン系の悪魔の実の能力者だと言うのが大きいとは思うが、それでもこうしていられるのは、そのせいじゃないのかと考えている。
イガラムさん一人でも見捨てなかったと言うなら、数十万人の人間を見殺しにするとは思えないんだが」
そこまで言うと、ニコ・ロビンは頷いた。
「ええ、そうよ」
やはりそうか。
「人を巻き添えにするにしても、犠牲が多すぎると思ったの。
だから威力の劣る砲弾を仕掛けさせた。
……それでもあそこで爆発すれば、犠牲者は確実に増えていたわ。
今の『麦わらの一味』も無かったでしょうね。
あなたが砲弾を持って上空へ向かったと聞いて、罪の意識を覚えたわ。
だからあなたが生きていてくれて、本当に良かったと思ってる。
皆を救ってくれて、ありがとう」
奇妙な気分だった。少し前まで
何がどうなるか、全く世の中は分からないものだ。
「それで」
俺は尋ねた。
「今はその海の底よりも暗い場所からは、解放されたんだろう?」
するとニコ・ロビンは顔を綻ばせた。
「あら、心配してくれるの?
ええ、今は私にも居場所があるから」
ふふふ、と笑う様子はどこか幼い少女の様にも見えた。
何だ、案外普通に笑うんだな、などと思えば当然の事を思った。
「あなた、本当は優しいのね。
ビビが言ってた通り」
突然話が変わるのでどきりとする。
他でビビ様は俺の事をなんと話しているのかと思う。
「初めて会った時はまるで違ったものね」
ニコ・ロビンはその時の事を思い出している様だった。
「あの時のあなたは本当に怖かったわ。目が合っただけで殺されるかと思った」
その通りだ。
実際、それくらいの思いでいたのだから。
「当然だろう。王族を守るのは護衛兵の務めだ」
そう答えると、少し間を置いてニコ・ロビンが口を開いた。
「でも私、あの時思った事があるの」
「思ったとは、何を?」
「本当にあなたがあんなに怒っていた理由は、それだけだったのかしらって」
話が見えない。
どう言う意味だ。
「あなた、いつもはとても冷静な人よね。
今がどう言う状況か、自分がどう動けば事態を変えられるのか、常に考えて行動している。
でも、ビビに関する事は別。
あの娘が傷付けられたら、その相手を全力で消そうとする。
勿論、あなたは忠誠心に厚い人だって事は、良く分かってる。
……でも、それだけが理由なのかしら?」
どうも話の風向きがおかしい。
何故こんな話になっている?
「もしかしてと思ったのだけど」
ニコ・ロビンはこちらの様子を窺う様に、一度言葉を切った。
そして先を続けた。
「あなた、本当はビビの事……」
「何が言いたい?」
俺はニコ・ロビンの言葉を最後まで言わせなかった。
「どう言うつもりかは知らんが、勝手な憶測でものを言うのは慎むものではないのか?」
ニコ・ロビンは暫く推し黙ったが、ややあってから言った。
「そうね、出過ぎた真似だったわ」
俺は踵を返して部屋を出ようとした。
「もう時間がない。そろそろ失礼する」
その時、背中にニコ・ロビンの声が掛けられた。
「でもね、本当に言葉を伝えたい相手がいつも居てくれるとは限らないの」
その一言に、足が止まる。
「相手が側に居るうちに伝えないと駄目なのよ……私がそうだったから」
俺は返事をせずに、黙って部屋を出た。
ニコ・ロビンの言葉は、暫く耳に残っていた。
分かっている。
分かってはいるが、どうしようもないだろう。
俺は一介の兵士に過ぎない。
いくらビビ様を想っても、彼女は王女なのだ。
思わず溜め息が漏れる。
ニコ・ロビン。
一体何を考えている。
これではまるで不意打ちではないか。
いや、とにかく落ち着け。
式典までは時間がないのだ。まずはビビ様を見つけなければ。
気持ちを切り替え、その姿を探す。
だが何故かビビ様の姿がすぐには見当たらず、探し当てるのに多少時間を要した。
向こうから歩いて来たビビ様に声を掛ける。
「式典までもう時間がありません。すぐここを発ちませんと……」
「分かってるわ」
言い切る前にビビ様は頷き、小走りで俺の元に駆け寄る。
時間がないのは分かっているのに、こんな時までどこに行っていたのだろう。
ビビ様が麦わらの一味に別れを告げる。
潮風に、ビビ様の長い髪がふわりと揺れた。
太陽の光がビビ様の横顔をくっきりと映し出す。
麦わらの一味に笑いかける柔らかな表情に、一瞬目を奪われる。
まずいな、と思った。
ニコ・ロビンのせいで、妙にビビ様を意識している。
今は隼の姿になる口実があって良かったと思う。
ビビ様を背に乗せていれば、少なくとも顔は見られずに済む。
麦わらの一味からの惜別の声を受けながら、俺たちはサニー号を後にした。
時間が押しているので、急いで帰路に着く。宮殿まで残り僅かの所に来て、スピードを緩める。
ここまで来れば多分、間に合うだろう。
行きはあれ程はしゃいでいたにも関わらず、帰りのビビ様は会話も途切れがちで、どこか心ここにあらず、と言った様子だった。
やはり、彼らと一緒に旅立たなかった事を悔いているのだろうか。
行動を共に出来ない誰かの事を、想っているのだろうか。
いずれにしても、こちらから何か言える様な事ではない。
暫く無言のまま、夕暮れの空を飛ぶ。
ここまでお付き合い頂き、ありがとうございます。毎日投稿(全10話)の予定ですので、今後もよろしくお願いします。もし気に入って頂けましたら【お気に入り登録】や【評価】で応援して頂けますと、大変励みになります。