「……もう一度言ってくれ。まさか俺の聞き間違いじゃないよな?」
「は、はっ……空棺のヘルミナを名乗る竜が勇者候補の一般公募への参加を表明して、王国領外から黄都に向かって進行中です」
「冗談だろ……!」
人族世界の最高官僚、黄都二十九官。その第二十卿である鎹のヒドウは凶報に呻いた。
黄都中枢議事堂内の小会議室に招集された者は黄都二十九官の中でも一握りだ。
文官であれば黄都の防衛戦略を熟知している者、武官であれば現在黄都の部隊を動かせる立場である者───微塵嵐に乗じて旧王国主義者が急速に兵を集め始めた時と同じく、緊急招集に応じて即応可能な者。
リチア新公国の魔王自称者タレンの暗殺を完了した鎹のヒドウもまた、今回の緊急招集に応じていた。特例としてだ。
既に星馳せアルスを勇者候補として擁立している。件の竜が魔王自称者になるのなら、竜殺しを成し遂げた実績がある星馳せアルスを動かせる。
(そんなに上手く事が運ぶのか?)
確かに星馳せアルスなら竜が相手でも打ち倒せるだろう。最強の冒険者の実力に疑いの余地はない。
だが星馳せアルスは決して黄都が好きに動かせる駒ではない。
そもそも、空棺のヘルミナは未だ魔王自称者ですらないのだ。
「───問題は、勇者候補の一般公募を身分種族を問わずとしたのは、我々自身であることです。空棺のヘルミナはあくまでもそれを信じただけの竜である、そう解釈する余地がある」
第三卿、速き墨のジェルキ。
商業部門を中心に黄都内政全般を管轄する、実務官僚の中核を担う存在であった。
名目上の一般公募の要件も確認している。実際には絶対なるロスクレイに打ち倒される数合わせの勇者候補を集めるだけの募集であっても。
審査役の兵士も、人族以外が参戦するとは思っていなかっただろう。
だが、状況は変わった。
竜は誰もが知る最強の種族である。審査するだけの力が一般の兵士にあるとも到底思えない。
かつて、“本物の魔王”によって狂乱した若い竜の一柱だけで、王国の最精鋭部隊を壊滅に追いやったのだから。
しかし黄都議会が考慮していなかったのも無理はない。
そもそも最強種である竜は人族社会と関わらずとも良いのだから。
簡単に吹き飛ばせる矮小な人間の国でわざわざ勇者候補になって、戦おうとする酔狂な竜が存在する可能性よりももっと優先すべき課題があった。
「だとしてもだ。常識的に考えてあり得ないだろ、なんたって竜が勇者なぞになりたがる……!竜族が勇者になれる訳がないってのに……!」
「何を言っている。星馳せアルスを勇者候補に擁立したのは貴様だろう?竜族でも勇者候補になれると自ら真っ先に証明したようなものではないか」
第四卿、円卓のケイテ。
ロスクレイに対抗する派閥を率いる彼にとって、目的不明の竜が勇者候補として立ったところで支障はない。
否。ロスクレイの派閥が竜を相手にロスクレイを勝たせる為に行動する必要が生まれるのならむしろ好都合ですらある。
窮知の箱のメステルエクシルは竜が相手であっても絶対に負けない。軸のキヤズナの無敵の切り札だ。
竜というのは非常に分かり易い脅威だ。
その脅威が既知であるからこそ、心理的には未知の脅威よりも優先される存在。
ロスクレイと敵対する派閥にとっては絶好の機会である筈だ。
第二十七将、弾火原のハーディにとっても。
「民の多くが、あのロスクレイなら竜でも倒せると信じている。それだけロスクレイによる印象操作が上手く行っていた証なんだが、今回はそれを逆手に取られたな」
老将は笑みを深めた。
黄都二十九官はロスクレイが決して竜に単独で勝てるような英雄でないのは知っている。だが民はそうではない。
語られ続けた英雄譚の再演を直で目の当たりに出来る可能性があるなら、例え竜が出場したとしても文句は言わないだろう。
絶対なるロスクレイに勝てる者など、誰もいないのだから。誰も彼もが常勝無敗の“英雄”という偶像を信じている。
やや落ち着きを取り戻した鎹のヒドウが、険しい顔で発言した。
「例え擁立するとしても、誰を擁立者にする?今は俺たちに矛先を向けていないだけで本質的には制御不可能の災害だろ」
「俺は既にソウジロウを勇者候補に擁立している。こうなると分かってりゃ枠を空けてたかもしれねェが、後の祭りだな」
「愚問だな。軸のキヤズナの機魔、窮知の箱のメステルエクシルが俺が立てる勇者候補だ」
もしも勇者候補として立てた者が暴れた場合、責任を取るのは擁立者だ。何が目的かも分からない竜を擁立するのには多大な危険が伴う。
竜を飼い慣らすなど誰にも不可能だ。空棺のヘルミナを擁立するのは、失脚しても構わない二十九官である必要がある。
「あ……あの。わ、私からも一つ」
第十将、蝋花のクウェル。
血人と呼ばれる人間ならざる武官である。無尽無流のサイアノプなる粘獣を擁立したいと言っていた筈だが。
「サイアノプさんが……件の竜と出場枠を賭けて決闘したい、と……」
「……粘獣と、竜が?」
「は、はい……」
鎹のヒドウは頭痛を堪えるように眉間を押さえた。
常識的に考えて竜がそんな勝負を受ける筈がない。何もせずとも勇者候補に擁立されるに値する実力を種族の時点で証明しているというのに。
「──報告します。空棺のヘルミナが、あの彼岸のネフトを打ち倒した無尽無流と立ち会えるなら是非と決闘を承諾したようです」
「は?」