酒寄一家の女子中学生養育記   作:鹿子ゆ〜い

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1:彩葉に似た子と酒寄かぐや

 めっちゃ彩葉に似てる子が、公園の隅で毎日独りこちらを向いて黄昏(たそがれ)ていたら、見て見ぬフリなぞ誰が出来ると。

 

 

 いや、かぐや(あたし)じゃなくても誰だって一度は気がかり良心が痛み、気遣う声はかけるだろうけど、一般人じゃぁその程度が関の山。どうせ結局(いぶか)しがられてそれっきり他人同士になるのがオチに決まってる。

 しかし今、この公園一帯の小童供(こわっぱども)を一手に()べるガキ大将でありまして、この10年間廃れることなくツクヨミの海を駆け続けている現役ベテランライバーでもある、月夜(ツクヨ)の歌姫たるかぐや様のこの手にかかれば、初対面のあの子とも仲良くなるなど造作(ぞうさ)もない。しかも彩葉と雰囲気が妙に近いの。あの子もきっとかぐやのことを好きになる。

 その直感がかぐやの脚を動かしている。かぐやに向けて放たれた豪速球を難なく交わし、外野を越えてコートから出る。かぐやの身体の後ろの方で、相手チーより2点リードし、勝ち確だった同チー男子が急なあたしの離脱に(ざわ)めく。そっちはそっちでテキトーに遊んどいとくれ。あたしゃこっちでやりたいことが出来たんだ。

 

 

 近づくかぐやを視認したあの子の顔が強張る。あれ、かぐやを知らないのかな。あいつらは小学生だからともかく、この年代の子が……? 大方(おおかた)保護者にネット環境を与えられてないとかそんなとこだろう。となると一人でいる女児に近づく今のかぐやはただの不審者か。通報されたらいろいろとめんどくせぇけどそれでもあの子と繋がりたい。敵じゃないよと柔和(にゅうわ)な笑顔を向けてみる。慣れたモノだね。

 

 

「体調悪い?」

 公園の端、藤棚の下のベンチがこの子の定位置。イイ感じの日陰がこの子の顔を隠して、淡い木漏れ日がキラキラとかぐや達の体を照らす。ただこの場所にこの時間毎日いるとなるとそれはもうイイ感じではない。放課後直帰で家に帰れない事情があるのかも。

「平気ですけど……」

 誰ですか普通に怖いんで去りますよと言わんばかりの怪訝な顔でその子はかぐやにジト()る。通常の人間だったら「気をつけてね」と心配するフリだけして互いに非干渉を保ち、波風立てずに済ませておくのだろう。

 

 

 だけど生憎(あいにく)かぐやは肉体・胆力ともに常人のそれではないのだ。すぐさま自販機に直行しあの子の為の水を買う。春もうららかとはいえど、油断をすると危険な気温だ。あぁあの子の飲み物の好みを訊いときゃ良かったと今更気づく。そんな後悔の連続だったなぁ。

「あげる!」

「いやそんな、悪いですよ……」

「あとこの水とはなんも関係ないけどさ、一緒遊ぼ!」

 いーや絶対関係してると、水与えた見返りだろと思われるって。本当に他意はないんだけど、まーいーや。たかだか130円そこらだし。

「えっと私、中学2年ですよ?」

「毎日欠かさずここきてこっち観てるからさ、混ざりたいのかと思って」

「これはただ、毎日来てる公園のベンチの視線の先で、たまたまあなたが毎日遊んでるだけで……」

 そりゃそうなるか。小学生男子に混ざって大人気なく遊ぶ私服女子高生なんていやでも視線が向くだろう。じゃぁ黄昏(たそがれ)てるてのはかぐやの思い違いかね。でも強引とはいえせっかく結んだ縁だ。放しちゃうのはあまりに惜しい。ジト目を続けるその子はあたしに問う。

「えっと、あなた……何をされてる方……?」

 

 

 ……おもてたんとちゃうけどあたしに興味は持ってくれてた。仲良くなるための足がかりはばっちり堅いね。

「あたしはかぐや! 酒寄かぐや!」

「かぐや……」

「VTuberやってんだぁ!」

「ぶ、ぶいちゅ?」

 あ、 ほんとに知らんのな。おけおけ。じゃぁ望み薄だけど、これはいけるか?

「ツクヨミのライバーでね、ヤチヨカップで何度も優勝してるんだ!」

「つく……え?」

 おぅ。やっぱ文化が違うのか。それもそれで良い。彩葉の創った義体に受肉して、肉体を持った人としての()()を再開してからというもの、意識はしてなかったけど、かぐやが関わっていたのはもれなく全員ツクヨミを認知、そしてどっぷり浸かっている人ばかりだったような気がする。せっかく現実に居るのに結局ツクヨミという社会の中で関係が完結してしまってる。それで良いのかと最近悩んでいたところだ。

 ツクヨミを知らない人が少数派になってきている現代日本で、この子のような存在と関わりを紡げる機会はあたしの人生これが最初で最後かもしれない。あたしのヘマで繋がりを切り落とさないよう一旦慎重になろう。

「まぁそんな肩書きなんてどうだって良いの! かぐやあなたと仲良くなりたい!」

「はぁ……」

 

 

「迷惑……かな?」

「いや、突然すぎて……」

「あたしちょっと突っ走りすぎちゃうとこあるからなぁ〜」

「えと、なんで私なんかに興味を……?」

 あ、この子まずいな。一番やばかったであろう時の彩葉よりまずい。そんな気がする。これはヤチヨ式応対を採っていくべきか。

「寂しそう……だったから。そんな眼をしてた」

「どんな眼だろ」

「こっちを見てるようで、遠くを見てる。そんな眼」

「疲れてるだけかも」

「ちゃんと休めてる?」

 あ、目が泳いだ。嘘つく時に(ヤチヨ)がやる奴。お見通しなのです。

「ちゃんと8時間寝てます」

「それなら良かった。毎日3時間睡眠取ってた友達知ってるからさ」

「それはヤバすぎ……」

 常識はあるのね。いや、あの時の彩葉が非常識とは……3時間睡眠は普通に非常識だね。常識の有無の問題ですら無いというか……ヤチヨとして寝具の割引キャンペーンをたくさん打ち出してたけど、彩葉結局寝ないんじゃ意味なかったなぁあれ。

「でも体が休まってるからってさ、心が休めてるわけじゃないからさ」

 現に少し前までの私がそうだったのだ。そもそも身体がないから体を休めるという概念すら存在しない。ただ心は常に悲鳴を上げていたように思える。意識しないよう封じていただけで。彩葉が私の全てを知ってくれるまで、その悲鳴が絶えることはなく。

 

 

「へぇ?」

「ん?」

「いや、突然雰囲気しっとりしたなって」

 わかるんかい。バレてないと思ってたけど。でもそうか、既にかぐやの“人となり”を知ってる人……例えば配信チャット欄のオタク達なら、かぐやがその“人となり”から少しズレても、あくまでアイツらにとっての“かぐや”のイメージが崩れることはない。ヤツらはかぐやのことを既にたくさん知っているから、違和感を感じても精々キャラ変だと思いたい程度だよね。正常性バイアスってヤツ?

 

 

 変化を恐れる一般的なファンにとってのidol(偶像)とは()てしてそういうものだし、例えばあの8000年の間の私にとっての彩葉もたった一つだけの希望(偶像)で、彼女の存在の確約こそがあの(おびただ)しい量の絶望に耐え続けていられる唯一の理由だった。だからこそ私だけが抱えるその(もろ)い希望を、これ以上自分の手で壊したくなくて、かぐや卒業前後、私は自分から彩葉に近づけなかった。かぐやを喪った上で、全てを知った彩葉に私を責めさせて、関係が修復不能になることを、変わることを、それで彩葉が悲しむことを何より恐れた。

 

 

 知を(もと)むる事、(すなは)ち不変を望む事と同義(なり)。そうなってしまった。少なくとも、ヤチヨにとっては。

 

 

 だけどこの子は違う。かぐやもヤチヨも知らないこの子は、わたしを“ただの”一人の女の子として見てくれている。もちろん喋るウミウシとしてでもなく。だからこそ“わたし”の内面の変化も素直に違和感として捉え、第三者として私に告げてくれるのだ。こんな芸当は彩葉にすら出来ない。今までにない新感覚で、少し不安で、でもどこか、なんてんだろーな。なんかこう、なんだ?

「嬉しい」

「へ?」

「あたしのこと、ちゃんと見てくれてんだなって」

「はぁ。それはどうも……」

「今までそんな人、いなかったからさ」

「えっ……?」

「ほんとだよ」

 

 

「……こんなにたくさん誰かと話したの、久しぶりかも」

 マジか。そうか。マジかよ。

「クラスのみんなが話してることとかよくわかんないし、さっきあなたが言ってた、あの……」

「ツクヨミ?」

「そう。そのことばっかりで、スマコン? 持ってないから、あ、でもスマコン持ってるのはほんの一部の人だけだけど、でも私、スマホも持ってないからネットの話ついてけなくて」

「うん」

 そうか。そこでも分断が生まれてしまうのか。()(がた)いぞ人類。でも私の限界もきっとそこなのだ。いくら争いのない平和な世界を願ってツクヨミを創ったとて、現実での争いがなくなるわけじゃない。こんな小さな火種でも私の行動が原因で起きたことなのだ。彼女に対してだけでも、せめて補填(ほてん)はしたい。だから。

 

 

「良かったらさ、ウチ来ない?」

 だからといってなぜ補填から飛んでどうやってそうなるのか。でもそんな理由を求めた時点でそれはかぐやじゃない。

「え、はい?」

 かぐやなら、このビミョーな壁は勢いでぶっ壊すはず。

「いや、うちめっちゃ賑やかだからさ! 主にかぐやが! でも話し相手はよりどりみどりだよ! 少なくとも私はキミともっとお話ししたい!」

「えっと……」

 あ、明らかに困ってる。やらかしちゃったなぁ。はぁ、ここらの自省しちゃう癖を克服して、ちゃんとかぐやに成るのは時間がかかりそう。ヤチヨらしく今からでも入れる保険かけとこう。

「その、ごめん! えと、気が向いたらで良いし、行かないっていうのも全然オッケー! でもあなたと仲良くなりたいっていうのは本当。検討……してみて?」

「ふっ……自宅でじっくり検討を、重ねてみる」

「イヒヒっ! 良いね! たくさん考えて!」

「あなたが、悪い人じゃなさそうで良かった」

 そういえばあたし不審者のままだったわ。なんなら未成年誘拐未遂やんけこれ。

 

 

「じゃ、不審者はここで退散しますので……へへ」

「あの!」

「およ?」

「私……わたし、よーかって言います! 陽が香るって書いて、七村(ななむら)陽香(ようか)……!」

「へぇ〜! あったかくて綺麗な名前だ!」

「なんか名前褒められるって、私がつけたんじゃじゃないのにこしょばゆい……」

「名前の通り、落ち着いてて優しい人に見えてるよ」

「そんなこと他人に言われたの、初めて……」

「……今はまだそれしか知らないけど、陽香ちゃんのこと、もっと知っていきたい。ダメ……かな?」

 必殺! あの彩葉をもオトした究極の奥義(おうぎ)! 上目遣い弱っち猫撫で声!

「まだダメ」

 あえなく敗退! 彩葉がチョロ葉なだけだったっ……!

「でも、明日も来るから、まずはさ、あなたの事、教えてよね」

「……うぉおもちろんトーゼン! かぐやの持ちネタは大量にある! だから沢山たくさん話しちゃうんだから!」

 

 

 

 

「あなた、どこから来たの?」

「月から来たの!」

「へー」

 反応うっす。え、かぐやね、月から来たんだよ?! もっとこう、せめて、彩葉みたいに呆れるとかさ。

「竹取物語って知ってる? あたしのかぐやって名前もそこから彩葉に付けてもらったんだ!」

「あっ……うんまぁ知ってるけど……」

 

 

 知り合って1週間。この子、七村陽香ちゃんは毎日この時間にこの公園の端にある藤棚の下のベンチに座っていて、遊び相手たるかぐやを取られた男子達の抗議の声を華麗にスルーしつつ、かぐやの与太話をたくさん聞いてくれている。

「ちょっとチミら普通にうるせぇぞ〜」

「ヤッベかぐ姉ぇが怒った!」

「かぐ姉ぇ怒らせたらオレら月に(さら)われるって! ゴンスケが言ってた!」

 なんだよそれほんとに攫われたのはこっちだっつの。てかゴンスケって誰だよ。

「ふっ……」

 おっと、配信の時の脳みそtoベロ直繋(じかつな)ぎモードが出ちゃった。陽香ちゃんの少し嘲笑(ちょうしょう)するような笑い方がクセになる。陽香ちゃんに「ふっ」って笑われながら(からだ)ムニムニニギニギされたい。あ、これはウミウシ時代の感覚か。感覚というか……(ヘキ)

 

 

「ほら、お話の最後に月に帰っちゃうヤツ。かぐや姫が」

「いやまぁ、話としては知ってるけど」

「けど……?」

 知ってるけど……の続きはなんだろか。陽香ちゃんは言い淀んでいるので勝手に予測してみる。

 知ってるけど、それがあなたとなんの関係があるの? これがイロハのイ。

 知ってるけど、じゃぁ現実のあなたはどうやって月から来たの? これがイロハのロ。

 知ってるけど、なんで今のあなたは月から帰ってこれてるの? これがイロハのハ。

 さてどれが来るかなぁ? どんな質問が来たって、あたしの(会話)の軌道予測はバッチリだよ! さぁ来い!

「全部嘘じゃん……物語なんて」

 

 

 沈黙が場を支配する。これは陽香ちゃんのせいじゃない。私の方がフリーズしてしまった。そう来るか。豪速球が私の顔面にぶつかってきた気分だ。

 あたしと初対面の時の彩葉でさえこう言った。「ハッピーエンドいらない。フツーのエンドで結構です」少なくともこの言葉は”エンド”の存在と、そこに至るまでのストーリーという概念を信じきった上で、それらを現実の自分の人生にまで当てはめ比較する。物語を絶対的な価値のある概念、ここでは幸福観の指標として扱う人間が放てる言葉だ。

 その物語そのものを疑い、嘘だと切り捨ててしまえる人は、それでも確かに生きていけるのかもしれない。そりゃ死にゃしないよ? なんなら(ろく)でもねぇ物語のせいで死んでいった人の方が遥かに多い。目の前で沢山見てきた。だけど私は……かぐやは……悲しい。

 

 

「わっ……ごめ……わた……かぐやさんのこと、泣かせちゃ……」

 この地球に産み落とされて()ぐに物語と自己を紐付けられ、その物語の主人公の名を与えられた私。

 ヤチヨカップというたった一つの物語で社会と結びつき、竹取の物語通りの結末を押し付けられた私。

 その竹取物語の結末を一度否定はしたものの、あの8000年間を“一夏の彩葉との生活”という物語だけに(すが)りながら耐えた私。

 その8000年をFUSHIが彩葉の脳内に流し込んだ結果、私の過去のほぼ全ての経験はその内容が変わらずとも、彩葉という他者の閲覧可能な物語として自然と編纂(へんさん)された。

 その物語が私の義体受肉のきっかけとなり、いまこうしてここにいる。

「かぐやは、私は、物語の化身(けしん)なの。だから、物語が全部嘘だと言われると、私の存在そのものが嘘になっちゃう……」

「ごめんなさい! 本当にごめんなさい……! 私……その……!」

「だけど私の存在であなたに物語を無理矢理信じ込んでほしいわけじゃないの! それは絶対に違う!」

 物語を信じられない人は、果たして自分自身を安全に相対化できているのだろうか。全てを現実の人間と比べることは、(みにく)い争いと傷しか生まない。私はこの子にとっての傷がどれほどのものか、私のことよりそっちの方が心配で仕方なくなってきた。

 

 

「ようかちゃん、今のあなたの心は、あなたが想定している以上に、ボロボロかもしれないよ。……もしかして、心という概念も嘘だと思っちゃってる?」

 

 

 違うと言ってくれよと祈る。身体のないヤチヨは実質心だけで生きているようなものだ。それも本心に何重にも鍵をかけ大量のミニヤッチョ達を抱え肥大しまくった思念体として。

 もし心が嘘なら……ヤチヨは、なに?

 

 

「怒って……る? 嫌だった……? ごめんなさい……」

 あぁ……優しいね……キミはあまりに優し過ぎるよ。他者を(おもんぱか)り過ぎている。そんなとこまで彩葉とそっくりさんなんだね……だから。

「やっぱ良かったらさ、ウチ来てよ」

 だから私は、この子を彩葉に()わせねばなるまい。

「逢って欲しい人がいるんだ。あなたに」

「……明後日向かいます」

「そっか。まず親御さんに相談するんだよ?」

「私……の、お父さん、外に出て出張する仕事で、お母さん死んじゃって……妹は小さいからって祖父母の家で……だから実質一人暮らしで……」

「ごめん。それはかぐやも陽香も四の五の言ってられないや。中2でそれはあまりに危険すぎる。今日来て。全部かぐやが用意する」

「いやそんな、悪いですよ……」

「何もせずに見てるだけの方がよっぽど悪いよ!」

 何も為せずに目の前で死んでいった人たちを、ただ見送るしか叶わなかったウミウシ時代を思い出す。せっかく現実で自由に行動出来るんだ! この無念はせめて、彩葉の元気なうちに晴らさせてほしい。

 

 

 私が不審だと(にら)んでるあたしが、女子中学生一人暮らし中の部屋に近づくのは道徳的にまずいので、大人しく藤棚の下のベンチで陽香ちゃんを待つ。

 毎日この場所からアイツらと遊び(ほう)けるあたしを眺めていた彼女は、今鳴っている夕焼け小焼けが終わると公園を去り、誰も居ない伽藍堂(がらんどう)の自分の部屋に帰るんだろう。そして朝になって学校に行き、友達との共通の話題がないから会話に置いていかれ、「難しい授業」に四苦八苦して自尊心を削り、放課後はまたこの公園の藤棚の下のベンチで、遊び呆けるあたしを眺めて暇を潰す。

 あの時の彩葉みたいにバイトのシフトを大量に入れて忙殺(ぼうさつ)させることも出来ず、ツクヨミで沢山のコンテンツを消費しまくって好き勝手欲求を解放することも出来ず、ネットすら使えないからこんなリアル以外の居場所を探すことも出来ず、知らずにあらゆるリスクを抱え、頼れる人が誰も居ないから相談することも出来ず。この孤独は、いつ崩壊してもおかしくない地獄だ。それを、毎日。

 

 

 その毎日を、送っている本人自身に変えさせる力を、私は持っている。アイハブパワー。彩葉の時もそうだった。彩葉がかぐやの全てを知った直後、やりたいことを見つけたのは紛れもなく彩葉本人だ。そのきっかけを作ったのはわたし。今回もそうだ。少し強引な介入だけれど、きっかけとして私が全く新しい()()()()()()()()を作りあげ、陽香が今送っている地獄の毎日を自ら放棄することを選択させ、彼女自身に変えさせる。

 上手くいかない可能性の方が当然高い。だけど上手くいかなきゃ彼女の人生の詰みなのだ。物語を信じられず、人との関わりを持てず、安全を知らず、自尊すら知らず。これじゃ身体が死んでないだけじゃないか。私が8000年の間、精神が死んでないだけだったように。

 

 

「ヤチヨ。今から彩葉の家に女子中学生一人を泊められるだけの余裕はある?」

『無くはないけど……また子どもを家に誘うの? なんなら今度は女の子。しかも泊まりって、そろそろ彩……』

「状況が違う。10代の時の彩葉よりマズい。危険域」

『……それは私達、いくらなんでも手に負えないよ? まずお役所に』

「信頼されてる。たらい回しにさせてその信頼を壊したら取り返しが付かない。私たちにとってじゃない。あの子の人生にとって」

『そんなに大事な約束、しちゃったの?』

「それしか選択肢がなかった。"わたしたち"にさ、みすみす見過ごすという選択が取れると思ってんの?」

『……冷蔵庫内の食料一覧データ送るからスーパーで足りない食べ物買ってきて。3人分のところに1人増えたから、それ込みでの目安の購入量も記載済み』

「ありがとヤチヨ。みんなの今後の予定も教えて」

『彩葉は向こう1週間研究漬けで朝8時に出勤して帰宅は早くても夜9時想定。芦花はルーティン通りに平日は朝7夜8。休日は自宅想定。かぐやは自分で決められるでしょ』

「りょーかい。助かった。あとヤチヨ、今何時?」

『一大事』

「おっけ」

『かぐや! 冗談にもツッコめないくらい独りで抱えないで! 私はできるかぎり援護するから!』

「よろ。あとは彩葉だ。もしダメならかぐや家出するから。じゃね」

 

 

「なんで彩葉いるのぉぉお?!」

「ヤチヨから知らされてすっ飛び帰って来たよ!」

 陽香ちゃんと買い物を済ませて家に帰ったら既に彩葉が仁王立ち……ヤチヨぉぉぉ! これは援護じゃないってぇ〜!!

「なになに〜今度は泊まりでしょ〜」

 ちょうど芦花が少し早めの時間に帰って来た。というか彩葉に呼び出されたのか。

「芦花ぁぁ助けてぇ!」

「えっと、まず芦花はおかえり。早速で悪いけど、とりあえず食べ物冷蔵庫にお願い」

「おっけ〜」

 あれ、陽香ちゃんはいずこへ?

 ドアの影か。人見知りなのかな。

「芦花?! そっち廊下!」

「え、かわいぃ〜。お名前は?」

「あっと、ななむらようかです。お世話に…… なります?」

「こちらこそ、よろしくねぇ」

「ちょ、芦花! 待って、私まだ良いって言ってな」

 まずい。門前払いされかねん。信じてるよ。かぐやは。あなたを。

「ごめん彩葉。本当にお願い。今回ばかりは今までとわけが違うの」

「流石に2ヶ月連泊は聞いてないって!」

 

 

「「「は?」」」

 かぐやと芦花と陽香の3人が、揃ってバカデカ大声を廊下に響かせる。誰もそんなの知らないって。ヤチヨ、援護ありがと。やり過ぎ。

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