今日は陽香パパとの対面と会議の日。実際に会ってみたらめっちゃまともで、逆に怪しく見えてしまう。この人がこの子にあんな思いを……だけど全てを決められるのは彼だけ。もしこのまま私たちと別れても、この子に教えられることは大体伝えられたと思う。全部彩葉とテテさんのおかげだ。だけど心残りが無いとは、決して言えないな。
「行こうか。陽香ちゃん」
2人で手を繋いで階段を登る。本当に細く小さい手だ。綿を崩さないような握り方で慎重に触れる。どうか会議が円満に終わりますように。
彼女の前では父親のレッテル貼りをしないように彩葉とテテさんから釘を刺されている。私の
「……芦花さん?」
あぁ肝心の会話を忘れてた。
多分これは父親に関しても話さない方が良さそうだ。じゃぁそしたら、え、何話そう。
しばらく沈黙が続いた。だけどそこに不安や不快感は感じなかった。なぜかね。
このまま2人でのんびり黙っててもいいかもしれない。
「暇だねぇ〜」
「はい……」
口開いちゃった。つい癖で。
「なんかね、陽香ちゃんといるとね、嫌じゃないんだよね。黙るの」
「はぁ……」
「空気感かな。のんびりまったり時間が流れてる感じ」
「私は毎日こんな感じだったなぁ」
あぁそういえばそうじゃん、スマホもツクヨミも無いから陽香ちゃんにとってはこののんびりまったりが通常運転なのか。流石にそこは
かぐやちゃんが何か叫んで、彩葉が「止まれ」と
「その見落としで自作の食べ物の味がしなくなるほど苦しんでいたのは、他でもない陽香さんです」
父親は彩葉の指摘に困惑してる。目の前で苦しむ様子を見ていた側からするととんでもなく腹立たしい。いっちょ噛みしてくるか。
「彼女、電話にはいつも、"平気だよ"と、返していたそうですね」
「えぇ、え、陽香、何でそんな嘘を……」
は? てめ、何が嘘じゃぼけ!
「方便と言ってください!!」
みんな目ぇ丸くしてやんの。
「それでは戻ります」
「実際その言葉を、方便のつもりで陽香さんは言っていたのでしょう。それが父親の気持ちの平穏をもたらすと思い至って」
流石彩葉。私の乱入を
さっとメールを確認する。後少しで陽香ちゃんと別れるかもしれないのに、何やってんだろ私。ふと顔を上げると、私の部屋のドアから陽香ちゃんがこちらをチラ見してる。何やってんだよ私。こんなことしてる場合じゃないでしょ。やだな、なんで私はこうも泣き虫なんだ……
「本当ごめんね、一人にさせちゃって」
「いえ……」
「でもすごいじゃん。今、陽香ちゃんは自分から私を求めた。めっちゃ偉い」
私だってこの2週間をただ
四つん
「ごめんなさい。勝手に頭を撫でちゃって」
「びっくりしたけど、嫌じゃなかったですよ」
この子は、世界に
私にもやっぱり粘着アンチは居て、全くの事実無根のストーリーをリプやコメ欄に書き込んでくる。まぁ粛々と通報して開示請求をこなすだけですけど。それが出来るだけまだマシ。現実ではどう頑張っても悪意を防ぎきれないことがある。それはセクハラやパワハラだけじゃない。父親のネグレクトだって加害者当人すら無自覚になりうる、れっきとした悪意だ。そして陽香ちゃんはそれを真に受けてしまい、自分の感覚をまともに信じられないという実害まで出ている。
他人が信じ利用する物語の存在も信じられないなら、加害者の行動原理も理解できずに全て自分のせいにして抱え込んでしまう。想像しただけで
トイレに
「金だけ払うってか?」
「かぐや!」
そう。悪意を受けてできた傷は、金だけ受け取ったところで癒えることはない。送られたクソリプ主から賠償金は取れたけど、そんなの関係無しに心は未だにズキズキ痛み続けてる。それでも自分自身だけは大切という物語を信じているから、玉石混交の物語まみれの社会の中でも自分を見失わずに、受けた傷のその先に進めているだけ。陽香ちゃんにも、自分は大切という物語を、綾紬のエゴだとしても、どうか信じていて欲しい。
だけどそれを誤解なく伝える方法が分からない。そもそもあの子は自分を護ることがどれだけ大切かわかっているのかな。座ったまま水が勝手に流れた後のトイレで、
下からテテさんの
「あんたたち一回休憩したら〜今日雨で低気圧でしょ〜」
「芦花ぁ〜ありがと〜!」
「かぐやちゃんめっちゃ荒れてんの聞こえてたから。落ち着きなされ」
かぐやちゃんに優しめチョップを食らわせるとそれに合わせてテヘペロしてくれた。ついでに髪の毛わしゃわしゃしたい気持ちを抑える。犬じゃないし。こういう時彩葉はかぐやちゃんの顎をなでなでする。猫じゃないし。
「芦花さん、申し訳ないけど新たに飲み物を入れてくださる?」
「承知。どれがよろしくて?」
「芦花! 緑茶あるでしょ! シンクの横!」
「めっけた! 入れるね〜」
「あと和菓子も棚に!」
「八ツ橋でいい〜?」
「八ツ橋なら宇治茶で頼むわ〜。このかぐや、気分荒れたらお腹空きよった」
「別に宇治茶じゃ無いっぽいよ〜?」
淹れる、というかとっくに保温ポットに淹れてたお茶を湯呑みに注ぐだけ。濁ってるけど良いのかな……? 初っ端から
八ツ橋を6つと湯呑みを6つ、八ツ橋は西尾と聖護院と井筒をそれぞれ2つ。変わんないでしょと思ってんのは私だけ? 単に興味がないだけか。
テテさんはどれが良いんだろ。まぁなんでも良いや。それぞれの銘柄の八ツ橋1つずつとお茶4つをテーブルにおき、テテさんに八ツ橋のお伺いを立てる。聖護院をご
「持ってきたよ〜八ツ橋とお茶」
「ありがとうございます」
「後今からさ、話しにくいこと訊いちゃうけど、良いかな?」
そもそもこの子は自分の身体のこと、女性の身体のことをきちんと理解しているのか? 答えは案の定。何も分かっていなかった。
女親が第二次
毎月数日間必ず痛むお腹や胸を独りで抱えて、逃れようのない身体の変化に誰にも言えない恐怖を覚え、どんなに不安で、心細く、苦しく、辛いものだったろう。これだけでもあの父親の罪はとても、重い。到底、計り知れないほど。
あまり時間もないので原理より対策を、とりあえず大切なことだけ伝える。ちゃんと真剣に聞いてくれている。かぐやちゃんの気持ちが今更わかった。悔しい。もっと早くに出会っていれば。
下からテテさんの美声が本当に絶えず聞こえる。あまりに長い間ずっと聞こえてくるため、陽香ちゃんも何事かと思ったらしく、ちょうど必要事項は伝え終えたので階下の様子を聞きに2人で階段に向かう。
「だぁぁ! ごめん、タンマ! ちょっと喉乾きすぎたし口疲れた! 休憩希望!」
「お疲れ様〜。こっちは聞いてるだけで頭フル回転だし、声良いから寝ちゃいそうで危なかったわ」
こっちもこっちで頭フル回転だったよ彩葉。にしてもほんと、
「あんな長い事話せるの凄いですね……」
「まぁあの人は配信とか動画で舌鍛えてるからねぇ〜」
大体資格の勉強配信だしあまり喋らないはずなんだけど、それであの文章量は確かに異次元だ。
「ちょっとここで待ってて、あのお父さんに牽制してくる」
「けんせい」
「お疲れ〜」
「芦花〜どっから居た〜?」
「ずっと陽香ちゃんと上で聞いてた〜。言ってることはあんま聞こえんかった〜。寺里さんよく回る舌だねぇって」
陽香パパ、あなたの反応は娘も全部聞いてるぞと父親にハッタリをかける。
「良い意味で使う言葉じゃないよ芦花ちゃん!」
「えっと、なんの話してたっけ」
彩葉は……なんかポヤポヤして
「私の妻が、子どもたちの金銭管理をしてて、家でのテレビや漫画を禁止していたということだった気がします……」
まさかの、死んだ妻の方が害悪だったとは……逃げ場がなかったと……最悪。
「禁止してたんだ」
つららのような
「恥ずかしながら……」
陽香パパはなぜ陽香ママを止めなかったのよ。ママが駄目なら、子どもたちの味方はあなたしかいないんだよ。
「もしかして、尻に敷かれてた?」
「もうちょい良い言い方ないかなかぐやちゃん? せめてさ」
「いや、実際その通りです。私、このような怠惰な性格ですので、私を律してくれる人を結婚相手に望んだんです」
呆れた。バカみたい。無知のラジコンだっただけかよ。
「まーまーそれはそれは。そんじゃまた上戻りまーす」
こんな父親のしょうもない馴れ初めを陽香ちゃんに聞かせちゃって悪かったな……
幸い陽香ちゃんは廊下には居なかった。あの父親の
実は私、あれから陽香ちゃんの実家に何度か訪問していて、手洗い場もこっそり見てしまっていた。鏡を開けてもマジで空っぽで、その時に背筋が凍ったのだ。もちろん化粧は女性を縛る
だけど選択肢がある中での積極的すっぴんと、なんの選択も出来ない状態での消極的すっぴんじゃ話が全く違う。それどころか自分の肌を
確かまだ使ってない
「お化粧、私がやったげようか?」
「いいの?」
「なぁに、私は美容をインフルエンスする仕事ですから。メイクと親しめる人が増えるのはありがたいことだよ」
とりあえず軽くで良いかな。洗面所まで行くの面倒だし、あの場に本人を行かせるのもなんだし、ここだけで完結できる方法で、やってみよう。それに”水道での洗面なしで手軽に美しく”がウリのメイクセットだ。この状況にもってこいだね。
ほんとこの子、昔の彩葉っぽい。中学生の時の彩葉は多分こんなんだろなと想像してたのとなんか近しい。今までうっすら誰かに似てると思ってたけど、まさかすぐそこに、似てる人が一緒に暮らしてたとは。
まだ子どもなので色々と薄めに。ほんと、肌が
すでにベースだけで完成されてる気がするんだよね。少なくとも目元をいじる必要は感じられない。まつ毛も元から完璧。てか失敗したら怪我させる可能性もあってマジで取り返しがつかないから、思い切ってスルーしちゃおう。
「本当は目元もちゃんとアイラインとか引いたりまつ毛も整えたりするんだけど、尖ったペンとか金属系の器具使うから、一旦今回は無しにしとくね。何もしないで綺麗なのほんと凄いと思うわぁ」
「どこが凄いのかよくわかんないけど……」
いずれわかるさ。
……頬骨や顎の骨がやっぱり目立つ。あまりに痩せすぎだ。ここら辺もやろうと思えばメイクでどうにか出来るし、私にはその腕がある。だけどそれでは本質から目を
とはいえど、陽香ちゃん本人の意思が「おまかせします」で、こっちもこの子への想い入れが尋常じゃないし、このメイクを披露する場がこの子をこんなに痩せるまで放置してた父親の目の前。ここまで困難な条件でのメイクは美容インフルエンサー歴20年以上の私でも初めてかもしれない。
前々から唇の血色が少し悪い気はしてたので、そこをカバーしてあげよう。何色がいいかな。桜色とかどうだろう。ってか届いたのが桜色だけだからまぁそれしかないんですけど。どうかこの先、自分に合う
「お口んまんましてみて」
んまんま。可愛い。
「でけたよ」
陽香ちゃんは鏡をまじまじと見つめる。私の手にかかればどんな自己否定だって止まるん
「多分、綺麗……だと……」
……思いの
「もちろん綺麗さ可愛さだけがあなたの価値じゃないよ。だけど正しい手順でメイクをした自分が綺麗になっていると、自分が綺麗になるっていうプラスの努力をしたんだから、何をどう頑張ったってそれを汚いとは、無価値とは思えなくなる。その分自信がつくんだよ。今みたいに」
もし自分の顔そのものが嫌いなら、メイクしてくれた人へのお世辞でも、自分の顔を綺麗とは言えないは……ず……? ごめんなさい気持ちがわかんないや。でも陽香ちゃんの場合は、自身の顔や声などが嫌いとは確か言ってなかったはず。今の陽香ちゃんが否定してしまうのは、
「努力してメイクをして自信がつく。それだけでそのメイクには時間をかけた価値があるの。結局最後は洗い流しちゃうとしても、そのメイクの価値が下がることは永遠にないし、そう思えた自分の尊厳が今より低くなることもまた、永遠に無い」
どうか考え方だけでも持って帰ってくれと、祈るように言葉を
彩葉が何かを
「あとこれ
待って、何の皺寄せだ? 何の話だ?
「ねぇこれ本当に大丈夫?? 不安しかないんだけど??」
「人が! 人が足りない!」
三人も大人がいて、何なら一人は全身義体で、それでも足りないことって何??
「本当にここで私暮らすよ」
は!? テテテ??
「テテテさん! 悪いってそれは!」
えっと、何が起こっている?
テテテはもう当事者になっちゃったからここで暮らすと言っている。何を、言っている……?
『ヤッチョが言った陽香ちゃんの保護期間2ヶ月ってのはどうするの〜? 期限〜』
「あぁそうだ、2ヶ月って話だった。そうだっけ? で、お父様?」
保護期間の期限をどうするかを父親に問うているな。これは延長か短縮かどっちだ……?
「もう2ヶ月どうこうじゃなんも変わらんと思うけど。父親側も陽香ちゃん側も」
父親がぐちぐち言い訳垂れている。聞く価値ないから飛ばすか。記憶から。
「そんなら酒寄家での保護だって数年は見越してようよ。大学卒業まで」
おっけ、8年間保護延長か。
「皆さんにそこまで負担を強いるわけには……!」
手が震えている。震えは微かに柵まで揺らす。思ってたより私の精神は張り詰めていたみたい。もうすぐ別れるかもしれない人とずっといるというプレッシャーはここまで重いのか。
彩葉とテテさんが父親に対して、陽香ちゃんを一人暮らしさせてたことを責めている。深呼吸を震わせて、すかさず私も2階から加勢。
「私もさー! もしまたそんなことなったら陽香ちゃんの実家に勝手に引っ越して一緒に暮らそう思ってたんよねー!」
「四度目の芦花〜! そんなこと思ってたんか〜い!」
「そうなんないで良かった〜! そいじゃぁまたまたさらば〜い!」
張り上げた声も震える。言えた。本当にまずくなったら誰にも言わずに独断で
テテさん、「芦花ちゃんは策略謀略が上手」って、言ってたね。でも、やっぱ私に、隠し事は、向かないよ。
私は彩葉への恋心を隠してたんじゃない。諦め続けてただけ。恋どころじゃなかった彩葉へ、かぐやちゃんを愛し続けた彩葉へ、私がその気持ちを伝えることを。あくまであれは受動的だった。
私が自ら動いて何かを為そうとすることを能動的に隠し続ける。そんなこと、私には出来なかったみたい。
ヘロヘロになって陽香ちゃんの元へ向かう。オロオロする陽香ちゃんを思わず抱きしめる。ソロソロと抱きしめ返してくれた。私はやっとつかえが取れて、心から安堵の涙が流せるようになった。最後に、伝えなきゃ。
「ここに、
陽香ちゃんとの抱擁を解き、壁にもたれかかる。すぐ隣には陽香ちゃん。
「肩、借りていい?」
「はい」
生爪の人差し指で涙を拭い、細くペラペラの肩に寄りかかる。そのまま意識が遠のいていった。
────────
「芦花は〜?」
「寝よる〜ベッドに寝かせてきた」
「お疲れ様だね」
なっっっっっっがかっっったぁぁああああ! かぐやめっちゃ疲れた!! 解散! 終わり! おつ!
「待て待てまだまだ。本人に伝えてない」
「かぐや普通に寝たいんだけど〜」
「はいはい、ぱっぱと終わらせよ。それで陽香ちゃん」
「はい」
「大学卒業まで、ここで暮らせます」
「……はい」
「元の家はいくらオートロックだからって危険すぎるの。14歳が一人暮らししてる時点で」
それを引き起こしたはこの男〜!
「ごめんな、お父さんの」
「だから今度からこの家に帰ってきて欲しい」
彩葉によるセリフキャンセル。ごめんけどこれじゃ足らんぞ。あんたのしでかしたこと。
「今はだいぶみんな
「……わかりました」
「上で芦花ちゃんと何話したの〜?」
「えっと、知らなかった生理の話とか」
6つの憎悪の眼光が一斉に父親に向く。みんなして席からガタッと立ち上がり、テテテはすかさず陽香ちゃんを抱きしめに、彩葉は手を取りに行く。そしてあたしは自分の両手を握りしめ目力で父親に抗議する。
かぐやの義体にも、重みは小さいけど生理の機能自体は彩葉につけてもらった。それがきっと、人として生きることだってあの時の私が思ったから。だからそのキツさやしんどさは、機能をつけてもらっておきながら傲慢にも止めたいと感じてしまった後悔も、止めたいと感じたことを傲慢だと思ってしまったことへの葛藤も、それでもかぐやは人間ではない全身バイオロイド義体としてこれを抱え続けると腹を
だからこそ信じられない! 酷い!
「まず病院だね。この後
こんなに低い彩葉の声はそうそう聞けない。
「あと、初めてのメイクとか……」
そういえば、めっちゃかわゆくなってる。
「芦花にやってもらったの〜?」
「うん。目元は何もしないでも綺麗だって」
彩葉が愛おしそうに陽香ちゃんの顎をとり頬を撫でてポツリ。
「ほんと、唇も少し荒れてたもんね。綺麗になったね。もうちょい栄養とって、綺麗な唇に塗りたいね」
「うん」
で、この外道どうするよ。
陽香ちゃんを抱きしめてるテテテが、陽香ちゃんの左肩の上に顎をのっけて質問する。
「お腹痛い時、病院とかは行ってたの?」
「ううん。行くの怖くて」
うっわ。あれをずっと一人で耐えてたって言うの……?? 出来んのか自分でそんな拷問……? まず自分の身体に何が起きたかとりま調べるためのネットもないやんけ……もう、言葉が出ない。
陽香ちゃんから身体を離したテテテがドライアイスより冷めた声で呟く。
「こればっかりは男側のごめんで済む問題じゃないし、陽香ちゃんも私たちも簡単に許しちゃいけないこと。無知がそのまま価値観になったら、良心も痛まずにこんな蛮行だって平気でできる」
「今から行こう。病院。陽香ちゃんに会議の内容を伝えるのは後、父親と今後の方針を相談するのも後。大病見つかったら全部お
そう発破を掛けた彩葉は七村家の2人を連れて嵐のように玄関を出た。
そして残されたテテテとあたしは夜中まで泥のように眠り、起きたのは夜中2時過ぎだった。彩葉と陽香ちゃんを起こさないようにひっそりとツクヨミに入る。いつもの川床にいるのはテテテと芦花と
彩葉から一通りの情報を受け取ったテテテがあたしらにも教えてくれた。
「ひとまず目立った外傷や古傷は見つからなかったし、学校での今までの健康診断でも異常は無かったそうだけど、それでもしばらく通院して内臓とかまで全身検査するみたい。ただただ環境が悪すぎだったっぽい」
「あんな高級マンションで環境が悪いなんて起き得るんだなぁ……怖ぁ……」
「ちなみに父親は医者にもガチでしこたま搾られたっぽいよ。説教で」
「医者とはいえ赤の他人がそこまでカチキレるって本当に……」
「酷いねぇ〜聞いてた私まで心痛いよ」
「真実ぃ〜」
でもとりあえず、その先が行き止まりにならんでよかったって感じ……
「やるべきこと山積み。整理は私と彩葉ちゃんが全部しとくよ」
「テテさん本当にありがとう。というかそろそろかぐやちゃんも復活しないとね? 配信」
「あがが、忘れてた!」
でも無理だよ。もうそれどころじゃない。
「テテさんはどうするの?」
「1週間くらいは引っ越しウィークにしようかな」
「本当にジェネリックサカヨリになりそう……」
「何それ真実さん」
「彩葉が言ってた」
配信……どうしよう……
「かぐやちゃん?」
「あ、ううん真実! 何でもない!」
「言って?」
「……もう酒寄の家、配信とか研究とか、それどころじゃなくない?」
「それならテテテが酒寄家の配信部屋借りちゃおー。どーせ住むんだし」
「いいよいいよ使っちゃって」
「お? どしたかぐちゃん?」
「でも酒寄家本当にどうするんだろ。陽香ちゃん、彩葉と芦花でパパが2人、かぐやちゃんとテテさんでママが2人になったのはいいけど。機密とかもう話せなくない?」
「まぁ〜考えるしかないわな」
「かぐやちゃん成長だね」
「彩葉ちゃんに散々言われたもんね」
そう。思い出すんじゃなくて、思い付く。かぐやの8000年分のこの記憶は、多分そのまま原液を飲み込むものじゃなかった。かぐやがヤチヨに成って50年、生まれたばかりのかぐやを8000年前に送って20年、ヤチヨが義体のかぐやとして改めてかぐやに成って10年、今更気づいた。だけど、そこから何かを思い付くったって、参照元が多すぎるよ。
「機密話すのはとりあえずツクヨミでいいんじゃない? そもそもどうせ聴いてるのは機密そのものだし」
「機密そのものがここに参上ー!」
「ヤチヨちゃ〜ん! まとめ終わった?」
「テテテ……彩葉のスマホのミニヤッチョを手伝ってるけど、まだまだなのです……」
「重要事項が多すぎんだよな。オマエタチ」
「FUSHI〜! 握らせて〜」
「おい小娘! ボクが白い
「FUSHIも大変だねぇ。この間はウミウシの酢の物、その前は黒胡麻の
「久々にFUSHI見て真実がお腹空かせてる」
「ボクは、食べ物じゃ、ないぞ!」
ふざけるあたしらを置いて芦花から飛び出る重要な指摘。
「でもツクヨミで発した言葉は別に現実でも聞こえるよね。意味ないじゃん」
FUSHIを口に入れかけたあたしがソイツを手放してぶっちゃける。
「陽香ちゃんにもう全部喋っちゃうとかはぁ?」
「中学生だよ? 絶対喋る。うちの子達は絶対喋るね。学校で」
その妙な自信は何なんだ真実……まぁあいつらなら喋るだろうなぁ。でもさ。
「別にかぐやのKG型義体は酒寄彩葉の研究成果として学会で発表されてるし、とっくに周知の事実なんよねぇ。それをあの子がどう思うかだけで」
「言ってみなきゃ反応なんてわかんなくない? それに知らなきゃさ、何が機密かなんて分かんないよ? そっちの方がコントローレないよ」
まみまみの言う通りだ。コント、ローレない……?
「動詞”コントロウ”+助動詞”る”の未然形”れ”+否定の”ない”。知らんけど」
「さすテテ」
……。
「とりあえず1ヶ月このまま暮らそうよ。その生活に不具合が生じたらその都度変える」
「芦花ーん、それ不具合起きたら陽香ちゃんの心が終わおわりなんすけどぉ〜」
「義体だとバレたらどんな反応来るかわかんないってこと?」
「さすテテ〜そゆこと〜」
「明日彩葉に相談しよ? 不具合が起きた時の変更点とその影響もさ、ヤチヨに送ればまとめてくれるよ。でしょ?」
「別にヤチヨは秘書じゃないんだけど?!」
「酒寄彩葉の美人秘書」
「月見頑張っちゃおっかなー!」
「オマエは軽いヤツだなほんと」
陽香ちゃんの大学卒業まであと8年間。明日から、楽しい毎日になりそうだ!
彩葉、8年伸びたね。あたしが、あたしの、
死を、
受け入れるか否かを、私が決断する、その時が。
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