酒寄一家の女子中学生養育記   作:鹿子ゆ〜い

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 女性の生理に関する描写があります。現象そのものの描写はありません。


10:七村陽香と綾紬芦花

 今日は陽香パパとの対面と会議の日。実際に会ってみたらめっちゃまともで、逆に怪しく見えてしまう。この人がこの子にあんな思いを……だけど全てを決められるのは彼だけ。もしこのまま私たちと別れても、この子に教えられることは大体伝えられたと思う。全部彩葉とテテさんのおかげだ。だけど心残りが無いとは、決して言えないな。

「行こうか。陽香ちゃん」

 2人で手を繋いで階段を登る。本当に細く小さい手だ。綿を崩さないような握り方で慎重に触れる。どうか会議が円満に終わりますように。

 

 

 彼女の前では父親のレッテル貼りをしないように彩葉とテテさんから釘を刺されている。私の迂闊(うかつ)な一言で陽香ちゃんにとっての酒寄家全体の印象が崩れかねないという。要はセンシティブということ。何かを話そうにも制限があるのが思ってたよりキツい。彩葉はそりゃね、機密事項が星の数ほどあるから慣れてんだろうけど、ただの美容インフルエンサーにそれほどの制限を課さないで欲しい。せいぜい新商品のリーク禁止とかその程度だ。

「……芦花さん?」

 あぁ肝心の会話を忘れてた。

 

 

 多分これは父親に関しても話さない方が良さそうだ。じゃぁそしたら、え、何話そう。

 しばらく沈黙が続いた。だけどそこに不安や不快感は感じなかった。なぜかね。

 このまま2人でのんびり黙っててもいいかもしれない。

「暇だねぇ〜」

「はい……」

 口開いちゃった。つい癖で。

「なんかね、陽香ちゃんといるとね、嫌じゃないんだよね。黙るの」

「はぁ……」

「空気感かな。のんびりまったり時間が流れてる感じ」

「私は毎日こんな感じだったなぁ」

 あぁそういえばそうじゃん、スマホもツクヨミも無いから陽香ちゃんにとってはこののんびりまったりが通常運転なのか。流石にそこは慮(おもんぱか)れなかった……

 

 

 徒(いたずら)にスマホをいじるのもスマホを持ってない陽香ちゃんの目の前だとなんだか見せびらかすようで気が引けるので、一旦部屋の外に出てみる。

 かぐやちゃんが何か叫んで、彩葉が「止まれ」と諌(いさ)める。なんかこう、いつものやりとりのように思える。でも彩葉ってかぐやちゃんに命令形で強く注意することはあまり無い気がする。彩葉も彩葉で切羽(せっぱ)詰まってるのか。暇なので吹き抜けから聞こえる分だけ聞いてみよう。2階に耳あり、目は別に……どこにも無いな。

「その見落としで自作の食べ物の味がしなくなるほど苦しんでいたのは、他でもない陽香さんです」

 父親は彩葉の指摘に困惑してる。目の前で苦しむ様子を見ていた側からするととんでもなく腹立たしい。いっちょ噛みしてくるか。螺旋(らせん)階段を会議の邪魔にならないよう静かに降りる。

 

 

「彼女、電話にはいつも、"平気だよ"と、返していたそうですね」

「えぇ、え、陽香、何でそんな嘘を……」

 は? てめ、何が嘘じゃぼけ!

「方便と言ってください!!」

 みんな目ぇ丸くしてやんの。

「それでは戻ります」

 踵(きびす)を返し、途中まで降りてた階段をまた登る。

「実際その言葉を、方便のつもりで陽香さんは言っていたのでしょう。それが父親の気持ちの平穏をもたらすと思い至って」

 流石彩葉。私の乱入を糧(かて)にして論述を組み立ててる。これでも彩葉がアドリブを習得したのはつい最近。そりゃ大人数のライブで散々かぐやに無茶振りさせられてたら嫌でも慣れるってもんよねぇ。

 さっとメールを確認する。後少しで陽香ちゃんと別れるかもしれないのに、何やってんだろ私。ふと顔を上げると、私の部屋のドアから陽香ちゃんがこちらをチラ見してる。何やってんだよ私。こんなことしてる場合じゃないでしょ。やだな、なんで私はこうも泣き虫なんだ……

 

 

「本当ごめんね、一人にさせちゃって」

「いえ……」

「でもすごいじゃん。今、陽香ちゃんは自分から私を求めた。めっちゃ偉い」

 私だってこの2週間をただ無為(むい)に過ごしてたわけじゃない。テテさんに借りた児童心理や児童福祉に関する大量の参考本を読み漁っていた。だから更に涙もろくなったのかぁ。そばでテテさんが補足もしてくれたから理解が進んで、その度に辛くなって。あ、今この子がここで生きてることが愛おしくて思わず頭を撫(な)でてしまった……セクハラ……キモい男と同じことを私は……

 

 

 四つん這(ば)いになって絶望していると陽香ちゃんも背中を撫でてくれた。本当に優しい子だよ。

「ごめんなさい。勝手に頭を撫でちゃって」

「びっくりしたけど、嫌じゃなかったですよ」

 この子は、世界に蔓延(はびこ)る悪意からしっかり逃げ切れるのだろうか。この間読んだ本にこんなことが書いてあった。悪意ってもんは大抵加害者の思い込みや常識という物語から生まれると。これは実際にそうだと思う。

 私にもやっぱり粘着アンチは居て、全くの事実無根のストーリーをリプやコメ欄に書き込んでくる。まぁ粛々と通報して開示請求をこなすだけですけど。それが出来るだけまだマシ。現実ではどう頑張っても悪意を防ぎきれないことがある。それはセクハラやパワハラだけじゃない。父親のネグレクトだって加害者当人すら無自覚になりうる、れっきとした悪意だ。そして陽香ちゃんはそれを真に受けてしまい、自分の感覚をまともに信じられないという実害まで出ている。

 他人が信じ利用する物語の存在も信じられないなら、加害者の行動原理も理解できずに全て自分のせいにして抱え込んでしまう。想像しただけで悪寒(おかん)が止まらない。まだ伝え足りない事があった。今のうちに全部教えなきゃ。

 

 

 トイレに篭(こも)れど、下からも響いてくる声。

「金だけ払うってか?」

「かぐや!」

 そう。悪意を受けてできた傷は、金だけ受け取ったところで癒えることはない。送られたクソリプ主から賠償金は取れたけど、そんなの関係無しに心は未だにズキズキ痛み続けてる。それでも自分自身だけは大切という物語を信じているから、玉石混交の物語まみれの社会の中でも自分を見失わずに、受けた傷のその先に進めているだけ。陽香ちゃんにも、自分は大切という物語を、綾紬のエゴだとしても、どうか信じていて欲しい。

 だけどそれを誤解なく伝える方法が分からない。そもそもあの子は自分を護ることがどれだけ大切かわかっているのかな。座ったまま水が勝手に流れた後のトイレで、剥(む)き出しの自分の身体をまじまじと見つめる。この身体を護るということ。尊厳を護るということ。自尊の観念のない人は、それを護らねばならない理由もきっと解れない。たまらず愛(いと)しい自分の身体を、心を抱きしめる。まず隗(かい)より始めよ。立ち上がって下着とズボンを履き、ベルトを締めお手洗いを出る。

 

 

 下からテテさんの嗜(たしな)める声が聞こえる。その矛先はかぐやちゃんかと思ったら意外も意外。彩葉が二連チャンで怒られてた。白熱してんなぁ。彩葉が三連チャン怒られる前にまた階下へ降りる。

「あんたたち一回休憩したら〜今日雨で低気圧でしょ〜」

「芦花ぁ〜ありがと〜!」

「かぐやちゃんめっちゃ荒れてんの聞こえてたから。落ち着きなされ」

 かぐやちゃんに優しめチョップを食らわせるとそれに合わせてテヘペロしてくれた。ついでに髪の毛わしゃわしゃしたい気持ちを抑える。犬じゃないし。こういう時彩葉はかぐやちゃんの顎をなでなでする。猫じゃないし。

 

 

「芦花さん、申し訳ないけど新たに飲み物を入れてくださる?」

「承知。どれがよろしくて?」

「芦花! 緑茶あるでしょ! シンクの横!」

「めっけた! 入れるね〜」

「あと和菓子も棚に!」

「八ツ橋でいい〜?」

「八ツ橋なら宇治茶で頼むわ〜。このかぐや、気分荒れたらお腹空きよった」

「別に宇治茶じゃ無いっぽいよ〜?」

 淹れる、というかとっくに保温ポットに淹れてたお茶を湯呑みに注ぐだけ。濁ってるけど良いのかな……? 初っ端から出涸(でが)らしなんだけど、大丈夫……?

 八ツ橋を6つと湯呑みを6つ、八ツ橋は西尾と聖護院と井筒をそれぞれ2つ。変わんないでしょと思ってんのは私だけ? 単に興味がないだけか。

 テテさんはどれが良いんだろ。まぁなんでも良いや。それぞれの銘柄の八ツ橋1つずつとお茶4つをテーブルにおき、テテさんに八ツ橋のお伺いを立てる。聖護院をご所望(しょもう)のためそれを渡して、お茶と八ツ橋が2つづつ載(の)ったお盆を持って2階に上がる。体幹トレーニングになるなぁ。毎日やっても良いかも。よろけてこぼして湯呑みを割ったら一巻の終わりだけど。

 

 

「持ってきたよ〜八ツ橋とお茶」

「ありがとうございます」

「後今からさ、話しにくいこと訊いちゃうけど、良いかな?」

 そもそもこの子は自分の身体のこと、女性の身体のことをきちんと理解しているのか? 答えは案の定。何も分かっていなかった。否(いな)、知りたかったのに知る機会もなかったのだ。男女関係なく、自分の身体についての前提知識が抜け落ちているのは非常に危険だ。知らないものを尊(たっと)ぶことはできない。

 女親が第二次性徴(せいちょう)前に亡くなって、男親は元からろくに家にいない。そんな中での毎月襲ってくる長期間の身体の不調、ネットもないからまともに調べられもしない。呑気な父親にはとても言えず、生理用品はたまたま学校の壁に貼ってあった保健だよりを文字通り頼りにしてなんとか買えたけど、病院にも怖くて行けなかったと言う。症状を散らせる薬も飲めず、周りの目を気にして保健室も敬遠しちゃって、保健体育の教科書片手に情報を最低限でも得ようと独り家で穴が開くまで調べて……

 毎月数日間必ず痛むお腹や胸を独りで抱えて、逃れようのない身体の変化に誰にも言えない恐怖を覚え、どんなに不安で、心細く、苦しく、辛いものだったろう。これだけでもあの父親の罪はとても、重い。到底、計り知れないほど。

 あまり時間もないので原理より対策を、とりあえず大切なことだけ伝える。ちゃんと真剣に聞いてくれている。かぐやちゃんの気持ちが今更わかった。悔しい。もっと早くに出会っていれば。

 

 

 下からテテさんの美声が本当に絶えず聞こえる。あまりに長い間ずっと聞こえてくるため、陽香ちゃんも何事かと思ったらしく、ちょうど必要事項は伝え終えたので階下の様子を聞きに2人で階段に向かう。

 奇(く)しくもあちらも長台詞が終わったタイミングらしく、柄(がら)にもなくテテさんが吠(ほ)える。

「だぁぁ! ごめん、タンマ! ちょっと喉乾きすぎたし口疲れた! 休憩希望!」

「お疲れ様〜。こっちは聞いてるだけで頭フル回転だし、声良いから寝ちゃいそうで危なかったわ」

 こっちもこっちで頭フル回転だったよ彩葉。にしてもほんと、

「あんな長い事話せるの凄いですね……」

「まぁあの人は配信とか動画で舌鍛えてるからねぇ〜」

 大体資格の勉強配信だしあまり喋らないはずなんだけど、それであの文章量は確かに異次元だ。

「ちょっとここで待ってて、あのお父さんに牽制してくる」

「けんせい」

 

 

「お疲れ〜」

「芦花〜どっから居た〜?」

「ずっと陽香ちゃんと上で聞いてた〜。言ってることはあんま聞こえんかった〜。寺里さんよく回る舌だねぇって」

 陽香パパ、あなたの反応は娘も全部聞いてるぞと父親にハッタリをかける。

「良い意味で使う言葉じゃないよ芦花ちゃん!」

「えっと、なんの話してたっけ」

 彩葉は……なんかポヤポヤして絆(ほだ)されてない? ちょっと?

「私の妻が、子どもたちの金銭管理をしてて、家でのテレビや漫画を禁止していたということだった気がします……」

 まさかの、死んだ妻の方が害悪だったとは……逃げ場がなかったと……最悪。

 

 

「禁止してたんだ」

 つららのような声色(こわいろ)でこの会議のポヤポヤ感を突き刺す。あんたらが、その空気じゃダメでしょ。守れるもんも守れないよ。

「恥ずかしながら……」

 陽香パパはなぜ陽香ママを止めなかったのよ。ママが駄目なら、子どもたちの味方はあなたしかいないんだよ。

「もしかして、尻に敷かれてた?」

「もうちょい良い言い方ないかなかぐやちゃん? せめてさ」

「いや、実際その通りです。私、このような怠惰な性格ですので、私を律してくれる人を結婚相手に望んだんです」

 呆れた。バカみたい。無知のラジコンだっただけかよ。

「まーまーそれはそれは。そんじゃまた上戻りまーす」

 こんな父親のしょうもない馴れ初めを陽香ちゃんに聞かせちゃって悪かったな……

 

 

 幸い陽香ちゃんは廊下には居なかった。あの父親の惚気(のろけ)を聞かずに済んだようなのでほっとしてそのまま部屋に戻る。陽香ちゃんは私のガチ鏡台(きょうだい)が気になるようで、首を伸ばしてチラチラ見ていた。興味が、あるんだね。なのに七村の家には無かったもんね。鏡台どころか、まともな化粧用品すら。

 実は私、あれから陽香ちゃんの実家に何度か訪問していて、手洗い場もこっそり見てしまっていた。鏡を開けてもマジで空っぽで、その時に背筋が凍ったのだ。もちろん化粧は女性を縛る枷(かせ)だとかそういう考え方があるのは理解してるし、望んでない化粧なんてなんも楽しくないだろうと、すっぴんでいることだって選択の一つだと、美容インフルエンサーとして常日頃言ってはいた。

 だけど選択肢がある中での積極的すっぴんと、なんの選択も出来ない状態での消極的すっぴんじゃ話が全く違う。それどころか自分の肌を労(いたわ)るためのまともなスキンケアすら出来ないんじゃ、そりゃ自尊なんて育たないし、何よりニキビの悪化や肌荒れとかの病気に繋がる。危険ですらある。この子の周りの環境があまりに危険だと、もう何度、何回思ったろう。

 

 

 確かまだ使ってない諸々(もろもろ)の未使用メイクセットが箱で届いてたはず。私が配信で使うつもりだったけど、もう一回貰えばいいし全部この子にあげちゃおう。ついでに全部開けちゃって今ここで本人に化粧してもらおう……いや、本人が関わるとダメなんだっけ。自分の行動によってもたらされた結果の価値が信じられない。それで化粧が嫌いになられちゃあまりにもったいない。それなら。

「お化粧、私がやったげようか?」

「いいの?」

「なぁに、私は美容をインフルエンスする仕事ですから。メイクと親しめる人が増えるのはありがたいことだよ」

 とりあえず軽くで良いかな。洗面所まで行くの面倒だし、あの場に本人を行かせるのもなんだし、ここだけで完結できる方法で、やってみよう。それに”水道での洗面なしで手軽に美しく”がウリのメイクセットだ。この状況にもってこいだね。

 ほんとこの子、昔の彩葉っぽい。中学生の時の彩葉は多分こんなんだろなと想像してたのとなんか近しい。今までうっすら誰かに似てると思ってたけど、まさかすぐそこに、似てる人が一緒に暮らしてたとは。

 

 

 まだ子どもなので色々と薄めに。ほんと、肌が柔(やわ)い。引っ張ったら破れそうで怖い。優しく触れていく。他人のメイクを担当するのは仕事柄何度かあったけど、今が一番緊張している。だけど手が震えることは許されない。慎重に手順を進める。

 すでにベースだけで完成されてる気がするんだよね。少なくとも目元をいじる必要は感じられない。まつ毛も元から完璧。てか失敗したら怪我させる可能性もあってマジで取り返しがつかないから、思い切ってスルーしちゃおう。

「本当は目元もちゃんとアイラインとか引いたりまつ毛も整えたりするんだけど、尖ったペンとか金属系の器具使うから、一旦今回は無しにしとくね。何もしないで綺麗なのほんと凄いと思うわぁ」

「どこが凄いのかよくわかんないけど……」

 いずれわかるさ。

 

 

 ……頬骨や顎の骨がやっぱり目立つ。あまりに痩せすぎだ。ここら辺もやろうと思えばメイクでどうにか出来るし、私にはその腕がある。だけどそれでは本質から目を逸(そ)らして塞(ふさ)いで蓋(ふた)をするだけだ。決して本質を強調させずに、かといって隠蔽(いんぺい)も避け、あくまでナチュラルに、クライアントのメイクをする側の問題意識や思想を勝手に盛り込まず、まず本人の意思要求を第一に。

 とはいえど、陽香ちゃん本人の意思が「おまかせします」で、こっちもこの子への想い入れが尋常じゃないし、このメイクを披露する場がこの子をこんなに痩せるまで放置してた父親の目の前。ここまで困難な条件でのメイクは美容インフルエンサー歴20年以上の私でも初めてかもしれない。

 

 

 前々から唇の血色が少し悪い気はしてたので、そこをカバーしてあげよう。何色がいいかな。桜色とかどうだろう。ってか届いたのが桜色だけだからまぁそれしかないんですけど。どうかこの先、自分に合う彩(いろ)をいつか見つけて欲しいな。そんな想いを込めながら陽香ちゃんの頬をふわりと抑え口紅を優しく塗っていく。

「お口んまんましてみて」

 んまんま。可愛い。

「でけたよ」

 陽香ちゃんは鏡をまじまじと見つめる。私の手にかかればどんな自己否定だって止まるん

「多分、綺麗……だと……」

 ……思いの外(ほか)安堵と嬉しさが大きく込み上げてしまい思わず涙してしまった。彩葉は泣くべき時に泣けないのはアウトと言ってたけど、にしても時と場合があるだろうとは思うの。ところ構わず感極まりまくるのは私も厭(いや)で疲れているのだ。

 

 

「もちろん綺麗さ可愛さだけがあなたの価値じゃないよ。だけど正しい手順でメイクをした自分が綺麗になっていると、自分が綺麗になるっていうプラスの努力をしたんだから、何をどう頑張ったってそれを汚いとは、無価値とは思えなくなる。その分自信がつくんだよ。今みたいに」

 もし自分の顔そのものが嫌いなら、メイクしてくれた人へのお世辞でも、自分の顔を綺麗とは言えないは……ず……? ごめんなさい気持ちがわかんないや。でも陽香ちゃんの場合は、自身の顔や声などが嫌いとは確か言ってなかったはず。今の陽香ちゃんが否定してしまうのは、素材(顔)ではなく加工過程(メイクアップ)の方。だから肯定するべきは。

「努力してメイクをして自信がつく。それだけでそのメイクには時間をかけた価値があるの。結局最後は洗い流しちゃうとしても、そのメイクの価値が下がることは永遠にないし、そう思えた自分の尊厳が今より低くなることもまた、永遠に無い」

 どうか考え方だけでも持って帰ってくれと、祈るように言葉を紡(つむ)ぐ。綺麗であることと尊厳があることは全く別だけど、それでもやっぱり、きっかけはもう何でもいいから、そんな何でもいいとかテキトーなこと吐(ぬ)かしてたらテテさんと彩葉に怒られそうだけど、でも私はそれでも思ったの。自分に無条件の尊厳があることだけは認めて、それを肝(きも)に銘(めい)じてあの家に帰ってくれと。

 

 

 彩葉が何かを吐(は)き捨てる声がする。あの声は多分かぐやちゃんかヤチヨが荒唐無稽(こうとうむけい)なことをのたまった時に言い放つやつだ。何か進展があったのか。様子を見てくると陽香ちゃんに伝えてまた階段へ向かう。流石にしつこいかな。でも気になるもんはしょうがない。耳を傾ける。身体まで傾けすぎて落ちないように気をつける。ちゃんと柵あるけど。

「あとこれ皺(しわ)寄せ全部かぐやに来ん?」

 待って、何の皺寄せだ? 何の話だ?

「ねぇこれ本当に大丈夫?? 不安しかないんだけど??」

「人が! 人が足りない!」

 三人も大人がいて、何なら一人は全身義体で、それでも足りないことって何??

「本当にここで私暮らすよ」

 は!? テテテ??

「テテテさん! 悪いってそれは!」

 えっと、何が起こっている?

 

 

 テテテはもう当事者になっちゃったからここで暮らすと言っている。何を、言っている……?

『ヤッチョが言った陽香ちゃんの保護期間2ヶ月ってのはどうするの〜? 期限〜』

「あぁそうだ、2ヶ月って話だった。そうだっけ? で、お父様?」

 保護期間の期限をどうするかを父親に問うているな。これは延長か短縮かどっちだ……?

「もう2ヶ月どうこうじゃなんも変わらんと思うけど。父親側も陽香ちゃん側も」

 父親がぐちぐち言い訳垂れている。聞く価値ないから飛ばすか。記憶から。

「そんなら酒寄家での保護だって数年は見越してようよ。大学卒業まで」

 おっけ、8年間保護延長か。

 

 

「皆さんにそこまで負担を強いるわけには……!」

 手が震えている。震えは微かに柵まで揺らす。思ってたより私の精神は張り詰めていたみたい。もうすぐ別れるかもしれない人とずっといるというプレッシャーはここまで重いのか。

 彩葉とテテさんが父親に対して、陽香ちゃんを一人暮らしさせてたことを責めている。深呼吸を震わせて、すかさず私も2階から加勢。

「私もさー! もしまたそんなことなったら陽香ちゃんの実家に勝手に引っ越して一緒に暮らそう思ってたんよねー!」

「四度目の芦花〜! そんなこと思ってたんか〜い!」

「そうなんないで良かった〜! そいじゃぁまたまたさらば〜い!」

 張り上げた声も震える。言えた。本当にまずくなったら誰にも言わずに独断で為(な)そうとしていた計画を。

 テテさん、「芦花ちゃんは策略謀略が上手」って、言ってたね。でも、やっぱ私に、隠し事は、向かないよ。

 

 

 私は彩葉への恋心を隠してたんじゃない。諦め続けてただけ。恋どころじゃなかった彩葉へ、かぐやちゃんを愛し続けた彩葉へ、私がその気持ちを伝えることを。あくまであれは受動的だった。

 私が自ら動いて何かを為そうとすることを能動的に隠し続ける。そんなこと、私には出来なかったみたい。

 ヘロヘロになって陽香ちゃんの元へ向かう。オロオロする陽香ちゃんを思わず抱きしめる。ソロソロと抱きしめ返してくれた。私はやっとつかえが取れて、心から安堵の涙が流せるようになった。最後に、伝えなきゃ。

「ここに、居(い)られるってさ」

 陽香ちゃんとの抱擁を解き、壁にもたれかかる。すぐ隣には陽香ちゃん。

「肩、借りていい?」

「はい」

 生爪の人差し指で涙を拭い、細くペラペラの肩に寄りかかる。そのまま意識が遠のいていった。

 

 

 ────────

 

 

「芦花は〜?」

「寝よる〜ベッドに寝かせてきた」

「お疲れ様だね」

 なっっっっっっがかっっったぁぁああああ! かぐやめっちゃ疲れた!! 解散! 終わり! おつ!

「待て待てまだまだ。本人に伝えてない」

「かぐや普通に寝たいんだけど〜」

「はいはい、ぱっぱと終わらせよ。それで陽香ちゃん」

「はい」

「大学卒業まで、ここで暮らせます」

「……はい」

「元の家はいくらオートロックだからって危険すぎるの。14歳が一人暮らししてる時点で」

 それを引き起こしたはこの男〜!

「ごめんな、お父さんの」

「だから今度からこの家に帰ってきて欲しい」

 彩葉によるセリフキャンセル。ごめんけどこれじゃ足らんぞ。あんたのしでかしたこと。

「今はだいぶみんな錯乱(さくらん)状態だから、色々落ち着いた明日の夕方あたりに、陽香ちゃんの答えを聞こうと思う。ここで暮らしたいかどうか」

「……わかりました」

 

 

「上で芦花ちゃんと何話したの〜?」

「えっと、知らなかった生理の話とか」

 6つの憎悪の眼光が一斉に父親に向く。みんなして席からガタッと立ち上がり、テテテはすかさず陽香ちゃんを抱きしめに、彩葉は手を取りに行く。そしてあたしは自分の両手を握りしめ目力で父親に抗議する。

 かぐやの義体にも、重みは小さいけど生理の機能自体は彩葉につけてもらった。それがきっと、人として生きることだってあの時の私が思ったから。だからそのキツさやしんどさは、機能をつけてもらっておきながら傲慢にも止めたいと感じてしまった後悔も、止めたいと感じたことを傲慢だと思ってしまったことへの葛藤も、それでもかぐやは人間ではない全身バイオロイド義体としてこれを抱え続けると腹を括(くく)った決意も含めて、半分くらいは自分事として体感してるつもりだ。

 だからこそ信じられない! 酷い!

「まず病院だね。この後早急(さっきゅう)に行こう。お父様、あんたも来い。義務だ。逃げるなよ」

 こんなに低い彩葉の声はそうそう聞けない。

「あと、初めてのメイクとか……」

 そういえば、めっちゃかわゆくなってる。

「芦花にやってもらったの〜?」

「うん。目元は何もしないでも綺麗だって」

 彩葉が愛おしそうに陽香ちゃんの顎をとり頬を撫でてポツリ。

「ほんと、唇も少し荒れてたもんね。綺麗になったね。もうちょい栄養とって、綺麗な唇に塗りたいね」

「うん」

 で、この外道どうするよ。

 

 

 陽香ちゃんを抱きしめてるテテテが、陽香ちゃんの左肩の上に顎をのっけて質問する。

「お腹痛い時、病院とかは行ってたの?」

「ううん。行くの怖くて」

 うっわ。あれをずっと一人で耐えてたって言うの……?? 出来んのか自分でそんな拷問……? まず自分の身体に何が起きたかとりま調べるためのネットもないやんけ……もう、言葉が出ない。

 陽香ちゃんから身体を離したテテテがドライアイスより冷めた声で呟く。

「こればっかりは男側のごめんで済む問題じゃないし、陽香ちゃんも私たちも簡単に許しちゃいけないこと。無知がそのまま価値観になったら、良心も痛まずにこんな蛮行だって平気でできる」

「今から行こう。病院。陽香ちゃんに会議の内容を伝えるのは後、父親と今後の方針を相談するのも後。大病見つかったら全部お陀仏(だぶつ)だから、二人とも行こう。時間がない! すぐ!」

 そう発破を掛けた彩葉は七村家の2人を連れて嵐のように玄関を出た。

 

 

 そして残されたテテテとあたしは夜中まで泥のように眠り、起きたのは夜中2時過ぎだった。彩葉と陽香ちゃんを起こさないようにひっそりとツクヨミに入る。いつもの川床にいるのはテテテと芦花とかぐや(あたし)と真実。真実は久々のツクヨミ。久々のツクヨミでこんな話聞かせちゃってごめんよぉ。

 彩葉から一通りの情報を受け取ったテテテがあたしらにも教えてくれた。

「ひとまず目立った外傷や古傷は見つからなかったし、学校での今までの健康診断でも異常は無かったそうだけど、それでもしばらく通院して内臓とかまで全身検査するみたい。ただただ環境が悪すぎだったっぽい」

「あんな高級マンションで環境が悪いなんて起き得るんだなぁ……怖ぁ……」

「ちなみに父親は医者にもガチでしこたま搾られたっぽいよ。説教で」

「医者とはいえ赤の他人がそこまでカチキレるって本当に……」

「酷いねぇ〜聞いてた私まで心痛いよ」

「真実ぃ〜」

 でもとりあえず、その先が行き止まりにならんでよかったって感じ……

 

 

「やるべきこと山積み。整理は私と彩葉ちゃんが全部しとくよ」

「テテさん本当にありがとう。というかそろそろかぐやちゃんも復活しないとね? 配信」

「あがが、忘れてた!」

 でも無理だよ。もうそれどころじゃない。

「テテさんはどうするの?」

「1週間くらいは引っ越しウィークにしようかな」

「本当にジェネリックサカヨリになりそう……」

「何それ真実さん」

「彩葉が言ってた」

 配信……どうしよう……

「かぐやちゃん?」

「あ、ううん真実! 何でもない!」

「言って?」

「……もう酒寄の家、配信とか研究とか、それどころじゃなくない?」

「それならテテテが酒寄家の配信部屋借りちゃおー。どーせ住むんだし」

「いいよいいよ使っちゃって」

「お? どしたかぐちゃん?」

「でも酒寄家本当にどうするんだろ。陽香ちゃん、彩葉と芦花でパパが2人、かぐやちゃんとテテさんでママが2人になったのはいいけど。機密とかもう話せなくない?」

 

 

「まぁ〜考えるしかないわな」

「かぐやちゃん成長だね」

「彩葉ちゃんに散々言われたもんね」

 そう。思い出すんじゃなくて、思い付く。かぐやの8000年分のこの記憶は、多分そのまま原液を飲み込むものじゃなかった。かぐやがヤチヨに成って50年、生まれたばかりのかぐやを8000年前に送って20年、ヤチヨが義体のかぐやとして改めてかぐやに成って10年、今更気づいた。だけど、そこから何かを思い付くったって、参照元が多すぎるよ。

「機密話すのはとりあえずツクヨミでいいんじゃない? そもそもどうせ聴いてるのは機密そのものだし」

「機密そのものがここに参上ー!」

「ヤチヨちゃ〜ん! まとめ終わった?」

「テテテ……彩葉のスマホのミニヤッチョを手伝ってるけど、まだまだなのです……」

「重要事項が多すぎんだよな。オマエタチ」

「FUSHI〜! 握らせて〜」

「おい小娘! ボクが白い躰(からだ)だからって今度は赤身乗っけてくんのヤメロ!」

「FUSHIも大変だねぇ。この間はウミウシの酢の物、その前は黒胡麻の昆布(こぶ)おにぎり。よだれ出てきた〜」

「久々にFUSHI見て真実がお腹空かせてる」

「ボクは、食べ物じゃ、ないぞ!」

 

 

 ふざけるあたしらを置いて芦花から飛び出る重要な指摘。

「でもツクヨミで発した言葉は別に現実でも聞こえるよね。意味ないじゃん」

 FUSHIを口に入れかけたあたしがソイツを手放してぶっちゃける。

「陽香ちゃんにもう全部喋っちゃうとかはぁ?」

「中学生だよ? 絶対喋る。うちの子達は絶対喋るね。学校で」

 その妙な自信は何なんだ真実……まぁあいつらなら喋るだろうなぁ。でもさ。

「別にかぐやのKG型義体は酒寄彩葉の研究成果として学会で発表されてるし、とっくに周知の事実なんよねぇ。それをあの子がどう思うかだけで」

「言ってみなきゃ反応なんてわかんなくない? それに知らなきゃさ、何が機密かなんて分かんないよ? そっちの方がコントローレないよ」

 まみまみの言う通りだ。コント、ローレない……?

「動詞”コントロウ”+助動詞”る”の未然形”れ”+否定の”ない”。知らんけど」

「さすテテ」

 ……。

 

 

「とりあえず1ヶ月このまま暮らそうよ。その生活に不具合が生じたらその都度変える」

「芦花ーん、それ不具合起きたら陽香ちゃんの心が終わおわりなんすけどぉ〜」

「義体だとバレたらどんな反応来るかわかんないってこと?」

「さすテテ〜そゆこと〜」

「明日彩葉に相談しよ? 不具合が起きた時の変更点とその影響もさ、ヤチヨに送ればまとめてくれるよ。でしょ?」

「別にヤチヨは秘書じゃないんだけど?!」

「酒寄彩葉の美人秘書」

「月見頑張っちゃおっかなー!」

「オマエは軽いヤツだなほんと」

 陽香ちゃんの大学卒業まであと8年間。明日から、楽しい毎日になりそうだ!

 

 

 彩葉、8年伸びたね。あたしが、あたしの、

 

 

 死を、

 

 

 受け入れるか否かを、私が決断する、その時が。

 

 

 ────────

 

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かぐや姫に会いに月に行く(作者:蛍もがな)(原作:超かぐや姫!)

かぐや姫にもう一度会いたい。▼ただそのために生きてきた男の物語。


総合評価:514/評価:9/短編:4話/更新日時:2026年08月13日(木) 11:00 小説情報

月人さんはネットがお好き。(作者:ひいらぎもち)(原作:超かぐや姫!)

ネットにハマった月人君が色々やってハッピーエンドにたどり着くお話です。▼なお見た目はタレ目で傍から見るとかぐやときょうだいに見えるものとする。▼やる気が出るので、感想いっぱいください(乞食)!!!


総合評価:494/評価:7.73/連載:4話/更新日時:2026年07月12日(日) 19:12 小説情報

ちょっ、ッッま...自分まで巻き込まれる必要なくないかぁ!!??(作者:大塩tune八郎)(原作:超かぐや姫!)

ツクヨミ。それはVR技術によって産まれた仮想世界。▼そこは、あまるほど楽しくて、あまりにも美しい、誰も争わないくていい皆んなが笑顔になれる素晴らしい非現実。▼これから話す物語は、そんな世界にのめり込むどころか埋まってしまうほど好きになってしまった男がとんでもねぇ理不尽に見舞われる話。▼感想・評価もらえるともの凄く承認欲求が満たされます。ありがとうございます。


総合評価:426/評価:7.75/連載:7話/更新日時:2026年08月05日(水) 18:53 小説情報

ヤチヨのツキビト(作者:菓子中毒)(原作:超かぐや姫!)

 超かぐや姫の小説です。タイトルの通りです。めちゃくちゃネタバレです。本編は完結済み▼ タイトルを変更しました


総合評価:178/評価:6.8/完結:19話/更新日時:2026年08月08日(土) 17:24 小説情報

超かぐや姫の世界で帝(ガチ)に転生した話(作者:こそば)(原作:超かぐや姫!)

超かぐや姫世界の竹取物語の帝に転生したオリ主(ベレトスペック)が、かぐや姫をハッピーエンドに導こうとする話。▼果たしてオリ主はかぐや姫をハッピーエンドまで連れて行けるのか。▼なお、オリ主には超かぐや姫の知識はありません。▼チートとしてFE風花雪月のベレトスペックで転生しています。▼FE要素は知らなくても問題なく読めるようにしているつもりです。▼FEから出るの…


総合評価:425/評価:7.9/連載:6話/更新日時:2026年08月12日(水) 12:00 小説情報


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