「え、かわいぃ〜。お名前は?」
「あっと、ななむらようかです。お世話に…… なります?」
「こちらこそ、よろしくねぇ」
「ちょ、芦花! 待って、私まだ良いって言ってな」
「ごめん彩葉。本当にお願い。今回ばかりは今までとわけが違うの」
「流石に2ヶ月連泊は聞いてないって!」
「「「は?」」」
どうせFUSHIの提案だと思って後で問いただしたらやっぱりそうだった。ガチで状況マズいならそんくらいは見込んどけと。そしたら彩葉も
「あなた、家はどこ?」
「橋本……」
陽香ちゃんをソファに座らせ、立膝をつきながら事情聴取を始める彩葉。芦花とあたしはソファを囲むようにぼっ立ちだ。だけど芦花の目線まで陽香ちゃんを向いてるので、あえてあたしは目線を外して、夕暮れの空を眺める。今日の月はどこかなぁ。
「橋本だったらウチ近いよ?」
「芦花の近所だね。一応メモっとこ……それで中学は立川ってわけか」
「はい……」
「ならとりあえず教科書とか必要なもの
あたしが強引に連れてきたんだ。せめてなんかしなきゃ。
「かぐやがやる」
「かぐや、決めるのは陽香さんだよ」
「そだね……わかった」
「……最初は私一人で行きます。今までと同じなので……」
「了解。だけど最初の1週だけね。プライベートなものに関する分別をする機会ってことで。あと駅までの行き帰りは私たちも荷物運びって
「大丈夫です……」
とりあえず
「はぁ。かぐやの言ってた通りだわ。中2でそれは、私たちに誘拐されるより遥かに危険だ」
「彩葉も似たようなもんだったじゃぁん」
「そーだよ。ほんと心配だったんだから」
「二人ともありがと。めっちゃ後からあの惨状思い返して今更自分にヒヤヒヤしてんだもん」
だからかな。あの私たちのバカデカ大声の後、彩葉に陽香ちゃんの現状を、中2で一人暮らししてることだけを伝えた時に、
「いいからソファーで休んで! 昨日の残りの焼きそばある?」
「えっと、別にお腹空いては……」
「じゃぁ間食! 机に緑茶と、カウンターの上に生八ツ橋あるでしょ! かぐや! 後何箱?」
「明後日までのが8箱!」
「はい??」
「好きなだけ食べて!」
「生八ツ橋が、8箱??」
「ニッキと抹茶と桜! それぞれ32個!」
「待って多すぎ!」
「全部で20箱買ったんだけど、かぐやちゃんとちびっ子が全部食べちゃったみたい」
「は、20
「3人」
「ここってなんなんですか……?」
「私達のお家。ようこそ酒寄家へ」
「え……はぁ。えぇー……」
「ドン引くよねそりゃ」
「そうだ、あなた、家はどこ?」
「橋本……」
「ふぅ……だからだよ。私もね、自分を削って全てを切り詰めた一人暮らしをしてたの。高校の時。あの時はそんなことすら思い至ってなかったけどね、一歩間違えたら私……酒寄彩葉は未成年のうちに過労で命を落としてた」
「私も……そうなると……?」
「あなたの場合命どうこう以前に、一人暮らしにはあまりに若すぎるよ。ねぇ陽香さん。一人暮らし、したくてしてる?」
陽香ちゃんはしばらく答えを詰まらせようとしていた。なのに彩葉は早々に口を開く。
「違うんだ」
今にも泣きそうな顔で
────
実験中に緊急でヤチヨから連絡が来た時は何事かと。2ヶ月間子供を泊まらせとくって、そんなのただの誘拐でしかない。まさかかぐやはそこまで馬鹿げたことをし……そうだぞ。この私酒寄彩葉は頭を抱えた。そのせいで同僚の教授に救急車を呼ばれかけて
最近のかぐやは毎日15時ごろに公園に行って子供達と遊んでは、その中から何人かを
「ねぇ芦花」
かぐやとともにキッチンでジャガイモを
「彩葉また人間関係固定化してきたでしょ。かぐやちゃんが連れてきた新しい風だよ」
「じゃかぐやはここを暴風域にしたいのかな??」
「いや?」
キッチンからかぐやの大きな声が聞こえてきた。
「それはどっちの意味?」
「どっちも!」
こりゃまた場合分けが必要だな……
かぐやが義体に入ってからというもの、結局その身体や脳みそは機械であるからして、そうやって数学的な思考法でコミュニケーションする方がかぐやにとってやりやすいようだった。ただ人間でいたいかぐやは嫌がっていたので、私もそれを尊重していつもは人間同士のやるような会話をしているが、例えばこういった厳密な判断で決定すべき事柄では彼女の意向は抑えてもらって、正確かつ論理的に答えてもらっている。
「ってことは、まずファースト、かぐやは私のために彼女を連れてきた。これは真?」
「
「了解。次にセカンド、陽香さんを連れてきたという事実に私がどう思うかを質問している。これは真?」
「
「最後にサード、他の意図は有る?」
「
別になんの肩書きもない彩葉個人としては来客は歓迎しているつもりだ。しかし酒寄研の室長としては秘密保持やらなんやらで、隠さなきゃいけないことや守らなきゃいけないものが多過ぎて、私の家に完全ランダムな客がこうも週4で来るとなると気が気でない。しかも自宅で長期間の泊まりとなると想定外の出来事は確実に起こる。10割だ。賭けてもいい。ただそこら辺のことを部外者には聞かせられないので陽香ちゃんが寝たら後でかぐやにお説教だな。
少し引っかかるのが、ヤチヨがかぐやを
「美味しい? 美味しい?!」
「はい。美味しい……です」
「えへぇ〜だよねぇ〜ぃ」
2人の作ったクリームシチューは流石に美味だった。プロシェフ級のかぐやが下準備をして陽香ちゃんに調理法を指南し、陽香ちゃんがその通りに実践する。頓珍漢なことになってないあたり、陽香ちゃん14の
「ど!? 美味しい?」
「ちゃんと煮込んでて旨味が出てるよ」
「流石芦花! 30分煮込んだからね!」
「煮過ぎや」
どうりでリビングが妙に暑苦しいのは、もしや換気扇の回し忘れか。
「美味しいが正義っしょ!」
「ふっ……美味しいしいっか!」
その顔で暴論言われると簡単に丸め込まれるのはこの10年間も20年前も変わんないな、私。
「ごちそうさま」
「彩葉早っ!!」
「やんなきゃいけないことまだまだあるし」
「彩葉」
芦花……私が彼女に
かぐやがあそこまで真剣になったわけが少しわかった気がする。かぐやと芦花が食べ終わったのを確認して、本題に切り込む準備を自室で整える。PCで相模原市のホームページを確認して最悪の場合の連絡先をコピペしておく。すると画面にヤチヨが割り込んできた。
『私も行政に繋ぐこと提案したけど、かぐやがダメって』
「なんで?? それしかないでしょ!」
『要約すると、彼女をたらい回しにすることは彼女の人間不信を回復不能なまでに強める。そう言ってた』
14歳。14さい。思春期真っ只中。そりゃそうだね。
「違う!」
私の突然の大声にヤチヨが目を丸くする。きっと私がとち狂った精神論で強行突破しようとしてると焦ってるだろうけど、違う。
「たらい回しは無しだ! だからこそ行政を頼って、そうしない道を探す!」
『……油断は禁物。私は、メリバは嫌だよ?』
「出来る限りは……尽くしてみる」
「陽香さん」
「……」
かぐやが隣で陽香ちゃんの手を繋いでいてる。床にぺたんと座りこむ2人。お互い無口なのが怖いけど、話を進めるしかない。私もしゃがんで目線を合わせる。
「私は今からあなたに質問をします。正直に回答してほしいです。嫌な質問だったら答えないでほしい。代わりに首を振って。出来ますか?」
「出来ます……」
かぐやの向こうに見える芦花と頷きあう。さて、行くか……
「ありがとう。まず一つ。この家に来たのはあなたの意思ですか?」
「かぐやさんに何度も誘われたけど、数回断りました。でも今日誘われて、行ったら何か、変わるかもって……」
「行かなきゃいけないと思ってた?」
「そういうわけじゃないです。でも何も変わらない毎日より遥かにマシだと思って。行きたいなって」
「うん。ありがとう。2つ目行くね。あなたの家族は、今どこで何をしていますか? 職業も良ければ聞かせてほしい」
「お父さんは、ピアノやってて、よく海外のコンサートで演奏してるみたい。お母さんは……」
「首振っていいんだよ」
「小5の時に死んじゃって」
私は取り乱してはいけない。
「6歳の……弟が、まだ小さいからっておじいちゃんおばあちゃんのおうちに預けられてて。それで残った私が独りで……」
「陽香ちゃんだって小さいじゃん!」
「かぐや! ……お父さんはどのくらいの頻度で帰ってきますか?」
「1ヶ月おき……」
「その時に何を話しますか?」
「お父さんが出張先で何したかとか、最近の様子はどうかとか」
「どういうふうに答えてる?」
「心配かけたくないから、平気って」
「……そこまで教えてくれてありがとう。3つ目の質問するからかぐやは
「なんでぇ!」
途端にかぐやの手を離す陽香ちゃん。察しがいいのか良すぎるのか。
「お願い。あなたがいると出来ない質問なの! 私がOKと言ったら芦花はかぐやを迎えに行って」
「そんなのあるんかい……」
ごめんかぐや。
「かぐやさんに、酷いこと言われたり、酷いことされたりしましたか?」
「ないです! 逆に私がかぐやさん泣かせちゃって……」
「その時にかぐやは?」
「私を心配してくれてました……」
「OK。芦花お願い。今度は私が部屋から出るから、陽香さんに私のことどう思ってるか訊いてほしい。なんて言ってたかは私には言わないで」
「了解。かぐやちゃ〜ん。OKだって〜」
母親死亡、弟とは別居、父親は出張し1ヶ月おきに帰宅。ご飯は? 金銭関係は? 彼女のスマホはどこ? 中学生だからバイトもできないし……
「おっけ〜彩葉入って〜」
一通り訊くか。
「ご飯は毎週お肉とかお野菜とかの食材の宅配が届くから、前までは
「今は?」
首振った……まさか今日のが数日振りの飯とかじゃないよね……
「スマホとかは持ってない。ネットはまだ早いって。もちろんスマコンも。連絡は
陽香ちゃんのかぐやの手を握る力が少し強まる。切り上げるべきか否か。
「お金は月のお小遣い二万円貰ってる。それ以外に必要なの……定期代とか学費とか家賃とか食費とか、色々お父さんが全部用意してくれてる」
当たり前だぼけ。中学生に一人暮らしさせといて二万は安すぎるだろ……
「訊くべき事は一通り訊いたかな。最後に一つ良い?」
この先もこの家に居たいか、どのくらいの期間居たいかを訊くつもりだった。
「……」
どうした……?
「言いにくい事? かぐやと2人にする?」
「私……一つだけ嘘……ついちゃって……」
「……言いにくい事、教えようとしてくれてありがとう」
どれだ。何のことだ。焦るな、彼女からしたらこんな場所、不信がデフォだ。思い上がるなよ私。
「最近はずっとフードデリバリーで頼んでて、自分で作ったご飯……味、しなくて……!」
即座に問う。
「デリバリーで頼んだ食べ物は味する?」
かぐやが耐えきれずに涙だけ流している。
「それだと美味しいの……人が作ったご飯はちゃんと味するしおいしいの……自分で作ったものだけ……信用できなくて……」
じゃぁ嘘って……
「私が作ったさっきのシチュー……全然美味しくなくって!!!」
陽香ちゃんの両目から多量の涙が流れるのを見る前に私は彼女を抱き締める。一瞬見えた芦花も唖然とした顔で目を見開いていた。多分、私と一緒に泣き始める。
耳元から陽香ちゃんの
顔の近くに暖かさを感じる。かぐやが体を近づけ、抱き合う私たちを包み込むように、私の背中に手を置く。
20年前あんなに料理好きで食べるのも大好きだったかぐや、そのあと8000年以上味覚を感じることができなかったかぐや。私が開発した義体で味覚を取り戻し、8000年ぶりのケーキを食べて延々涙が止まらなかったかぐや。そう、形は違えど、味覚の喪失は、かぐやも経験している。そして私にも10代の頃、食べ物の味が感じにくい時期があった。
あぁ、あんな地獄を、誰とも共感したく無かったな。陽香ちゃんにも、かぐやにも、そう思っていてほしい。
「好きなだけ泣いて良いんだよ。私も一緒に、泣いてるから……」
こんな言葉は、慰めになるのか。
「私もだよ……何なら私、共感しか、できないから、更に、申し訳ないや……」
「申し訳なくなんないでよ芦花……味分からんなんて、そんな気持ち、知らん方がマシなんだから……共感してくれるだけで嬉しいよ」
「え……? 味しなかったの、みんなも……?」
「芦花以外はね。ずいぶん昔の話だけど。だからね」
私は彼女との
「ずっと五感の研究をしてきた私が言える事。それはね、あなたの感覚はあなただけのもの。あなたが辛いと思う事はそれは誰が何と言おうと辛い事。だけどそれを自分だけで抱えちゃダメ」
「抱えるしかなかったら……?」
「ごめん。私の無配慮だった。申し訳ない……そうか、ツクヨミもネットも無いから!」
「そればっかりの友達とも話す話題なくて……」
「誰にも本音を言えない……」
「芦花はそうだね……思うところあるよね……」
「彩葉もでしょ。かぐやちゃんが帰るまで、ムリが
「その節は本当にご心配を……もう何度目だろうねこのやりとり」
「30は超えてそ」
高校生の時の芦花はそれだけ私が心配でたまらなかったのだろう。あれから12年経ってずっと私に片想いしてたと聞かされた時は……えー違う違う。今じゃない。でもこのやりとりが、陽香ちゃんの希望になっていたら良いな。
「かぐやもかぐやでさ、……かぐやが帰るまでずっとほんとのこと言えなかったでしょ」
陽香ちゃんにかぐやのことをどこまで打ち明けるべきか悩む。この先共に暮らすならまずはそこの価値観の擦り合わせをしなきゃいけない。
「なぁーんだ! かぐや達、全員似たもん、同士じゃんか!!」
かぐやが涙で言葉を詰まらせながら明るく笑う。泣き一辺倒じゃない、必ず場を明るくしようと努めるかぐやが私は好きだ。そんなかぐやに釣られて私と芦花も情けなく笑う。陽香ちゃんは……
顔を赤くして
恥ずかしいのだろうか。だけどお願いだから、プライドや恥で、涙を封じないでほしい。恐怖のせいで、感情表出の選択肢を、
「涙はね、恥じゃない。あなたが、人として、生きている、
かぐやがそう
あ、泣き疲れて眠っている……
かぐやの身体ってほんとに安眠できるよね。毎晩私が一緒に寝てるからめっちゃわかる。義体じゃなかった時からそうだからこれはもうかぐやの魂が安眠剤なんだな。芦花と2人でリビングに布団を持ってくる。かぐやにはこの一晩、陽香ちゃんと一緒に眠ってもらおう。吹き抜けメゾネットのリビング。窓がほんとにデカいから、朝はめっちゃ快適な目覚めのはず。あとはヤチヨにバトンタッチだ。バトンタッチ
芦花と共にツクヨミに入る。私たちがいつも愛用しているプライベート川床。先にスタンバってたヤチヨがボロ泣きで迎えてくれた。なぜ泣いてるかって? かぐやはヤチヨなので、かぐやの体験はヤチヨの体験でもある。え、屁理屈? 本当のことだから仕方ない。ただこれを陽香ちゃんに受け入れてもらうのはかなり難しいかもな……
私たちには当たり前のことすぎて彼女に先に伝えていなかったのはやらかした。実質無断で録画録音しているのと同じようなものだから、なのに陽香ちゃんに
「あの彩葉にしちゃ珍しいヘマだな」
「常識って怖いね」
FUSHIも芦花も
「どうしよ。どうしよう!」
「落ち着け。お前もかぐやと寝た方がいいんじゃないか?」
「それはもっとまずい。今のうちに陽香ちゃんについての方針立てなきゃ」
「明日の酒寄研、有給申請しとく?」
「お願いヤチヨ」
「芦花はどうする?」
「ちょうど良いから1週間仕事休もうかな。ついでにその間の案件もポシャらせとく。乗り気じゃなかったし」
「それは……なんで? てか自分で決められんの?」
「所属プロが仕事選ばなさすぎで。契約書に無理ですって明記したのに、それでも好き勝手させてきて、せめて3ヶ月はと思ってたけど流石に堪忍袋がね、ブチっと」
ま、えっと、まぁいいや。とにかく明日が肝心だ。陽香ちゃんの家の最寄り、八王子で乗り換えて、橋本駅まで電車で向かう。最近やっとリニアの駅が出来て人通りも多い。酒寄家3人全員顔出しインフルエンサーなので身バレが怖いけど、陽香さんの移動の自由の確保を
「橋本かぁ。まさかのウチの近所。だったら七村家、それなりに金は持ってそうだよね」
「もしくは先行投資のために家賃
「ヤチヨ、陽香ちゃんの父親についてわかったことある?」
「うん。EU圏では名のある日本人ピアニストみたい。英語や
まさかの海外の有名人。家開けるの分かってんだから娘放置せんでもさ、もうちょいやりようあるだろと、そんなことを思えるのは、私がただの赤の他人だから。そもそも彼はまともに帰って来れるのか?
「来日はいつ?」
「ある! 割とすぐ! 2週間後!」
「直接対決すんのか? 誘拐判定されて警察呼ばれたらめんどいだろ」
「その時は諦めるよ。かぐやにも諦めてもらう」
ヤチヨがまた目を泳がせた。さてはまた
「本当に諦めてよ!?」
「やだ」
嘘でしょ、ヤチヨ?
「それじゃ陽香ちゃんだけ不幸なメリバじゃない! 意味無いよ!」
どうしてヤチヨ、もといかぐやはそこまで彼女にこだわるのか。
「あの家、連絡手段が家の電話だけってさぁ。その電話が旧式だったらヤチヨの入り込む隙本当に0じゃない?」
なるほど。今ドキ固定電話を契約してる人はほぼ絶滅危惧種で、しかも月見ヤチヨが
スマコンの機能にすら、身体異常を検知したら即座にログアウト、場合によっては10分以内に勝手に救急に連絡する機能がある。そこまで人間の生命を最優先にするヤチヨだ。現実にしか存在しない陽香ちゃんの現状を知った時、どれだけ
それ以前にヤチヨは、ある事実を知らんぷりしている。明言しておかなきゃ。長くなるけどちゃんと聞いてくれるはず。
「陽香ちゃんの帰宅先である家庭のその帰属に関して、今3つの選択肢がある。陽香ちゃんにとって赤の他人の寄せ集めで出来た酒寄家・母親のいないネグレクト父親だけの七村家・そして児童養護施設や里親。その選択権があるのは七村陽香の親権を持つ父親ただ一人なの。まぁこれも本当にヤバくなって行政が介入するならここまでの話もここからの話も全く別だよ。でもそれは嫌なんでしょ?」
「嫌っていうか、そんな乱暴にしたらもっと心閉ざしそうで」
「だけど結局ここの私たち全員にそれを決定する権利はないし、陽香さんにも大人みたいに自分一人で全てを決めて、自分一人で行使できる自由権があるわけじゃない。行政や司法の介入がない限り、陽香さんの帰る家を決定拘束できるのは父親だけだし、その責任を負うのも親権者たる父親」
私だって中学3年の冬、一人暮らしする時に散々ヤチヨと調べたさ。母親は弁護士で法律弁論パーフェクト人間。それならそこから出て行く私は更に法知識を蓄えて反論できねば上京など夢のまた夢。当然反論したら更にこの法律で
「ヤチヨ、情や思想で、法を曲げちゃいけない」
「法を
「その幸せは、少なくとも私たちが決めるものじゃない。そして父親が決めるものでもない。陽香さん本人だけが幸せの定義を決められる。だけど現実は、幸せ以外のこと、生活を営むための重大な決定を行使する権利も責任も、子ども本人ではなく、生存中の親権者など、ここでは父親に帰属します」
「……」
「警察まで呼ばれたら、諦めてくれますね?」
「……わかった。その時はせめて陽香にスマホを持たせても良い? 私が付いていたい」
「それはいざそうなった時に提案しよ?」
「……はい」
納得……は、してないみたいだけど、
「保護したとて、そもそも陽香さんの通う学校にどう説明すれば良いのかもわかんないし、はぁ……」
「とりあえず明日はいつも通り7時起きで、9時ごろに4人で外出って感じでいい?」
「サンキュー芦花。そうだね。そして私たちは橋本駅まで。テキトーにウィンドショッピングでもしようよ」
「彩葉」
ヤチヨのその声はやはり不安げで。8000年近く”私のいる未来”を目指して耐えてきたのだ。目指す未来がなくなった今のヤチヨは、慣れない未知を常に恐れているように感じる。自分に言い聞かせるような
「賭けようよ。七村陽香の父親の、善性に」
「最近の彩葉、賭けてばっかぁ!」
芦花とFUSHIが口々に推論を立てる。
「時差も違うのに娘に毎晩電話してるし、来日したら必ず会ってるんだよねぇ。愛してないわけじゃないと思うんだよね。母親が生きてたらギリギリでも成り立ってた生活なのかも?」
「でも母親はもういないだろ。ギリギリが崩壊した生活を小さい娘に3年続けさせてる時点でボクは怪しいと踏んでるぞ」
「父親本人に訊かなきゃ分からんことを今話しても何にもならないよ。まだ焦らなくていい」
「う〜ん、そうだ、ついでに転属しよっかな」
なに突然。芦花のこのマイペースさと思い切りの良さ。最近は特に驚かされる。
「有名プロダクションからのスカウト5件来てたし。安全そうなとこは〜、今ドキこんな条件よく送りつけてこれるなぁ。その度胸には敬意を表するよ。さよなら。大人はこれができるからいいよね」
「そう。子どもには出来ない。だからこそ子供の意思を
「彩葉〜さっきっからいつもの教授グセが出てるよ〜」
「いいじゃんほんとに教授なんだし」
「陽香ちゃんの前では抑えときなね〜」
そう言って芦花がログアウトした。私もそろそろ寝ますか。
「ヤチヨ、あの子を想ってる大人が今日だけでこんなに生まれたの、かぐやがうちに連れてきてくれたおかげだよ」
ヤチヨがお腹のメンダコを抱えウルっと涙ぐむ。こんな言葉をかけることしかできない、自分の
今日一日、終わりかけで大変なことになったな……思考の整理のために一人でじっくり考え込む。
私にも食べ物の味が感じにくい時期があった、というのは母親の過干渉をなんとか振り切って上京、全てを完璧にした一人暮らしを何とか維持していた10代の頃。バイト先の
私のそれはかぐやの料理を食べる以前は全てがそうだったから意識することも幸か不幸か無かったけれど、陽香さん……他人の作ったご飯と自分が作ったご飯の差異を嫌でも直視してしまうなんて、しかもかぐや指南で私たちも美味しく感じた食事ですらそうなるなんて。本当は美味しくできたご飯だって、何を作ったって何をしたって、自分でやれば全部駄目。関わるもの全てに自分が厄災をもたらすと思い込んでいるのだ。
当然だ。かぐやが陽香さんを見つけるまで誰もまともに関わろうとしていなかったのだから。話が合わずに離れる友達。様子だけ見て1ヶ月放置する父親。この様子じゃ先生にも頼れていない。
「はぁ……どうしよ」
リビングに降りて、眠る2人の様子を眺める。陽香ちゃんはかぐやの腰をキツく抱きしめ、かぐやの胸に顔を押し付けている。どうしようもなく、切なくなる。この子は、自分の他に誰もいない部屋で、掛け布団を抱きしめるしかない独り孤独な夜を、この年齢で一体何百過ごしたのだろう。私は陽香ちゃんの背中に沿うように横になる。1つの布団の上に3人は流石にぎゅうぎゅうだ。落っこちないように陽香ちゃんの肩を私の手で優しく、包む。
腕がかぐやを強く抱きしめているため微動だにしない、中学生にしてはあまりに