「わはは〜い! 朝からお邪魔しま〜す! ハイスペエルフの資格系Vチューバー、テレリリ・ティートテートで〜す!」
「とりあえずドア閉めてください」
「朝ごはん中に失礼するね〜! お、みんないるいる〜。ROKAちゃんは昨日ぶりだね〜」
「その節はども〜」
「いろPちゃ〜んは調子どう〜?」
「ぶふっ……!」
「お、あなたが噂の?」
「へ? え、な」
「おぉ聞いてないのね?」
「昨日は笑い疲れてそのまま雑魚寝して、ね。私も調子良いよ」
「良いねぇ〜笑うとストレス消えるからねぇ〜」
「テテテは目玉焼き醤油派ぁ?」
「え〜ありがとう〜! 醤油で頂くよ〜」
「5人分は流石に量多いなこりゃ……」
「かぐやちゃん最近はどう?」
「めっっっちゃ楽しい! ツクヨミよりずっと楽しい!!」
「良いねぇ〜現実最高〜」
「「いぇ〜い!」」
「えっと……え、どちら様?」
「わはは〜い! 朝からお邪魔してま〜す! ハイスペエルフの資格系Vチューバー、テレリリ・ティートテートで〜す!」
「玄関でさっき聞きました」
「いろPちゃんつれないねぇ〜」
「い、いろっぴー?」
「私のツクヨミ内でのハンドルネーム」
「私はローマ字大文字でROKA」
「かぐやはかぐや!」
「本名そのままはなかなかいない剛のものだよ〜」
「えと、かぐやさ……それは……金剛力士像のモノマネ?」
「ふん!」
「え、じゃぁテレレ……レ……」
「テレリリ・ティートテート。テテテって呼んで〜」
「じゃぁ、テテテさんの本名は……?」
「わぁおネット活動者に本名訊くのはだいたぁ〜ん♡」
「わ、そうなの……すみません……」
「……だいじょーぶ! とっくに本名バレてんの〜! ねぇ〜芦花ちゃん!」
「テテさぁーん、自慢じゃないですよー」
「なるほど……まぁ今回は本名を言わなきゃ始まらないね」
「へ……?」
「先日児童心理士の資格を取得しました、
「は、へ? あ、どうも……え?」
「テテテさぁ、これってありなん?」
「めっちゃグレー。あくまで資格を持ってる友人ってことになるけど、ただの友人止まりだから金銭の授受もできないし発言の責任も取れない。だけど、アドバイスとか話し相手にはなれるからさ」
「何もしないよりマシかなって、相談してきた」
「ありがとう……ございます?」
「どういたしまして〜だからね、陽香ちゃん」
「は、はい」
「ここの酒寄家の人にも言えないことやお父さんとかの親族の人、学校の人にも言えないことがあったら、遠慮なく相談してほしいです。私の事務所はここ。電車でピャッて行ける! 今度みんなで遊びにきて!」
「名刺……初めて貰った……」
「大人の階段、私が登らせちゃったん!」
「陽香さん、大切にしてね」
「はい!」
「ちょっとかぐやトイレ!」
「そして私がこんなに朝早くに来たのはこのため! ってことを今からするね?」
「はい」
「今から私はあなたについてのあらゆる話を、この3人から根こそぎがっつり聞こうと思ってるの。私が聞いちゃっても良いかな?」
「え、はい。全然。OKです」
「うん。それだけ。ありがと!」
「
「流石酒寄博士!」
「ってか陽香ちゃん、そろそろ学校!」
「わ! 待って!」
「ウチから通う初めての学校だね」
「わぁ! そんな場に立ち会えて良いの〜?!」
「テテテさんで良かったですよ〜」
「光栄だなぁ〜」
「行って……来ます!」
「行ってらっしゃ〜い」
「気をつけて、行ってらっしゃい」
「行ってらっしゃい」
「あーかぐやも言う〜! 行ってら〜!」
「4人以上の人たちに行ってらっしゃい言ってもらうの、初めてだったんじゃないかなぁ……」
「……うん、私も記憶にないよ?」
「人数の問題じゃぁないんだなぁこれが」
「んも、そうじゃなくってぇ! こう、さ、行ってらって言ったみんながあの子を心から気にかけるって、さ、ない?」
「綾紬家でもここまで情感こもった行ってらは聞いたことないかも」
「質の問題じゃぁないんだなぁこれも」
さて。わはは〜い! ……自己紹介はもう良いよね。私たち、ツクヨミを通じてみんな知り合い。配信や動画で何度も何度もコラボして、リアルでもちょくちょく互いの家に遊びに行く仲。まみまみ……真実ちゃんが15年前くらいに双子を妊娠してからは、いろろかまみと私の“いつ
「まみまみ、どうしてるかなぁ〜」
「テテさん最近真実に会えてないの?」
「そ〜なの〜。配信予定と資格取得の勉強が詰まっててねぇ」
「わぁそれなのにテテテさんわざわざこんな朝早くからありがとうございますほんと……」
「いやいや〜私の方から申し出たことですから〜。あの子……陽香さん、礼儀正しい子ね」
「ほんと、良い子ですよね」
「おっとぉ芦花ちゃん。礼儀正しいからってそれが良いことだとは限らないよ〜」
「そうだったテテさん今日ガチモードでお願いしたんだった……」
「彩葉のママとするバチバチ弁論が今の私の夢」
「うちの母親との論弁なんて地獄なって収拾つかんからやめてぇ……」
そして私は3人から陽香さんについての情報を一通り受け取る。特にかぐやちゃんの存在がありがたい。脳みそも義体だからか記憶容量に制限がないっぽく、文字通り全部をちゃんと覚えててくれてる。忘れるってことを知らないのかな。かぐやちゃん、そろそろ私、話したいなぁ。なんて。
「かぐやストップ」
「えぇ〜まだ3日目だよ〜陽香ちゃんとの会話履歴1週間分全部話したいぃ〜」
「こう、話の流れでね、ちょびちょびっと出してくれたら良いから」
「えへへ、ごめんちゃいテテテ」
「それで、
「そういえば彩葉さ、学校への連絡は済ませたの?」
「一応したけど向こうは状況なんも分かってなかった。えらくびっくりしてたよ」
「家庭訪問とかもうないもんね。別にうちらもなかったし」
「とりあえず私らが父親に対面するタイミングで学校も父親を呼び出すっぽい。学校の件はそっちでやってくれる」
「日本に帰国したら放置してた娘のことでてんてこ舞いなの、まぁ、残当」
「というわけで、そこら辺の実務は父親の動向不明でまだ誰も何も手が出せない」
「目下の課題1は凍結中ね。課題2は?」
「……ネットとかツクヨミの扱い。どうしようかなって」
「みんな未成年のうちのネット依存が心配なんだねぇ。私たち全員もれなく人のこと言えないけどね〜」
「そこはほんとそう。私酒寄は別に問題ないと思ってる。居場所が増えるのは良いことじゃない?」
「闇雲に増やしていくのも違うと思うけど、まぁ本人の意向次第だよねぇ」
「私綾紬だって陽香ちゃんと遊びたいし」
「この間私酒寄の作った音楽アーカイブのサイトも目ぇ輝かせながら見てたから、ネットへの抵抗感はないんじゃないかな」
「かぐやちゃんはどう?」
何やら押し黙って難しい顔をしているかぐやちゃん。かぐやちゃんはその立場上一番に賛成に回ると思ってたけど、違うのかな。
「私かぐやは断固反対」
「え?」
「いが〜い」
あのかぐやちゃんがツクヨミとかネットを否定する側に回るって、本当に意外。なんでだろ?
「かぐや、どうして?」
「かぐやは陽香ちゃんの周りに誰もいないことが不安だったの。今みんないるじゃん。テテテの言う通り、居場所闇雲に増やして変なこと巻き込まれたら怖い」
……とりあえず静観しておこう。芦花ちゃんが早速反論。
「かぐやちゃん、それは成長
「スマホとかスマコン手に入れて、持ってない子達に加害する側になるんじゃないかって」
「そうなったら私が責任持ってちゃんと陽香さんに注意するし、当人にも謝らせる」
「少数派を多数派に鞍替えさせることが本当に正しいの?」
「かぐやちゃんは何をそんなに危惧してるの?」
「寺里から、一ついいかな」
「うん」
「苦しみを取り除く過程で少数派から多数派に移行することは推奨されるべきだし、逆に苦しみを取り除くために多数派から少数派に移行することもまた同じ。着眼点を“苦しみ”に置いてみて? もちろんその過程や結果において他者の権利を侵害しないことは、移行するにしろしないにしろ全ての行動の前提規範だけどね」
「変にネットやツクヨミみたいな多数派に誘導することは苦しみを取り除くことに繋がるの? 本当に?」
かぐやちゃんの、いや、ヤチヨちゃんの言わんとしてることは理解してる。ネットは子どもにとっても大人にとってもあまりにも劇薬。ツクヨミではその成分がヤチヨちゃんの検閲でいくらか和らいでるものの、やっぱり出会い厨はどこにでも湧くし、陽香ちゃんが人の悪意に触れる可能性は今までより数億倍高くなる。
それにスマコンという希少な価値のある物を得る経験そのものが、人格に与える影響は無視できないのもわかる。更に既に陽香さんにとっては、誰にも本音を話せないという事態は客観的には起きえない。誰にも相談できない時のための私だから。だから既に苦は取り除かれてて、スマコンやネットを勧めることで快楽摂取を強要してるだけと言われたら、賛成派の反論は難しくなる。さてどうなるかな。もう少し静観。
芦花ちゃんは反論を即座に思いつける人っぽい。
「スマコンもスマホもないから友達の会話に混ざれずに孤立してるのは紛れもない苦痛じゃない?」
「現代の苦痛の
「かぐや、それでも苦痛は苦痛だよ。数値で考えるものじゃない」
「もう一度聞いていい? かぐやちゃんは何をそんなに危惧してるの?」
「何をって……絶対怒られるから言えないっ」
「それを言った時点でどっちにしろ怒られることを学びなさい!」
「むー! 彩葉もFUSHIと同じこと言ってるうー!」
「あーもう! 私はかぐやが何言ったって怒らないから、言ってみて。今は腹隠さずに議論しなきゃいけない場所。ね?」
「テテテは?」
「内容によります」
「……怒んないでね」
「かぐやが陽香ちゃんと、あの子と仲良くなりたいって思ったのが、あの子がツクヨミもVTuberも知らなかったからなんだよ」
「それは、」
「テテテさん、待って。かぐやが話し切るまで待って」
「……そんな人、今まで会ったことなかったし、この2050年以降に二度と現れないと思ったから、そんな人と仲良くなれるのは今しかないって」
「かぐやちゃん断固反対の断固の理由だね」
「初対面がそれでさ、今日まで陽香ちゃんと話したり、画面が無い陽香ちゃんの実家行ったりしてさ、本当にツクヨミやネットだけが正解なの? って考えちゃって。終わり」
「いいかな彩葉ちゃん。怒るのではなく、かぐやさんに指摘しなきゃいけない」
「どうぞ」
「かぐやさん。児童支援に個人のエゴを持ち込むことは一番やってはいけないことです。その支援一つ一つが児童の心を形作る可能性がある以上」
「私はあの子と友達として仲良くなりたかっただけなのに! なんでこんな
「あんたが連れてきたからでしょ、そしてそれは正解だった。だから支援に移行する」
「陽香ちゃんの友達のあたしの希望は無視?!」
これは、厄介なことになった。
「それなら陽香さんの友達のかぐやさんに問います。どんなに純粋な思いでも、そのような動機で友達である他者の陽香さんの行動の選択肢を制限することに、正当性はありますか?」
彼女たち酒寄家にだって、今現在陽香さんを保護拘束して、支援を主導する正当性なんてどこにもないのに。
「正当性じゃない! そんなのない! これは提言!」
「でも実際にその提言が採択されたら正当性の根拠になるでしょう?」
「かぐや、あんたは良かれと思ってても、やってることは陽香ちゃんの父親と同じだよ。画面媒体を設置せず映像作品に触れさせない環境を作ることと同じ」
「だってあの子……あの子……」
あーそうくるとは思わなんだ。このテテテ、かぐやちゃんを泣かせてしまった。
「ごめんなさい。泣かせたかったわけじゃないの」
「分かってる……こっちの話……」
「……心当たりがある。かぐやがいない時に陽香ちゃんに聞いた質問とその回答、勝手に言っていいのかな?」
「お願い彩葉ちゃん」
陽香さん本人がいないけど致し方ない。事後報告のために彼女が帰って来るまでここに居よう。
「かぐやに酷いこと言われたりされたりしたか聞いたら、逆に陽香ちゃんがかぐやを泣かせたと。そのこと?」
「うん……うん……」
「……私が月から来たって言っても無関心でね、なんでって聞いたら、ね、」
かぐやちゃん……ここまで言い淀んで……重いトラウマ反応だ……トラウマでなくても、その件がストレッサーになってるのは間違いなさそう。本当にショックだったんだ……
彩葉ちゃんはかぐやちゃんを抱き寄せてる。芦花ちゃんは私の隣でじっとかぐやちゃんの目を見つめている。しばらくかかるだろうけど、それでいい。
「物語なんて……全部嘘……って……」
「辛かったね、かぐや……今日まで大丈夫だったの……? そういうこと言っちゃった子と暮らし続けて……」
「そんなこと言われたから本当にまずいって思ったの! 私よりもあの子の傷が心配になったの……」
「だからってかぐやの傷が無かったことにはならないよ。陽香ちゃんは反省してた?」
「すぐに何度もごめんなさいして、本当のこと、家でもずっと一人のこと教えてくれたから、ここに連れてきた……寺里さん、陽香ちゃんのことで何かわかったことありますか……?」
「……かぐやちゃんの提言通りかもしれない。ツクヨミとかネットとか、それ以前の問題。物語が嘘だと思ってるのが何故かに
「でもテテさん、あの子の様子見てても反抗期的な厨二病とかイキリでは無さそうだよ?」
「そうなの。そんなに過剰に謝ってる時点でそれは無いんじゃないかな。だからこそ、よりまずい。彩葉さん。陽香ちゃんの父親への確認が取れたら、精神科への陽香ちゃんの通院を寺里から強く勧める」
「了解」
「彼女は物語が嫌いなわけでは無いの?」
「クラシック音楽をたくさん聴いてて知識がある」
「それがどう物語と関連してるのかは寺里は門外漢ですので……」
「大体のクラシック音楽には楽章で分けられた起承転結があったり、あるフレーズを使いまわしたりするモチーフという概念があったり、構造からして物語的なの。そこに込められた感情も表現できるから、クラシック音楽は物語の一つの形と捉えて差し支えないです」
「私の隣で聴いてる姿勢も、一音一音逃さずに構えてるような感じで、あれはかっこよかったなぁ」
「ただ陽香さん、感動はしないと言ってました」
「それが元来の気質なのか、後から固められた価値観なのか、はたまた何かしらの症状の一つかは、私にもあなたたちにもわからない。でも観察情報としては有用です」
物語を否定する少女。その子を助けることは物語の肯定を、価値観を強制するようで気が引けるけど、人類にとって、物語は全ての認識の前提。それを心から信じられないとなると、生きていくのがすごく辛くなるんじゃないかな。距離を置くぐらいでいいから、せめて物語の信用は認めてほしいなぁ。
「だからこそ、物語を嘘とまで言い切ってしまうことがあまりに不穏。それは物語に込められた経験や感情を、心を否定することにも繋がっちゃう」
「おんなじ思考の流れで、かぐや訊いた。心をどう思ってるか。ずっと私を心配してくれて、答えは聞けなかった」
「そっか、意識的でも無意識にでもその問いを避けたのかもね。それならもう私にできることはないや。お医者さんに任せましょう?」
「私母親に精神科は甘えとか言われたから新鮮だわ」
「彩葉ちゃんの母親にカチコむ理由がまた一つ増えた」
「それはちゃんと言ってきて欲しいかも……」
「あとかぐやちゃんに、個人の行動を制限するのかと
「そこまで主張反転すんのな」
「七村家に関する私の憶測ね。長くなるけど、間違ってた方がマシなやつ。父親に確認しておいて欲しい。結論として、陽香さんの幼少の時の養育過程に課題があったのかも。少なくとも物語に関しては。
みんなが陽香さんの家に訪問した時に見た光景、テレビも漫画も小説も人形も一切無いってのが幼少期から続いていたと仮定すると、こういう状況が浮かび上がるの。例えば子ども向けの絵本すら無かったとか、テレビが無いのは昔からでアニメや教育テレビも見せてもらえなかったとか。
それなりに資産はあるのに、ぬいぐるみ含めたフィクションを使った情操教育に資金をかけていない。七村家の教育方針においてフィクションとの接続に価値を見出していない可能性。最悪の場合、図書館にすら行ってなくて、発達段階に合わせた物語を与えられていないかもってこと」
「それで友達の話にもついていけず、学校で課題や成績のための教科書の物語ばかりやるのか……物語を信じられなくて当然だぁ……」
「そうかもね。与えられるのは学習指導要領で定められた教材の物語ばっかりで、それ以外の膨大な量の物語、つまり陽香さん独自の情操を発達表現させる方法を学べる、
「理科の教科書を監修したことあるけど、引用はできても教科書に漫画やアニメのストーリーそのものはそもそも載せらんない。出来て道徳」
「学習指導の意図からがっつり外れてるもんね。そういった生きた作品を選択できる自由も余地も発想も、今の陽香ちゃんには枯れているかもしれない」
「竹取物語も、古文の文法を覚えるための踏み台にされてるようなもんだからねぇ。かぐやちゃんが来るまで普通につまんないって思ってたなぁ」
「強制は退屈を生むし、タチが悪い退屈は放っとくと孤独に繋がるの。まずは本屋とかサブスクで、映像作品や文学作品を自由にたくさん選ばせてあげて。実際に触れなくても、その場にあるだけでいい。興味が無いなら無いで、隣で
芦花ちゃんがゲンドウポーズをしながら私に問う。
「アンカーがないと。テテさん、おすすめある?」
「そうだね、真面目に幼児向けから地道に始めた方がいいかも。アンパンマンとかスイミーとか、本当にそこから。知ってるってなったら本人の自尊心のために、それは見せずにレベルアップしていって」
「アンパンマンは幼児向けじゃない!!」
「わかったからかぐや。私でも泣いちゃう映画あるもんね」
「本来の幼児期養育のように完成された物語をたくさんインプットして、嘘に、慣れてもらうの。脚本の定まらない物語のネットやツクヨミに触れてもらうのはまだまだ先になるよ」
「みんなツクヨミっていう物語の住人だもんね。なんかただの物語推しオタクどもの同調圧力な気がしてきたぞ……」
「いやいや彩葉、人類が物語推しオタクなのは農耕時代とかそんな前からだよ。物語で集団の結束を高めるの。その輪に入れなかったらなぶられ滅ぼされ殺される。日本の歴史だってその繰り返しだよ。ずっと見てきた」
「かぐやが言うならそうなんだろな……もしや、陽香ちゃんもなぶられ滅ぼされ殺されるって思ってる?」
「うん。あり得るよ。今だって続いてる。終わってない。かぐやそんなのは嫌だ」
「物語を受け入れるかどうかは本人が決めていい。でも受け入れるか決めるための最低限の土壌もないのはまずいよ。命まで取られかねない」
「テテテの言うとおり物語で命取られる人もたくさんいたけど、知ってるから
「彩葉ちゃん。私たちは、人間として生きるための知恵を陽香さんに授けるの。それを局所的に見た同調圧力だとは捉えないで欲しい。物語は、無いと死ぬ重力みたいなもの」
「皆さん、私はこの件は陽香さん本人の意思確認を除き、一通り合意がとれたと思ってます。もう論点はない? 課題3はある?」
「課題3とか忘れてた……テテさんありがとう〜彩葉、今のところはないよね?」
「てかもう思いつかない! この義体でも疲れた!」
「かぐやは泣いたしだいぶ疲れたろうね……ほんっと、たっぷりコーヒーに砂糖ドバドバ入れて良かった……」
「彩葉ぁ〜? 歯も悪くするしカフェイン爆極めダメぇ〜」
「流石にこれないとやってらんないよぉ!」
「ヘイヤッチョ! 陽香ちゃんが登校してからの議論の要点まとめて!」
『りょっけ〜テテテ! まず課題1は父親必須の実務関係だから凍結中。以下に課題2の結論と要点まとめるね〜』
「さて、どんな長文が来るんだ……」
『まずこの議論を文字起こしした結果、約6000文字!』
「多いなおいおい」
『後でtxtファイルにしてみんなのクラウドに送るね〜』
「かぐやが泣いたのも載ってんの!?」
『ばっちし!』
「消してやりなさい。ヤチヨ」
『そうすると文脈がぁ!』
「むー……それならしょうがない!」
「いいの?」
「みんなもいちいち何があったか思い出すのめんどいでしょ?」
「……ありがと」
『そんじゃ、いっくぞ〜!』
「真面目な会議で要点まとめる時も、FUSHIちゃん毎回出てくるんだよね。オアシスになってるよ〜」
『よせやい』
「まとめて」
『はい』
『えっと〜まず〜』
「また初っ端から2日以上延々喋んないでよ?!」
『ツクヨミとネットやSNSを触れさせるべきかの結論は、時期尚早。なんなら悪影響』
「よかった……延々喋んのヤチヨはこの状況で普通にやりかねんからさ……前科あるし」
そんなことあったんだ。ヤチヨちゃんのこの声で2日以上延々喋られるのはご褒美の人も結構いそうだなぁ。
『父親に確認後速やかに精神科受診。この議論の内容はこの四人と父親、そして主治医以外には口外厳禁』
「主治医に言うのはありなの?」
「本職の人にとってめっちゃ大事な診断材料だよ。加えてくれてありがとヤチヨちゃん。あと本人にこれを話すべきか決められるのは診断した主治医だけね。私たち素人のただの憶測は陽香ちゃんには話せない」
『幼児向けの物語を自らの自由な選択で触れさせて、物語に対する免疫を獲得してもらう。本人の自尊心を第一に尊重し、拒否した場合はまず物語の内容をレベルアップさせる』
「それでも拒否ったらお医者さんに相談ね。反抗心か無力感かの判別は私たちには出来ない」
『そして父親に以下のtxtファイル“陽香ちゃんの養育過程における物語欠如の可能性について”の内容を問いただす』
「父親との面談、私も同席するよ」
「テテテさんは完全な第三者じゃないし、その場にいても発言の効力はないはずだよ?」
「内容はみんなでまとめて、本番は全部彩葉ちゃんに任せるから、私から意見することは多分ない。父親と彩葉ちゃん2人の言動が激化した時の調停役。録音してるからってそれは歯止めにならないの」
「父親からしたら結託してると思われる。少なくとも認識した時点で思い込みが働く」
「危険は織り込み済みだよ。だから面談の中で公平を絶対に保って父親からの信用を積み立てて信頼を築く。その上で相手の了承があれば、陽香さんの件とはまた別の、彼の為になる契約を父親と交わす。それなら私でもできるはずだし、最悪の場合を考えると私との何かしらの契約で縛って私たちから逃さない方がいい」
我ながら怖いこと言ってる気がするけど、どんな人間かわからない以上最悪の場合の対処は考えといた方がいいよね。
『えっと、テテさん、要約はこんな感じでいいかにゃ』
「ありがとヤチヨちゃん! 後、かぐやさん、この場で約束して欲しいことがあります」
「……はい」
「もしこの先、陽香さんがネットやツクヨミに興味を持ったら、その興味を決して断とうとしてはいけません。理解出来ますか?」
「……はい」
「それはあくまで陽香さんとの初対面時の純粋な印象を、自分の中で崩したくないだけのエゴです。そのエゴがあなたと対等に関わりたい陽香さん本人を苦しめ
「理解はしてる。納得もしてる! だけど、受け入れたくない……」
「うん。その気持ちはそのままでいいよ。だけど問題なのは陽香さんの抱える物語への無関心。それが解消されたら次の支援へ進まなきゃいけない。無知のままでは留めて置けない」
「かぐや支援者のつもりない! 友達でもダメかなぁ?!」
「友達でもダメです。学校だったられっきとしたイジメ、筆箱を取り上げるとか仲間はずれにするとか、そういった精神的加虐になります。良かれと思ってやっていてもそれは着実に陽香さんにとってストレスになる。理解出来ますか?」
「……」
彩葉ちゃんが柔らかい声色で、むっつり黙ったかぐやちゃんを
「敢えてこう呼ぶ。ヤチヨ。あなたは十分に、孤独だった
「私が変えたんじゃない! あの子が変わったの!」
「その思想ならもっと素直に理解できるよね? あの子がネットとツクヨミに興味を向けることも、それはあの子が変わっただけで、陽香ちゃんをあなたが変えたわけじゃないし、その傲慢で
「彩葉言い過ぎだよ。言葉強すぎ」
「芦花ごめん。だけど大事な話なの」
「いくら大事だからって強い言葉を使っていい免罪符にはしないで」
「……反省する。ごめんかぐや。でもね、ツクヨミもネットも知らないのが本人の意思決定じゃなかったとわかった今、本人が知を望むならそれらを与える事を最優先にすべきです。テテテさんの言う通り、情や思想で、他者の意思を捻じ曲げてはいけない」
「……寝る時陽香ちゃんと寝ていい?」
「良いよ。私はかぐやの後ろから抱きつくから」
「陽香ちゃんがネットとかでやばそうなことなった時止めていい?」
「それは本当にお願い。ただ程度の見極めはしてよ。
「……」
「ヤチヨ?」
「異文化を同化させることが本当に正しいのかわかんないよ」
「あれは文化じゃない。本人の意思が無いんだから」
「そんなの勝手に決めていいの? 今彩葉とテテテは陽香ちゃんの文化を無いものとして捉えてなぶり殺し滅ぼしてるようにしか見えない!」
「ごめん。酒寄教授もお手上げです。そこまで問われると文化人類学とか哲学の
「かぐやちゃん、考え続けるべきことがまた増えた。それでいいんじゃない?」
「児童支援には残念ながら即決しか選択できない時があるの。人間って一瞬で成長して一瞬で死ぬでしょ?」
「そんなのかぐやが一番わかってる!!」
「みんな! 考えよう?」
「彩葉ちゃん?」
「考えよう。考えよう。そしてヤバい時は動く。今はヤバい時だから動いてる。時間がないの。かぐや」
「かぐや納得しないから。
「それじゃダメなの。お願いかぐや。今この日の決定で、陽香さんのたった100年しか無い人生がかかってる。命あっての文化だよ?」
「……」
「散々、観てきたよね?」
「……観るしかできなかった!!!」
「うん」
「ずっと宮中のそばにいて、天下取りのそばにいて、争い止めようとしたって全部無駄で!」
「かぐや」
「誰も言うこと聞かなくて!!」
「深呼吸」
「蘇我のみんなと話した! アテルイさんと話した! 豊臣のみんなとずっと暮らした! みんなみんな自分の大切なもの抱えてたのに、私の大切な人たちにみんな滅ぼされた! その人たちだってみんな死んだ! そんなのもう見たくないんだよ……誰かわかってよ……ねぇ……」
「かぐや。かぐや……かぐや」
「彩葉もわかるでしょう……? 全部観たもんねぇ……」
……かぐやちゃんは、壊れた笑顔をしている。どうしよう。この状況で私はどうすればいい。このかぐやちゃんをなんとかできる資格なんて、私持ってないし、そんな資格制度どこにもない……
「お願い、もどってきて」
「ここにいるよ。ここにいるんだよ。いなくなった人たちの文化を全部抱えて、ここにいるの。全部大切なの」
「かぐや、私はあなたが大好きなの」
「私もみんなが大好きだった」
「愛してるの」
「……愛してるのは、彩葉だけだった……」
まずい。かなりまずい。
気づけば口に出ていた。彩葉ちゃんは緊急でかぐやちゃんに思考ロックをかけた。これでツクヨミ内の全てのヤチヨちゃんが停止したはず。うん。やっぱりツクヨミ緊急メンテナンスが始まった。
「なにが、起こったの? 彩葉」
「かぐやの脳内で非常に強い自己矛盾を引き起こした。このままかぐやが思考を続けたら自我の存在維持に恒久的な悪影響をもたらすと私が判断して、思考プロセスを強制ストップした。データは、吹き飛ばないはず」
「結果陽香ちゃんの行動の自由を奪うなってかぐやちゃんに言ってた私たちが、こんなことかぐやちゃんにしちゃったね。対人支援に限らず、あらゆる場面でよくあるから、慣れないししんどい」
「彩葉、思い詰めないで」
「……私のせいだ」
「彩葉!!」
そう喝を入れた芦花ちゃんは彩葉ちゃんを抱きしめる。こんなのボケっと見てる場合じゃない。即指示を飛ばす。
「すぐ復旧できないなら即刻かぐやちゃんを隠して!」
「わかった。ほら、彩葉早く」
「このままだと陽香ちゃんに消えないトラウマを植え付ける。義体だと明かしてないんでしょう?」
「ごめんねかぐや。私があなたを背負ってくから。ごめん……かぐや。あなたを追い詰めてごめんなさい……かぐや」
2人は彩葉ちゃんの部屋へかぐやちゃんを運びに行った。すぐさま配信部屋を借りてスマコンを取り出し、ツクヨミに裏口から入る。私レベルのライバーは信頼されてる。黒鬼が配信してたはず。頼む。なんとかなってて。