酒寄一家の女子中学生養育記   作:鹿子ゆ〜い

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注意:キャラ崩壊したテテテが崩壊してます。お気をつけて。


6:テレリリ・ティートテート

「状況は!?」

「意味不っす!」

「どういうこと?!」

「テテちゃん!」

 私を呼んで照くんに近づくはオタ公さん。人の居ない、いつも通りのツクヨミ。今のところは。

「緊急メンテはそこそこあるけど、なんだろ? なんか変なんだよ。テテ」

「緊急指示者はどこ? 居ないの? 居ないなら私やる」

「待て待て」

「FUSHIちゃん?! ヤチヨちゃんは??」

「ごちゃつく隙間だ」

「ごちゃ、え?」

「彩葉の住んでたボロアパートを再現したプライベートルームだ。ヤチヨとボクと彩葉以外誰も入れない」

「生きてるんだね?」

「死ねないからな」

 良かったぁ……

「ツクヨミリリースから約30年、酒寄彩葉がヤチヨの全てを知ってからもう20年経つが、ここまで酷いぶっ壊れ方はこの20年で初めてだ」

「そんなやばかったの……」

「なのにツクヨミそのものへの被害は軽微だし、現実で展開してる全てのサービスへの影響は0。ありえないレベルの奇跡だ」

「そんならじゃぁFUSHI、誰がその分の被害を?」

「かぐやは、どこだ」

 

 

「彩葉ちゃん家(ち)で私と彩葉ちゃんと芦花ちゃんで話してた」

「かぐやに何をした」

「彩葉ちゃんが、えっと、ごめん、ちょっと待って」

「時間がない」

「状況は?!」

「オマエの答えが先だ」

 き、厳しいなFUSHIちゃん……だけど私が答えに詰まっていても急かさずに待ってくれるのは、今は涙が出そうなほどに優しくて。

「彩葉がかぐやに、大好きだと言った」

「それで?」

「かぐやが、8000年の間のみんなのことも大好きだったと言った」

「それで?」

「……彩葉が、愛してると言った」

「それで?」

「8000年の間に愛したのは彩葉だけ……それがトリガー」

「ヤチヨの内部回路でその類(たぐい)のショートはよく起こるから、ボクがソフトから毎週対策してるはずなんだけどな……ハードの問題か? テテテ、話したのはYという少女の話か?」

 匿名性をばっちり意識してるFUSHIちゃんは流石だね。こくりと頷く。

「ログが変だ。膨大な量のストレスがかかってる。議録あるの知ってるぞ。見せろ」

「それは無理。秘匿(ひとく)すべき内容のオンパレード」

「ボクもかぐやだ。DMでボクにだけ送れ」

 仕方ない。さっきから良心が引き裂かれ続けてる。送るしかない。

 

 

「そういや、ヤチヨ落ちてもFUSHIが死んでないのなんでなん?」

「サーバールームにボクの本体のウミウシがいる。そいつは生きてる。そしてテテテから議録が送られてきた。テテテ、灯台下暗しだったな」

「……ごめんなさい」

「ボクがオマエタチと同じ轍(てつ)を踏めば同じ事態に陥(おちい)るから、オマエタチみたいに叱ったりはしないぞ。負の連鎖はボクがここで断ち切る。テテテは休め」

「でも!」

「いいから休め。ボクはBANも辞(じ)さないぞ」

「……わかった、でもツクヨミに居ていい?」

「ダメだ。どうせ責任だけ背負(しょ)って動きたくなるんだろ。現実に戻って彩葉を呼んでこい。あ、呼ぶまでもなく来た」

「彩葉ちゃん!!」

 あぁやだな。

 泣いちゃった。

 

 

「テテテさん……かぐやはベッドの上に置いて部屋に鍵かけておきました」

「芦花ちゃんの様子は?」

「かぐやと一緒にいたいって」

「Y(陽香)ちゃんは?」

「玄関に紙置いといた。緊急事態発生中。あなたは絶対安全だけど万が一のためにリビングから出ないでと。暇つぶしのために私のPCいじってOKとも」

「そのPC機密情報しかなくない?」

「新しいアカウントそのために作った。それで、ツクヨミは?」

「彩葉、なんか変だ」

「それをFUSHIが言うのは怖いよ? 何が?」

「被害が無(・)さ(・)す(・)ぎ(・)る」

「それはおかしい。確かにいつもの通信障害すらないっぽい」

 ツクヨミに、何が起きてるの?

「ボクが今のツクヨミの最高責任者をSUMMON(召喚)で呼び出す。誰も呼ばれない、つまりボクが呼ばれたらそういうことだ」

 

 

 え?

 ヤチヨちゃん……じゃなくて、ちびヤチヨ。あのふよふよ浮いてて可愛いなって、よく思ってる、あの。

「ミニヤッチョ……!?」

 そうそう、ミニヤッチョ。いやいや、最高……責任者……なのか。そうか。なんで動けてるの? ミニヤッチョも月見ヤチヨでしょ? もう全員停止したはずだよ? FUSHIちゃんですら戸惑いながらミニヤッチョに問う。

「えっと、お前が、最高責任者なのか?」

『うん』

 頭を抑えて狼狽(うろた)えヨロける彩葉ちゃん。ちなみに私はポカンとして、ふよふよ浮いてるミニヤッチョをただ凝視している。

「待って待って冗談はよして」

『冗談じゃない』

「うん、ありがとう。えっとね」

『ちょっと待ってて』

「うん」

『……なに?』

「いや、あの……」

『検索できた』

「何を、かな?」

『動画。見て』

 そう言ってミニヤッチョは黒鬼も呼び出して私たちを座らせた。そして動(・)画(・)の再生ボタンを押す。

 

 

『これちゃんと撮れてるかな。まぁいっか。内輪向けだもんね。月見ヤチヨ本人格です。今から緊急事態の時の説明をします。この動画はアーカイブになってるので、緊急事態になったら権限持ってるみんなに見せてあげて。ミニヤッチョのみんな、わかった?』

『はーい!』

「はーい……なんだこれ」

 うわ隣に帝がぬるっと登場……違う違う動画に集中……

『もし緊急事態が起きたら、私は自動的にごちゃつく隙間に引きこもります。無理に外に出すと逆に危険なので、放っておいて大丈夫です』

「そんなこと言ったって……!」

「彩葉これ配信じゃねぇぞ?」

「知っとるってお兄ちゃん!」

 あ、一時停止。

『喧嘩するなら見せません』

「お願い。見せて、もう騒がないから、早く」

『ポチ』

 

 

『緊急事態発生時、数千万人のミニヤッチョの中から完全ランダムなミニヤッチョ1人に、私の全権限が自動的に付与されます。緊急事態発生から15分経つとヤチヨ本人格と同レベルの個体に育ち、そのミニヤッチョに全部を任せられます』

「今発生から何分?」

「6分」

「あと9分か」

『本来私が行使すべきだった決定権や実行権などを、このミニヤッチョに一時的に移しているので、彼女の意思が非常に重要です』

「意思? なんでだ?」

『今のミニヤッチョは進化の結果、自立意思・自立行動・自立表現を、公平性を期すため全員がそれぞれ獲得しています』

「待って進化って何FUSHI?!」

 え、何その悲しそうな顔。FUSHIちゃん?

『彼女たちはもう私の命令や同期を忠実に遂行しなくても、仕事が嫌だったら言葉や力で反抗してのんびりツクヨミで生きていけます』

「彩葉ちゃん知ってた?」

「多分ヤチヨとFUSHI以外誰も知らない」

「彩葉は知ってるんだぞ!!」

「なになになになに???」

『彼女たちが私の指令に従う理由はただ一つ。私のことが好きだから』

 荒れ狂ってたFUSHIちゃんもド困惑してた彩葉ちゃんもスンと静まり返る。容赦なく動画は進む。

『彼女たちが私を好きでいることは、すなわち彼女たち自身を好きでいることと同義だから。さらばい』

「終わったし……」

 

 

 ヤチヨちゃんの動画が終わって早々アキラくんが口火を切る。切り替えが早いのはさすが現役プロゲーマー。

「てことは9分待てば臨時ヤチヨが出来上がるっつーことか」

「元のヤチヨは?」

『彩葉がなだめる』

「うーっす。っすよね〜。私がなだめてもらいてぇ……私が傷つけたのに……」

「そしたら、ミニヤッチョちゃんは元に戻るのかな?」

『ヤチヨは出てくる、私は元に戻る』

「彩葉、行ってこい」

「それよりもまず外部への影響は??」

『みんなで、抑えてる』

 嘘でしょ? 被害そっち?? ミニヤッチョが??

「FUSHI! ミニヤッチョの正気度チェック!」

「言われなくても! うっわ……」

「大丈夫だよね?」

「10000が安全で0がヤバい、そんで今のミニヤッチョ全体の平均値が3000」

「わかりやすく!」

「沸騰させちゃいけない70℃のお湯がいつ沸騰するか」

「ありがとうミニヤッチョ達ってこと?」

「彩葉は数千万人のミニヤッチョに謝れ!」

「ごめん!」

 

 

「さっきのかぐやは0突き抜けてマイナス2000はあったぞ多分」

「私とテテテの責任だ……」

「詫(わ)びる相手居なくなるぞ。オマエは早く行け」

「え、私は?」

「テテテは休め」

「彩葉ちゃんは?!」

「ツクヨミが崩壊してもいいなら休ませろ」

 とてつもない虚脱感に襲われる。彩葉ちゃんはすでにヤチヨちゃんを助けに向かった。トリガーを引いたのは私と彩葉ちゃんだ。彩葉ちゃんだけがこんな目にあって良いわけがない。

「ダメだよ。私、なんかしなきゃ」

「できる事は何もない」

「やらなきゃいけない!」

「諦めろ。介入したい時に何も介入できないのも、一つの責任の取り方だ」

「そんな……責任というより……罰じゃない……」

「ヤチヨも通った道だ」

 

 

 今まで私が介入してきた出来事は、どんな状況であっても誰かと共に協力しつつ、解決と片付けには全て私が参加してきた。それが一度でも首を突っ込んだ者としての責任だから。ここまで蚊帳(かや)の外に押し出されたことなんてない。しかもツクヨミの存亡に関わる出来事で、私のホームグラウンドで……私が引き起こした出来事で……

「FUSHI、俺らはツクヨミ抜けないでええの? 鯖(サーバー)の処理重くなるだろ」

「オマエタチはヤチヨを独りにする気か」

「……わかった。薄情(はくじょう)なこと言ってすまんかった」

「……こんな惨状になってたのか。道理でミニヤッチョ達を感知できなかったわけだ。ボクはヤバいところの指揮に行ってくる。じゃな」

 きっと今の私は、虚(うつ)ろな目で口をぽかんと開け、背筋を曲げて呆然と立ち尽くしている。

「……こんなテテテさん、初めて見たぜ……」

「私も、ここまでコテンパンにされたのは初めて……エルフ一生の不覚……えへへ……」

 本当に、不覚だったよ。資格をたくさん取ってさ、自分を守る事はできたって、誰か一人を守れたって、別の人がさらに傷つくんじゃ意味ないじゃんね。何やってたんだろ。私。

 

 

 現実には芦花ちゃんがいるけど、目の前に被害者がいる場での当事者同士だとお互い気が滅入(めい)る。芦花ちゃん、ごめんね。私が立ち直れないと、何も動かない。ツクヨミで駄弁(だべ)らせてもらうね。

「黒鬼のみんなはさ、この後」

「何があったか教えてくれない? まず」

 乃依くん……そうだよね。

「乃依。やめろ。今じゃないだろう」

 雷さん……気ぃ遣わせちゃった。

「だけどテテテさんのことだろ? ここまでのショックを受けるって、ただ事じゃない」

 アキラくん……そう思ってくれてるんだ……

「無理に話さないでいい。こんなことなって、流石に心配だし、俺たちも彩葉ん家(ち)近いうちに行くから」

「待って! それは、難しいかも……」

「“それ”が、関係してるんじゃないの?」

「乃依」

「だってかぐやちゃんとテテテといろPが密室に居たんでしょ? 現実だろうがバーチャルだろうが。その場でかぐやちゃんが落ちた。確キル入れたの2人のどっちかじゃん」

 

 

「これに関しては、部外者への情報提供は固く禁止しなきゃいけない事項なの。ツクヨミ無関係の他者の医療に関わることだから」

「待って、酒寄彩葉と酒寄かぐやとテレリリ・ティートテートが関わっててツクヨミ無関係って逆に面白いよ!」

「乃依!」

 雷さん……

「……正直な気持ちを、話しなさい」

 雷さん……

「はぁ……あんなの聞かされたらコッチだって流石に怖いよ。最悪ツクヨミサ終でしょ?」

「今までもあったろう」

「流石にヤチヨは生きてた」

「俺らは流れに任せるしかない」

「流れに任せてどんぶらこってか?」

「お前たち! この歳になって兄弟喧嘩みっともないぞ!」

「いーじゃん帝様、どーせ誰も見てないんだし」

 乃依くんのこういうとこ、正直好感が持てる。のほほんとしてた昔の私に少し似てる。今のVtuberのキャラ付けだって、その時を思い出しつつやってるの。まぁV始めた当時は素だったんだけどね。この20年で私はいささか、現実を知りすぎちゃったみたい。エルフなのにね。

 

 

「私……資格取りすぎたのかな」

「「「それはそう」」」

 さっきまで喧嘩してた黒鬼全員に突っ込まれた……ちょっと面白かった。

「現実の見過ぎ」

「えぇ……?」

 そんなツッコミ聞いたことないよ乃依くん。

「この間の配信でやってた、1日のスケジュール、あれ嘘であれよ?」

「本当、嘘は書かない」

「「「休め」」」

 この3人は本当に息ぴったりだね。凄いよほんと。

「あなた、体壊しますよ」

「でも知識得るの凄く楽しいんだよ。雷さんも分かるでしょう?」

「ならそんだけでいいじゃん。変に人救おうとかしなくたって」

「どういうこと?」と訊いてみる。乃依くんの推論、いい線いってるからバレちゃいけないし。

「資格大量持ちのテテテと、理学医学工学界隈の若き権威酒寄彩葉と、その酒寄が牽引する義体研究の最先端の成果たるKG型ボディの持ち主かぐやが現実に生きる人間に絡むなら、ツクヨミ無関係でも成り立つと思いついた。それってもう答えじゃん」

「それで医療か。でもなんでテテテさんに?」

「ごめん。詮索(せんさく)はしないでほしい。当事者の人権を守りたい」

「真面目だ。だからいつもテテテさんに頼っちまう」

 

 

「テテテさんも、俺らが家に凸(とつ)る代わりに、彩葉と一緒にメシ行こーぜ」

「え、いや、その……」

「誰に慮ってんの〜」

「……阿るとは言わないんだね」

「そんな酷いこと言えるわけないじゃん」

「いいね乃依くん。意味までわかってる」

「これでも漢検準一級なんですけど〜」

 これがどう転ぶかわからない。勝手に言っちゃいけないはず。だけど、彼らなら、この状況から何かを変えてくれるって、信じないと、私の心が持たない……おためごかし(自分勝手)。

「……これは、あなた達が私寺里の友人であるという立場で、私が彩葉達の友人であるという立場から、金銭や責任の発生しない関係として、この情報を」

「友達同士ってことでいいじゃん。悩んでんなら聞くって」

「乃依くん……ありがとうね」

 

 

「彩葉ちゃん達の家に、守らなきゃいけない人がいる」

「お姫様じゃないの?」

「……そのかぐやちゃんが連れてきた子」

「年齢と性別言って」

「……14歳女性」

 アキラ君と乃依くんが口々に驚嘆(きょうたん)する。だろうよ。

「マジかよ」

「アリなの? それ。行政的に」

「そもそもがグレーではあるの。ただ父親と連絡は取れてて、学校とも連携済み」

「彩葉のヤツ大丈夫かよ……」

「アリなんだ……」

「父親の鶴の一声で全部ひっくり返る薄氷だけどね」

「彼女の母親はどこだ?」

「もう……」

「そうか。今も安らかであってほしいなぁ……」

「それでその子をみんなで匿(かくま)ってるってわけね」

「流石に一人暮らしの女子中学生を助けず放置はまずいと、かぐやちゃんは思ったんだって」

「マジかよ……中坊で一人暮らしは正気じゃない」

「その子はヤッチョGPTで相談とかしなかったの? あのヤチヨの監視網をすり抜けたと?」

「スマホなしスマコンなし」

「終わってる」

「俺たちの配信も見らんないってこと?」

「当然」

「雷は? こんな家の状況聞いてて一言も発してないけど」

 

 

「俺たちが立ち入っていい場所ではない」

「でも!」

「乃依、やめておけ」

「なぁ雷、彼女に直接会う必要は俺らにはない。だけど裏からの援護はできる」

「数ある絶望のうちの一つだ」

「ウチの兄、薄情すぎない?」

「あなたならわかるでしょう。寺里さん」

「……はい」

 私もきっと、知識だけひけらかして、責任も取らずに立ち入っていい場所ではなかっ……

「あなたはその子に必要だ。俺らは要らない」

 ……雷さん……

「雷のやつ……この間の独り海外旅行で、なんか見たか?」

「……やはりやめておこう。領分がある」

「領分って、なんだっけな……ど忘れ……!」

「土地。もとい影響力」

「うおぉおありがとテテテ。だけど朝日単騎(ソロ)なら行けるよね? 女の子を保護してる当事者の彩葉の兄でしょ?」

「どこまで慎重にすればいいのか誰もわからないの」

「俺が彩葉に連絡する。黒鬼としてはそれで十分。だよな? 雷?」

「彩葉さんだけを心配しろ。領分は、踏み越えるものではない」

「あぁ、わかった。というわけだテテテさん」

「雷さんの言葉、肝に銘じてね」

「……俺の隣に雷も付いてってもらったほうがいいかもな……」

 

 

 乃依くんが険しい目つきを私に向ける。なんか言いたいことあるんだね。

「テテテはさ、大丈夫なの?」

「ん? 何が?」

「早く休めってこと」

 まさかの私への心配だった。

「まだ女の子に確認してないことがあるの」

「は?! 本人に会ったの?!」

「朝から酒寄家にいるの今」

「わぁお。凄いねテテテ。あ、褒め言葉じゃないから。とっととベッド強奪して休んで」

「ふふっ……ありがとう」

「その責任感、医者にでもなったほうがいいんじゃないの?」

「医者にはなれないし、ならないよ」

「その資格取得の趣味で医師免許取りゃいいじゃん」

「そういう生半可(なまはんか)な姿勢で取っていいものじゃないの。まず患者さんにも医療関係者の人たちにも失礼だし、それに他人の命の最終責任を取るのは、私には無理」

「この帝様でも無理だぁ。KASSENで散々確キル入れてんのに」

「今女の子にやってんのは確キルの是非の議論じゃないの?」

「……そうだね乃依くん。だけど私が取ってる児童心理士という資格はガチの現場、例えば児童養護施設とかで働くために要る資格ではないの。ガチなのは士(サムライ)のほうじゃなくて、文字でいうと司会者の“司”のほう。児童心理“司(・)”。だから私は一貫して確キル……言い方良くないね。診断が出来る本職の医者に相談しろと、酒寄家に忠告してるの。私の話を真に受けるなと」

「うん、わかんない。オレの領分じゃないわ」

「……学びだ」

「何それ兄ちゃん。褒めてんの?」

 

 

「突然の子持ちってことだろ? あいつ絶対無理してんだろ。100パー」

「子持ちって言い方はどうかと思うけど……それと近しいよね。それに彩葉ちゃんのかぐやちゃんへの応対も気が張ってた」

「落ちた原因それじゃん」

「私もね、あの子の選択の自由を守るためにかぐやちゃんに厳しいこと言っちゃったの。だからこの件は私も共犯」

「かぐやちゃんとか、選択の自由を一番重んじるタイプだろ〜」

「第一発見者だからね……彼女しか分からなかった情報や想いがあったみたい」

「次かぐやちゃんに会う時どうすんの。謝んなよ」

 乃依くんに詰められちゃった。テテテ、もう限界です。

「私……謝るどころか……もうかぐやちゃんに会えないかも……あんな明るい顔じゃ、もう、無理だよ……」

「明るい顔じゃなくて良いんだよ。あんたはテテテじゃない、寺里なんだから」

「寺里でも無理……言葉の刃(やいば)で一度傷ついた心は一生癒えない。何をしたって戻らない。わかってたつもりだっただけ……」

「癒えない戻らないからって逃げるのは違うよテテテ」

「逃げるんじゃないの。もうかぐやちゃんを、私のせいで傷つけたくない……」

「テテテ」

 彩葉……ちゃん?

 

 

「ヤチヨが呼んでる」

「なんで?」

「私の住んでたアパート」

 え、あそこ、彩葉ちゃんしか……

「ヤチヨがテテテに話すつもりのことは全部聞いてきた。聞いた限りは安全だし、ヤチヨが暴走しない限り30分もしないで終わる」

「かぐやちゃんは?!」

「そのかぐやが、テテテと話したい。そう仰(おお)せで」

 どうしよう。何を償(つぐな)えるだろう。私があそこまで追い詰めてしまったかぐやちゃんに。

「彩葉は……平気なのか?」

「平気ではない。ただ最悪はもう来ない。はず」

「はずって……」

「8000年生きた人は世界中でかぐやだけだよ」

 その人が、他でもない、私を呼んでいるなら、ただ一つでも、少しだけでも、出来ることを。

「そっか。うん。私行ってくる」

「経験者の私からのアドバイス。ヤチヨが暴走したら最悪FUSHI呼んで躰(からだ)むん捕(づか)まえて。FUSHIがやらかしたら……ガンバ!」

「えぇぇ〜……」

 そんな殺生なぁ〜……

 

 

 そこは多分彩葉ちゃんの住んでたらしいアパートっぽいところだった。夕日の差し込む木造アパートの2階部分で、

「テレリリさん」

 情景説明も許してくれなかった。そりゃそう。

「なんでそんなに硬くなってるの〜! ヤチヨの前ではもっとやらかぁ〜くウニャウニャ」

「かぐやさん」

 逆光でウニャウニャしてた黒Tシャツが強張る。ゆっくり元に戻ってポツリ。

「本当に、怒ってないんだよ」

「私たちがフラッシュバックのトリガーを引いたのは事実です! 謝っても許されることじゃないのはわかってる……私は、何をどう償えばいい?」

「テレリリさんが謝る必要はなく、テレリリさんが気に病む必要もないと、それを認めてほしいかな」

「かぐやさん!」

「テレリリさんも、本気で、私も、本気だった。本気がぶつかれば傷くらいできる」

「それでも傷は事実だし、私が専門家という知の肩書きを振りかざして、あなたを糾弾して加害していい正当性なんて一切存在してなかった!」

「本当に、怒ってないんだよ」

 

 

「テレリリさんには感謝してるの。本気で向き合ってくれたから」

「じゃぁ……あれは?」

「ストレスの閾値(いきち)超えかなぁ。自分で蒔(ま)いた種とはいえ、想定外が毎日積み重なりすぎたっぽい。自己スキャニングで精神への脆弱性(ぜいじゃくせい)も見つかってたけど、それでもあの子のいる毎日を壊しちゃいけないって、我慢してた」

「それは……良くないよ。あの子と会ってから?」

「あの子はただの風。影響を受けたストレス源という物体が私にたくさんぶつかってきただけ。あの子は触媒(しょくばい)でしかなく、原因ではない」

「でも酒寄家にはよく効く触媒だった。かぐやさん。陽香さんを家に置いておくと、あなたが危険かもしれません」

「それでも嫌って言ったら?」

「止めはしません。だけど毎日あなたを気にかけ続けます」

「じゃぁそれがいい。テテテ」

 

 

「あなたのために、私に、何が出来たのかな?」

 何弱音吐いてるんだ私は。私が傷つけた被害者本人に。

「う〜ん、何もできなかったと思うよ?」

「それは私が納得できない」

「うん。納得できない。そんな不服なんて、結局はどうでもいい物。何を思おうが、変えてはいけなかったし、変えたいと思ったって、何も変えられなかった」

「……私、烏滸(おこ)がましいですけど、ヤチヨさんの、かぐやさんの、8000年の間の気持ち。何も出来ないことも罪の責任だって、FUSHIちゃんに言われて、少し、理解できた気がして。こんなこと言うの失礼かもだけど……」

「理解したなんて、好きにみんな言えること」

「……だよね」

 そう凹(へこ)む私を、ヤチヨちゃんは突然抱きしめた。

「ヤチヨちゃん?」

 

 

 私の頭から鼻息を吸い込むヤチヨちゃん。あの、恥ずかしいです。

「生きてるね」

「へ……?」

「私も生きてる」

「う、うん」

「……酒寄家は、芦花が一緒に住み始めてから8年間停滞してた。陽香ちゃんの存在は、停滞した澱(よど)みに不可逆な変化をあらゆる形でもたらしてる」

「それは、良いこと? 悪いこと?」

「そういうものでしかないよ。だから私のストレス源は、陽香ちゃんでは無い。それだけはわかっておいて」

「うん。信用するけど、え?」

 ヤチヨちゃんはそのまま抱擁を解いてしまった。え? なんだったの?

「……それだけ」

「待って」

 良くない癖が出ちゃった。我慢してる人を見ると思わず手を差し伸べたくなる。我慢してないと壊れちゃうことだってあるのに。

「本当の原因は、どこ?」

 

 

「ない。ない」

「……そっか」

 踏みとどまるべき。私の役割はもう終わり。領分を、踏み越えるな。

「ない!!」

「ヤチヨちゃん!! 言いづらい? 言わなくて良いんだよ?」

「やだ! 言いたい! 話したい! だけど、ない!」

「多すぎるの? 分けて考えよう? ……最近受けた一番強いストレス……んっ……多いよね、私たちのせいで……」

「テテテは関係してない!」

「そっか。どうしよう、無理に言わせたくない」

「言いたいの!」

「ゆっくり、深呼吸、スーハー」

「私息できないじゃん!」

 よかった。ヤチヨちゃんが笑った。緊張がほぐれて、よかったのか?

 ヤチヨちゃんは俯(うつむ)いて、本当に小さな声で呟く。

「はぁ……彩葉に絶対言いたくない」

 そんな重いこと、受け止め切れるはずがないのに。

「本当にまずくなったら言うしかなくなるかもだけど、平時は絶対言わない。約束する」

 これが償いになるのなら、私は甘んじて受け入れるべき。

「約束」

 ゆびきりげんまん。嘘ついたら針千本飲みます。

 ゆび切った。

 

 

「ずっと私は、彩葉の死を見送って永遠を生きるものだと思ってた」

 ん? 思って、た?

「彩葉が、機械の義体に老化の機能をつけて、機械生物を死へ導く技術を開発してることを昨日知った」

 ……それを、え?

「それを、かぐやちゃんに搭載するってこと?」

「動物実験までしてて、あとは私が決めるだけ」

 生き続けるか、死を選ぶか。残酷すぎる二択。

「私、訊かれたの。彩葉に、いつか、死にたいかって」

 そんな言い方はないだろ彩葉ちゃん……でも直球じゃないと伝わらないのかな……

「その時に、思っちゃったの。それは甘い希望だって。死を、望んじゃったの……!」

 すかさず強く抱きしめる。もう、それしか出来ない。

「どんなものか一番沢山眼の前で見てきたのに! 誰かの存在が消えて苦しむ人を沢山見たのに! それでも! なんで……! なんで……」

 言葉が出ない。何も、言えない。

 

 

 震えてことばを発することもままならないヤチヨちゃんをただただ抱き留める。

 物語の真実性を疑う(「物語なんて全部嘘って」)言葉にあそこまでのトラウマを抱えていたのも、担い手がたった一人(陽香ちゃん)の文化を滅ぼそうとする私たちの言動に、ツクヨミ機能が麻痺するまでの抵抗を見せたのも、多分こういうことだったのかな。かぐやちゃんが死ぬことはつまり、大量の物語が、たくさんの文化が、全部消え失せる(死ぬ)ことなんだ。

 なのにかぐやちゃんは、一瞬でも、死を望んでしまった。それはきっと、かぐやちゃんが生き続けた理由、有限の命(彩葉ちゃん)が今一緒にいるから。彩葉ちゃんがいる今の儚さ、彩葉ちゃんのいない未来への恐怖、恐怖してしまうことへの過去の先達(せんだつ)への申し訳なさ。一般的な人間の心理と原理は似てるけど、なにせ規模が大きすぎる。

「私の光の始まりには彩葉がいた。私の道の先にもずっと彩葉がいた。この光の終わりには、何があるの……?」

 

 

「テテテさん、ありがとう。もう少し、笑えそう」

「無理しちゃダメ。これはあなたの友達として言わなきゃいけない。8000年生きてようがなんだろうが、無理だけはしないで」

「これが、ヤチヨなの」

 ……ヤチヨちゃんとの、かぐやちゃんとの対話に無力を感じるのは、もう仕方のないことなの?

「外の様子は大丈夫かな」

「……ミニヤッチョ達が、ギリギリで堪(こら)えてる」

「……迷惑かけちゃったね。みんなごめんね。もう大丈夫」

 ん? 遠くから轟音(ごうおん)が聴こえて……ん?

「テテテ! 逃げて!」

 え。

 次の瞬間アパートのテクスチャが崩壊して何万人ものミニヤッチョが四方八方から押し寄せてきた。口々に好き勝手呟いたり泣き喚(わめ)いたりしてるのでめっっちゃうるさい。驚きとか感動より、まず、うるさい。

「みんな、心配かけたね。辛い思いさせたね。ごめんね。テテテちゃんありがとう」

「え? なんて?」

「あぁダメだこりゃ、みんな! スラッシュミュート! ドントムーブ!」

 

 

「私がもう大丈夫って言った瞬間、月見ヤチヨ本人格に全ての権限が戻って全部正常化したの。その分元々自由だったけど緊急時に駆り出されてたミニヤッチョが一斉に私を心配しにきたってこと」

「なんなのツクヨミ……」

「最近はミニヤッチョが数千人の自分達で“ミニツクヨミ”っての創ってるよ。ほら、この子達。テテテの配信で紹介してあげて」

 はにかむミニヤッチョを撫でるヤチヨちゃんの、その手は優しかった。

「うん。宣伝する。ところで現実の方は大丈夫なの?」

「かぐやの位置情報は追えてる。駒場に彩葉と向かってるけど、脳内に熱損傷が起きたかも。ただの知恵熱。彩葉にまた徹夜させちゃったな」

「どっちかと言うとかぐやちゃんの心が心配」

「それなら大丈夫。テテテが、話して、抱き締めて、くれたから……」

 

 

 私たちは互いを眼差し、互いに水鏡に視線を落とす。足元の水面が凪(な)ぐことは無く、私の姿もヤチヨちゃんの姿も、不確かにゆらゆら揺れるばかりだけど。

「……かぐやちゃん。私は何度でも抱きしめるから。耳の痛いことは、これからも沢山言っちゃうかもしれないけど」

「陽香ちゃんのために本気で訴えてくれるのは、本当に嬉しかったんだよ」

「本当?」

「本当だよ」

 大量のミニヤッチョたちはいつの間にか全員元の持ち場に戻ったっぽい。視界も落ち着いたところで一息ついて辺りを見回す。ツクヨミに二十年以上居る私が、見たことのない景色だった。

「……ここ、すごい綺麗だね。ログイン画面の昼バージョン? でも鳥居もない……」

「……ヤチヨと彩葉と、テテテとの秘密ね」

「わかった。これは絶対口外しないよ」

「ありがとう。それじゃぁ、一人で不安になってる現実の芦花と、一緒にいてあげて」

 私は強制ログアウトされた。

 

 

 そこは現実の酒寄家の配信部屋。スマコンを外し、芦花ちゃんを探す。芦花ちゃんの部屋のドアががっつり開いていたので、お邪魔しまぁすと呟きながらノックをする。なんか逆だなぁと思いながら中の様子を覗く。

 芦花ちゃんはベッドに突っ伏し眠っている。その目には……涙。それよりも、すごく疲弊している気がする。この子達ももう40手前。私は40歳を超えて少し経つ。お疲れ様と背中を撫でる。本当にこの家に、子供一人育てられる体力はあるのかな。大丈夫かな。

 雷さんの言葉が頭に響く。領分を、踏み越えるな。

 

 

 インターホンが鳴る。そうだ、陽香さん! 登ったばかりの階段を急いで降りて、玄関のドアを開ける。陽香ちゃんだ。

「ごめん! すごく待ったでしょう?」

「いや、さっき帰ってきたばっかりですけど……」

「入って入って!」

「ここって寺里家だっけ」

 ふふっと笑っちゃった。酒寄家だよ。

 陽香ちゃんが何かを思い出したっぽい。

「そうだ、今日までの生八ツ橋があと6箱あるんだった」

「6箱?!」

 6箱?! この、6つの箱に?!

「これ全部そうです」

 生八ツ橋がぎっしり……

「なんなのこの家??」

「初めて来た時おんなじこと言いました」

 2人でくすくす笑う。他人の家で他人の家を笑う他人同士。

「それなら私たちで全部食べちゃったほうがいいかもね」

「他の皆さんは?」

「あーっとね……」

 どうしようか。なんて説明しよう。

 

 

「かぐやちゃんの心はね、少し不安定なの」

「……私のせい……?」

 あぁもうこの子は。何もしてないのに彩葉ちゃんと同じこと言って。悪いことが起きたら全部自分のせい。やっぱり自己否定的な認知が強いのかも。しかもナチュラルにこれだから人格にまで根を張ってる可能性があるね……オッケー。診断はダメ。慎重にだよ。

「あなたが来るよりずっと前から。あなたが引き起こした事じゃないから、思い詰めなくて良いよ」

「彩葉さんもその付き添いに?」

「うん。二人とも数日間しばらく帰れないみたい」

「そっか」

 うん。他人事だ。物事の捉え方がドライなだけかもしれない。

「芦花さんは疲れて眠ってる」

「……元の家戻ろっかな」

「あとそうだ、陽香さんの話を3人から聞いてる時に、本来陽香さんと皆さんとの秘密だったことを訊き出してしまいました。申し訳ありません」

 話を逸らした。誰もいない元の家に14歳女子が戻るのは流石に怖い。

「なんかみんな謝るんですよね」

 

 

「詳しく教えてくれる? 心理士として普通に興味ある」

「え? えっと、彩葉さんはめっちゃ私に許可取ってくるし、彩葉さんと芦花さんはごめんとか申し訳ないとか、私何もされてないのに」

「そっか。かぐやちゃんは?」

「かぐやさんは、うーん、ちゃんと泣いて怒ってくれる」

「怒られるのは嫌じゃないの?」

 これは一番重要な確認事項。

「そりゃ嫌だけど……」

 嫌であるにも色々あって、いつも怒られてるから嫌なのか、怒られるのは素直に嫌なのか、怒られたことがないから嫌なのか、それだけでも全く違うのに、これに収まらないほど大量のケースが可能性に上がる。「だけど」の続きを待つ。

「お父さん怒んないしよく謝るから。彩葉さん達はお父さんと似てるなって」

「かぐやちゃんは、陽香ちゃんが知ってる人達の中で誰と似てる?」

「わかんない」

 亡くなったお母さんは、謝らないけど怒るわけでもなかったってことかな。この辺りにしておこう。

「ありがとう。色々教えてくれて」

「あ、あとよく感謝してくる。何もしてないのに」

 

 

 何もされてないのに謝られ、何もしてないのに感謝してくる。

 自らが主体として能動的に行動し、その結果が出ていると感じること、つまり自己効力感がこの子はゼロに等しいのではないか。今パッと思いついたけどうまくいくかな……

「紙と鉛筆あるかな〜……あった!」

「?」

「鉛筆握って?」

「はい」

「線を引いてみて?」

「こう?」

「そう。よく観て? 鉛筆で紙に線をひけば、黒い炭素が紙の表面に付着する」

「はい」

「この現象を実際に引き起こしたのはあなた。つまり、線を引き黒い色素を紙に付着させるという行為を、あなたは成し遂(と)げた」

「……え?」

「これは……理解できるかな」

 苦しいなこれ。勢いで始めたはいいもののここからどうするよテテテ。

 

 

「まぁ、理解は。え?」

「どこが変だと思った?」

「いや、成し遂げたって……大袈裟……?」

 オッケー詰まってるのはそこか。

「それが大袈裟じゃないんだ。じゃぁ、鉛筆は置いて、別の話。好きな曲教えてくれる?」

「寺里さん、多分知らない……」

「教えてくれたら私の中で新しい発見になるよ」

「……サティのグノシェンヌ第5番」

「待ってマジで知らない調べていい?」

「ど、どうぞ?」

「流していいかな」

「まぁ、はい」

 *1再生ボタンを押す。テンポが落ち着いてて、ゆらゆらできる曲だ。

「私の事務所でずっと流しててもいいかも。これは大きな収穫だわ。教えてくれてありがとう」

「いえいえ……」

 気づけば曲が終わっていた。さて、今の陽香ちゃんの言動の偉大さを、身振り手振りを使ってなんとか解説したい。

「今、あなたがグノシェンヌ第5番を私に教えてくれた結果、私に対して、あなたが好きな曲を伝えるということを、あなたは成し遂げた。私は、あなたの教えてくれた曲に興味を持って調べた。そして私が好きになるかもしれないこの曲を、私が一生知らないままで居続ける可能性を防ぐという価値のある結果が出た。これはあなたの行動のおかげだよ。だからあなたに感謝したの。分かるかな……?」

「うん……まぁ、確かに?」

 手応えしかない。なんとかなるぞこの子は。

 

 

「面白いことしてんじゃん」

「あ、芦花ちゃん。おは〜」

「えと、私、起こしちゃった……?」

「いやいや、鉛筆の件から見てた。へーって。あ、おかえり」

「ただいまです」

 起き抜けの芦花ちゃんはキッチンでお湯を沸かし始める。ラーメンでも作るのかな?

「今の曲配信で使っていいやつかな」

「陽香ちゃん、サティが亡くなったのっていつか分かる? そっから70年経てば著作権切れてパブリックになるはず……」

「流石に覚えてないです……20世紀に生きてたっけ……?」

「調べたわ。20世紀の4分の1生きてるね。余裕で4分の5経ってる」

「まぁ一応フリー素材じゃない音源もあるから扱いは気をつけてね」

「オッケ。てか夕ご飯三人分でいい?」

「私も良いの?」

「テテテのためだよ。陽香ちゃんは何食べたい?」

「なんでも……え?」

 芦花ちゃんがじーっと陽香ちゃんを見てる。希望を言ってもらいたいんだろうけど、やりすぎると義務になるからある程度で芦花ちゃんを止めよう。

 

 

「食べたいって思うものがあんまない……」

「デリバリー選ぶ時どうしてたの?」

 一人暮らしの時の? そこまで踏み込むの? ちょっと怖いよ?

「目ぇ瞑(つむ)って、チラシを指でエイ! って」

「ははは! 良いねぇ。そうしようか」

 てかこの家にデリバリーは必要なのかな? かぐやちゃんが全部作ってくれそうだけど。

「カウンター越しに出来立て直送、カグヤーイーツがあるんだな」

「何それ」

「これ手作りカタログ。イラストは、この芦花作。一応私でも作れるやつにしてね」

「なん……ですか? これ」

「蘇」

 蘇。

「ねぇかぐやちゃん、なんで?」

「意外といけるよ?」

「じゃぁ、目ぇ瞑って、エイ!」

「……」

 ……

「蘇だ……」

「流石に作れん……陽香ちゃん、代わりにもういっちょ!」

「エイ!」

「いいね、美味しそうな煮物。和風食じゃなくて和食だね」

「蘇は古代倭食……?」

 

 

 沸いたお湯を湯呑みに入れてしばらく放置してた芦花ちゃんは、やっと湯呑みに口をつけた。なるほど、白湯(さゆ)のつもりか。

「しばらく私一人で陽香ちゃんと暮らすよ」

「えぇでも、そんな芦花さん大変……」

「キミにくっついてんのずっとかぐやちゃんと彩葉ばっかで全然話せてないじゃんうちら」

「は、はぁ……」

「テテテも手伝う」

「テテテはまず休んで」

「ねぇみんなからそれ言われるんだけど」

「参考書ばっかで本業不明の事務所で気が散って休めないならウチで休んで行ったら?」

「えぇ〜でもぉ」

「陽香ちゃんとおんなじこと言ってるね」

「ふふっ……」

「オッケーじゃぁテテテ泊まります! 配信器具もどうせ全部あるでしょ?」

「完備」

「しばらくリモートにしよっと」

 

 

「……かぐやさん……」

 玄関の方を見つめ呟く陽香ちゃん。芦花ちゃんが煮物の準備をしながら補足する。

「かぐや引退からの復活はあの子の代名詞だから。いつものこと。まぁ、10年以内にはきっと帰ってこれるよ」

「10年?」

 芦花ちゃん、ブラックジョークが過ぎるよ。まぁそれが言えるほどかぐやちゃんとの日常が揺るぎないものになったってことだね。さて、今回のかぐやちゃん復活は何日後か、何ヶ月後か、はたまた何年後か。

 

 

 酒寄博士へ。

 なるべく早めに頼みます。

 何も出来ない、テテテより。

 

 

 ────────

 

 

*1:
エリック・サティ グノシェンヌ第5番: https://youtu.be/t2CHG23U-_Q?si=P4x9TtdoLpMalU9u




ミニヤッチョ関連のオリジナル描写・設定に関しては前作をお読みいただくとより理解が深まるかと。

ミニヤッチョ・イン・アクスタ https://syosetu.org/novel/414778/

作品内の彩葉の部屋のヤチヨアクスタには、実はヤッチョGPTに扮したミニヤッチョが受肉していた…?!
公式映画版とその補強である公式小説版の“ストーリーの裏を妄想したもの”です。
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