今日は日曜日。日曜日に雨。せっかくだからみんなで記念公園に行って葉桜の”
「芦花さ、それって面白いの?」
「
「そりゃ
「いいじゃん彩葉。要は公園行きたいなぁって。"葉見"なら夏でも秋でも出来る」
「冬なら“
しょうもないなこれ。しょうがないから家でゴロゴロ……
「やだ! かぐやみんなでどっか行くの!」
……これが30分続いているので心穏やかにゴロゴロも出来ない。
「外見えない?? ザーザー降りだよ?」
「ねぇ! どっか行きたいよね! ね?」
訊く相手間違えてるよ……でもそうだ。
「ならさ、らーぽ行って色々買ってかん?」
「ダメ、この間徹夜明けでヤチヨに運転止められて車を駒場に置いてきた」
「別にそんな大量に買わんでもさ。ショッピングだってしたことないでしょ? 陽香ちゃんきっと」
七村陽香ちゃん。2週間前にかぐやちゃんが突然家に連れてきた14歳の女の子。彩葉とかぐやちゃんはこの1週間家を留守にしてたので、この酒寄家で一番陽香ちゃんと親しいのはまさかの綾紬姓の私であるというあまりに奇妙すぎる状況。
彼女は自分から何か行動を起こすということをほぼ全くしない。それを思いつく発想すらないという感じだ。私が話しかけてそれに応える。応えられるだけ全然安定してるのかもしれないね。
「ショッピング、行ってみない?」
「うん」
相槌が「はい」から「うん」になったのはすごく嬉しい。仲良くなれた気がする。ハードルめっちゃ低いけど、それでも大事な初めての一歩だよね。
「しゃぁ! 行こ! 行こ!」
かぐやちゃんが彩葉の腕をグイグイ引っ張って玄関へ持って行く。なんか、変だよ? こんな乱暴な事する子じゃなかった。あくまで精神的に彩葉を振り回すだけで、物理的に乱暴を加える子じゃ、なかった気がする。大型アプデで何が変わった? 指の腹のシワシワだけじゃない、もっと重大な何かが、変わってしまった気がする。
家の目の前をモノレールが、雨を弾きながらグインとうねり通る。慣れない人は多分ビビる。ビビるかな? う〜ん、ソイツがビビリなだけかも。そのモノレールに乗って2駅先。らーぽ
「ひゃぁ〜! 濡れた濡れた! 防水めっちゃ神すぎ〜!」
「はいみんな、タオル1枚ずつ」
「流石彩葉。ありがとう〜」
「さて、どこ行く!?」
「かぐや、決めるのは陽香ちゃんだよ」
「どこ行く?!」
ほんと、犬みたい。尻尾フリフリ振っちゃって、骨投げたらそっちに飛んでっていきそう。
「こういうとこに何があるかわかんない……」
そうかぁ。何を買えばいいのかわかんないから何も買えなかった人間にとって、ショッピングモールとか何の恩恵ももたらさない無用の長物よな。私みたいにモールに一日分引きこもってお店延々と巡り回るなんて、考えもつかなさそう。
「ねぇ芦花さん、何でこんなに洋服屋さんが多いの?」
「それは本当に何でだろうねぇ。そういうもんとしか思ってなかったわ」
やっぱ視点が違うから発言聞いてる方も新鮮。この子は大量の選択肢から、最初のお店にどこを選ぶんだろう。
楽器屋さん。でしょうな。順当。
「これしか知らないから」
「それ以外のものがマジで七村家になかったからなぁ……」
「そういえば陽香ちゃんはなんか弾けるん?」
「いや、あんま弾けない。聴くのしか」
「それならちょうどいいお店あるよ! 行こ?」
「じゃぁ……」
早っ! このペースじゃ
「待ってかぐや。陽香ちゃんはここで買いたいものはある?」
「う〜ん、別にないかも」
「私はある」
また彩葉、この主語を強調する英語みたいな話し方。なんか意図があるのか……?
「ステレオ買ってきた!」
「は?!」
……は?! 二度も、は!? って思っちゃった。衝動買いにも程があるって! かぐやちゃんじゃないんだから!
「いくらしたよ……!」
「秘密」
「何で突然??」
「陽香ちゃんの興味のあることには金なんて惜しんで居られないよ」
「かぐや今調べたけどさー、彩葉買ったの、陽香ちゃん家にあったステレオの上位互換だよ?」
ただのマウント取りかい。
「音楽を聴くのが好きならここだよ!」
「うわっ、音おっき……」
何でここにあるのかよくわからないタワレコ。もうちょい立川駅に近くたってよかったんじゃと数年おきに思うタワレコ。陽香ちゃんはBGMに流れるJ-Popにびっくりしていた。やっぱPop系は受け付けないのかな?
「あんま慣れてないっていうか、ずっとクラシックばっかりだったから」
うーん、かぐやいろPの楽曲達や月見ヤチヨのソロ曲達もがっつりJ-Popだけど、やっぱ慣れてないうちに聴かせたら違和感で拒否ったりしちゃうのかな。それはやっぱりちょっと悲しいかもな。
陽香ちゃんはクラシック音楽の棚に真っ先に向かったけど、私はクラシック音楽については頓珍漢だから、ここは彩葉に任せよう。私が探るべきかぐやちゃんの元へ近づく。
「芦花〜!」
「ど? 楽しんでる?」
「見てー。かぐやもいろPもいる〜」
「もう一昔前の曲になっちゃったね」
「だいじょーぶ! かぐやもヤチヨもがっつり現代に食らい付いてるよん!」
「頑張れ〜ベテラン歌手〜」
「歌手だなんて〜言わんといてよ〜恥ずい〜」
「かぐやちゃん、ちょっとベンチ座ろ?」
「おけおけ〜」
あくまで自然に切り込む。
「かぐやちゃん、今回の大型アプデのご感想は?」
「いや〜どーだろ。過去一無風で何があったって感じ。正味不満」
「そっか。どこが不満な感じ?」
「だって内容がマジで指の腹のシワシワだけなんだもん。見る? KG型ボディのプレスリリース」
スマホで見せてもらうと確かに、そこに載ってるのは1項目だけだった。はっきりいうと指のシワシワなんて、正直大型アプデでやらんでもいい内容だ。じゃぁこの違和感はアプデの影響じゃないと? え、バグ? だったらもっとヤバくない?
「何か不安なの?」
バレた。いいやもう。正直にぶっちゃけよう。
「かぐやちゃん、彩葉の腕を無理やり引っ張るような子じゃなかったよね?」
「あーあれね?」
え? わざとっていうの? ますます意味がわからないよ。
「普通の娘だったらあぁするかなってさ」
娘。彩葉が七村家の電話口で淀みながら言った単語。あぁ。引きずってたのか。
「言わせてもらうよ? 普通の娘でも女子高校生であれはしないと思うけどね??」
「わかってるけどぉ!」
「そしてかぐやちゃんも。脈絡なく乱暴する子じゃなかったはず」
「わかってるけど……」
「何が、不安なの?」
「……逆に彩葉がかぐやに何か仕込んだかもって」
「かぐやちゃんに対しての彩葉に限ってそれは……」
「わからないよ? 書かなければ無いのと同じだもん。かぐやすら知らない何かが、彩葉だけが知ってる何かが埋め込まれててもおかしくない」
やーばいなー。いろかぐの信頼関係にがっつり亀裂が。
「彩葉が何を埋め込んでても、それは絶対かぐやちゃんの益にしかならないと思う。少なくともかぐやちゃんを害する事じゃ無いはず」
「彩葉にとっては益でもかぐやにとっては害なことかもしれない」
「そこはもう、本人に訊こう?」
「わかった。訊いてくる」
は、待って、今!? 陽香ちゃんとの距離を離してくるから待ってて!
「彩葉さん、かぐやさんと何かあったの?」
あっぶないギリギリ間に合った……彩葉にかぐやちゃんが詰め寄る形だったから、陽香ちゃんがそう思うのは自然だ。
「うん。あの2人も長いからね、色々愛憎入り混じってるわけ」
「?」
あれ、変なこと言ったかな。
「まぁいいや」
なんかあらぬ誤解がたった今陽香ちゃんの脳内に生じた可能性があるけど、し、しーらない。
「芦花! ごめん、テテテとの会議忘れてた! コワーキングスペース借りてきたからそこでやろ!」
なになに突然、かぐやちゃんの方はどうなったの?! かぐやちゃんはどこ??!!
さて、さっきのは
「父親のスタンスは相も変わらず白旗?」
かぐやちゃんのことが気になりすぎるけど、テテさんがわざわざオンラインで同席してくれてるので、一旦は会議に集中。最悪迷子アナウンスで『酒寄かぐやさんがお待ちです』と流される程度で済むだろう。
「いや、場外乱闘は厳禁にしてるから、予定と資料以外送ってないし反応も最小限にしてもらってる。マジで未知」
『それに従っちゃう性格か〜。こっちが粗相起こしそうでヒリヒリするよ彩葉ちゃん……』
「てか相手どこまで知ってんの? まず何でもかんでも教えすぎじゃない? かぐや=全身義体は伝えてないにせよ……」
酒寄家に肩入れしてる私から見ても、陽香パパには何も包み隠さず全てを
「陽香パパがそのお人好しスタンスなんだもん。ある意味こっちも向こうを信用してんのかも。なんか色々とねじれすぎな気もするけど」
「そこらの補正は画面の向こうのテテさんに任せればいっか」
『いつまでも、あると思うな、テテテ。字足らず』
「そういえばテテテはテテテで資料作るんよね?」
「あれ、テテさんはあくまで中立で発言権ないんじゃなかった?」
『やー、ね? あくまで私の見解を共有してるだけで、父親に指示はしてないからこれならギリセーフかなって。アウトかな?』
「私テテテさんの草案を読んでみたけど、本番がっつりアドリブ効かせなきゃというかそれ前提だし、そもそもこの話題を会話に自然に組み込む技術が私には無いから、資料を書いた本人に話してもらおうって」
『調停役はきちんと遂行させてもらうよ〜』
何を話すのかわかんないけど、テテさんもやっぱり、少しでも勝率を上げんということなんだろう。陽香ちゃんの益の為なら中立をも崩す。やっとこの人、中立以外も覚えられたんだ。
私はもはや会議どころではなく、かぐやちゃんのことが気になりすぎるので、その後の会議の内容は全部2人に任せて置物のように固まっていた。
────────
ほんとに、無風なんだよ。大型アプデ内容、指の腹のシワシワだけ。もう何度も言及されて聞き飽きたって思われるかもしれないけど、それほどかぐやだってびっくりしてる。彩葉には悪いけど、わざわざ義体内にヤチヨ呼んで秘密裏で精査点検までしてもらった。あらゆるログを読み漁ってもらった。シークレットコードの必要なところまで隅々と。それでも異常も改造もどこにも無い。本当に指の腹のシワシワだけ。これで大型アプデと言い張ってた彩葉が怖い。起きた症状は知恵熱による脳内部品の熱損傷だけのはず。その修理が大型アプデってこと? 知恵熱なら今までも何度かあったけど、アップデートまでしたのは今回が初めて。あたしの身に何が起こってるのかわからない。そしてそんな疑念を私に抱かせた彩葉の裏の意図も、意味不で怖い。
さっきアプデの後に性格が乱暴に変わったんじゃないかと至極真っ当な指摘を芦花に言われたし、大月の諌山家でも、あたしがトイレ立て篭もりから出てきた直後に真実に心配された。残念ながらバグや故障ではなく、あたしの意思でやってることなのです。
最近の彩葉はどうも様子がおかしい。それは陽香ちゃんが来るよりもずっと前から。あまりかぐやに、構わなくなった。ただのマンネリやレスじゃない。かぐやよりもかぐやの為の研究の方を優先しているような、本末転倒ぶりを発揮してるだけ。今思えばあのタイミングで義体老化の研究開始を決断したんだろう。彩葉のことだし、かぐやときちんと向き合ったら決意が揺らぐとか、そんなこと思ってそうだ。
彩葉、今のあなたは、何のために、誰のために研究してるの?
「かぐやさん?」
「あぁごめん陽香ちゃん。無視しちゃってた?」
「いや、こういう顔、かぐやさんお家であんましないなって」
すげぇ、
「どんな顔してたんだろ」
「なんか、こう、難しい……」
「ヒヒヒ! 良いよ良いよ捻り出さんでも。むずいでしょ?」
「しっとり……これしか言葉知らないや」
しっとり。初めて逢った時も言ってくれてたね。その言葉の奥にありそうなモノを予想して……意味無いんだこの子には。だって私の予想の前提そのものを揺るがしてくる返答をしてくるんだ。
「なんか、明るい人としっとりした人、全然別の人が一緒にいる感じ」
ほらね。
この子は、どこまで知ってるんだ? かぐや=ヤチヨを。いや、何も知らないからそこまで見えるんだ。KG型ボディの中には、かぐやとしてのかぐやっぽい
「どうして、そう思ったの?」
「何でだろ、彩葉さんといる時のかぐやさんと、一人の時のかぐやさんが違うっていうか」
「まぁ〜相手を変えると対応変えるってよくあることだもんね〜」
ってことにかぐやがしたいだけ。
「芦花さんがなんか、愛憎入り混じるって言ってて」
へ?
「彩葉さんとかぐやさん」
そっかぁ。芦花にはそう見えてるんだ。愛憎、ね。憎の部分がどっかにチラ見えたのかな。彩葉への憎……か。
「それは多分
「愛……?」
「うん。きっとそう」
物語を信じない人は、愛をも疑ってしまうのだろうか。
「あ、あのさ」
誰!? 誰の声? ストーカーか盗撮か??
「かぐ姉ぇだろ?」
あ、公園のガキンチョの一人。ヤベー奴じゃなくて良かった。
「おぅ! 久しぶりだな!」
「何やってんだよこんなとこで〜公園来いよ〜」
「最近バッタバタでヨユーないんだわ! ごめんな!」
「先日はうちの子がどうもお世話になりまして」
おぉ。コイツのお母さんっぽい人だ。
「いえいえ〜あたしゃ勝手に楽しんでるだけっすから」
「その子と一緒なんだ〜」
「……え私!?」
お? 陽香ちゃんがなんだ?
「かぐ姉ぇ来る前からずっと公園のベンチ居たろ〜」
「う、うん」
「俺らんとこで話題なっててさ、学校で」
陽香ちゃん、まさかの小学校の有名人になってた……それも多分不審者枠で……めっちゃ顔赤くなって俯いとる……誰だって顔から火が噴くわこんなん。
「ママにも話したんよ」
「へ?! この子のこと?!」
「あなたがその……うちの子から
「は、はぁ……それは、どうも……」
「そんじゃーなかぐ姉ぇ! 暇んなったらまた来いよ!」
「おうよ! またコテンパンにしちゃる!」
び、く、くっそビビったぁ……
うちのかぐやいろPのリスナーはよく訓練されてるから酒寄の一味に変な迷惑はかけないし、ツクヨミユーザーの粘着アンチもヤチヨによって実質ツクヨミ内行動制限をかけられるから、それを振り切ってまで襲ってくる人間はそうそう居ないし、盗撮とかしてもスマホの中のヤッチョAIが自動で判別して削除してくれるからその危険もほぼないわけだけど、にしたってKG型ボディと女子中学生の2人でモールは流石に不用心すぎたか。
「かぐや! 陽香ちゃん! 大丈夫??」
あーっと、義体の自動アラート飛んだなぁこれ。かぐやも陽香ちゃんも誰もスマホいじってないのに彩葉たちが飛んできたら、陽香ちゃんに怪しまれかねんな……どうしよう。
「今会議終わってかぐやんとこ行ってたら誰かに囲まれてるのが見えてさ、リア凸だったらどうしよって!」
よっしゃ! 超フォロー完璧!
「彩葉神! 感謝感激、雨アラモード!」
ヤッベヤチヨ出ちゃった。
「ちょうど会議終わったよ」
「終わらせたんじゃなくて?」
「ま、まぁ、家帰ってからで良いかなって。テテテにも急ぎ事情……あ、なんでもない」
危なっかしいなぁあたしたち。こんなんでやってけんのか?
「彩葉どうする? この後服買える? この状況で」
「そうだねぇ……かぐや、どうしたい? 別のモール行く?」
「いいよここで。その代わりみんな守って。彩葉も芦花も」
「もちろん。てか彩葉、さっきのなんだったの。かぐやちゃんが彩葉んとこ行ってすぐにテテテとの会議あるーってこっちきて」
「あれは単に私が会議の存在忘れてただけ。リマインドが来て気づいた」
かぐやの義体に“何故何もしてないか”を問うた途端に彩葉はスマホを見てリマインドに気づいた。いや、意味分からんて。何もしてないならどうしてそこまで怯える? せめて大型アプデと言う単語が指す意味を教えてくれ。定義が、分からん。
呉服屋……ねぇなんか服屋さんのかっちょいい言い方ない? いいやもう呉服屋で。呉服屋に芦花が入れば水を得た魚となって完全芦花の
「芦花は美容だけじゃなくて衣類コーディネーターもイケるんだね」
「美容ときたら衣料系に行きたくなるでしょ? どっちもコンセプトは同じだよ。なくても困らない、いや、困るか。最低限の下着Tシャツ短パンは前提にして、それ以上の身に纏える付加価値。それらを効果的に使って自分自身の価値をより高めたい」
「すげぇー。そんなん私ないわぁ。わかる? 陽香ちゃん」
「全く」
「だよねぇ」
何そこのズボラライン。
「そもそも見た目で他者を決めつけることは本人の意図しないステレオタイプの発現に繋がり、それを本人自ら定めてしまうことは他者が抱く自らの印象をあえて固定させ、画一化されたステレオタイプを無批判に肯定することに繋がり云々」
この御託はネタだな。彩葉なりのボケ。別に面白かない。
「彩葉さ〜ん。そんなのみんなわかった上でやってんの〜。まずファションに他者は要らないよ。自分の家で着飾って自分だけのファッションショー楽しめば私はそれでいいと思うんだよ」
「誰にも見られんって虚しくならん? かぐや絶対誰かに見て欲しいんだけど」
「それならどんどん表に出ようよ。本来は誰かに見られるなんて意識しないでいい。究極の自己満。せっかくお金かけて買ったのにそんだけじゃ割に合わないから外にそれを着てくってなった時に、最低限のモラルが必要ってだけだから」
「えっと、服の量多過ぎてよくわかんない」
「よし。今から見て回ろ? 陽香ちゃんに全部説明してあげる」
「陽香ちゃんはねぇ……ブルベ冬かな」
「なに……? ブルーベリー?」
「ははは! 違う違う、まぁ普通わかんないよね。ブルーベース。肌の色とか瞳の色でわかるの。ほら、ここに金のアクセと銀のアクセがあるでしょう?」
なんで鞄からそんなのすぐに取り出せんの……
「神様〜。普通の木のアクセありますか〜?」
「翁様にはこれでいい?」
「数珠をここで出されても……」
ぶっ!! 思わず鼻から吹いちゃったじゃんか! なんで鞄からそんなのすぐに取り出せんの!
「やっぱ銀色が合ってる。この服とか似合うんじゃない? 陽香ちゃんの好きな色教えて〜?」
「む,むらさきとか」
「いいねぇ。位の高い大納言様だ」
「冠位十二階だね。いっちゃんエラエラなの」
「かぐやさんなんでそんなの知ってるの……?」
「へっへ〜かぐやこれでも勉強出来んだぜ!」
まさかウミウシ姿で実際に見てきたとは、言えねぇよなぁ〜
陽香ちゃんに服を当ててみる。うん。かわよ。ぐうの音の一つも出ない。
「まって、迷う。どれもこれも似合いそうで、私の服を買うんじゃないのに半日くらい居ちゃいそう」
「こんなとこずっと居たら目がチカチカするよねぇ」
「えっと、私はどっちの意見に、頷けば……」
芦花と彩葉の正反対の意見。あたしはニカッと笑う。
「選択、だねっ!」
「カスみたいな選択肢だけどね〜。これとかどう? ワンポイントに紫が入ってる」
「はぁ……」
「あとこれとか」
「おぉ……」
着せ替えをされるがままの陽香ちゃん。見かねた彩葉が問いを投げる。
「陽香ちゃん、今当ててもらってる服、似合ってるって思う?」
「わかんないというか、自分なんかが着るもんじゃないというか……」
凄いな。こんなとこでここまでぶっちゃけてくれたよ。めっちゃ成長してる気がする。
「それなら試着だね、全部持ってこう」
「え? 全部?」
「鉄は熱いうちに切れ! レッツラゴー!」
「切るな! せめて打て!」
「ここで、着替えるの?」
「そうだよ」
「外じゃ……?」
うん。確かに思いっきりがっつり群衆が騒めく外だねぇ。鍵もないカーテン一枚隔てただけの。試着だからってなんでこんなとこであたし達着替えてんだろうな……確かになぁ。
閉じたカーテン越しに彩葉が語りかける。
「恥ずかしいならやめよう。強制はできない」
「でも……」
「遠慮はやめて。あなたに関する事柄だったら、あなたの尊厳が第一です。期待に応えようとしなくていい」
「……」
「代わりに芦花が試着するからさ。恥ずかしいなら控えなきゃ」
「おっけ。ちょっと服選んでくるかぁ」
カーテンを開けた陽香ちゃんは申し訳なさそうにポツリと呟く。
「……試着はちょっと、無理かも……」
「偉い。ちゃんと拒否できた。一番大切なことだから」
「”嫌だ“が言えなきゃ、人で居られないから」
「かぐや?」
「ん! なんでもない!」
私は今、何を嫌だと思ってる?
彩葉の気を引こうと、彩葉の腕を無理やり引っ張る私。
彩葉の内心がわかんなくて、勝手に不安になってる私。
成れない
成れない
成れない
今のあたしは、嫌かもしれない。
「ねぇ。どうしよう」
ほんと、ね。
「超一流美容インフルエンサーROKAが生試着するってなってさ、こうなるとは薄々勘付いてたけど、本当になるとは思わんやん。でしょ? かぐや」
「ああやってファンがちらほら見物に来てさ。逆に超一流ライバーのかぐや達が店の外に放り出されてんの」
「芦花はしばらくかかるって。応対」
「ほんと、オツだね」
「えっと、なにが起こったの?」
陽香ちゃんはネット文化どころか従来のサブカル系にも弱いから、こういうファンと推しのコミュニケーションがわからないのかな。いや、流石にプライベートの試着に群がる
「まぁ、風が吹けばなんとやらってのよ」
「桶屋が儲かる」
「なんとやらってんのにそこの正解言うのただの指摘厨だよぉ彩葉ぁ!」
「はいはい。とりあえずご飯食べようよ。希望ある人〜」
あたしゃ手を挙げんぞ? ほら、陽香ちゃん、言っちゃえ行っちゃえ!
陽香ちゃんは洋より和が好きみたい。まぁ一回の試行じゃなんもわからんけどね。モール内にある清潔そうな定食屋だ。繁華街にある定食屋が不潔だとは決して言ってない。子ども連れも来やすそうだって言ってるだけ。
「食べたいのなんでも選んで! 金に糸目はつけんぞ!」
「彩葉なんか親バカなってない?」
陽香ちゃんのために高ぇステレオまで買ってさ、あと3日で別れるかもしれないのに。
「親バカなれるの今のうち!」
彩葉が少し涙ぐむ。やっぱ寂しいよ。いや、あたしが勝手に連れてきといて何言っとんじゃって感じだけど、たった2週間しか、というか彩葉は1週間しか一緒に暮らしてないけど、そんだって寂しいもんは寂しい。
たった一人の女児に対して私たちの持てる知恵も感情も経験も願望も有らん限りの全てを注ぎ込んじゃったから、その分私たちのあの子への思い入れは並の人間へのそれではない。運命の出会いとか、もはやその
昼飯が涙色に染まるのはやだ。一旦メシを選ぼう。
「メニュー多過ぎんだよなここ」と愚痴ってみる。選択に迷うのはよくあることだと印象付けたい。そして届いて食べたら敢えて失敗した風を装うの。選択は失敗してもいいという信念を贈りたい。
「うんまぁ〜!」
当然上手く行くはずもなく、失敗予定で頼んだセットのあんまりの美味さに
「あ、芦花おか〜」
「だぁ疲れた! ご飯!」
「本当災難だったねぇ」
「陽香ちゃんの事訊かれてさぁ。かぐやちゃんのリア友っつっといた」
「実際リア友だしな。ド正解っていう」
まーじかー。陽香ちゃんの存在、ネット民に知られちった。これどうしようか。
「テテさんに隠し通せって言われたけど、現実的に無理。これからもあっちゃこっちゃ連れてくなら尚更」
「え、私、どっかに連れてかれ……?」
「ほら旅行とかさ、そもこの状態が陽香ちゃんにとっちゃどっかに連れてかれたあとだな……」
「果たしてこれからがあるのかという……」
うーんかぐややらかし。ずんと重い空気。
「創るんでしょ? これからを」
「彩葉?」
「私たちが運命を編み出すの!」
「とりあえずビールで良い?」
「ちょ、芦花! 今私いいこと言ってたじゃぁん!」
本当、良いこと言うね。ちゃんと、
「曇り……だね」
「そこは晴れないんだぁ」
芦花と2人で愚痴をこぼし合う。まだなんも解決しとらんもんなぁ。そりゃぁそう。
「雨上がりの匂いって良いよね〜」
「バクテリアの匂い」
「彩葉ー雰囲気壊すなー」
「五感再現の研究してたらそんくらい答えらんなきゃ」
「時と場合ってもんがさ、あるわけよ」
そうか。彩葉の職業について、五感の研究者だと陽香ちゃんには開示してるんだ。まさか義体の研究やらバイオテクノロジーやらの研究者とは思いもよ……りそうだぞ。あの察知力はタダもんじゃねぇ気がする。なんならなんで五感の研究してるんですかと訊かれて正直に答えたら義体の存在と彩葉の関わりは言い逃れできない気がする。そんな時が、来るほど仲良くなれたらいいのに。そんな時間はなさそうで。
「ほんと、どうすんだろ。彩葉」
芦花がこっそりポツリと呟く。酒寄家、八方塞がり。陽香ちゃんを前にして、この先どんな、