「──死吟醸」
その瞬間だった。ゴッドバレーを、凄まじい衝撃が駆け抜けた。大地が大きく陥没し、周囲の木々が根元から吹き飛ぶ。巻き上がった土煙と瓦礫が視界を完全に覆い尽くし、戦場の一角だけが巨大な煙幕に包まれた。
「…………」
「…………」
その場にいた者たちが、一瞬だけ動きを止める。だが、戦場は止まらない。
戦闘は続いている。やがて、風が吹いた。巻き上がっていた煙が、少しずつ晴れていく。最初に見えたのは、深く抉れた大地だった。巨大な斬撃の跡が一直線に伸びている。そして、その始まりには──
「…………」
──ヒグマが立っていた。黒刀を手にしたまま、傷一つない。息すら乱れていない。やがて、その視線の先にあるものが露わになる。
「…………」
異形の蜘蛛の身体をした、サターンの姿だった。巨大な身体には、深々と斬撃が刻まれている。そして、数本の脚が、遠く離れた場所へ転がっていた。カイドウが、驚きを隠せない。
「……おれ達の攻撃を受けて無傷だったやつを、斬り伏せやがった。」
その隣ではリンリンが口元を歪める。
「マ〜マママ……!とんでもないじゃないか、ヒグマァ!」
ヒグマは二人へ振り返る。
「……ああ?」
リンリンが何かを思い出したように、手にしていたものを掲げた。
「そうそう!」
その手に握られていたのは──一本の酒瓶。
「お前の好きそうな酒を拾ってやったよ!」
「…………」
ヒグマの目が、酒瓶へ向く。戦場の喧騒すら忘れたように、ヒグマの視線が酒へ釘付けになる。リンリンから差し出された酒瓶を、ヒグマは受け取った。
「……こいつは?」
「さっき拾ったのさ。お前が好きそうな酒だろ?」
「…………」
ヒグマは酒瓶を傾け、中身を確認する。そして。
「……悪くねぇ。」
口元が僅かに緩んだ。
「マ〜マママ! 気に入ったかい?」
「ああ。ありがとな、リンリン。」
「……!」
リンリンの笑みが一瞬だけ止まった。ヒグマから素直に礼を言われるとは思っていなかったらしい。
「……マ〜マママ!礼なんていらないさ!」
「……そうかよ」
ヒグマは酒瓶を眺めながら、どこか満足そうに呟いた。その時だった。
「──?」
遠くで巨大な爆発が起こった。ヒグマが顔を上げる。土煙の向こう。イムの支配下に置かれ、まるで悪魔のような姿へと変わったロックス。そして、それを追うようにロジャーとガープ。三人の激突によって生じた衝撃波が、大地を削りながらこちらへ向かってきていた。
「……おい」
カイドウが目を細める。
「こっちに来るぞ」
「マ〜マママ! 避けるよ!」
カイドウとリンリンが身構える。だが。ヒグマの視線が、更に別の方向を向いた。
「……。」
「──ん?」
リンリンが首を傾げる。次の瞬間、先程の衝撃をかき消しながら、強烈な斬撃が飛んでくる。木々が吹き飛び、大地が抉られる。普通なら逃げるべきこの状況。斬撃はリンリンの目前へと迫る。だが、ヒグマは酒瓶を持っているリンリンの前へ、一歩だけ踏み出した。
「──え」
「…。」
黒刀が抜かれる。迫り来る斬撃が、ヒグマの目の前で真っ二つに裂けた。左右へ分かれた斬撃が、リンリンの身体を掠めることなく、その後方へと流れていく。
「…………。」
一瞬の静寂。そして、ヒグマは振り返った。
「割れたら困るだろ。」
「…………マ〜マママハハ。」
リンリンの目が大きく見開かれる。口元が、ゆっくりと吊り上がる。
「……
「は?」
「ますます気に入ったよ、ヒグマ!!」
「……酒を守っただけだろ。」
「それがいいんじゃないか!」
リンリンは嬉しそうにヒグマの背中を叩き、笑った。その隣で、カイドウが呆れたように二人を見る。
「……何やってんだ、こいつら」
ヒグマは黒刀を鞘へ戻す。そして、遠くへ視線を向けた。そこでは未だに
ロックス、ロジャー、ガープ。三人の戦いが続いている。轟音が響くたび、地面が震えているのがわかる。
「そいつは持ってろ。」
「お前が飲まないのかい?」
「……あとで飲む。」
「そうかい!」
ヒグマは歩き出した。
「……おい、ヒグマ。」
カイドウが声を掛ける。ヒグマは足を止める。
「どこへ行く?」
「決まってんだろ」
ヒグマは振り返らない。
「ロックスのところだ」
「ロックスとやるのか?」
「いや」
ヒグマは遠くでぶつかり合う三人を見つめる。
「……あいつらがロックスを倒せるなら、それでいい。ただ──」
ヒグマの口元が僅かに吊り上がる。
「──あいつらが倒せねぇ時は、おれが倒す。それが、おれを拾ってくれた、ロックスへの礼だ。」
「…………。」
リンリンとカイドウが黙る。ヒグマはそのまま歩き出した。
「じゃあな、リンリン。カイドウ」
「……ああ。必ずお前を超えてやる…!」
「ちゃんと酒取りにきなよ、ヒグマァ!」
「あぁ。」
背中越しに手を振る。そしてヒグマは、ロックスたちが激突する戦場へ向かって歩き始めた。その背中を見送りながら、リンリンは酒瓶を抱き締める。
「……マ〜マママ、本当に……いい男だねェ。」
そして、嬉しそうに笑った。
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