異界内部は、例えるならアリの巣を思わせる多層構造となっている。
大きさも環境も様々な階層が最低でも数百以上に亘って乱立し、それらはエーテルによって生じる空間の綻び、階層同士を接する通路とも呼ぶべき継ぎ目──階層門で繫がっており、往来が可能。
また、異形因子保持者はエーテルに侵されて脆くなった空間の性質を利用し、異界内から外界へと通じる穴をこじ開けることもできる。凶三がよく遊んでるRPGで言うところの迷宮脱出呪文みたいなもんだ。
普通は数人がかりで数分から十数分かけて行うものだが、教会の連中は俺含めて全員単独かつ数秒あれば開けられる。そうでもなければソロで異界に入るとか自殺行為。
「んぐっ……夜街に出たのはツイてるな」
捕まえたテケテケの喉を食いちぎり、眼窩に舌を突っ込んで目玉をほじり取る。
ぷちゅっと音を立てて口の中で潰れた。味は酷いが食感は悪くない。
「ここから目的の階層までは割と近い。半日で着く」
「お泊まりセットが無駄になったか……」
腐り始めた死体を投げ捨てる傍ら、荷物の中から四つも五つも枕を引っ張り出し、ちょっと残念そうに呟く凶三。
「そんなに枕ばっか持ってきやがって、何に使う気だ」
「外泊と言えば枕投げだろう。やらないのか?」
やらねぇよ。
逆に聞くが本気でやりたいのか。枕投げ。
「懐かしい。まだ私たち二人で暮らしていた頃、よく遊んだ」
いつの話だ。お前とは優に十年以上の付き合いになるが、枕投げをした記憶は一度も無いぞ。
こいつ思い出を捏造してやがる。怖っ。
「あとは廃ビルの柱を一本ずつ交互に折って、どっちが倒壊させるか競ったり」
それはやった。
危うく生き埋めになるところだったよな。
俺が把握している限り、夜街と直接繫がった階層は七ヶ所。
うち二ヶ所は少しばかりエーテルが濃く、警戒に値する。
そして向かったのは、その二ヶ所の片割れ。
「『因習村』に来るのも、しばらくぶりだな」
薄汚い虹色の馬鹿でかいシャボン玉といった外観の階層門を越えた先に広がる、一見のどかな田園風景。
けれど出現するクリーチャーの平均的な存在強度も危険性も、廃病院や夜街を一段階上回るスポット。手鞠歌を口ずさむ子供とか、舌と目玉を抜かれて生き埋めにされた女とか、そういう厄っぽさ満載な奴が探せばたくさん居る。
都市伝説ってのは、たいてい都会より田舎の方がヤバかったりするのだ。都市伝説なのにな。不思議。
「ここは下層か?」
「いや、まだギリギリ表層だ」
階層は空間内に充満するエーテルの濃度によって『表層』『下層』『深層』の三段階に区分される。
濃くなるほど環境は人間に適さなくなる傾向が強く、クリーチャーの脅威も増す。
しかも異界門や階層門は都合良く難易度順に繫がってくれているワケではないため、いきなり深層へと放り出されるケースもある。
取り分け、数十分ごとランダムに接続座標が切り替わる異界門は用心が必須。もっとも用心したところで実際入るまでは行き先など分からんため対処しようもないんだが。単に心構えの問題。
「あと六つ階層門を越えれば──あ、いや、待った」
頭の内で地図を思い描く最中、古びた知識を一緒に掘り起こす。
すっかり忘れてた。
「この階層には門番が居るんだよ」
「ほう、珍しい」
倒すことで新たな階層門を一時的に発生させるタイプのクリーチャー。
種類も個体数も少なく、そもそも何かしらのギミックを介さなければ出現しないことすらある変わり種。
「確か、良い位置に繋いでくれたハズ。かなりのショートカットになる」
「そう上手く遭遇できるのか?」
問題ない。
アレに限っては簡単に誘い出せる。
「む」
ふと凶三が銃口を素早く右方へ向け、一発だけ発砲。
青々とした稲が風に揺れる水田の向こうで揺らめく白い何かを正確に撃ち抜き、次いで排莢口から吐き出された薬莢を無造作に掴み取った。
「なんだ、あいつは」
「『くねくね』だな。近くで見ると正気を失うって都市伝説のバケモノだ」
遠く波紋する銃声の残響。
薬莢を握ったまま不快げに硝煙を払いのけ、しゃらしゃらと髪を鳴らすように首を振る凶三。
「火薬臭い。鼻につく」
「そりゃ火薬を使った武器だからな」
更に三発、まったく別方向に位置取っていたクリーチャーたちを腰だめで撃ち抜く。
都合四発となった空薬莢が、真っ白な手の中で転がされた。
「早くライキリを直さなければ臭いが染みついてしまう」
銃が嫌いなくせ、射撃はアホほど上手いんだよなコイツ。
ままならないもんだ。
因習村東側。
半ば風化した紙垂つきの縄と、朽ちかけた鉄条網のフェンスで囲われた陰気な森。
「せい」
フェンスの高さは三メートルほど。飛び越えても良かったが、硬質化させた指で縄も鉄条網も一緒くたに引き裂き、広々と通れる入り口を作って堂々と踏み込む。
二人で中を少し進み……さほど時間を要することなく、目的のものを探し当てた。
「あったあった」
古ぼけた六角形の石台に乗せられた、さほど大きくない祠。
その中心には小さな賽銭箱のような、よく見ると全く違う何かが置かれている。
造りこそ粗雑ながらも、まるで神体のごとく祀られた、くの字型の棒切れで組まれた掌サイズのオブジェ。
これを壊せば、門番が現れる。
「そーれ」
異形因子を活性化させずとも木っ端のクリーチャーくらいなら叩き潰せる威力の前蹴りで、石台ごと祠を粉砕。
妙ちくりんなオブジェも、単なる木屑と変わり果てた。
──直後。けたたましい鈴の音が森の其処彼処から鳴り響き、大きな気配が凄まじい速さで俺たちの方へと向かって来る。
〈きるうぅぅぅぅ……!!〉
ほどなく現れたのは、六本腕の上半身と終わりが見えないほど長い大蛇の下半身を持った女怪。
その顔立ちは異形の巨躯に不釣り合いなほど美しくも、爬虫類じみた無表情。けれど人間離れした形状の瞳孔で飾られた双眸には、火のように激しい怒りの色が窺える。
「なんだ、こいつは」
「カタチのルーツを聞いてるなら、俺にもよく分からん」
落魄れた神。忘れ去られた大昔の怪物。悪しき風習で生け贄となった娘たちの怨念の集合体。
マイナーな上に詳細部分のバリエーションが枝分かれしすぎていて、アーカイブを漁って調べても正確なところを把握できなかった都市伝説。
「明確に言えるのは二つだけだ」
ひとつはコイツが件の門番であり、最低でも重戦車並みの存在強度を有する怪物として位置付けられている五級クリーチャーだということ。
そしてもうひとつは、コイツの通称。
「『姦姦蛇螺』。あんまり油断するなよ、表層レベルだと相当な強さだぞ」
返答がわりに、横でコッキングの音が鳴った。