シンジュクのヒト喰い   作:竜胆マサタカ

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ありふれた帰宅風景

 

「む」

 

 白石林(はくしゃくりん)の空間をこじ開けて外界(トーキョー)へと舞い戻り、休憩がてら石門(ゲート)前で()()()()をしていたところ、コインロッカーに座って完全栄養食(ジョガリコ)を食べていた凶三(きょうぞう)が静かに左目を開け、ゆっくりと周囲を見渡した。

 

「見えるようになったか」

「ひとまず片方だけだがな」

 

 視殺(しさつ)で失った視力が戻るまでのクールタイムはまちまちだ。

 一時間だったり八時間だったり、最長だと丸一日見えないままだったこともある。しかも規則性が無い。もしかしたら何かあるのかもしれないが、少なくともコイツが俺に黙って異形因子(スキル)移植手術を受けて以来およそ十年間、未だ発見できていない。

 それもあって余計に使い勝手が悪いんだよな。さっきみたく完全には決まらなかったりもするし。即死攻撃は肝心な時ほど外れるのが世の常か。

 

「水をくれ。睫毛(まつげ)が血で固まった」

 

 ……なんかアレだな。凶三(きょうぞう)がいきなり二日ほど姿を消して散々探し回った挙げ句、両耳に認識票(タグ)を付けて戻ってきた時のことを思い出したら、地味に腹が立ってきた。

 いくら女の方が男より十倍以上も手術成功率が高いとは言え、それでも平均五パーセント未満だぞ。一発勝負で命懸けるには低すぎる数字だろ、何考えてんだまったく。

 

「ほれ」

「わぷっ」

 

 濡れタオルを投げたら片目で遠近感が掴めなかったらしく受け取り損ね、顔面でキャッチした凶三(きょうぞう)に睨まれた。

 なんだよ、こちとらリクエストに応えてやったんだぞ。もし文句があるなら書類に必要事項を書いて三番窓口でハンコもらったあとに六番窓口で三部に印刷して九番窓口と十三番窓口に一部ずつ提出、残りは控えで持っておけ。

 そのうち呼び出すから。気が向いたらな。

 

 …………。

 

「あー、クソッタレめ」

 

 エーテル測定機の計測結果を見て、そんな悪態が口を突いて出る。

 

「もしかしたらとは思ったが、やっぱりか」

 

 

 

 

 

 教会(ホーム)近くに差し掛かると、不快な焦げ臭さが鼻を突く。

 

 一昨日、ジルが電気焼肉をした際の残り香。

 この分だと、あと数日はここを通るたび顔をしかめることになりそうだ。

 

 せめてもの対抗手段に凶三(きょうぞう)を抱き寄せて銀髪へと鼻面(はなづら)をうずめ、悪臭を打ち消す。

 バニラ系の甘ったるい香りが嗅覚に纏わりついて、けっこう効果的。

 

「私を芳香剤(ほうこうざい)にするな」

 

 そう言いつつも程よい角度に首を傾けてくれるあたり、お優しいことで。

 この界隈(かいわい)じゃ『ヒト喰い』などと不名誉な呼び名を付けられている俺が顔を近付けても平然としてる女なんて、お前かジルくらいのもんだ。

 

 

 

 

 

「また裏から入るのか?」

「ガキ共に泣かれちゃ面倒なんでな」

 

 正面の鉄扉(てっぴ)を開ける凶三(きょうぞう)に背を向け、鉄柵と生垣で囲われた教会の外周に沿って歩く。

 

 (あわ)せて敷地内の喧騒(けんそう)に耳を澄ませ、人数と簡単な健康状態を確認。

 全員居る。怪我人病人の気配もナシ。それに一昨日はしょぼくれてた新入りの片割れも、少しはマシになったようだ。

 

「あー! きょーぞーだー!」

「お帰りきょーぞー!」

「ジルお母さーん! きょーぞー帰ってきたー!」

 

 ほどなく響き始める出迎えの声。

 五歳から十歳まで()べ十四人のうち新入り二人を除いた十二人が、一斉に凶三(きょうぞう)へと駆け寄る。

 

「ええい貴様ら、わらわらと寄ってくるな! それと呼び捨てにするな! 年長者には敬意を払えと教えているだろう!」

「でも、きょーぞーはきょーぞーだし」

「きょーぞー以外だとなんか違うよなー」

「ならばせめてちゃんと発音しろ! 間延びさせるな! 私は凶三(きょうぞう)だ! ほら!」

「「「きょーぞー!」」」

 

 完全に舐められてやがる。まあアイツに保護者としての威厳(いげん)を求める方が酷だしな。

 それに、形はどうあれ慕われてるのは間違いない。そもそも顔を出すだけで通夜(つや)みたいになる俺が口を挟める立場かって話だ。

 

「……ン?」

 

 ふと前方に人影を見とめ、足を止める。

 敷地内に意識が向いていたため、気付くのが遅れた。

 

「…………」

 

 俺が廃材から作った鉄柵を見上げて立ち尽くす、どう見てもロクに食えていない、やつれた子供。

 汚れてて外見だと判別しにくいが、匂いで女の子だと分かる。

 

 ひとまず孤児と推定するが、だとしたら女子の孤児は珍しい。教会(うち)にも二人しか居ない。

 よっぽどな容姿でもなければ男子より高値がつくため、大抵どっかに(さら)われるか売られちまうからな。

 

 ましてや、ここはシンジュク区。トーキョーでもワースト争いに加われるほど治安の悪い一帯。子供がフラフラ出歩いてたら十五割の確率で二度とシャバには帰れなくなる。

 なぜ十五割かと言えば、まず一回確実に(さら)われたのち、更に半々くらいで別のグループに(さら)われ直すからだ。いくらなんでも末法(まっぽう)が過ぎる。

 

「おい」

 

 通り道に立ってる以上は無視するワケにもいかず、仕方なく声をかけた。

 そこで初めて俺に気付いたらしく、ビクッと肩を震わせながら此方(こちら)を向き──クリーチャーの返り血でまみれた身長一九〇センチ前後の長躯(ちょうく)な男の姿に、表情を凍らせる。

 

「見ない顔だな。ここで何してる」

「あ、ぅ……」

「親兄弟は居るのか? 家はあるのか?」

 

 五秒待つもリアクション無し。やはり家なき子か。何日か前にトシマ区とブンキョウ区でゴロツキ共の抗争があったらしいから、恐らくそれに巻き込まれた一般住人の生き残りだろう。

 そう一人で納得していると、向こうは泡を食ったように(きびす)を返し──足をもつれさせて転びそうになった寸前、襟首を掴んで持ち上げた。

 

「ひいっ……!」

「何もいきなり逃げることねぇだろ」

 

 動けないどころか声も出せないレベルで硬直。目には涙。震えて歯の根が合ってない。かろうじて漏らしてはいないのが奇跡な有様。

 

 やはり俺と子供の相性は最悪だな。さっさと()()に任せるか。

 

「そーら」

 

 五歳か六歳あたりだと思われる年頃を差っ引いても軽すぎる矮躯(わいく)を、鉄柵と生垣で囲われた教会の庭先へと放り投げる。

 直接は見えないものの、ちょうど落下地点に立っていた凶三(きょうぞう)が無事受け止め、一拍(いっぱく)置いて喚き始めた。

 

「……ジル! ジリアン! 空から、空から女の子が降ってきた! やはり天空の都市は本当にあったんだ、私は間違っていなかった!」

 

 何言ってんだアイツは。

 少しアーカイブ視聴を控えるべきだな。人間の意識を取り込んで鏡像(きょうぞう)を編む異界(ダンジョン)などというものがあるせいで、虚構と現実の区別がつきにくくなってるのかもしれない。

 実際、似たような環境の階層(フロア)自体はあったし。どっかのアホが滅びの呪文を唱えたせいで跡形もなく崩壊したけど。

 ちなみに俺のことだ。まさか本当に滅ぶとは思わないじゃん。

 

 …………。

 しかし、これで教会(ウチ)が抱えるガキの数も十五人か。

 このところ物価も上がる一方だし、マジでいくら稼いでも足りやしねぇ。

 

 ──ま、いいか。

 

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