××を殺す病   作:竜胆マサタカ

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「おはようございます、シュウホウさん」

「ん。ヒスイか、おはよう」

 

 今にも雨が降り出しそうな曇天の朝。

 いつものようにヒスイが水汲みに出ていると、草束を抱えるシュウホウと鉢合わせた。

 

「……何か、あったんですか?」

 

 いつもより険しい表情。

 (いぶか)しげにヒスイが尋ねる。

 シュウホウは草束の中から薬草を一本引き抜き、抑揚なく告げた。

 

「婆様が風邪を引いてな。採りに行っていた」

 

 

 

 

 

 怪我や病気に効く草、及びその調合法。

 そうした諸々の知識は以前、狩りのついででウルスラから教わっている。

 

「婆様。こいつを」

 

 煎じ薬を(こしら)えたシュウホウが、木製のカップを老婆に手渡す。

 独特の刺激臭に顔をしかめながらも、彼女は一気に飲み干した。

 

「っ、けほっ、けほっ……苦っ……」

「我慢してくれ。良薬は不味いものだとウルスラも言っていた」

 

 咳が落ち着くまで、老婆の背中をさするシュウホウ。

 ふと窓の外に視線を向けると、雨が降り始めていた。

 

「少し冷えそうだな。もう一枚、着込んだ方がいい」

 

 木箱を開け、上着を掴む。

 その際、一緒に引っ張り出したものを見とめたシュウホウは、怪訝そうに首を傾げた。

 

「婆様。これは?」

 

 随分と古い、男物の衣服。

 染みついた虫除け(ハーブ)の臭いや、くっきりと残る畳みジワから察するに、長らく誰も袖を通していない代物。

 

「……あたしの、息子のだよ」

 

 老婆は、しばし表情を強張らせたのち、小さく口を開いた。

 

「もう二十年は前になるかね。大雨で川が溢れて、嫁ともども巻き込まれたんだ」

 

 当時の光景が脳裏に蘇ったのか、握り締められた老婆の拳が震えを帯びる。

 

 …………。

 程なく彼女は、意を決したとばかりに語り始めた。

 

「実は……シュウホウって名前はね。息子が子供に……あたしの孫につけようとしてたものなんだよ」

 

 臨月を迎える少し前に命を落とした息子夫婦。

 そんな両親と運命を共にし、産まれることさえ叶わなかった孫。

 

「もしも無事に生きていれば、ちょうど、今のあんたと同じくらいの年頃になってた」

 

 なるほど、とシュウホウは胸の内で得心する。

 今の話を聞いて、ようやく理解したのだ。

 

 この老婆が、なぜ自分を引き取ってくれたのかを。

 

「……息子夫婦や孫のことは、できる限り思い出さないように過ごしてきた。けど、あんたが現れたあの日、まるで──」

 

 いても立ってもいられず、気付けば手を上げていた。

 

 己の名すら覚えていなかった青年に、孫の幻影を重ね合わせていたのだ。

 

「…………」

 

 お互い無言のまま、幾許(いくばく)か時が流れる。

 やがて静かに溜息をついたシュウホウが、困ったように頬を掻いた。

 

「俺は俺だ。残念ながら、亡くなったお孫さんとやらの代わりには、なってやれない」

 

 だが、と一拍の間を挟み、言葉を続ける。

 

「この名前は、わりと気に入ってる」

 

 上着を老婆の肩にかけ、そのまま彼女の背中へと手を添えるシュウホウ。

 

「具合が良くなったら、一緒に西の丘まで行こう。そろそろツリナの花が咲く頃だと、ウルスラが言っていた」

 

 老婆は深く俯いたまま、頷く。

 ひと粒の雫が、彼女の手に、こぼれ落ちた。

 

「ありがとうねぇ、シュウホウ……」

「よしてくれ。礼を言わなきゃならないのは、俺の方なんだ」

 

 

 

 

 

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