××を殺す病   作:竜胆マサタカ

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「っ!」

 

 弾かれたように、音のした方を振り返るヒスイ。

 

 絶望の水底に至りつつあった胸懐(きょうかい)へと差し込む、ひと筋の光明。

 呼び掛けに応えてくれた誰かの存在を期待し、ほんの少しだけ安堵を浮かばせる。

 

 そして。一瞬で凍りついた。

 

「あ……」

 

 半焼した木立をかき分け、現れたのは、一頭の(ウルフ)

 おそらく、村一帯に立ち込めた屍臭を嗅ぎつけてきたのだろう。

 

「ひっ」

 

 ヒスイの姿を捉えた(ウルフ)が、低い唸り声を上げる。

 どうやら、彼女を獲物と見定めた模様。

 

「いや……」

 

 頭を伏せ、じりじりと(にじ)り寄る(ウルフ)

 腰が抜けて立ち上がれず、へたり込んだまま後ずさるヒスイ。

 

 けれど、石造りゆえ無事だった()れ井戸に突き当たり、逃げ道を失う。

 

「いや、いやぁっ」

 

 両親どちらもが農民。

 今まで生きてきた十六年間で、サリテ村の敷地を大きく離れたことすら皆無。

 そんなヒスイに、狩猟の経験などあろうハズもない。

 

 もっとも、たとえ多少の心得を持ち合わせていたところで、状況は変わらなかったに違いない。

 武器も何も手にしていない中、獣相手に抗うなど、不可能に等しい難行。

 とどのつまりが、どのみち無力。

 

「来ないで、お願いッッ……!!」

 

 残念ながら、許しを請うたところで無駄。

 何故ならば、獣に言葉など通じない。

 

 …………。

 ここでヒスイは、(ウルフ)に片腕を食い千切られる。

 その後、気力を振り絞って背後の()れ井戸に(ウルフ)を押し込み、どうにか命を拾う。

 

 ──それが、()()()()()()に沿った場合の流れ。

 

「ひいぃっ……!」

 

 程なくヒスイは恐怖のあまりに顔を伏せ、小さく縮こまった。

 

 正味、悪手も悪手。

 目を合わせていたからこそ(ウルフ)は警戒し、迂闊には近寄れずにいたのだ。

 

 にもかかわらず、視線を切ってしまった。

 逃げるでもなく戦うでもなく、ただ震えて身を丸めるなど、最低最悪の大失敗(ファンブル)

 

 もはや(ウルフ)には、ヒスイのことなど単なる餌としか映っていなかった。

 狩りですらない食事として、無造作に彼女との間合いを詰める。

 

「ッッ……!!」

 

 ここまでは、予定調和。

 逸れたのは、ここから。

 

 ──困ったことがあれば、なんでも言って欲しい。力になる。

 

 追い詰められたヒスイの脳裏に浮かんだ、走馬灯。

 筋書きには存在しなかったハズの()()から、いつか手向けられた言葉。

 

「シュウホウ、さん」

 

 ヒスイが、彼の名を呼ぶ。

 翡翠(ひすい)の首飾りを、無意識に握り締めた。

 

「シュウホウさん、助けて……!!」

 

 ほぼ同時、(ウルフ)がヒスイに飛び掛かる。

 鋭利な牙の並んだ顎門(あぎと)を広げ、肉も骨も諸共に食い千切らんとする。

 

 ………………………………。

 ……………………。

 …………。

 

「──、────?」

 

 きつく目を閉じたヒスイ。

 だが、いつまで経っても、その瞬間は訪れなかった。

 

 恐る恐る瞼を開ける。

 露わとなった光景に、呆然とした。

 

 

 

 

 

「ぐ、ぅ……ッッ!!」

 

 すんでのところで割って入ったシュウホウが、自らの左腕で、(ウルフ)の牙を受け止めていたのだ。

 

 

 

 

 

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