××を殺す病   作:竜胆マサタカ

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「…………」

 

 以前掘った新しい井戸は火災で崩れてしまったため、水を汲むべく川辺まで訪れたシュウホウ。

 だが、彼は空桶を足元に放り捨てると、そのまま空を仰ぐ。

 

 赤い雨が降った日から、ずっと曇天が続いていた。

 

「くそっ」

 

 悪態と共に、シュウホウが爪先を踏み締める。

 端整な面差しに差し込んでいるのは、色濃い憔悴(しょうすい)

 

「やはり、駄目か」

 

 先刻の()()を思い返し、歯噛みする。

 

 できることなら、見付かる前に入り口を塞いでしまいたかった。

 けれども目覚めて以降、昼夜問わずヒスイが離れたがらなかったため、それはできなかった。

 

 次善の策として、どうにかヒスイを、あの祭壇に近付けまいとした。

 不自然とならないよう言動を選びながら、必死に制止した。

 

 けれど結局は()()()()()、彼女は(つるぎ)を手にしてしまった。

 

「やはり、変えられないのか」

 

 シュウホウの脳裏で渦巻く、蘇った記憶。

 いくつもの凄惨な光景が、彼の中でフラッシュバックする。

 

 項垂れ、膝をつくシュウホウ。

 砂利に叩き付けた拳から、血が滲む。

 

 併せて──未だ(ウルフ)に噛まれた傷口すら塞がっていない左腕が、激しく痛んだ。

 

「ッッ……いや。まだだ」

 

 その痛みが、シュウホウに思い起こさせる。

 少なくとも、自分はすでにひとつ、筋書きを変えているのだ、と。

 

「ヒスイは片腕を失わなかった」

 

 どのみち、代わりとなる義手を使うようになる。

 腕の有無など、おそらく大局には影響をもたらさない些事(さじ)

 

 だがしかし、たとえそうであっても、確かに流れを変えた。

 ならば、この先も変えられるハズだと、見失いかけた希望の光を取り戻す。

 

「ここから先……次は……」

 

 今後に続く展開の数々を、頭の中で整理する。

 やがて浮かんだのは、今はまだ一面識すら無い、ある人物の顔。

 

 ヒスイが味わうことになる、()べ四つに(わた)る絶望。

 その二つ目を占める存在。

 

「……()()か」

 

 人格、活躍、そして顛末(てんまつ)

 煩雑(はんざつ)とした情報を咀嚼(そしゃく)しながら、シュウホウは俯くことをやめ、立ち上がった。

 

「やろう」

 

 否。やるしかない。

 行動を起こす以外の選択肢など、そもそも存在しないのだから。

 

 何故なら、何もしなければ、待っているのは確実な破滅。

 それを変えられるとしたら、全てを知る自分だけなのだと、シュウホウは血の滴る拳を握り締め、再び空を仰いだ。

 

「見守っていてくれ、婆様。きっと上手くやってみせるから」

 

 死者に生者の声が届くのか、生憎と死んだことのない彼には分からない。

 届くといいなと、なんとはなし思う。

 

「……遅くなったら、ヒスイが心配するか」

 

 投げ捨てた空桶を拾い、水を汲むシュウホウ。

 水面(みなも)に映る自分の顔を見返し、ふと一点に目を留める。

 

「…………」

 

 左耳につけた、木彫りの耳飾り。

 魔除けだと言って、贈られた品。

 

「せめて。もっと早く、思い出せていれば」

 

 口を突いて出る、すでにどうしようもない後悔。

 耳飾りに触れながら、懺悔するかのように、シュウホウは目を伏せるのだった。

 

 

 

 

 

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