××を殺す病   作:竜胆マサタカ

3 / 14
2

 

 

 

 

 

「記憶が……?」

 

 場所は変わり、サリテ村の村長宅。

 顎髭(あごひげ)を蓄えた高齢の村長(むらおさ)が、泡を食った様子で駆け込んできたヒスイと、彼女が連れてきた灰髪の青年を見比べながら、訝しげに目を細める。

 

「は、はい……何も覚えていないらしくて……」

「何も覚えていないワケじゃない。覚えてることもある」

「えっと、例えば……?」

 

 ヒスイの問いに、青年は天井を仰ぎ、こめかみをコツコツ叩いた。

 

「君の名前はヒスイ。ここはサリテ村だ」

「……それ、さっき私が教えたから知ってるだけじゃ……」

「なるほど。そうとも言うかもしれないな」

「そうとしか言わないと思います……」

 

 素っ頓狂なやり取り。

 確かにこれは頭に問題がありそうだと納得する村長(むらおさ)

 

 次いで、何事かと集まってきた村人たちを見渡し、尋ねた。

 

「誰か、彼を見たことがある者は?」

 

 艶の無い灰色の髪。

 やや地黒な褐色の肌。

 光を照り返す金色の瞳。

 栄養状態の良さを表す長身。

 表情こそ乏しいが、端整な顔立ち。

 

 いずれも特徴としては余りある要素。

 しかしながら、名乗り出る者は現れなかった。

 

「うーむ……行商人なら何か知っているかもしれんが、次に来るのは二ヶ月後だしな……」

 

 少なくとも、それまでは何も分からない。

 再度こめかみをコツコツ叩いたのち、青年は村長(むらおさ)に深々と頭を下げた。

 

「できれば俺の身元が分かるまで、ここに置いてもらえるとありがたい。食い扶持くらいの役には立てると思う。たぶん。きっと。おそらく」

「それについては構わんよ。見ての通り、さほど裕福な村ではないが……右も左も分からんような者を問答無用で放り出すほど、食うには困っておらんからな」

 

 青年が怪訝そうに首を傾げる。

 

「右と左は流石に分かるが」

「ものの例えですよ」

「そうなのか」

 

 そもそもサリテ村は、人口二百人程度の小村。

 しかも今は麦の収穫期が近く、色々と忙しい。

 若い男手が加わってくれるのは、願ったり叶ったりな話。

 

「だが、ワシのところは末の娘夫婦が産前で間借りさせてやるのが難しくてな。誰か他に──」

「──あたしのとこで良けりゃ、置いてやるよ」

 

 面倒を見てもいいという者は居ないか。

 そう村長(むらおさ)が言葉を続けるよりも先に手を上げたのは、一人の老婆。

 

「だそうだが、構わないかね?」

「頼んでいるのは俺の方だ」

 

 老婆の方へと向き直った青年が、再び腰を折った。

 

「世話になる。ご婦人」

「ああ。家まで案内するから、ついといで」

 

 壁に立て掛けてあった杖を取り、(きびす)を返す老婆。

 その姿に何を思ったのか、青年は彼女の横に立つと、手を差し出した。

 

「差し出がましいようでなければ、支えよう」

「……じゃあ、お言葉に甘えようかね」

 

 ()くして変わった隣人が一人、サリテ村に加わった。

 よく晴れた日の、昼下がりの出来事であった。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。