「記憶が……?」
場所は変わり、サリテ村の村長宅。
「は、はい……何も覚えていないらしくて……」
「何も覚えていないワケじゃない。覚えてることもある」
「えっと、例えば……?」
ヒスイの問いに、青年は天井を仰ぎ、こめかみをコツコツ叩いた。
「君の名前はヒスイ。ここはサリテ村だ」
「……それ、さっき私が教えたから知ってるだけじゃ……」
「なるほど。そうとも言うかもしれないな」
「そうとしか言わないと思います……」
素っ頓狂なやり取り。
確かにこれは頭に問題がありそうだと納得する
次いで、何事かと集まってきた村人たちを見渡し、尋ねた。
「誰か、彼を見たことがある者は?」
艶の無い灰色の髪。
やや地黒な褐色の肌。
光を照り返す金色の瞳。
栄養状態の良さを表す長身。
表情こそ乏しいが、端整な顔立ち。
いずれも特徴としては余りある要素。
しかしながら、名乗り出る者は現れなかった。
「うーむ……行商人なら何か知っているかもしれんが、次に来るのは二ヶ月後だしな……」
少なくとも、それまでは何も分からない。
再度こめかみをコツコツ叩いたのち、青年は
「できれば俺の身元が分かるまで、ここに置いてもらえるとありがたい。食い扶持くらいの役には立てると思う。たぶん。きっと。おそらく」
「それについては構わんよ。見ての通り、さほど裕福な村ではないが……右も左も分からんような者を問答無用で放り出すほど、食うには困っておらんからな」
青年が怪訝そうに首を傾げる。
「右と左は流石に分かるが」
「ものの例えですよ」
「そうなのか」
そもそもサリテ村は、人口二百人程度の小村。
しかも今は麦の収穫期が近く、色々と忙しい。
若い男手が加わってくれるのは、願ったり叶ったりな話。
「だが、ワシのところは末の娘夫婦が産前で間借りさせてやるのが難しくてな。誰か他に──」
「──あたしのとこで良けりゃ、置いてやるよ」
面倒を見てもいいという者は居ないか。
そう
「だそうだが、構わないかね?」
「頼んでいるのは俺の方だ」
老婆の方へと向き直った青年が、再び腰を折った。
「世話になる。ご婦人」
「ああ。家まで案内するから、ついといで」
壁に立て掛けてあった杖を取り、
その姿に何を思ったのか、青年は彼女の横に立つと、手を差し出した。
「差し出がましいようでなければ、支えよう」
「……じゃあ、お言葉に甘えようかね」
よく晴れた日の、昼下がりの出来事であった。