××を殺す病   作:竜胆マサタカ

32 / 33
31

 

 

 

 

 

「……どう、したもんかな」

 

 水浸しの床を片付け、再び水を汲みに行ったヒスイ。

 (しか)るのち、ぽつりとシュウホウが呟いた。

 

「いったい、どうするのが正解なんだ」

 

 文字通り下手を踏みこそしたものの、首尾良く()()()を変えられた。

 ヒスイが、ガルド一味に(さら)われることなく、難を逃れられた。

 

 だがしかし──それは同時に、ひとつの邂逅(かいこう)を潰す行為でもあった。

 

「…………」

 

 ヒスイにとって重要な出会い。

 間違いなく、今後の彼女に必要不可欠な人物。

 

 接触しないという選択肢は無い。

 かといって──

 

「ヒスイを(さら)わせるのが、正しかったとでも言うのか」

 

 本来なら(ウルフ)に襲われた際、失ったハズの片腕。

 隻腕(せきわん)では手入れができず、やむなく肩口で切り落とした、赤と黒の入り混じった髪。

 

 そこ自体は、おそらく取るにも足らない些細(ささい)な変化。

 が、たとえそうであっても、すでに細部がシュウホウの知る物語から乖離(かいり)しつつあることは、純然たる事実。

 

 ──そもそも、彼自身が()()

 

 サリテ村が黒い炎に包まれた折、ヒスイ以外の村人は一切の例外なく焼け死んだ。

 にもかかわらずシュウホウは生き残り、彼女と行動を共にしている。

 

 改めて考えれば、この時点で些細(ささい)とは言い難い改変だった。

 

「バクチが過ぎる」

 

 馬鹿正直に筋書きをなぞるなどというリスクを取り、賭けに打って出られるほど、シュウホウは肝が太くはない。

 もし、あの場でヒスイが(さら)われていた場合、筋書き通りに都合良く助け出される保証など、どこにもなかった。

 

 …………。

 否。たとえ筋書き通りに運ぶ保証があろうと、きっとシュウホウは同じことをしただろう。

 

 名瀬なら、ガルド一味に(さら)われたヒスイは──少なくとも数日間、地獄を見るからだ。

 

 ゆえにこそ彼は足掻(あが)いた。

 ヒスイを守るために。

 

 その判断の先に続く道が(やさ)しいのか険しいのかさえ、今はまったく判断できない。

 

「くそっ……」

 

 どうすべきだったのか。

 どうすれば良かったのか。

 

 堂々巡りの思考に悪態をつくシュウホウ。

 悩んだところで答えなど出るハズがないと分かっていながらも、ぐるぐる回り続ける。

 

 そんな最中のことであった。

 

「──失礼」

 

 小屋の扉が、勢い良く開け放たれる。

 ヒスイが戻ったのかと視線を流し──目を見開かせた。

 

「突然の訪問、申し訳ない。不審者の常套句(じょうとうく)になってしまうが、怪しい者ではない」

「……………………ぁ?」

 

 ずかずかと踏み入ってきた人影。

 明らかにヒスイとは異なる風体(ふうてい)

 

「相応の礼はする。どうか(かまど)を貸してはもらえないだろうか」

 

 国軍の制服に改造を施し、着崩した格好。

 長い銀色の髪を(きら)めかせた、二十代半ばほどの女性。

 

 今まさしく、シュウホウが頭の中で思い描いていた人物と、寸分(たが)わぬ姿。

 もっとも、イメージ像と比べたら、やや土埃などで薄汚れていたが。

 

「かれこれ十日ばかり森を彷徨(さまよ)っていてな。いい加減、丸焼き以外の食事(もの)を口にしたいのだ」

 

 そう言って、仕留めたばかりと(おぼ)しき数羽の兎を突き出した女性。

 

 

 

 

 

 彼女の名は、ベルナ。

 シュウホウの知る物語において、ガルド一味に(さら)われたヒスイを助け出したのち、紆余曲折(うよきょくせつ)()て彼女に武芸を教えた()()であった。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。