灰髪の青年は、本当に何も覚えていなかった。
薪の割り方。
洗濯のやり方。
鳥獣の
細かいところでは、食器の持ち方や靴紐の結び方に至るまで。
ごく一般的な知識どころか、生活を行う上で不可欠な作業すら、ままならなかった。
言ってしまえば、ほとんど赤ん坊と変わらなかった。
むしろ、立って歩いて喋れることが、逆に不思議なくらいの有様だった。
けれども反面、驚くほど物覚えが良かった。
一度教えれば大抵のことは完璧に吸収し、あっさりと
実際、青年を引き取った老婆が彼にあれこれと世話を焼いたのは、最初の数日のみ。
一週間も経つ頃には老婆の代わりに家事や炊事を行い、村の仕事にも参加し始めた。
灰髪の青年が現れて、はや半月。
今では、立派な働き手の一人である。
「──おはようございます、シュウホウさん」
「ん」
早朝。
薪割りの最中だった灰髪の青年が、背後から声をかけられ、作業の手を止める。
振り返ると、黒と赤の入り混じった、長い髪の少女が立っていた。
「ヒスイか」
「はい。ヒスイです」
青年──名無しを見かねた老婆にシュウホウと名付けられた彼が、最初に出会った少女。
他の村人とはどこか
「おはようございました」
「どうして過去形なんですか?」
「間違えた」
眉間にシワを寄せ、頬を掻くシュウホウ。
次いで、ヒスイの抱える空桶を見とめた。
「水汲みか?」
「はい」
「手伝おう」
「あっ……」
ヒスイが返答を口にするよりも先、シュウホウは彼女の手から桶を取る。
そのまま足早と水場に歩いて行く彼の後を、慌てて追いかけた。
「少し見てましたけど、薪割り、上手くなりましたね」
「コツを覚えた。あれは全身運動だな」
初めて
そんな状態から僅か数日で、随分と堂に入ったものである。
「昨日は弓の使い方を覚えた。あとは罠の仕掛け方と森での歩き方を覚えれば、狩りができるようになりそうだ」
香辛料を除くほぼ全ての食料が自給自足のサリテ村において、鳥獣の肉は貴重なタンパク源。
狩人が増えることは、非常に喜ばしい。
「獲物がとれたら、まず君のところに持って行く。よかったら食べてくれ」
「そんな。悪いですよ」
「心配するな。血抜きや臭み消しの方法なら教わった」
「いえ、鮮度の話じゃなくて……」
「分かってる。今のはわざと言ったんだ」
くつくつと笑うシュウホウ。
からかわれたと気付いたヒスイは、頬を膨らませて彼を睨むのだった。