××を殺す病   作:竜胆マサタカ

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「煙幕か」

 

 片腕で口元を覆ったベルナが、渋面(じゅうめん)で呟く。

 (あわ)せて、小賢しい、と吐き捨てた。

 

愚物(ぐぶつ)もここまで極まったか。こんなもので私を足止めできるとでも──」

 

 煙の微妙な動きで、ガルドの位置を捕捉。

 今度こそ仕留めるべく一歩踏み出し、剣を振り上げ──目と喉に、刺すような痛みが(はし)る。

 

「ッ、げほっ、げほっげほっっ!?」

 

 ガルドが撒いたのは、ただの煙幕ではなかった。

 目や鼻などの粘膜を刺激する粉末が混ざった、対猛獣用の催涙煙(さいるいえん)

 

 けれども、そのことにベルナが気付いた時には、すでに手遅れだった。

 彼女は(いささ)かばかり、ガルドを侮りすぎていた。

 

「げほっ……待っ……げほっげほっ!!」

 

 ベルナの咳が止まらない中、素早く黒煙の外へと抜けるガルド。

 ぷはっと息を吐きながら一目散に駆け出した彼は、引きつったように笑った。

 

「へ……へへっ」

 

 ──やった。

 

 やった、やった、やったやったやったと、ガルドは胸の内で快哉(かいさい)を叫ぶ。

 

「へへっ、へへへっ、へへへへっ」

 

 ()()ベルナ・シフォンを相手に、一杯食わせてやった。

 新兵時代から周りに一目置かれ続け、圧倒的な強さで御前試合(ごぜんじあい)を制し、剣聖(けんせい)の称号を得た女の足元を(すく)ってやった。

 

 かつて抱いていた強烈な劣等感。

 三年越しの対面と同時に蘇った、(おり)にも似た鬱屈(うっくつ)とした感情。

 それが、一気に溶けていくのを感じた。

 

「ははははははははっ……」

 

 本音を言えば、この場でベルナを押し倒し、長年の積もり積もったものを思う存分に晴らしてやりたかった。

 

 だがしかし、相手は第十七代剣聖(けんせい)

 兵士くずれの落伍者が、多少なり催涙煙(さいるいえん)を吸わせた程度で太刀打ちできれば、世話は無い。

 

 ましてや、今のガルドは隻腕(せきわん)

 こんな突然の遭遇で、場当たり的な行動で、都合良くベルナを抑え込めると考えるほど、彼は浅はかではなかった。

 

「覚えてろよ、ベルナァッ……!!」

 

 ここは退くしかない。

 けれども自分は必ず立て直すと、ガルドは決心する。

 

 策を練り、手練手管を(ろう)し、次こそベルナを手中に収める。

 その時の光景を思い描くだけで、笑いが止まらなかった。

 

「ははっ」

 

 サリテ村を抜け、森へと入る。

 あとは適当に走り回れば、簡単に()ける。

 

「ははははははははっ」

 

 逃げ腰だけが取り柄とベルナに(ひょう)された通りの、脇目も振らない疾走。

 二メートルを超える巨躯(きょく)、筋肉で膨れ上がった体格からは想像しづらいほどの身軽さ。

 

「はーっはっはっはっはっは!!」

 

 ガルドは高笑いしながら、するすると木々の隙間を縫うようにして俊敏と駆け抜け──

 

 

 

 

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

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