××を殺す病   作:竜胆マサタカ

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「……大丈夫か?」

 

 川辺で顔を洗い、催涙(さいるい)成分を(すす)ぎ落とすベルナの背中に、シュウホウが声をかける。

 それが単に彼女の身体を気遣った額面通りの言葉なのか、はたまた()()()()も含ませた口舌(くぜつ)であったのかは、本人のみぞ知るところ。

 

「…………」

 

 返答までには、随分と長い空白を要した。

 ざぶざぶと荒っぽい水音だけが、しばらく二人の間に響き渡る。

 

「……………………ふぅっ」

 

 やがて、固く結ばれたベルナの唇が(ほど)け、小さな溜息が(こぼ)れ落ちる。

 次いで彼女は立ち上がり、ぎこちない所作で振り返った。

 

「まずは──礼を、言わせて欲しい」

 

 まだ真っ赤に充血した双眸(そうぼう)

 毛先や顎先から水滴を(したた)らせながら、ベルナは顔を伏せるように低頭する。

 

「貴殿のお陰で、ガルドの奴を逃がさずに済んだ」

 

 震えるほど握り締められた拳。

 その手を鎧う、鉄製の上等な篭手が、低く(きし)む。

 

「さんざん大口を叩いておいて、このザマとは……私は己を過大評価していたらしい」

 

 怪我人(シュウホウ)の手を(わずら)わせた申し訳なさ。

 自分自身で(ガルド)を討てなかった悔しさ。

 

汗顔(かんがん)の至りだ。慚愧(ざんき)()えない」

 

 様々な感情が入り混じった、複雑な声音。

 対するシュウホウは、そんなベルナが(かも)し出す空気を居心地悪く感じたのか、頬を掻きながら視線を逸らす。

 

「……あー、そうだ。借りてたナイフ、返すよ」

 

 いちおう(ぬぐ)いはしたものの、細かな装飾の隙間に血糊(ちのり)が残った短剣。

 それを見とめたベルナの眼差しが、更に悔恨(かいこん)を帯びる。

 

「あとは、こいつも」

「ッ」

 

 ガルドの亡骸から剥ぎ取った、よく似た意匠(いしょう)の品。

 三年間、ずっと探していた形見との対面に、ベルナが息を呑みつつ瞠目(どうもく)した。

 

「アンタと、あの男の会話を聞いた。事情は知らないが……大事なもの、なんだろう?」

 

 違和感や不審を与えないよう、慎重に選びながら言葉を紡ぐシュウホウ。

 そしてベルナは特に彼へ疑念を抱くようなこともなく、たどたどしく頷く。

 

「ほら」

「…………ああ」

 

 突き出された二本のナイフを、どこか遠慮がちに受け取るベルナ。

 そのまま彼女は、しばし手元を見つめ……強く、己の胸に抱き締めた。

 

 

 

 

 

「……貴殿には、色々と借りができたな」

 

 痛々しい充血が少し収まり、目尻に浮かんだ涙も乾いた。

 そんな頃合、ぽつりとベルナが呟く。

 

「この村を焼いたという魔術師の件もある。中央に諸々の報告を済ませたら、すぐ戻ろう」

 

 剣帯へと()かせた二本のナイフに交互で触れつつ、十日ほど待ってくれ、と勘定する。

 

「そこからは貴殿らのため、力を尽くすと誓う。私にできることなら、なんでもしよう」

 

 凛と告げるベルナ。

 一方のシュウホウは、やや歯切れの悪い様子で目を伏せた。

 

「……そう、だな」

 

 潰さざるを得なかった邂逅(かいこう)が、なんの因果か、結局は転がり込んできた。

 

 奇妙な、どこか気味の悪い宿縁。

 (いささ)かばかり、都合が良すぎるように感じてしまう。

 

 踏み出すべきか、踏み留まるべきか。

 おそらく、今後において重大な岐路(きろ)となる二択を前に、シュウホウは逡巡(しゅんじゅん)する。

 

「…………」

 

 だがしかし、所詮は悩んだところで明確な答えなど出ない話。

 ここでの選択が巡り巡って吉と出るか凶と出るかなど、今はまだ誰にも分からないのだから。

 

「……やるしかない、か」

 

 程なく彼は意を決し、ベルナの瞳を見返す。

 

「もしよければ、だが。ひとつ頼みを聞いて欲しい」

「なんなりと」

 

 内容を聞く前だというのに、瀟洒(しょうしゃ)な仕草で腰を折るベルナ。

 シュウホウは面食らった風に金色の瞳を(しばた)かせたのち、薄く苦笑交じりに口舌(くぜつ)を織った。

 

「ヒスイに──剣を教えてやってくれないか?」

 

 

 

 

 

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