××を殺す病   作:竜胆マサタカ

48 / 49
47

 

 

 

 

 

 師としてのベルナ・フォトンは、まさしく剣の鬼だった。

 

「立て。ヒスイ」

 

 シュウホウの知る筋書き通り、彼女がヒスイに(ほどこ)す修行は凄絶(せいぜつ)極まっていた。

 およそ常人に耐えられる領域の(しご)きではなかった。

 

「骨や(けん)が断たれるほど強く打ち込んではいない」

 

 痛いだけで、負傷は無い。

 まあ(あざ)くらいはできるやもしれんがな、と口舌(くぜつ)が続く。

 

「ッッ……」

 

 そんなベルナの足元で、木剣を手にうずくまるヒスイ。

 痛みに歯を食いしばりながらも、ややあって身を起こし──みぞおちを蹴り飛ばされた。

 

「ッ、か、ひゅっ」

「立つまでの動作が(のろ)すぎる」

 

 そもそも、いちいち地に伏せるな。

 体勢を崩した際は即座に受け身をとり、一秒以内に立ち上がれ。

 

 そうベルナが指示する傍ら、息を詰まらせたヒスイは咳き込むことすら(あた)わず、もがき苦しむ。

 無論、肋骨や胸骨を折らない程度の加減はあったが、鉄製の脚鎧(グリーブ)で蹴られた衝撃は、さながら石をぶつけられたかのようだった。

 

「敵前での転倒や硬直は命取りと思え」

「ぁぐッ……!!」

 

 このようにな、と更に一撃。

 横隔膜の痙攣(けいれん)が抜けず、まだ身動きできないヒスイは、無防備に転がった。

 

 そこからも、ベルナはヒスイに歩み寄っては容赦なく蹴り飛ばす。

 ヒスイが自分の足で立ち上がるまで、延々と繰り返す。

 

 そして何度目かの蹴りを放った頃合、ベルナは小さく溜息を吐いた。

 

「……初日以降、繰り返し言い続けているが、貴様に戦闘の素質は無い」

 

 ベルナ・フォトンが持って生まれた、剣における天賦(てんぷ)

 

「もっとも、どのみち一歩ずつ素養を積み上げていくほか、道など無いのだがな」

 

 しかし彼女は、決して才能に胡坐(あぐら)をかかなかった。

 

「人は窮地(きゅうち)に都合良く力が目覚めたりなどしない。結局のところ、鉄火場でものを言うのは過去の積み重ねだ」

 

 地道な鍛練と数多くの実戦経験に裏打ちされた、盤石(ばんじゃく)な戦闘力。

 ゆえにこそベルナは、こと強さというものに対し、誰よりも真摯(しんし)で、苛烈(かれつ)だった。

 

「ただし、どれだけ速く積めるか、どこまで高く積めるかは、才によるところが大きい」

 

 返す返すも、ヒスイに戦闘の素質は無い。

 

 真っ当な練成(れんせい)では、五年かけてようやく一兵卒と並べるか否か。

 加えて、おそらくその先の伸び代も浅い。

 

 一切の忖度(そんたく)も気遣いも無い、ベルナがヒスイに対し、見たまま感じたままの評価だった。

 

()()では駄目だと首を振ったのは、他ならぬ貴様自身だ」

 

 ゆえにベルナは、小手先の技術を選択肢から()てた。

 肉体の矯正と(あわ)せて、ひたすら戦闘を叩き込む方法を選んだ。

 

「細かい技は(はぶ)く。どうせ貴様では大した剣士にはなれない」

 

 元よりヒスイが求めるものは剣の腕前などではなく、復讐を遂げるための力。

 であれば、やりようはあった。

 

「単純な技量とは異なる部分を鍛える。まずは私の攻撃、呼吸や間合いを見切れるようになれ」

 

 今はまだ最低限まで加減しているけれど、段階的に脅威度を上げていく心算。

 少しずつ手心を緩め、やがては真剣も使い始めるつもりだった。

 

「命の保証はしない。やめたくなったら、いつでも言うがいい。諦めるのも勇気だ」

 

 ──諦める。

 

 そう何気なく紡がれた言葉を耳にしたヒスイが、木剣を握る力を強めた。

 

「む」

 

 十三度目の蹴りが空を切る。

 ごろごろと地面を転がり、土埃だらけの姿で立ち上がったのち、ヒスイは木剣を構えた。

 

「けほっ……続き、を……お願い、します……ッ」

 

 浅く呼吸を繰り返す、苦しげな姿。

 けれども、その赤と黒の双眸(そうぼう)に宿る光は、いささかも衰えていなかった。

 

「やあぁぁぁぁッッ!!」

「……ひとつだけ、感心した点を伝えておこう」

 

 みずから仕掛けてきたヒスイの木剣を弾きながら、ベルナが静かに告げる。

 

「いくたび倒れようと打ちのめされようと、一度も剣を手放さないのは上出来だ」

 

 直後。彼女の振るった切っ先が、ヒスイの顎をしたたかに跳ね上げた。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。