「もしかすると、どこか良いところの人間なのかもしれないねぇ」
村人総出で麦の刈り入れに出ている、とある日。
村長宅を訪ねた老婆が、外の賑やかな喧騒に耳を傾けながら、ぽつりと語った。
「無意識の、細かい動作がね。やたら上品なのさ」
ひと月近くに
それを聞いた
「となると……やはり
「いんや。貴族共とは、また少し違った感じさね」
この島国は、南北に長く延びた地形となっている。
その中で栄えているのは、主に中央部から南部にかけての一帯。
取り分け、王都を
度が過ぎているほどに。
実際、贅を尽くした彼等の暮らしは、本来なら北部に回されるべき資源を食い潰す形で成り立っている。
まさしくもって、不平等の象徴とでも呼ぶべき歪な栄華。
必然、北部の人間は貴族や王族に対し、良い感情を抱いていない。
…………。
そしてサリテ村には、
「……なんにせよ、あの子が中央の
老婆は昔、都に住んでいた。
若い頃に色々あって都を離れ、こうして辺境の村に腰を据えている。
ゆえに他の村人とは異なる視座を持つため、このように
いわゆる、ご意見番や知恵袋などにあたる立ち位置。
「ふむ……お前さんがそこまで言うなら、ひとまずはシロか」
よく働き、よく学び、記憶喪失ゆえのズレた言動を除けば、言葉にも行動にも不審なところはまったく無い。
あれで、もし彼が良からぬ目的で村に潜り込んでいるのだとしたら、大した役者ぶりだった。
「しかし……だとしたら尚更、どこの誰なのか……」
自分が誰なのかも分からない。
どこから来たのかも分からない。
シュウホウ本人は平然と振る舞っているが、本音はさぞ不安だろう。
痛ましげな様子で、
「来月には行商人が来る。その時、何か手掛かりが無いか、聞いてみるとしよう」
「……ああ。そうだね、そうするといい」
しかめっ面で返す老婆。
彼女の胸中を察したらしい
「よほど彼を気に入ったようだな。まあ、そうでなければ
今となっては村の老人数名だけが知る、その名の意味。
老婆は何も答えず、ただ
「……ともあれ、もうしばらくは様子見を頼む」
「無用な心配だと思うけどねぇ」
「それでも、だ。万が一ということもある」
いったん
「──我等の祈りが窓の外に漏れ出てしまってからでは、遅いのだ」
手首に刻まれた奇妙な紋様を、指先でなぞりながら。