××を殺す病   作:竜胆マサタカ

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「なんだ、この剣は……?」

 

 熱湯に()けた小剣(しょうけん)──女神の(つるぎ)を引き上げたベルナが、その(やいば)(いぶか)しげな目を向けた。

 

「鏡のごとく磨き上げられているにもかかわらず、私の姿が……私の姿だけが、映らない……」

 

 古めかしい(つか)とは裏腹、一点の錆びも曇りも浮かんでいない、見事な剣身。

 

 間違いなく業物。

 だがしかし、長々と見つめるほどに胸がざわつく、どこか不気味な代物。

 

「これは一体……いや。今は、どうでもいい」

 

 ベルナの剣はガルド一味を斬り捨てた際に刃毀(はこぼ)れしており、余計な苦痛を与えてしまう恐れがあった。

 そこで、ヒスイが常に()いている腰物を借りたのだ。

 

「おそらく私の剣より鋭いな……これなら十分に使えそうだ」

 

 清潔な乾いた布で、濡れた(やいば)(ぬぐ)う。

 二度三度、女神の(つるぎ)を振るい、重心や刃筋のクセを掴み、最適な握りへと調整する。

 

「ふうぅ……」

 

 ひとつ、深々と息を吐くベルナ。

 (あわ)せて彼女は、正座に近い姿勢で床に座ったシュウホウを見下ろした。

 

「覚悟はいいか」

「……正直、良くはない。今にも吐きそうだ」

「だろうな。一応、聞いてみただけだ」

 

 ()()に伴う激痛で暴れ、無闇に傷を重くしないよう、後ろ手に縛り上げられた両脚と右腕。

 肝心の左腕は、真横に伸ばす形で固定されていた。

 

「何も恥じる必要は無い」

 

 戦場に身を置く兵士でさえ、腕を切り落とすとなれば直前になって泣き叫ぶ者も多い。

 そんな、励ましているのか脅かしているのか分からない口舌(くぜつ)と共に、ベルナは淡々と準備を進めた。

 

「一瞬で終わらせる」

 

 肩口あたりを革紐できつく結び、血流を止める。

 舌を噛み切ってしまわないよう口の中に布を詰め、猿轡(さるぐつわ)で塞いだ。

 

「むしろ、切断後に施す焼灼(しょうしゃく)の方が辛い」

「ッ……」

 

 赤く熱され、陽炎(かげろう)を纏った焼きごてを手にしたヒスイが、青ざめた唇を噛み締める。

 腕を落とした直後、素早く断面を()いて止血するのが、彼女の役目だった。

 

火傷(やけど)が癒えたら、義手の装着を行う。しばらくは不便になるが、耐えてくれ」

「…………」

 

 眉間にシワを寄せ、頬に冷や汗を伝わせつつ、頷くシュウホウ。

 心なしか息が荒いのは、猿轡(さるぐつわ)のせいだけではないだろう。

 

 それでも、泣き言を吐こうとする様子は無い。

 (つよ)い男だ、と思いながら、ベルナも意を決した。

 

「では三つ数える。ヒスイも、いいな?」

「……は……いっ」

 

 肩を強張らせ、必死に震えを(こら)えながら、焼きごてを構えるヒスイ。

 ほぼ同時、冷や汗がシュウホウの顎を(したた)り、彼の足元に落ちた。

 

「一」

 

 血流が止まり、鬱血(うっけつ)した肩口に、切っ先を添える。

 

「二」

 

 僅かたりともブレることなく、真っ直ぐに剣を振り上げる。

 

 直後の半秒、周囲から全ての音が消えた。

 正しくは、音すら聞こえなくなるほど、ベルナは意識を集中させていた。

 

「三──」

 

 すとん、と軽い手応え。

 コンマ一ミリの狂いも無い、まさしく神速の一閃。

 

 いともあっさり、シュウホウの左腕は切り落とされた。

 

「ッッ──!! ッッ、ッッッッ!!」

 

 傷が()み、腐り果てるのを待つばかりであった腕が、力なく床を転がる。

 鮮血が噴き出し、くぐもった絶叫と共に、見開かれた金色の瞳孔(どうこう)が引き絞られる。

 

 女神の(つるぎ)を手放したベルナが、シュウホウにしがみついた。

 

「──ヒスイッッ!!」

「ぅ、あ……ああぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」

 

 組み技の要領でシュウホウの動きを押さえ、左腕の断面をヒスイに向けさせる。

 目いっぱいに涙を溜めた彼女は、視界を滲ませながらも、焼きごてを突き出した。

 

「ッッッッ────!!」

 

 熱々のフライパンに具材が投入された瞬間を想起させる、血と肉の焼ける音。

 シュウホウの声なき絶叫が、一層と激しさを増す。

 

 そうして程なく、糸が切れた人形のように──ぐったりと、動かなくなった。

 

 

 

 

 

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