××を殺す病   作:竜胆マサタカ

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「……少し、やり過ぎじゃないのか」

 

 眉間(みけん)にシワを寄せた渋面(じゅうめん)で、シュウホウが呟く。

 対するベルナは、静かな視線を彼へと寄越した。

 

「貴殿が、それを言うか」

「お門違いは分かってる。そもそも、アンタにヒスイへの指南を頼んだのは俺だ」

 

 しかし、いくらなんでも。

 

 そう語末を口籠(くちご)もらせながら金色の瞳が見とめる先には、ついさっき取り替えたばかりの包帯。

 すでに何度も血で染まり、丁寧に洗っては煮沸(しゃふつ)消毒を繰り返し、赤黒く色あせた布地。

 

 すなわち、ここ数ヶ月でヒスイが流した血の量を表していた。

 

 なるほど確かに、苦言のひとつも(てい)したくなる有様。

 このままでは本当に死んでしまうと危惧するのも、無理からぬ話。

 

 が。要らぬ心配とばかりに、ベルナは粛々(しゅくしゅく)と首を振った。

 

「傷の深さや出血量は最低限に留めてある。骨を折る際も致命的な部位は避けてる」

「……傷はともかく、骨折したまま訓練を続けさせて、問題は無いのか」

「可能な限り問題を起こさないための配慮はしている」

 

 どこの骨を、どの角度で、どう折るか。

 処置の仕方、患部の固定方法や圧迫の塩梅(あんばい)に至るまで。

 

「勿論、完全な命の保証まではできない」

 

 …………。

 かつて南北に分かれていた島内の国境線が取り払われ、はや数十年。

 国家規模での戦争行為は消え去り、もはや無用の長物と見做(みな)されつつある国軍は、年月と共に規模を縮めている。

 

 とはいえ、局地的な争いは未だ絶えない。

 

 賊徒や暴徒、ひいては敗戦国の残党勢力など。

 小さくも厄介な火種は、国内随所に散らばっている。

 

「だがな。力を得るためには、相応のリスクを受け容れなければならない」

 

 必然、現代では兵士一人一人の更なる精鋭化が求められた。

 今の国軍は、個々の練度に限って言えば、島内統一以前の最も戦火が激しかった頃すら上回るだろう。

 

「大なり小なり、誰でもやっていることだ」

 

 そんな時局にあってなお()()の称号を掴んだ女、先代剣聖(けんせい)ベルナ・フォトン。

 持って生まれた天賦(てんぷ)の才を鍛練によって磨き上げた、掛け値無しの強者。

 

 (しか)らばシュウホウの(いだ)く危惧程度、とうに(わきま)えている。

 かつて、己も通った道のりなのだから。

 

「何より──」

 

 数拍の間を挟む。

 ベッドで寝息を立てるヒスイの頬を撫で、ベルナは口舌(くぜつ)を続けた。

 

「この子自身が望んでいる。私の勝手な判断で、手を緩めるワケには行くまい」

 

 シュウホウが倒れた一件以降、ヒスイは一層と修行に励むようになった。

 

 彼を隻腕(せきわん)にさせてしまった自責の念。

 悲劇を招いた自分の弱さに対する憎悪にも似た思いが、彼女を突き動かしていた。

 

「命の危険など当人とて百も承知。その上で足掻いている」

 

 特別な才能も、幼い頃からの地道な積み重ねも、何もない。

 ちっぽけな少女が、天災の化身とでも称すべき魔術師を相手に戦おうと言うのだ。

 

 生半可な鍛練では、まったく足りない。

 地獄に等しい道を歩んで、ようやく壇上(だんじょう)を目指せるのだ。

 

「……………………そうか」

 

 長い沈黙。

 やがて、浅く溜息を吐くように、シュウホウは相槌(あいづち)を打った。

 

「余計な口を挟んで悪かった」

 

 釈迦(しゃか)に説法だったと自覚したらしい。

 バツが悪そうに頬を掻き、ゆっくりと(きびす)を返す。

 

「もうすぐパイが焼ける。食べるか?」

「是非とも」

 

 分かった、と(くりや)に去って行くシュウホウ。

 

「…………」

 

 彼の背中を見送ったのち、ベルナはヒスイへと視線を戻す。

 そして、単純な喜怒哀楽とは異なる、曖昧な表情を浮かばせた。

 

「……()い、(ひと)だな」

 

 ヒスイに向けた言葉か、はたまた独り言か。

 おそらく、どちらでもあり、どちらでもないのだろう。

 

「ああ……困ったな、どうにも……」

 

 

 

 

 

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