××を殺す病   作:竜胆マサタカ

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 ずしん、と内臓にまで染み渡るような重低音。

 眉間(みけん)を寸分(たが)わず短矢(ボルト)で撃ち抜かれた大猪が、糸の切れた人形さながらに倒れ伏す。

 

 その様子を樹上(じゅじょう)で見とめたシュウホウは、軽く目を細め、枝から飛び降りる。

 ほとんど無音で着地したのち、クロスボウを肩に担ぎ、仕留めた獲物へと歩み寄った。

 

「猪が獲れたのは久し振りだな。二人とも喜ぶぞ」

 

 そう呟きながら後ろ足を縛り、木に吊るす。

 次いで、手早く血抜きを始めた。

 

「……こいつも、そろそろ寿命か」

 

 何度も()ぎ直し、すっかりと刃が薄くなった狩猟刀(ハンティングナイフ)

 シュウホウが狩りに出始めた頃、村の老人から譲り受けた品。

 

「また焼け跡を掘り返して、使えそうなのを探さないとな」

 

 溜息交じりの口舌(くぜつ)が、静かな森に小さく波紋した。

 

 

 

 

 

「ふぅ」

 

 血抜き後、少し軽くなった猪を川辺まで運び、解体。

 荷物を纏めたのち、流水で手を洗いつつ空を見上げるシュウホウ。

 

 すでに太陽は半分近く、西の稜線(りょうせん)へと沈んでいた。

 

「すっかり遅くなった」

 

 シュウホウの現在地は、サリテ村から北に数キロ。

 ギリギリ夜までに戻れなくはないが、だいぶ急ぎ足となってしまう。

 

「どうするかな……」

 

 ここからだと、北側の小屋に向かう方が近い。

 狩りに出る日は、先に昼食と夕食を作っておくため、ヒスイとベルナの食事についても問題ない。

 

 一夜明かしてから戻ろうかと、しばし思案する。

 

「……いや」

 

 村が焼ける前は、二日三日かけた狩りも、特に珍しくはなかった。

 けれど今の生活を始めて以降、シュウホウが村を空けたまま日を跨いだことは、一度も無い。

 

 二つある理由のひとつは、トラバサミで痛めた足の影響。

 完治後のリハビリに思ったより手間を食ってしまい、割と最近まで、そもそも遠出が難しかった。

 

 そして、もうひとつは──夜中、家にシュウホウの姿が見当たらないと、ヒスイがひどく不安がったのだ。

 

 彼女が心に受けた傷は、依然(いぜん)と深い。

 あまり長く村を離れ、無闇に怯えさせてしまうような真似は、できれば避けたかった。

 

「帰るか。明日の朝食も、ちゃんと用意しておいてやりたいしな」

 

 猪肉の詰まったズタ袋を背負い、帰路へと()くシュウホウ。

 なんとはなしに再び頭上を仰ぐと、(かげ)り始めた東の空に、一番星が(またた)いていた。

 

 

 

 

 

 大荷物を担ぎながらも、太い木の根や苔むした岩が迫り出す獣道を、シュウホウは軽快な足取りで進む。

 辺り一面もうかなり暗いけれど、よく通る道ゆえ、どこに何があるのかは頭に入っている模様。

 

「あと半分くらいか」

 

 昔、つまづいてウルスラに笑われた倒木を乗り越えつつ、(ひと)()つシュウホウ。

 そんな最中(さなか)、ふと彼は思った。

 

 穏やかだ、と。

 

 ベルナがヒスイに課す修行は、相変わらず厳しい。

 けれども近頃、心なしか怪我の数が減ってきた。

 

 加えて、ここしばらくのヒスイは、よく笑うようになった。

 つい数日前も、ベルナと一緒に刺繍(ししゅう)をしながら談笑に花を咲かせたり、掘り出したボードゲームで遊んだりしていた。

 

 …………。

 それらはいずれも、シュウホウの知る凄惨(せいさん)な物語で描写されていた一幕と、あまりに酷似した光景であった。

 

「……だが」

 

 本来の筋書きで、この生活を打ち砕いた存在──脱走兵ガルドは、すでに居ない。

 数ヶ月間も続いた陵辱(りょうじょく)の果て、師との永遠の別離を迎える最低な展開は、もはや訪れない。訪れようがない。

 

「大丈夫。もう、大丈夫だ」

 

 今のまま何事も無く日々が過ぎ去ったなら、きっと未来は良い方向へと動いてくれる。

 ()()()()()()こそ残れど、あの(おぞ)ましい結末に繫がる道は、人知れず消え去ってくれる。

 

「変わる。変える。変えられる」

 

 きゅりぃ、と独特な音色と共に義手の拳を握り締め、そう繰り返すシュウホウ。

 一層と足取り軽く、サリテ村を目指す。

 

 

 

 

 

 胸に(いだ)いた淡い希望が、ほんの数十分後に音を立てて崩れ去ってしまうことなど──現時点の彼は、まだ知る(よし)もなかった。

 

 

 

 

 

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